ビラテスワールの伝説 その四
年を経るごとに神々の力は弱まれり。10年がなほうつろふ頃には実体化せられずなる神続出し、女神サラスワティも半透明になりがちになれりといふ。
神術による加護薄まり、人どもの健康有様も悪化しそめたりき。病気や傷にかくるる人増え、寿命を全うする人少なくなりゆく。
スルヤ技官長は60歳に達せむとせり。当時とせば長寿なる部類に入る。彼は相変はらず羅刹プラランバとともに、平野部のマデシ族と山の民のクンバ族への支援を続けたりき。
女神サラスワティら神々の影響力の後退とともに、貴族よりスルヤ技官長どもは疎まるるやうになりゆきき。ビハールの地の盟主とも言はるるやうになりしマハーナンディン侯よりは、わざと嫌はれたりきといふ。
王宮庭園への予算も減らされたれど、マデシ族やクンバ族からの寄付金にやりくりせり。
ウグラセーナの事業も順調に、その寄付金もせちなる財源に育てり。これがなほ疎んぜらるる故となれど。40歳になりしカムルは、王宮庭園とウグラセーナの事業の掛け持ちに大忙しなりきといふ。
マチャ帝国を含むビラータ藩王国にては、神々への信仰がなほおろかになれり。
豊かになり贅沢なる暮らしを満喫するチャヌラ三世のごとき貴族や御用商人のけしきが、神々に対して横柄なるものになり、神々より反感を買ふやうになる。60歳になりてなほも健在なるカーラショーカ翁と、息子のマハーナンディン侯はけしきがうちつけなりきと語られたり。
カーラショーカ翁は早く、羅刹王国の宰相を務めたりきといふ背景もありけむ。
この状況に心痛むる藩王なれど、彼の政権力も相対的に低下せるため、改善せられざりき。カーラショーカ翁と同年配なれど、藩王の方より老けて見えたりきといふ。
今や御用商人や裕福なる貴族の支持を得し、マハーナンディン侯の権勢凄まじき勢ひになれり。年齢も30代となり、その威風はげに堂々とせるものなりきといふ。事実上のビラータ藩王国の盟主と噂さるるやうになれり。
アリシュタ将軍は60歳に達しており、昔日の武威の感ぜられぬさまにわびたりき。苦虫噛み潰しきめるけしきに、マハーナンディン侯の権勢を終日眺めたりしと語られたり。
ビハールの地はかくして豊かに栄えたりき。王都ビラテスワールよりも時めけりといふ。されど同時に、退廃のけはひも色濃くなりきたりき。
遠国の商談終へて王都ビラテスワールへ戻りこしウグラセーナが、酒場にカムルと会ひき。商売は順調にかなりの資産と人脈がにきたりと話す。
されどビラータ藩王国、マチャ帝国や他の藩王国には、王族や貴族が富の搾取をやらまほしき放題すれば不満を述べき。商人は毟り取られていみじきさまになれば憤慨す。
「我はこれにも貴族なれど。さる我にもこのさまなり。マハーナンディン兄は容赦なくこうず。商人ばかりならず職人、農家も憤慨して、年々不満の高まれるを感ずるぞ」
荒廃せしカーリー寺院を二人に掃除して供物や花を捧ぐと、女神カーリーが出現してわざをめでき。
ウグラセーナが女神カーリーにこの天下はせむかたなしとかこつ。
「一度全ての王族は滅ぶべし」
女神カーリーが戦乱を希望するかと問ひ、さりといらふるウグラセーナ。
そこへ他の神々もすだききて彼の決意を支持せり。女神ドゥルガもうちいでて、献身やうに貢献しこし女神サラスワティまでもが今や貴族どもに疎んぜらるればと憤る。
神々の怒りを聞きしブラーマ神がかく言ひき。
「腐りし国は排除する要のあらむ、この戦を聖戦とみなす」
ウグラセーナは奴隷以下の不可触民といふきはなれど、神々に聖戦の執行をちぎりき。賛同するカムルと喝采する神々。
彼らを尾行せるアリシュタ将軍も賛同して姿を見せき。
「貴族や御用商人の金儲けや享楽がために、藩王国の臣民を虐ぐる命令に従ってきけれど、いま限界なり。ウグラセーナ様に協力たてまつる」
すだける神々へ協力を要請する対価として、これより10日間の断食を行ふと宣言するウグラセーナとカムル。
ブラーマ神ちぎりき。
「その終了もちて神々より祝福と加護が彼らに授けられ、マチャ帝国とビラータ藩王国討伐の聖戦軍代表となる大将軍の地位を与へむ」
ウグラセーナと神々との連絡窓口となるために、カムルがブラーマ神に頼み、自身を魔法使ひにせさせき。これもちて、カムルは神術の一部を簡易にはあれど行使せらるるやうになりき。
魔法使ひといふとも寿命は人のままに、魔法も刺客に対抗するための魅了術が主なりきといふ。他には神々や人との念話術、転移魔法くらいのほかにえ使はざりき。人そのものが早く魔法の適性に乏しき種族なれば、かくなるはせむかたなしといゆ。
今後はビラータ藩王国に逆らふ立場になるため、カムルは王宮庭園の技官を退職せり。スルヤ技官長と女神サラスワティが惜しめど、カムルの決意のこはき事知り快く見送りきと伝へられたり。
日ごろ後、スルヤ技官長が60歳になり役職を退きき。
後任の技官長プタナは30歳なりきといふ。されど新技官長は神々を見るべからぬ体質なりき。これも自然の流れと受け止むるスルヤとバハドル大隊長、羅刹プラランバそれに女神サラスワティ。
プタナ新技官長はビハールの地の開発にせちに、マデシ族やクンバ族を軽んじたりしと語られたり。山間地に設けられたりし王宮庭園の分所も、手入れされで荒れにけり。
藩王がこの状況はわろしと憂き、退職せるばかりのスルヤの復職を命じき。
せむかたなければスルヤが一技官の立場にて復職し、継続して王宮庭園にいとなみする事になる。されど、復帰早々にプタナ技官長や御用商人、チャヌラ三世を筆頭にする貴族に文句を言はれき。
御用商人どもは含み笑ひ浮かべて、復職せる事を後悔するぞとスルヤ技官を脅しきといふ。不穏なる気配を感ずるスルヤ技官と羅刹プラランバ、女神サラスワティなりき。
その不安はほどなく的中する事になりき。
マハーナンディン侯が、ビラータ藩王国のビラステワール王宮へ攻め込みけり。主力はアリシュタ将軍の率ゐる藩王国軍なりき。チャヌラ二世と三世の内通もちて、藩王一族、さらには近衛部隊まで捕まり、王宮地下の牢獄に幽閉されき。
知らせをバハドル大隊長より聞きて驚くスルヤ技官と女神サラスワティ。されど、スルヤ技官とバハドル大隊長は逮捕されざりき。マデシ族やクンバ族怒りて、王都へ攻め込みくる恐れのありしためと後に推測されたり。
をかしくなささうなるけしきにプタナ技官長がスルヤ技官どもに、これまで通りにいとなみに励めと吐き捨てき。
その代はりに、スルヤ技官の親類一族が王都より追放されき。強制移住先は僻地なりきといふ。バハドル大隊長の一族も、別の僻地へ飛ばされにけり。なほバハドル大隊長は正規軍より外され、マデシ族の傭兵隊長の地位に戻されき。藩王国軍はこれもちて、老将軍が一人あづかる状況になりき。
かくして、マハーナンディン侯がビラータ藩王国の藩王となりき。同時にマチャ帝国の王室と婚姻結び、王族の一員となりき。故にその後はマハーナンディン公となる。
その事を病床に伏せたりしカーラショーカに報告すと、涙流して息子の偉業をあはれがりきといふ。
「やうやう、復讐かなひき。旧シシュナーガ王国の宰相なりしワシがわざわざビラータ藩王国に寝返りしに、ただの侯の地位のみくれしためしはさらにえ許さざりけり。ワシの望める地位を息子が実力に奪ひ取りしためしを誇りに思ふぞ」
藩王なるマハーナンディン公がカーラショーカ翁の足先に自らの額押し当て、合掌せり。
「父上、長らく待たせたてまつりき。ビハールの地は我らの大地にさうらふ」
公園管理人のラムバリが水を飲んで一息ついた。一方のナラヤンは微妙な表情をしている。
「……ラムバリさん。バッドエンドなんですけど」
ラムバリがニヤリと口元を緩めた。
「終盤に差し掛かったからなっ。ドキドキハラハラの展開しにしないと面白くないだろ」
それには同意するナラヤンだ。
「ラムバリさんって、作家になる才能があると思いますよ。本を書いてくれたら買います」
上機嫌になったラムバリが楽し気に首をふった。
「そりゃいいな。考えておこう。さて、それでは伝説の終盤を話すとするか」