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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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巨人世界 その一

 翌日、ムカスラが代表になり、帝国軍部隊が警護する形で巨人世界への訪問が実施された。

 ナラヤンも呼ばれていて、今回は若者の素体に憑依して同行している。この素体は近衛隊長が都合してくれたらしい。サラスワティは今回も用心していて、スマホの中へ移動しての同行だ。

 そのため、まずは羅刹世界の研究所前に転移して準備を整えている。帝国軍部隊はすでにステルス魔法を展開しているようで、姿が見えなかった。


 準備運動を終えたナラヤン素体に、サラスワティがスマホの中から告げた。

「ナラヤンさん、今回は巨人世界への転移ですから危険ですよ。羅刹が護衛していますが、それでも不安です。参加するのは反対なのですが……」

 心配そうにナラヤンを見るサラスワティである。しかし、当のナラヤンは至って楽天的だ。目もキラキラしている。

「僕が会った巨人さんは、話の通じる方でした。チヤが気に入ったと言ってましたから、今回こうして水筒に入れて持参しています。ですので大丈夫ですよ。チヤ好きに悪い人はいません」


 そんなナラヤンの隣にいるムカスラとサラスワティが顔を見合わせて、困ったような笑顔を浮かべた。

「巨人国からは訪問の許可を得ていますから、いきなり襲ってくる事はないと思います。サラスワティ様」

 ムカスラの話を聞いて、サラスワティも渋々同意した。

「そうである事を願っています。私も各種神術式の起動を終えました。これで大抵の事態に即対応できます」


 ムカスラが手元の空中ディスプレー画面で確認し、プラランバ上司に報告した。プラランバが画面の中で大真面目な表情でうなずく。彼はこの訪問には参加していない。

「よし。転移せよ、ムカスラ」

「かしこまりました」


 瞬時に転移魔法が起動して、次の瞬間には周囲の風景が一変した。といっても、大草原の真ん中だが。

 ムカスラが風に吹かれながら、空中ディスプレー画面を操作する。

「まずは、巨人世界の入り口となる結界内に転移しました。巨人族がこちらの持ち物や魔法などを調べて、問題なければ通行許可が下りる……ああ、あの門ですね」


 突如目の前に、巨大な石造りの門が出現した。両開きで押して開けるタイプの門なのだが……幅が3キロほどある。高さは不明だ。

 ナラヤン素体が目を点にして口を開けた。

「でっ……でっかー……」

 サラスワティが軽いジト目になって説明してくれた。

「大型巨人が立ったままで通行できるようにしているのでしょう。私が知っている巨人は身長が10キロありますし」


 門が自動で開いていく。軽く肩をすくめるナラヤン素体だ。

「自動ドアで良かったですね。では入りましょうっ」


 ナラヤンたちが門の中に歩み入ると、同行していた帝国軍部隊の面々がいきなり姿を現した。部隊長が苦笑しながら頭をかいている。

「やはりステルス魔法を強制解除されてしまいました。このまま警護を続けますのでご心配なく」

 了解したムカスラが、手元の空中ディスプレー画面に口上を述べた。

「マガダ帝国の使いで参りました。そちらで拘留されている帝国臣民の受け取りを要求いたします」


 草原の風景が一変して、巨大な宮殿の中になった。転移したのだろう。この宮殿も巨大で、天井が見えない。巨山くらいの太さがある石づくりの柱が無数に立っていて、壁が見当たらない。

 ナラヤン素体がキョロキョロして、がっかりした表情になった。

「な、なんか……思ってたのと違うー……殺風景だなあ。柱しかない」

 スマホの中のサラスワティが、小さくコロコロと笑った。

「身長が1キロ以上ある巨人向けに建築されていますからね。私たちサイズの家具はないと思いますよ」


「その点は心配無用ですよ、サラスワティ様」

 聞き慣れない声が天井から聞こえ、次の瞬間、10名の巨人が着地した。身長が数メートルくらいだったのだが、着地後にさらに小さくなっていく。最終的には羅刹と同じくらいの身長になった。

 見た目は人間と変わらないが、衣装は仏教で使う法衣のようなシンプルなものだ。当然のように裸足である。


 小型巨人の代表がスマホの中のサラスワティに対して、両膝を床につけて合掌した。他の小型巨人たちも彼に続いて膝をつく。

「我ら同胞を、羅刹王マヒーシャスラの魔法より解放してくださった事、改めて感謝申し上げます。ようこそ、巨人世界へお越し下さいました。歓迎いたします」

 サラスワティが困ったような笑顔を浮かべた。

「あらら。そんな昔の事、気にしないでくださいな。今回は羅刹さんのお手伝いに来ていますので、ムカスラさんと交渉してください」


 小型巨人の代表が立ち上がり、今度は普通にムカスラと握手を交わした。

「お互いに良い交渉結果になるように期待しています」

 ムカスラも素直に同意して手を握り返した。

「ワタシもですよ。ではここで交渉を始めますか?」


 握手を終えた小型巨人の代表が、指を一回鳴らす。それだけで人間サイズの会議用机とイスが召喚された。イスは帝国軍部隊員の分まで用意されている。

「立ち話は何ですから、座って交渉しましょう」

 ナラヤン素体がすかさず水筒を差し出した。

「チヤを用意しています。どーぞ」


 ナラヤンが用意してきたチヤの量は数人分しかなかったのだが、小型巨人の代表が魔法で全員分に増量してくれた。

「一時的に無限に増量しています。せっかくですので、飲み放題にしましょう」


 小型巨人の説明を聞いたムカスラがチヤを手にして目をキラキラさせている。

「羅刹魔法にもコピー用途で使う種類がありますが、液体は難しいんですよね。後で術式を解析してみます」

 ナラヤンとスマホの中のサラスワティが、そうなんだ……と聞いている。ちなみにサラスワティも画面の中でチヤを受け取っていた。


 小型巨人が少し照れながらチヤをすすった。

「我々巨人族そのものが、因果律に反した存在ですからね。世界の仕組みの抜け穴には詳しいんですよ」


 さて、和やかな雰囲気で交渉が始まった……のだが、それも最初の間だけだった。

 巨人族側は、不法侵入して資源を略奪していた調査隊は死刑だと一貫して主張。

 マガダ帝国側は、不法侵入について謝罪しながらも、サンプル採集に留まっているので略奪には相当しないと主張。死刑は過剰として減刑を求めた。


 双方がチヤをすすりながら、互いの上司に報告して指示を仰ぐ。

 ナラヤン素体が退屈になり大あくびをした。

「死刑を巡っての交渉になりつつありますけど……巨人世界とマガダ帝国とでは同じ死刑方法なんですか? 背丈が違うので細かい点が違うと思うのですが」


 このコメントが打開のきっかけになったようだ。ムカスラと小型巨人が一度にナラヤン素体を見つめ、すぐに上司と相談し始めた。

 ナラヤン素体が冷や汗をかいて目を泳がせる。そして、スマホの中でクスクス笑っているサラスワティに聞いた。

「も、もしかして、余計な事を言ってしまいましたか? 僕」

「そうですね。ですが、良い方向に交渉が進みそうですよ」


 羅刹も巨人も不死だ。不死の存在を死刑にするというのは、魂を完全消滅させるという意味である。滅殺ともいう。

 ただ、その魂をコピーしておけばどうなるだろうか。魂をコピーすると、それだけで因果律崩壊が起きやすくなるのだが……チヤのように、巨人の魔法を使えば回避できる。


 交渉の結果は次のようになった。


 調査団の魂を巨人族がコピーして数年間所有する。羅刹の魂は巨人族にとっても研究価値があるようで、その実験材料に使われるようだ。魂をさらにコピーする事が禁じられるため、コピー回数は一回限りとなる。

 コピーされた魂の一部を分離して、それをマガダ帝国へ渡す。魂のサムネやインデックスみたいな感じだろう。魂のコピーが酷い扱いを受けていないかどうかが、こうする事によってマガダ帝国側でも分かる。同時に、巨人族が行う研究の一端も共有される。


 こうした準備が整った後で、調査隊員を処刑して体とオリジナルの魂を消滅させる。この点は巨人族の主張に沿っているようだ。

 数年後、巨人世界から魂のコピーを返還してもらい、マガダ帝国で体を再生させて復活させる……という流れになる。


 ナラヤン素体が軽いジト目になって聞いている。

「うわー……実験材料に数年間使うって、酷いと思いますが。調査隊はマガダ帝国の命令で活動しただけでしょ? 盗賊団とかだったら、こういう扱いにしてもまだ納得できますけど」

 画面の中のサラスワティは、ナラヤン素体から目を逸らしてチヤをすすっている。

「……私たち神々が行っている処置と比べると、とても人道的だと思いますよ」

 ツボの中に千年、二千年も封印して放置するのは、確かに非人道的かも知れない。実際パトナでは発狂状態になった魔物や羅刹がいた。


 ムカスラと小型巨人が素案をまとめて、それぞれの上司に提出した。上司も同意し、さらに上の立場の者へ提出する。巨人世界では神と呼ばれている大型巨人の代表、マガダ帝国では皇帝に提出されるそうだ。

 何度か差し戻しがあったので、そのたびにムカスラと小型巨人が相談しながら調整を重ねていく。ただ、素案の流れには変更なしのようだ。


 十数分後、決定稿が出来上がった。

 ムカスラが皇帝のサイン入り文書を、小型巨人が大型巨人の代表がサインした文書を、空中ディスプレー画面経由で上司から受け取り、それを相手に渡した。


 スマホの中のサラスワティがチヤをすすりながら、肯定的に首をふる。

「交渉成立です。ナラヤンさんの召喚時間内にまとまって良かったですね」

 ナラヤン素体もチヤをすすっていたが、少し驚いた表情をしている。

「え? もう交渉が成立しちゃったんですか? 早すぎません?」

 サラスワティがウインクした。

「魔法で意識の部分共有をしているんですよ。ですので実態は、ムカスラさんが皇帝のペンの役目を果たしています。巨人族の方は全体意識のような感じですね」


 そのペンの役目を果たしたムカスラと小型巨人が、ほっとした表情でチヤをすすっている。小型巨人がチヤをお代わりしてからムカスラに告げた。

「では、続いて、実務上の手続きについての取り決めを詰めていきましょうか、ムカスラさん」

「はい、そうですね」


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