巨人の引っ越し その二
洗濯ものを取り込む手伝いをしていたナラヤンに、ブラーマが電話した。驚いて危うく洗濯物を地面に落しかけたナラヤンであったが、ブラーマからの指示を聞いてすぐに行動に移った。
「かしこまりました、ブラーマ様。二、三分だけお待ちください」
そう答えたナラヤンが、洗濯物をラズカランに預けた。
「すみません、ラズカランさん。ブラーマ様から指令が来ました。ちょっと王宮跡公園の小屋へ行きますね」
ダッシュで走っていくナラヤンの背中を見送ったラズカランが、残念そうな表情をした。
「ワシも神々の戦いを見てみたいものだが……後でナラヤンから聞くか」
北の空は雷と竜巻が起こっていて、大変な状況になってきている。
「さて、さっさと洗濯物を家の中へ取り込まないといかんな」
ナラヤンが小屋の扉を開けて、泥人形を全て外へ運び出して地面に寝かせていく。
「雨が降る前で良かった。北の方は凄い雨になってるし」
スマホで準備が整ったと報告する。
数秒ほど待つと、泥人形が次々に人間の姿になって起き上がった。ブラーマが実体化してナラヤンの肩を持つ。
「よい出来の泥人形だ。褒めてやろう、人間」
恐縮して両膝を地面につけ、合掌するナラヤンだ。
「もったいないお言葉です」
その後はシヴァ、カーリー、カルナ、アルジュナ、シディーダトリ、シャイラプトリが順々に実体化を果たして、北の空へ飛んでいった。ブラーマ人形も軽く準備運動をしてから空中に浮かび上がる。
「作戦内容を君のスマホへ送ってある。よく読んでおきなさい。サンスクリット語だが問題ないだろう?」
「はい。もうすっかり読めるようになりました」
ナラヤンの返事を聞いて、鷹揚にうなずくブラーマだ。
「うむ。ではまた後で会おう」
そう言って、北の空へ飛んでいった。雲が分厚いのですぐに姿が見えなくなる。
続いて、サラスワティとドゥルガが実体化して起き上がった。ドゥルガ人形が少し退屈そうに背伸びする。
「うー……アタシはこの作戦に不参加ってか。つまらーん」
サラスワティ人形が早速雨よけの障壁を展開して、クスクス笑っている。
「前回は大活躍だったでしょ。これ以上お姉ちゃんが活躍したら、他の神様が嫉妬するからダメだよ」
なおも不満そうにしているドゥルガ人形だ。ナラヤンが残る1体の泥人形を指さした。
「余ってしまいましたね。小屋の中へ入れておきましょうか」
サラスワティ人形とドゥルガ人形が揃って微笑んで、否定的に首をふった。サラスワティ人形が泥人形に告げる。
「もう1柱、神様がいるんですよ。ヤマ様、憑依しても構いませんよ。ブラーマ様たちは作戦行動中ですので、ここにはいません」
むっくりと泥人形が起き上がり、初老の男の姿になった。髪と肌、瞳が真っ白だが、それ以外は普通の爺さんである。背丈もサラスワティ人形より低く小柄だ。
「うむ。久しぶりの実体化で、多少戸惑う所があるな。君がナラヤンか。死に過ぎると評判だぞ。サラスワティの加護がなければ、とっくに死者の世界の住人だろう」
ナラヤンが冷や汗をかきながらも、両膝を地面につけて合掌して挨拶した。
「加護をありがたく思っています。ヤマ様も巨人見物ですか?」
ヤマが低く笑った。
「半分はな。巨人騒動でワシのスチミタールが壊されたのでな、その意趣返しをしたいと思っておったのだよ。良い機会なので、こうして人間世界へやって来たという訳だ」
曲刀スチミタールを壊したのは巨人族ではなくて魔法使いだったのだが、ひとまとめに考えているようである。
その後ムカスラも羅刹世界から転移して到着したのだったが……ナラヤンが謝った。
「泥人形づくりに使う髪の量が意外と多くなって10体しか作れませんでした。ムカスラさん用の泥人形を作る予定だったのですが、僕の髪の毛が尽きてしまいました。すみません」
サラスワティ人形が少し呆れている。
「いくら神術で髪を生やす事ができるといっても、毛根への負荷は大きいんですよ。調子に乗って髪を伸ばしていたので、私が中止させました。でないと、今頃は再起不可能なハゲ頭でしたよ、ナラヤンさん」
ナラヤンが反省して自身の頭をペチペチ叩いた。
「今もハゲ頭ですけどね。もう髪が生えてこなくなると、高校生としては困ります」
ムカスラが気楽に笑って、ナラヤンの肩をポンポン叩いた。今は公園内に人払いの神術をかけているので、ステルス魔法を使っていない。
「気にしていませんよ、ナラヤン君。髪には魔力がこもりますから、大事にしてください」
そう言ってから、ブラーマへ提案して了解してもらった作戦をナラヤンにも説明した。
このままではカンチェンジュンガ巨人は実体化を果たしてしまい、そのまま因果律崩壊を起こして消滅する。実体化しないように説得しようにも、今の巨人には耳から上が無い状態だ。その昔、ドゥルガとサラスワティが吹き飛ばしたままらしい。声が聞こえない上に、脳もないので念話も届かない。
彼は巨大なので、ビラトナガル市街を含めた広大な地域が巻き込まれて消滅する恐れがある。
そこで、巨人を神術によって月面の裏に転移させる……というのが羅刹側からの作戦案だ。月面で実体化させて、巨人世界からの救助隊に引き渡すという流れとなる。
今の時代は宇宙観測を人間が行っているので、万一見つかってしまうと騒ぎになる。
月の裏面であれば地球上からは見えないので都合がいい。その代わりに、月を周回している人工衛星は容赦なく全て破壊する事になるが。
神々が実体化したのは、強力な神術を使うと因果律崩壊が起こるので、その対処のためだと説明してくれた。泥人形に因果律崩壊を押しつけるという事になる。
「使い捨て人形ですか……」
少し落胆するナラヤンだが、役に立つなら良いかと納得した。
ドゥルガ人形がナラヤンの肩を叩いて、笑顔で励ます。
「毛根が無事ならまた髪の毛が生えてくるさ。気にしない、気にしない」
ムカスラが手元の空中ディスプレー画面を見てカウントダウンを始めた。
「神様たちが全員所定の位置に着きましたね。予定通り、定刻に作戦を実行するはずです。10、9……3、2……開始」
次の瞬間、北の空の嵐が嘘のようにきれいさっぱり消えうせた。まだ少し残っていた霧も一緒に消滅している。
ナラヤンが目をキラキラさせながら感嘆した。
「おお……すげー」
ムカスラも隣で観測しながらうなずいている。
「さすが神術ですね。天候操作までオマケでやってしまいましたか」
サラスワティ人形が満足そうに微笑んでいる。
「巨人の魔法場も消失していますね。月面へ転送されています」
一方のドゥルガ人形は不満顔だ。
「ちぇー、つまらーん。アタシだったら、直接ぶん殴って月面までぶっとばしてあげるのにさー。ぶんぶん」
(その場合、月面の表側に激突しますよ。世界中の天文家が大騒ぎします)
心の中でツッコミを入れるナラヤンであった。
その数秒後、サラスワティ人形が持つ水筒から次々に神々が出てきた。泥人形を生贄に使ったので、今は実体がない神霊の状態だ。ナラヤンは直接見る事ができないので、スマホ画面を通じて帰還を喜んだ。
「作戦成功おめでとうございます」
ブラーマがドヤ顔になって鷹揚に答えた。
「うむ。泥人形は便利だな」
ほっとするナラヤンとムカスラだ。
カーリーとカルナもムカスラを褒めた。手を指し伸ばしてきたので、ムカスラがマジックハンドを彼の水筒から取り出して握手している。
サラスワティの水筒からは続いてシディーダトリとシャイラプトリが出てきた。他の7柱の女神たちは因果律崩壊に巻き込まれてしまったらしい。泥人形をもっと作っておけば良かったなあ……と反省するナラヤンだ。
「疲れたー!」
シディーダトリが開口一番そう言って、そのままグデー……っと小屋の屋根の上に寝そべった。
シャイラプトリも疲れていたが、シディーダトリと比較するとまだ元気のようだ。
「水牛が作戦中に消滅したのは、少し痛かったな。おいナラヤン。次は水牛用に泥人形を作れ」
ナラヤンが自身のハゲ頭をペチペチ叩いて、右手の平をクルリと返す。
「材料がありませんよ」
最後にヤマも出てきて、ニッコリと笑った。
「仕返しができてスッキリしたよ、ありがとう」
「うひゃ」
シャイラプトリ、シディーダトリとカーリー、それにカルナとアルジュナまでヤマから遠のいた。シヴァもブラーマを盾にして身を引いている。
ブラーマが苦笑しながらヤマに告げた。
「ヤマよ。参加するなら事前に申し出てくれと言っただろ。貴様はマタンギ以上の邪神なんだから、行動には慎重を期してくれ」
ヤマがジト目になって口をへの字に曲げた。真っ白い瞳が冷たく光る。
「面と向かってワシを邪神と呼ぶのは、ブラーマ、貴様ぐらいのものだぞ。まあ、死者の世界では大陸一つを治めている身だがね」
死者の世界全体を治めているのは上位神のミトラ・マズドマイニュだが、実際の統治者は貴族と呼ばれる上位アンデッドだ。
しかし貴族は人口が少ないので、彼らが統治できない大陸をヤマが治めている。人間世界でいうアフリカ大陸だとサラスワティ人形ががナラヤンに教えてくれた。インドやチベットは上位アンデッドのリッチ協会が治めているので、ヤマだけが特別扱いされているという訳でもないらしい。
「人間世界でも知られているゾンビですが、これはアフリカ大陸が発祥です。主に3つの派閥があって、ヤマ様が管理しています。スマホのクジャクがゾンビ虎に変わるのも、その影響なんですよ」
サラスワティにそう説明されても、よく理解できていない様子のナラヤンであった。
「でもゾンビ虎が本物のゾンビだという事は分かりました。咬みつかれないように注意します」
ブラーマと口論をしていたヤマだったが、それを中断してサラスワティ人形に顔を向けた。
「そうだ。忘れないうちに言っておくか。サラスワティにワシの加護を授ける。これで死者の世界へ行き来しても問題ないはずだぞ。人間世界や羅刹世界でマタンギ化する恐れも減るだろう」
「それは嬉しいですね。ありがとうございます、ヤマ様」
サラスワティ人形が合掌して感謝した。
ドゥルガ人形がニヤニヤする。
「これでいつの日か、初恋の人のゾンビに会えるわね」
ブラーマ神がムカスラに顔を向けた。
「ムカスラよ。後の事は頼むぞ」
合掌したムカスラが特殊部隊からの連絡を受けた。それをブラーマに伝える。
「無事に月面裏にて巨人が実体化を果たし、巨人世界からの救助隊が到着したと報告が入りました」
それを聞いたナラヤンが目をキラキラさせてムカスラに頼んだ。
「ムカスラさん。僕も見に行って構いませんか。っていうか、ぜひ行きたいですっ」
「そう言うだろうと思っていましたよ、ナラヤン君」
ムカスラが帝国軍に問い合わせて許可をもらった。すでに根回しは完了済みだったようだ。
「では私の水筒の中に魂を移して、月面裏へ転移しましょう」
ムカスラが水筒の口をナラヤンの額に当てて、彼の魂を吸い出す。
「月面は空気がなく、そのまま生身で行けば死んでしまいますからね」
次にムカスラも、水筒を抱えたままでナラヤンのスマホの中に入った。そのスマホを持つサラスワティ人形だ。穏やかに微笑んでいる。
「面白い入れ子構造になりましたね」
スマホ画面の中で、ムカスラが持つ水筒の口から顔を出すナラヤン魂。青白い炎型なのだが、何となく顔っぽく見える。
(スマホの中ってこんな感じなんですね。電脳世界かと思っていましたが、ファンタジーな印象です)
ナラヤンの体は透明化処理して、シャイラプトリが警護する事になった。これなら安心とナラヤン魂。
一方のシディーダトリはまだぐったり中だ。カーリーがジト目になって彼女を見ている。
「鍛え直す必要があるな」
「では見届けてまいります、ブラーマ様」
スマホを手にしたサラスワティ人形とドゥルガ人形が手を取り、一気に月面へ転移した。
風景が一変して月の裏側になった。この位置からでは地球と太陽は見えず、夜の時間帯なので真っ暗だ。しかし星明りのおかげで特に問題はなさそうである。
ドゥルガ人形がすぐに目標を見つけた。
「お、あれか。でっかいなー」
深さ10キロの月面クレータの底に、カンチェンジュンガ巨人が実体化して立っていた。頭がちょうどクレーターの縁の高さにあたり、サラスワティ人形たちと視線が合う。巨人の頭はおおよそ復元されていて、耳から上の部分もできていた。まだデコボコが残っているが。その頭だけでも巨大で、大きな山ほどもある。
その山のような頭に付いている巨大な目が、ドゥルガ人形とサラスワティ人形を視認した。地球で眠っていた間、両目は消失していたのだが、ここへ転送される間に目が復活したようである。
「……!」
サラスワティ人形が口を指で押さえて、念話を送る。
(ここには空気がないので、声が出せません。念話で会話しましょう、カンチェンジュンガさん)
了解したカンチェンジュンガ巨人が、サラスワティ人形とドゥルガ人形を見下ろした。
(久しぶりだな魔法使いの子)
サラスワティ人形がよく眠れましたかと聞き、ニッコリ笑う巨人。一方、ドゥルガ人形にはハンマーで殴られた事は忘れないからなとグチる。
(おかげで頭の形が変になってしまったじゃないか。目と脳も粉砕しおって、この荒神め)
確かに、脳天が今もベコリとへこんでいるままだ。
ドゥルガ人形が動じないで不敵に笑った。
(殴った方がすぐに眠る事ができるでしょ)
ナラヤン魂がドゥルガ人形に、いったい何をしたんですか……と呆れた。
(もしかして、呪術師のラズカランさんから聞いた神話のように、この巨大な巨人をハンマーで殴り倒したんですか? 身長が10キロはあるんですけど)
(秘密)
とウインクするドゥルガ人形。
ムカスラはスマホの中で目を丸くして、巨人の大きさに驚いている。
(凄まじい魔法場ですね。皇帝陛下が巨人世界へ攻め込む決定を下さなくて本当に良かった)
そこへ宇宙空間から巨人が十数体出現して、月面に着地した。全員が身長10キロ以上あるため、着地の衝撃で大地震が起きる。
(うわ、おわ)
ムカスラとナラヤン魂がスマホ画面の中で慌てたが、サラスワティ人形がひょいと空中に浮かび上がって地震から逃れた。足元の地面が崩落してクレーターの中へ落ち込んでいく。空気がないので全くの無音だが、大量の土埃が舞い上がってきた。
その崩落を見下ろしながら、サラスワティ人形がジト目になっていく。
(大型巨人さんが、こんなに来るなんて。地球上でなくて良かった)
大地震が収まった後で、カンチェンジュンガ巨人よりもさらに巨大な巨人がしゃがんだ。超巨大巨人だ。器用にもスマホの中にいるナラヤン魂を見つけて、目元を和らげている。
(ナラヤン……だったな。近々、またチヤを飲みに遊びにいく。あれは、なかなかに美味かった)
ナラヤン魂が水筒の中から顔を出して、青白い炎を緩やかに揺らした。
(これから冬ですので、水牛乳が一番美味しくなる時期なんですよ。ぜひまた遊びに来てください)
うむ、とうなずいた超巨大巨人が、カンチェンジュンガ巨人のへこんだ頭に手を当てる。それだけで瞬時に治ってしまった。頭を手で触って上機嫌のカンチェンジュンガ巨人を、巨人族の救助隊に引き渡す。
クレーターの中から身長10キロの巨人が飛び出したので、再び大地震とクレーターの崩落が始まったが。
ナラヤン魂がスマホの中から見上げて、目を点にしている。
(これだけ巨大だと、人というよりは巨大戦艦か何かの発進のように見えるなあ……)
SF映画やアニメの見過ぎである。
ドゥルガ人形は別の意味で目をキラキラさせているようだが。
(うひゃー……さらにでっかい巨人がいるのかよ。殴りがいがありそうだな)
戦闘狂すぎである。
カンチェンジュンガ巨人が無事に巨人の救助隊によって保護されたのを見上げてから、改めて超巨大巨人がサラスワティ人形とドゥルガ人形に視線を向けた。
(今回の救出に協力してもらった事、巨人世界を代表して感謝する。では、これで作戦を終了としよう。我の名はクンバカルナ。この救助隊の隊長である)
巨人が名乗ったので魔力が放出された。
サラスワティ人形とドゥルガ人形が名前の魔力を浴びて、片腕が粉になって消えた。
ドゥルガ人形がジト目になっている。
(脆いな、もう。ナラヤン君にもっと丈夫な泥人形を作ってもらわないとなー)
サラスワティ人形がコロコロ笑った。
(彼の毛根が耐え切れないよ、お姉ちゃん)
サラスワティ人形が持っていたスマホも壊れてしまった。火花を出して焦げてしまう。
その結果ナラヤン魂とムカスラが、地球にあるサラスワティの水筒へ強制転移してしまう事になった。
水筒から出てきたムカスラが残念がる。
「くう……巨人と直接会う経験は貴重なんですよ、もう少し長く観測していたかったなあ」
同意するナラヤン魂。
(分かります)
カーリーが水筒の中を確認して呆れている。彼女がサラスワティの水筒を預かっていたようだ。
「この命知らずどもめ」
そう言い捨ててから、カーリーが上空に顔を向けた。
(サラシュ、バカども2人は元気だぞ)
カーリーからの念話を月面裏で聞いて、ほっとするサラスワティ人形とドゥルガ人形であった。
間もなくして、月面裏で強烈な因果律崩壊が起きた。崩壊範囲が広大なので、サラスワティ人形とドゥルガ人形も崩壊に巻き込まれていく。
ドゥルガ人形が感心して腕組みしている。
(うおー……名乗りだけでコレかよ。ますます、ぶん殴ってみたくなったぞ)
隣でサラスワティ人形がジト目になって呆れている。
(もう……お姉ちゃんってば。王女様なんだから、ケンカ屋みたいな言動はダメだよ)
クレータごとごっそりと巨人たちが消滅していく。クンバカルナとカンチェンジュンガ巨人がニッコリ笑いながら、サラスワティ人形とドゥルガ人形に手をふった。その手も消滅していく。
(また会おう、巨人世界へも来てくれ。歓迎するぞ)
(落ち着いたら、遊びに行きますね)
微笑んで答えるサラスワティ人形。こちらも、すでに全身が崩壊し始めていた。
ドゥルガ人形もニッコリ笑っている。こうしている分には、立派な王女様に見えるのだが。崩壊中だが。
(腕試しに行くよ。あんたたち相手だったら、ガディマイに戻っても大丈夫そうだしねっ)
その巨人たちと人形が、共に因果律崩壊に巻き込まれて消滅した。月面裏に新たな巨大クレーターが誕生したため、地球各国の天文学者がひっくり返る大騒ぎになるのは、その数日後である。
「……う」
ナラヤンが気がつくと、小屋の前で壁にもたれて寝ていた。
少しして、呪術師のラズカランと公園管理人のラムバリがやって来た。ラムバリが呆れてナラヤンを見ている。
「雨が止んだから良かったものの、ここで寝てズブ濡れになったらどうする。地面もまだ濡れているだろ」
確かに、ナラヤンのズボンの尻部分は泥水に濡れていた。
ナラヤンが頭をかきながら立ち上がった。少しフラフラしているが、何とかなりそうだ。
「うわわ……うっかりしていました」
「仕方がないな、もう。確か、事務所にタオルがあったから取ってきてやるよ。ちょっと待ってろ」
そう言って、ラムバリが管理事務所へ向かっていく。
ラズカランがナラヤンに興味津々の表情で聞いた。
「……で、終わったのかい?」
ナラヤンが肯定的に首を振り応えた。
「はい。凄い事件でしたよ。月とか大変です」
「そうか、後で聞かせてくれ」
ラズカランが口元を緩めてうなずき、ラムバリの後に続いて管理事務所へ向かっていった。
ナラヤンが周囲を見回す。倉庫内を見ると泥人形が全て消えていた。
「あらら。使い切ったのか」
そしてスマホをポケットから取り出すと……起動しなかった。ため息をつく。
「……むう。ついに完全に壊れたか。別れって唐突で呆気ないものなんだな」
ついに月にまで被害が……魔法使い放題ですね、ははは……
次の部分は小説のエピローグも兼ねています。




