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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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ティハール大祭

 季節は西暦太陽暦の10月下旬になった。5日間のティハール大祭が始まり、再び学校が休みとなる。しかし休みは祭りの中心の一日だけだが。

 光の祭とも呼ばれていて、北インドではディワリ大祭、南インドではディーパワディ大祭として人気だ。


 簡単に祭祀の日程を紹介してみよう。これはネパール版なので、インドでは別の祭祀内容になる。

 初日はカラスへ供物を捧げる。カラスを家で飼っている人はいないので、野生のカラスだ。普通は庭の一角に簡易の祭壇を設けて、そこにカラス用の供物を乗せる。内容は家によるのだが、ご飯と肉の香辛料炒めが一般的である。ちなみにカラスはヤマの使いだ。


 二日目は犬の額に赤い色粉をつけて、花輪を首にかけてから供物を捧げる。この犬もヤマの使いである。死者の神の使いをもてなす事で、厄除けを祈願する。家で犬を飼っていない家では野良犬に供物を捧げる事が多い。

 ただ、カラスや野良犬が増えると行政としては困るため、近年ではこれらの祭祀をしない傾向だが。


 三日目は主神ラクシュミを祀る日となる。彼女は富を司る女神なので、家の中に祭壇を設けてお金や宝石などを置く。同時に商売の神であるガネシュも祀るのが一般的だ。

 ラクシュミは派手好きなので、家を電飾やロウソクで飾りつけ、花輪などを家の扉にかける。家の門から玄関を通り、祭壇までの通り道をチョークや色粉などを使って示す事も行う。その途中に円形の鮮やかな模様を床に描いて、女神様の歓心をくすぐる事もする。アカデミー賞受賞者が歩くレッドカーペットの道のような感じである。

 この女神様は菜食主義者なので、この日の食事には肉料理が出ない。

 夜は花火大会になるのだが、騒音問題やボヤ騒動が起きるために近年では禁止や自粛の傾向だ。


 四日目は牝牛の額に赤い色粉を塗り、花輪を首にかけて供物を捧げる。しかし、牝牛を飼っている家は町では少ないので、この儀式は農村で行われる。ナラヤンの故郷も田舎なので、当然のように全ての牝牛を飾り立てたようだ。


 そして最終日は妹から祝福を受ける日となる。額に特別な印を描いてもらい、お金などを妹に渡す。親戚回りして食事会をする習慣があるため、この日が最も混雑する。学校が休みになるのもこの日だ。


 ナラヤンは実家で食事会の手伝いをしていたが、ちょうど一息つけるようになったようだ。水筒の水を口をつけずに飲んで、スマホをあちこちに向ける。

(あー……小さなラクシュミ様とガネシュ様がいっぱい飛び回ってるなあ)

 大きさはミニスワティと同じくらいだろうか。ガネシュの肩に乗って飛び回っているのが見えた。ガネシュは頭がインド象の人型の神で、ネズミが眷属である。さすがに耳を巨大化させて羽ばたいて飛んではいない。


 声も聞こえてくるが、遠いので途切れ途切れだ。それでも何を言っているのかは理解でき、ナラヤンが軽く肩をすくめながら口元を緩めた。

「伝承の通りですね……」

 どうやら、家ごとの飾りつけの審査と評価を手分けして行っているようだった。良い飾りつけをした家には大目に加護が与えられるのだろう。


 ナラヤンが軽く頭をかいて、実家の中を見た。

(中位の中位……って評価ですか、そうですか。大掃除も併せて頑張ったんだけどなあ)


 親戚の一団がチャーターしたミニバスに乗り込み始めた。近くの親戚の家に押しかけるのだろう。その中にはナラヤンの父や叔父の姿も見えた。ちゃっかりと呪術師のラズカランまで同乗している。ナラヤンの母や叔母は見送る側だが、こちらはかなりのジト目だ。

(ここぞとばかりに飲み食いする気だな。二日酔いしなければいいけど)


 楽団も少数名ながら雇っているようで、一緒にミニバスに乗り込んでいる。

 このティハール大祭では、子供たちが家を巡って伝統の歌を披露する習慣がある。お駄賃目当てなのだが、これの大人版だろう。歌の歌詞は、王様の病気が治ったので皆さんにお知らせします……というような内容だ。これに即興で好きな歌詞を追加して歌いまくる。


 ミニバスが発車したので見送ったナラヤンが、小さくため息をついた。

(サラスワティ様には、電話しない方が安全そうだな……歌好きだし)


 しかしムカスラから電話がかかってきて、その目論見は潰えてしまった。

「ナラヤン君。異世界探索のその後ですが、情報が入りました。サラスワティ様にもお知らせしてくれませんか? 情報を共有しておきましょう」

 がっくりと肩を落としたナラヤンだったが、すぐに了解した。

「分かりました。すぐに電話しますね」


 サラスワティはいつものコシ河展望台にいた。祭りには参加していない様子なので意外に思うナラヤンだ。電話で聞いてみる。

「てっきりミニスワティ様を放って、あちこちで歌っていると予想していたのですが……体調がすぐれませんか?」

 サラスワティの素っ気ない返事がきた。

「ティハール大祭はラクシュミさんとガネシュさんが主役です。私はお呼びではないんですよ」


 どうも不機嫌そうな口調に聞こえる。

(……ここは慎重に対処した方が良さそうかな)

「では、この後で展望台へ供物を持って向かいます。聴衆が僕一人だけなので恐縮なのですが、存分に歌ってください」


 サラスワティの口調が明るくなってきた。機嫌が直ってきたようだ。

「あら。そうですか? そういえば姉のドゥルガやカーリーさんたちも暇だったような。呼びかけてみますね」

 ナラヤンが内心でツッコミを入れた。

(まずは上司のブラーマ様じゃないでしょうか……)


 ナラヤンが母や叔母たちに今日の食事会の予定を聞いて、1時間ほどの自由時間をつくった。早速、サラスワティに電話して知らせる。

「自転車を使うと行き来だけで30分以上浪費してしまいそうですから、僕を転移させて展望台まで召喚してください。供物が用意でき次第、再度ご連絡しますね」

「分かりました、ナラヤンさん。私も知り合いに話していますので、少し時間をくださいな」


 ムカスラが電話口で申し訳なさそうに告げた。

「すみません。盛り上がっているのに恐縮なのですが、情報共有しても構いませんか?」

 ナラヤンが頭をかいた。忘れていたようだ。

「あ……すみません。どうぞお願いします」


 ムカスラの話によると、マガダ帝国では様々な異世界へ調査隊を派遣しているという事だった。

「危険な仕事のようですよ。先日はうっかりドラゴンの棲む異世界へ行ってしまったそうで、食べられて全滅しました」

 羅刹は不死なので、食べられても魂の状態になるだけだ。その調査隊は全員が魂になって逃げ帰ってきたという事だった。当然ながら、そんな異世界は移住に不適と判定された。


 ナラヤンが目を点にして聞いている。

「ド、ドラゴンの世界ですか……聞いただけでワクワクしますね、それ」

 サラスワティも電話口で呻いている。

「私もドラゴン族は見た事がありません。ドラゴン型の魔物くらいかな。よく無事に戻ってこれましたね」


 ムカスラの口調が大真面目になった。

「……気になる調査隊があるんですよ。巨人世界へ調査に入った部隊です」

 その異世界では大型巨人が神として君臨していて、小型巨人が国家を運営しているそうだ。調査隊はそこで病原体と呪いなどの術式を採集しているそうなのだが……

「法術省が詳しく調査してみた所、この調査隊は巨人族から採集許可を得ていないと分かったんです。不法採集ですね」


 ナラヤンが王宮跡公園で会った巨人を思い起こした。尋常ではない雰囲気だったなあ……という印象が強く残っている。

「それって……ヤバくないですか?」

 サラスワティも電話口で同意している。

「巨人の魔力はとんでもないですよ。羅刹では立ち向かえません」


 ムカスラもその事は理解しているようだ。

「ですよね。プラランバ上司も危惧しているんですが、省が別なので強く言えないんですよ」

 小声になった。

「皇帝陛下も巨人を軽視していると噂されていますし……」


 サラスワティが呆れた口調になった。

「つい先日のゴミ捨て場騒動で、マガダ帝国軍の特殊部隊が全滅したばかりでしょうに。情報を理解する能力に疑問が生じますね。私が直接行って、その皇帝に説教しましょうか。何でしたら、強制的に脳神経を矯正して差し上げても構いませんよ」

 ムカスラが狼狽し始めた。

「えええ……それはちょっと」


 物騒な話になりそうなので、ナラヤンが口を挟んだ。

「あ。供物の用意ができました。参加者数はどのくらいになりそうですか? 人数分の供物を包みますよ」

 サラスワティが明るい口調に戻って答える。

「姉のドゥルガとカーリーさん、シディーダトリとシャイラプトリちゃんの4柱ですね。ちょっと多いと思いますが、供物をよろしくお願いします」

「かしこまりました」


 そして次にムカスラに話しかけた。

「すみません、ムカスラさん。話の続きはまた今度にしましょう」

 ムカスラもほっとした口調で応じた。

「そうですね。また機会を改めますよ。では、お祭りを楽しんでください」


 ナラヤンがムカスラとの電話を切って、同情した。

「ムカスラさんって、どうも運が悪いというか何というか。苦労性ですよね」

 サラスワティがコロコロと笑った。

「闇魔法の魔法適性ですから、幸運とはあまり縁がないのですよ。ですが、そこは絶え間ない努力で克服していますね。あの圃場の出来は素晴らしいものでした」


 そんなものなんだなあ……と聞きながら、ナラヤンが供物を大きめのタッパ容器に詰め終わった。

「用意できました。いつでも僕を召喚してください」

 サラスワティが喜びながら応じた。すでに電話口からはドゥルガやシディーダトリの声が聞こえている。

「はい。ああ、そうだ。泥人形もついでに召喚しますね。カーリーさんがうるさくて」

 ナラヤンがタッパ容器を抱えて、家の影に移動した。周囲に誰もいない事を確認する。

「2体しかありませんから、順番に憑依してくださいね」


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