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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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カウシキ河の流れはたえずして

 西暦太陽暦の1月末にもなると、冬の濃霧が次第に薄らいでいき、乾いた日差しが差す季節になった。インドからの砂塵が空を覆っているので、白っぽい黄色がかった色あいだ。

 王宮跡公園ではナラヤンがエプロンをつけて草刈り機を振っている。この時期になると雨があまり降らなくなるため、雑草や芝の伸びは緩やかだ。


 そのため草刈りもすぐに終わって、王宮跡の丘の上で座って一息ついた。いつもの水筒を開けて、口をつけずに水を飲む。これも今は普通の水筒に戻っていた。

「ふうー……こんなものかな。ヒモはまた使うから、残しておくか」

 柔らかい草を刈るので金属刃ではなくて、強化プラスチック製のヒモを高速で回転させている。


 草刈り機からヒモを外すと、ポケットに突っ込んでいたスマホから電話の着信音がした。あれから新しいスマホに買い替えていたのだが、見た目はあまり変わっていない。東部大学製なのでファッションセンスは皆無だ。


 スマホ画面の表示を見て、ナラヤンがジト目になった。

「はい、ナラヤンです。どうかしましたか、部長さん」

 ロボ研のサンジャイ部長が電話口で怒っている。どうやら部室にさっさと戻ってこいという内容のようだ。パトナとダランのロボ研との再戦が決まったので、ロボづくりの人手が足りないらしい。


 ナラヤンが了解しながらも、ため息をついた。

「ちょうど今、王宮跡公園の草刈りが終わりました。ラムバリさんに挨拶してから部室へ向かいますね」

 電話を終えると、今度はジトゥから電話がかかってきた。

 表示を見ただけで着信拒否するナラヤンである。

「今日の依頼受け付けは終了だぞ、ジトゥ」


 草刈り機の掃除と手入れをして小屋に納める。これは王宮跡公園で購入したもののようで、電池式だ。エプロンも水で洗ってから、小屋内のハンガーにかけて乾かす。

 小屋に泥人形はなかった。巨人の引っ越し騒動で全て使い切って、その後は新しく作っていない。

 ナラヤンが頭の髪の毛をポンポン叩いた。軽く肯定的に首をふる。

「……やっと十分な長さになってきたかな。これだけあれば、1体くらい泥人形ができるかも」


 来週には女神サラスワティが主神のバサンタパンチャミ祭がある。泥人形をつくって神輿に乗せる祭事があるため、少なくとも1体はつくっておく必要がある。

 公園管理人のラムバリには、この祭りで使うという名目でこの小屋を建ててもらっていた。


 ただ、ラムバリとしては、その後にあるシヴァラトリ祭やホーリー祭に関心が向いているようだ。

 すでに小屋の中に、水鉄砲や水風船といったブツがあって徐々に数が増えている。さすがに水タバコ用の大麻は、このご時世では禁止されている。しかし水タバコの器械はちゃっかりあったりするが。


 公園事務所に向かうと、ちょうどラムバリが数人のネパール人観光客に説明を終えた所だった。山の民の顔立ちである。その中に背の低いハゲの爺さんが交じっていた。顔がカエルに似ている。

(どこかで見たような顔だけど……どこだったっけ)

 ナラヤンが思い出そうとしたが無理だった。軽く会釈を交わすだけに留める。


 観光客が談笑しながら公園事務所を出ていき、そのまま公園の外へ歩いていった。それを見送ったラムバリがナラヤンの肩をポンと叩いた。

「草刈り仕事、ありがとうな。謝礼金は後で振り込んでおくよ」

 ナラヤンが肯定的に首をふる。

「まいど、ありがとうございます。資金が貯まってきたので、今度またロボ研が対外試合に出る事ができます。部長さんとか、すっごく張り切っていますよ」


 ラムバリが目を和ませた。

「そうか。今度こそは勝たないとな! とりあえずチヤ飲んでけ」

 ポットで保温してあるチヤをコップに注いで、ナラヤンに手渡した。コップは散々使われているせいか、細かいかすり傷が無数に付いていて曇りガラスのようになっている。

「ありがとうございます。やっぱりチヤは、ここが一番美味しいですね」

 ナラヤンがチヤをすするのを見ながら、ドヤ顔になるラムバリだ。

「当然だ。ナラヤン君には悪いが、君の村よりも美味いと断言できるぞ、ははは」


 チヤを飲み終えてグラスを洗って返してから、ラムバリとラズカランに挨拶して自転車を引き出した。

「では僕はこれで。泥人形は明日から頑張ってつくりますね」


 公園の外に出たナラヤンが、ふと干からびた聖池を眺めた。今も相変わらず放牧牛や水牛が草を食んでいるのだが……それらが突如、慌てふためいて聖池から駆け出して逃げ去っていった。

 山羊の群れも一緒に草を食んでいたのだが、これらもメーメー鳴きながら逃げ去っていく。牧童が罵声を山羊に浴びせながら、棒を振り回して追いかけていった。


 ジト目になるナラヤンだ。自転車を道端に置いて、スマホを取り出す。

「……まさか」

 目を凝らすと、聖池の中央から何か湯気のようなものがユラユラと立ち昇っている。それにスマホのカメラを向けた瞬間、後頭部を叩かれた。

「ぐえ」

 同時にスマホカメラのシャッターが自動で下りて、写真が勝手に撮影される。


 後頭部をさすりながらナラヤンが振り返ると、そこにはニコニコ笑顔のドゥルガがいた。肩に巨大なハンマーを担いでいる。見慣れた赤いサルワールカミーズ姿で裸足だ。肩にかけているストールは金ピカである。

 ナラヤンが、手にベッタリと血がついているのを確認してから、とりあえず合掌して挨拶した。

「こんにちは、ドゥルガ様。いきなり殴るのはどうかと思います……あれ? スマホを介さなくても、僕の目に直接見えていますよ」


 ドゥルガが満足そうにうなずいた。巨大ハンマーを消去してケラケラ笑う。

「よーし、見えているか、よーし。成功だぞサラシュ、ムカスラ君」


 ナラヤンが聖池の中央に視線を戻すと、ムカスラとサラスワティの姿があった。2柱ともにナラヤンが供物として捧げたネパール製の水筒を肩にかけている。

 やっぱり居たかと苦笑しながら、丁寧に合掌するナラヤン。

「ご無沙汰……でもないですね。こんにちは。またお会いできて光栄です、サラスワティ様、ムカスラさん」


 ムカスラがナラヤンに挨拶してから説明した。採集帰りのようで、野良仕事着である。

「今回はこの聖池の写真が依代になっています。消去しないでくださいね。ナラヤン君の血も必要でしたので、ドゥルガ様に頼んで殴ってもらいました。すみません」

 サラスワティが穏やかに微笑んだ。彼女もいつもの白いサルワールカミーズ姿で裸足だった。肩にかけているストールは緑色で、耳には青い三日月型のイヤリングをしている。

「こんにちは、ナラヤンさん。すぐに血は止まりますからご心配なく」


 ナラヤンが頭に手を当てると、確かにもう血が止まっていた。それどころか血痕すら残っていない。確か、シャツにも数滴ほど血が垂れていたのだが。

「皆さんにまた会えて、僕も嬉しいです」


 ドゥルガがニンマリと笑った。

「これからも、たくさん働いてもらうからねっ。ついでにお菓子と果物をたくさん供えなさい。アタシが喜ぶ。ついでにサラシュも喜ぶぞ」

 ムカスラも遠慮がちながら、ナラヤンに告げた。

「あれから実験申請が山のように届いているんですよ。今からでも羅刹世界へ来て、人体実験させてもらえませんか」


 ナラヤンが右手の平をクルリと返して、目元を緩めて拒否した。

「これから部室に戻ってロボづくりなんですよ。その後は、バサンタパンチャミ祭に使うサラスワティ様の泥人形をつくらないといけません。今週いっぱいは、ちょっと無理ですよ」


 サラスワティがナラヤンを抱きしめてから、嬉しそうにコロコロと笑った。

「それは楽しみです。私も祭りを見て回りたいですし。髪も生えてきましたし大丈夫ですよね。コピーした髪では不具合が出てしまうんですよ」

 頭の髪の毛をドヤ顔でポンポン叩くナラヤンである。

「任せてください。1体分でしたら大丈夫ですっ」


 サラスワティが体をナラヤンから離して、ちょっと意外そうな表情になった。

「初めて抱きしめましたが……華奢なんですね」

 ナラヤンが冷や汗をかきながらも、頬を赤らめている。

「すみません、運動が苦手なんですよ。それと、今後はあんまり殺さないでくださいね」


 笑い転げるドゥルガと、視線を逸らすムカスラである。

 困ったような笑顔のサラスワティに、ナラヤンが質問をした。

「サラスワティ様。部活動が終わった後で、何か供物を捧げたいのですが……何がご希望ですか?」

 そうですね……と少し思案してから、ドゥルガとムカスラに顔を向けて微笑んだ。

「イチゴが出回っていると、シディーダトリちゃんから聞きました。それにしましょうか」

 即答で賛成する2柱である。


 財布の中身を確認しているナラヤンに、サラスワティがニッコリと微笑んだ。手元にヴィーナを呼び出す。

「マガダ帝国で歌われている舟唄を長尺版に編曲しました。部活動の後でお披露目しますね」

 ナラヤンが財布とスマホをポケットに突っ込んで、目をキラキラさせた。

「わあ。良いですね。ぜひ聞かせてください。急いで部活動のノルマを消化しないといけないな、これは」


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

ナラヤン君、メンタル強すぎ。

この部分を書いている際に聞いていたのは、やはりBabymetalのShineでした。良い曲ですね。

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