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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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怪物との出会い その一

 そこへ首都へ向かう配送業者のミニトラックがやって来た。田舎の泥道仕様なのか、意外とタイヤが大きくて厳つい。車高も高めだ。プップーとクラクションを鳴らしている。

「お。やっと来たか」

 公園管理人のラムバリが急いで管理事務所に戻り、白っぽい石製の水差しを箱詰めし始めた。


 その時、その水差しが突如粉々になって床に落ちた。悲鳴を上げて悲嘆するラムバリ。


 とりあえずラムバリが自身のスマホで破片を撮影して、首都の送り先へ問い合わせた。しかし、ここまで粉々になっていると年代測定は無理だという返事だったようだ。落胆ぶりがさらに深刻になっている。

 結局、配送業者にはそのまま帰ってもらう事になった。


 配送業者のミニトラックを見送ったラムバリが、自らの両手をじっと見つめた。

「歳のせいで握力が落ちてしまったかなあ……」

 とはいえ、彼の年齢はまだ50代であるが。

 ナラヤンの目には、ラムバリが水差しを持ち上げた瞬間に砕けたように見えていた。首をかしげる。

(不思議な事も起きるものだねえ)


 公園管理人のラムバリがナラヤンに落胆したままの顔を向けた。

「破片を集めて、向かいの聖池に返しておいてくれ」

 了解して掃き集めて聖池に行く。

 石の水差しの破片はさらに細かく砕けていて、今はもうただの白い粉粒になっていた。重ねて不思議がるナラヤンである。


 聖池に捨てると、干からびて草地になっている池の底から、何か湯気のようなものがユラユラと立ち上ってきた。

「ん?」

 ナラヤンがスマホ裏面に付いているカメラを向けると、スマホの液晶画面に異形の怪物がじっとナラヤンを見つめている姿が湯気の立つ場所にあった。軍服のような服装なのだが、顔が決定的に人間ではない。


「うわわっ!」

 悲鳴を上げて急いで管理事務所に駆け戻り、公園管理人のラムバリに怪物が出たと報告する。

 その怪物はナラヤンの後を追いかけて一緒に管理事務所の中へ入りこんでいた。何やら理解できない言葉でナラヤンに話しかけていて、その音声がスマホを介して聞こえる。


 怪物はスマホの液晶画面の中だけに映っていて、実際の空間には見えなかった。

「ええ?」

 怪物の声が次第に音声として聞こえるようになってきた。落ち着いてくれ、ワタシは危害を加えるつもりはない、と言っている。


 パニックに陥るナラヤンだが、ラムバリはキョトンとしたままである。

 彼には怪物の姿や声を認識できていないようだ。怪物は怖い顔ながらもニコニコしながら、スマホ画面の中で手を振っているが。

 ラムバリが心配そうな表情でナラヤンを見た。

「おい……ナラヤン君。日射病にでもかかったんじゃないか?」


 ナラヤンも怪物はスマホ画面の中だけに見えるので、もしかするとマルウェアに感染したかと疑う。

 しかしラムバリにスマホ画面に映っている怪物を見せても、反応がない。怪物は今も手を振っていて、猫撫で声で愛想笑いしている。


(見えていないし、聞こえていないのか)

 そう判断するナラヤンである。そんなマルウェアはいくらなんでもありえない。可能性としては、ナラヤン自身が幻覚と幻聴を一度に発症したという事だが……とりあえずスマホの復元コマンドを使い、再起動させる事にしたようだ。

 画面の中の怪物が慌てて、止めろ止めろとうろたえているが無視して実行した。スマホの画面が黒くなり、コマンド表示の画面に切り替わり、復元プログラムが走り始める。


 システムの復元には十分ほど時間がかかるので、その間に掃除の作業を終えた。

 その後でラムバリが、王宮跡公園の外にあるチヤ屋台にナラヤンを誘ってくれた。チヤをナラヤンにおごって、作業の礼を述べる。チヤはミルクティーの一種だ。

「謝礼金は後でロボ研の口座に振り込んでおくよ。業者よりも安いので本当に助かる。でも日射病にはくれぐれも気をつけてくれよな」


 照れたナラヤンがチヤをすすって一息つく。

「助かるのは僕たちの方ですよ。んー。美味いですよね、ここのチヤって」


 ナラヤンが褒めると上機嫌になるラムバリであった。農家らしいがっしりとしたあごを手でさする。

「この村で飼っている水牛の搾りたて乳だからな。茶葉もジャパ産だ。美味さはワシの保証つきだぞ」

 ジャパはビラトナガル市の東にある紅茶の産地である。アッサム紅茶の風味に似ている。


 チヤをすすりながら雑談を続けていると、システムが復元したので起動させた。

(むむむ……)

 ナラヤンがジト目になる。

 スマホの液晶画面には怪物が退屈そうにして、空いているイスに座っていた。ナラヤンに文句まで言っている。


 ナラヤンが肉眼でその空いているイスを見たが、誰も座っていない。やはりスマホ画面の中だけだ。大きくため息をついた。

(……これは、東部大学に持ち込んで直してもらうしかないか。出費が痛いなあ)


 ラムバリはやはり姿も声も認識していない様子だった。ナラヤンがチヤの礼をして、茶店のベンチから立ち上がる。

「では、僕はこれで寮へ帰りますね」


 寮へ帰ろうと自転車を取りに公園内へ戻ると、管理事務所で物音がした。

「ん? 観光客でも来たのかな」


 ナラヤンが管理事務所に入ったが、誰もいなかった。

「わっ。ヤバイ」

 スマホ画面上の怪物がそう叫んで、慌てて逃げ去っていく。


 すぐに画面上に武装した女が現れた。そして管理事務所の中を調べ始める。青黒い顔で癖毛の強い長い黒髪、三又槍を手にしている。服装はどこかの国の軍服のように見えた。足元は裸足だが。

 ナラヤンがスマホ画面を見ながら、再びため息をついた。

「怪物が増えたよ……見た目は、祭壇の上のカーリー様の像に似てるような気がするけど」

 実際の空間に手を伸ばして、女に触れてみるが手ごたえはない。女も気づいていない様子だった。


 女はすぐに調査を終え、管理事務所の外に顔を向けた。

「シヴァ様とブラーマ様に報告。魔物は逃亡。これより9柱の手に招集命令をかく。逃げし魔物を早とみに再封印す」

 ナラヤンが目を点にした。

(サンスクリット語だ。今どき珍しいな)


 その女は手早く報告を終えて、部下に命令を下した。そのまま足早に管理事務所から出ていくと、上空から獅子が舞い降りてきた。なんと脚が6本もある。その背に乗って飛び去っていった。

 唖然として見送るナラヤンである。スマホを向けて、空飛ぶ獅子に乗った女を見続けている。

「飛んでったよ……」


 再び管理事務所内から物音がする。ナラヤンがスマホを向けると、怪物が戸棚の中から姿を現した。冷や汗をかいているのがよく分かる。

 ナラヤンがとりあえず聞いてみた。

「……追われているんですか? 怪物さん」


 怪物が素直に肯定した。よく見るとゲジゲジ眉をしている。顔は四角で彫りが深い。赤い瞳が印象的で明らかに人間ではないと分かる。赤い髪は短くて意外とサラサラしていた。

「さっきの女は女神カーリーです。石製の水差しを三又槍で破壊した本人ですよ」


 それから怪物が自己紹介をした。名前はムカスラで、マガダ帝国の法術省の研究部員だと告げる。羅刹らせつと呼ばれる種族で、その羅刹だけが住む羅刹の地から来たとも。

 ますます訳が分からなくなるナラヤンである。

「……とりあえず、意思疎通はできますね。って事はマルウェアじゃないのか。僕はナラヤンといいます。事情を聞きますよ。どう見ても困ってそうですし」


 ナラヤンが自転車の荷台に草刈り機を乗せて紐で固定した。そして持参した水筒を開けて、再び口をつけずに水を飲んだ。一応、日射病の可能性もあると思ったのだろう。

 それを見たムカスラが興味を示した。

「この時代の水差しですか。良さそうな形状をしていますね」


 ナラヤンがスマホ画面を見ながら、手を伸ばした。何もない空間なのだが、そこに何かいる感触を覚えた。同時に手がビリビリと痺れる。

(げ。見えないけど実在しているのか)

 ムカスラが気楽な口調で説明した。

「ステルス魔法という羅刹魔法です。闇魔法特性のない人間が触れると痺れますよ。ワタシも水を一口飲んでみたいのですが、いいですかね」


 意外に図々しいな……と思いつつも、ナラヤンが水筒を誰も見えない空間に素直に差し出した。ムカスラがスマホ画面で水筒を受け取ると、ナラヤンの手にその動きが伝わってきた。

「どうも。女神カーリーに追われて生きた心地がしなかったんですよね。喉がカラカラですよ、ははは」

 水筒が空中に浮かんで、それが傾いた。水が出てくるが途中で消えている。ナラヤンが感嘆した。

「おお……マジでいるのか。僕に見えないだけかな」


 ムカスラが水筒を返した。

「一息つきました。ありがとうナラヤン君。でも、水がぬるくて不味かったのは、いただけませんね」

 ナラヤンが水筒を肩にかけて、右手の平をクルリと上に返した。平野部のネパール人がよく使う『イラっときたぜ』サインである。しかし、この程度ではケンカや口論にはならないレベルだ。

「ネパール製の安物ですからね。でも安い割には優秀なんですよ。修理もできますし」


 そして自転車をこいで田舎の土道をゆっくりと走り始めた。ムカスラは当然のように後ろの荷台の上に立っているのだが、体重は全く感じない。

 肩をすくめるナラヤンだ。

「おおう……怪物に憑りつかれてしまったのか僕は。困ったもんだ」


現代編の開始ですね。基本的にお気楽な話なのですが、グロもあります。

インド西部のメタルバンドなのですがBloodywoodのMachi Bhasadを聞きながら書いています。

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