泥人形あそび その一
この季節になるとビラトナガル市内では、ダサイン大祭の次に控えているティハール大祭に向けての買い物や準備が進められていた。
ダサイン大祭とは主神が異なり、富の女神であるラクシュミとなる。彼女は菜食主義である。彼女を祀るため色とりどりの花や電飾、チョークに色粉などが各家庭で用意される。
ダサイン大祭と違い、この大祭はインド全域でも盛大に祝われるのでイベントが盛りだくさんだ。特に花火大会が多い。その会場チケットや、音楽コンサートに食事会の予約もこの頃から始まる。帰省するインド人も多いため、飛行機や長距離バスなどのチケットも予約が殺到する時期だ。
ナラヤンの部屋ではムカスラとシディーダトリが寛いでいた。部活動を終えて部屋へ戻ってきたナラヤンが、近くの駄菓子屋と果物屋で買ってきた供物をそれぞれに捧げる。
シディーダトリがニコニコしながら生気を吸収してご機嫌な表情になった。今は非番なのか軍服姿ではなく、サルワールカミーズ姿だ。生地の色は水色だが。背中に生えている白い白鳥の翼を優雅に広げている。
「殊勝な心がけだね、ナラヤン君。えらいえらい。そろそろミカンの季節なので楽しみにしてるよ」
今回の果物はブドウとジャックフルーツである。駄菓子は定番のポテチだ。
ムカスラはステルス魔法によって透明化しているのだが、スマホ画面越しに見ると嬉しそうにパクパク食べている。彼も白衣姿のままだ。恐らくは研究所での仕事の合間にやって来たのだろう。
「巨人の鎧たちが世話を続けていた作物ですが、上手く羅刹世界の環境に適応しそうですよ。その中に木イチゴなどもありまして、今から楽しみです」
ナラヤンが湯を沸かしてチヤを淹れながら、ほっとした表情になった。
「それは良かったですね。枯れてしまうと切ないですし。僕も白い花のハスをコシ河東岸とバルジュ湖にこっそり植えてきました。こちらも大丈夫そうです」
そう話してから、少し困ったような表情になった。
「おかげで、サラスワティ様が植えた場所にずっと張りついているんですよね……よほど気に入ったようです」
シディーダトリが生気を味わい終わって満足そうな笑みを浮かべていたが、両手の平をクルリと返した。
「でしょー。仕事もせずに花ばかり見てるんだよねー。まあ、元々引きこもってたからアタシに実害は出てないけどさ」
反応に困っているナラヤンに、サラスワティのグチを続けてこぼし始めた。
さすがに場の雰囲気が微妙になってきたので、ムカスラが姿を現して話題を変える事にしたようだ。
「シディーダトリ様を始め、神々は供物を直接食べる事ができないのですよね。やっぱり飲食してみたいものですか?」
シディーダトリが軽く腕組みをして考え込んだ。供物をナラヤンに返す。
「そうだなあー……興味はあるよ。ドゥルガとかカルナが美味いって言ってるし。でもさ……」
ジト目をムカスラに向けた。
「素体の強度が弱すぎなんだよね。アタシが憑依してもすぐに崩れて粉になるでしょ。もっと改良してもらわないと現実問題として無理だよね」
ムカスラが背中を丸めて恐縮している。
「すみません。研究所で改良を重ねているのですが……魔法場の違いが予想以上に難題になっているんですよ」
特に、先日の王宮跡地のゴミ捨て場でのような戦闘をするとなると、あっという間に素体が崩壊してしまう。
「素体それ自体も魔法世界からの輸入品なので、改良にも限度があるんですよ。自国生産であればかなり自由にできるのですが……」
ナラヤンが話を聞きながら、チヤをムカスラとシディーダトリに出した。
「では泥人形ではどうですか? 泥スマホもつくっていますし」
泥は神々の像をつくる際に使われている。
シディーダトリが肯定的に首をふった。
「そうだなあ……いけるんじゃない? できれば神聖な泥の方が良いだろうけど」
ムカスラが腕組みをして考えながら提案する。
「羅刹魔法でも泥を使ってゴーレムなどをつくります。共通性がありそうですね。神聖な泥となると……やはり王宮跡公園の前にある聖池の底土でしょうね。最も強い神術場を帯びていますよ」
意外そうな表情でチヤをすするナラヤンだ。
「そうなんですか。いつも水牛や牝牛、山羊の草場になっているだけですよ。神秘さは微塵も感じられませんが。一番強いのはサラスワティ様がいる展望台の周辺や、シヴァ様の祠があるバルジュ湖の島かと思ってました。それか、王宮跡公園の丘とか」
シディーダトリもナラヤンに同意している。
「アタシは神だから、神術場の強弱なんて気にしてないのよね。大きな寺院の中にある聖池の方はどうなのさ」
ムカスラが素っ気なく否定的に首をふった。
「人間の信仰心がほとんどを占めていますので、神術場よりも法術場が強いんですよ」
人間の信仰は、多くが家内安全や商売繁盛、厄除けといった内容なので、人間の生活に関わる法術に近い内容になっているらしい。神術場には魔物退治や雷などの超常現象が多く含まれる。
「王宮跡公園の前にある聖池が造られたのは、神々と人間が共に、羅刹と戦っていた頃ですからね。別物なんです」
シディーダトリが軽くジト目になった。
「って事は、アタシたち新しい神が羅刹に苦戦するのって……そういう背景があるからかー」
肯定的に首をふるムカスラである。
「他にも様々な理由がありますが、その一つとして挙げられるでしょうね」
ちなみに王宮跡公園の丘は、巨人の鎧由来の魔力が漏れ出た影響で汚染されているというムカスラの話だった。
「魔物が実際に呼び寄せられていましたし、ヘビ羅刹も目覚めてしまいましたからね。神術場とは別です」
さて、そういう事でナラヤンが王宮跡公園へ自転車で向かった。まず公園管理人のラムバリの家に寄って、泥人形の作成と倉庫での保管の許可をとりに行く。
ナラヤンの申し出を聞いたラムバリが、腕組みをして渋い表情になった。
「奇行のナラヤンって有名だが……バサンタパンチャミ祭に備えての実験という事でならいいよ」
バサンタパンチャミ祭は冬に行われて、サラスワティを祀る。その際に神輿を作り、中に泥人形を配する。神輿は燃やして泥人形ごと川に流すのが伝統なのだが、今はやっていない所が多い。
「ありがとうございます、ラムバリさん」
礼を述べたナラヤンが、聖池に行って早速泥集めを始めた。
「とりあえずは、牛糞が落ちてない場所の泥にしますね」
雑草や草の根などを取り除いた泥で、ナラヤンが人形を作ってみる。
それを見ていたシディーダトリがケラケラ笑い始めた。真っすぐなセミロングの銀髪がサラサラ揺れる。
「へたくそー」
ムカスラも目を逸らして肩を震わせている。おかげで、ただでさえ凶悪な形相が強化されているようだが。
ナラヤンがジト目になりながらも、第一号の泥人形をシディーダトリに見せた。
「でも、ちゃんと人の形をしていますよ。ちょっと小さいですけど」
全長は30センチくらいしかない。これ以上大きくすると、手足や頭部分がちぎれてしまうようだ。まあ、陶芸用の粘土ではないので、こんなものである。
まずは試作として一体作り、日干しさせるために倉庫の屋根の上に置いた。
「よし。これでどうなるか見てみましょう」
さて、この泥人形づくりだが……翌日の朝にはジトゥの耳に入ったようである。登校したばかりのナラヤンに、ジトゥが寄ってきた。すでにニヤニヤ笑っている。
「よお、ナラヤン。今度はお人形遊びを始めたんだってな。昼までには記事にするから、楽しみにしておいてくれ」
ナラヤンがため息をついて、右手の平をクルリと返した。
(ラムバリさんめー……口が軽すぎるだろ。今朝はいつもにも増して冷たい視線を感じてたんだけど、そういう事だったんだな)
今日も放課後に王宮跡公園へ行って、泥人形づくりの続きをするとジトゥに話す。
ジトゥが全く信じていない表情でメモをとった。
「バサンタパンチャミ祭ねえ……まあ、そういう事にしておいてやるよ。あそこにあるのはドゥルガ様の祠だけだろ。他にはシヴァ神とカーリー神にラクシュミ様だったっけか。サラスワティ様は祀っていないけどな。まあ、いいや」
さて、放課後になり、自転車をこいで王宮跡公園へ向かったナラヤンである。最初にラムバリの家に寄って文句を言ってから、倉庫の屋根で干していた泥人形を手に取った。
「お。かなり乾いて固くなってるよ」
しかし、屋根から降りる際に手足と頭がもげてしまった。胴体にも大きなひび割れが生じる。
「おおう……ダメか」
スマホを出してムカスラに電話するが、この場所以外の泥は推奨できないという返事だった。
「砂粒が多く含まれているのだと思いますよ。細かい網を使って、砂と泥を選別してみてはどうですか?」
なるほど、と了解するナラヤンである。
「他の人からもアドバイスをもらった方が良いよね」
そこでロボ研のサンジャイ部長に電話をしてみた。
「……という対策を考えているんですが、他に何かアドバイスありませんか? 部長さん」
まず怒る部長だ。
「ナラヤン隊員……そんな事する暇があるなら、ロボづくりの部品集めに集中してくれないか。今日も、捕まえに行こうとしたら先に帰ってるし」
しかし、頼まれると断れない性格はナラヤンと同じようである。一通り怒ってから丁寧にアドバイスをし始めた。
「関節部分へかかる力に、泥の粘着構造が耐え切れないのだろうな。であれば、補強材を泥に混ぜてやれば良いはずだ」
ナラヤンが申し訳なさそうに答える。
「できれば、燃やしても害の出ない補強材にしたいです。針金やガラス繊維はちょっと……細い麻ヒモが良いでしょうか」
素直に同意する部長だ。
「うむ。麻ヒモで人形の骨格をつくって、それに泥で肉付けする方法だな。バサンタパンチャミの神像は最後に川へ流すからね。水質汚染を引き起こす材料では具合が悪いよな」
ここで少し考えた。
「麻ヒモか……30センチの泥人形の補強材として使うとすると、結構多く必要とするぞ。空気も混入しやすいし。コストもかかりそうだな」
ナラヤンも同意する。
「ですよね。僕の村でも麻栽培をしていますが、麻ヒモって意外と安くないんですよ。原価ゼロの廃棄物を使いたい所です。今、金欠でして」
部長が電話口で低く笑っている。
「最近、金遣いが荒いとジトゥから聞いてるぞ。そうだな、安い繊維なら稲ワラだが……もう稲刈りが終わってしまったしな。牛の餌として売られているから買う必要がある。原価ゼロではないな」
うーん……とナラヤンが呻いていると、部長が冗談混じりの口調で提案してきた。
「髪の毛も繊維として使えるけどな。だが、知っての通り不浄扱いだ。神像には使えないだろうな」
ヒンズー教では髪の毛は不浄なモノとして扱われる。
ナラヤンがピクリと反応した。
「もう少し考えてみます。アドバイスありがとうございました、部長さん」
電話を終えたナラヤンが自身の髪の毛を触った。短髪なのでそれほど長くない。
「そうか、髪の毛があったか。サラスワティ様に相談してみよ」
スマホのクジャクを指タッチして電話をかけると、サラスワティが転移してやって来た。王宮跡公園にフワリと降り立って、呆れた表情をナラヤンに向けている。
「ナラヤンさん……考えましたね」
通常では髪の毛は不浄扱いなので使えない。しかし、サラスワティが神術を使って清浄にすれば話は別だ。実際にサラスワティが試作している泥スマホには、ナラヤンの髪の毛をコピーしたモノが入っている。
ナラヤンが自身の髪の毛を触りながら話す。
「僕の髪の毛は短いので、他の人の髪を使いましょうか? 床屋に行けば手に入ります」
サラスワティが否定的に首をふった。
「いえ。ナラヤンさんの髪を使いましょう。私が扱い慣れている髪ですしね」
そう言ってから、サラスワティがナラヤンの頭に右手をかざした。
「短いなら、長くすればいいだけの話です。えい」
ボワン!
いきなりナラヤンの髪が爆発的に伸びて、足元にまで届いた。さらに伸びて、地面に垂れた髪が渦を巻いていく。
「おわっ……」
絶句して立ち尽くしているナラヤンに微笑んだサラスワティが、曲刀スチミタールを召喚して右手に持った。刃渡りが1メートルくらいもある。それを、ナラヤンの頭皮にピッタリと当てがった。
「神器で散髪しますので、髪の毛が浄化されます。人形の骨格として使えるはずですよ」
そう言って、容赦なくナラヤンの髪を斬りおとし始めた。
ザックザックと音がして、バッサバッサと髪の束が地面に落ちていく。時々、刃の方向を間違えて頭皮を削っているため、血だらけになるナラヤン頭だ。
サラスワティが少し困った風に小首をかしげた。
「うーん。頭って球面なので斬るのが難しいですね。頭蓋骨もうっかり削ってしまっていますが、気にしないでくださいな」
顔面蒼白で両目を閉じるナラヤンであった。
「次はハサミを供物として捧げますね」
ともあれ何とか散髪が終わった。ナラヤンの頭のケガを法術で治療したサラスワティが、髪の毛の束を手に取る。
「うん。浄化されています。神像に使えますよ」
ナラヤンが血まみれになっていたシャツを手に取って安堵している。こちらも今はキレイに血が取れていた。
「学校の制服って高いんですよ。新たに買う事にならなくて良かったです」
さて、早速この髪を使って泥人形づくりが始まった。ナラヤンが手応えを感じて目をキラキラさせている。
彼は気がついていないのだが、髪型がちょっとおかしい。短く刈り込んだ場所が頭のあちこちにある上に、頭皮や骨を削り取った場所から生えている髪は数ミリほどの長さしかない。一方で切りそこなった髪の毛が、ヒョロリと数本単位で伸びていて風になびいている。
それを見て謝るサラスワティだ。
「うわー……ごめんなさい。後で床屋さんに行って髪を整えてくださいね」
ナラヤンがサラスワティの表情を見て察したようだ。頭の髪を手で触りながら了解する。
「そうします……」
泥人形が一つ完成した。30センチほどの大きさで、人形型の髪の束に泥を肉付けしている。それを手にしたナラヤンが満足そうな表情になった。
「強度が上がっていますね。これを乾燥させれば完成です」
サラスワティも肯定的に首をふって見ている。
「では、乾燥させてみますね」
右手を泥人形にかざすと、空気と水分が一気に蒸発して抜け出した。泥人形の表面に細かいひび割れが生じたのだが、ナラヤンが人形を持ち上げても手足や頭がしっかりと付いている。
ナラヤンも満足そうに首をふった。
「良い感じです。どうですか? これなら憑依できそうですか?」
サラスワティが右手を泥人形に添えた。
「……大丈夫だと思います。ちょっと憑依してみますね」
サラスワティがスルリと泥人形の中へ入り込んだ。すると、泥人形が一気に巨大化していく。最終的には150センチちょっとまで大きくなった。同時に白いサルワールカミーズ姿になって起き上がる。
「んー……成功ですね。手足も問題なく動かせますよ」
その場でピョンピョン跳びはねて軽く運動をして、最後に背伸びをした。背中まで伸びている癖のある黒髪が、一呼吸遅れて体の動きについていく。
「特に神術式の修正をしなくても問題ないでしょう。これでしたら、私以外の神々でも憑依できますね」
ナラヤンが見とれていたが、我に返って一点だけ指摘した。
「サンダルは履いてください。さすがに今の時代ですと、裸足で街中を歩くのは良くありません。警察に注意されてしまいます」
サラスワティ人形が足元を見下ろして、軽く肩をすくめた。
「そうですか……分かりました」
ナラヤンが水筒の水を飲んで気合を入れた。
「よしっ。髪の毛の残りがまだあるので、人形づくりを続けますね」
サンダルを履いたサラスワティ人形が微笑んで、ナラヤンの隣にしゃがんだ。
「私も手伝います。この泥と髪の量でしたら、あと2つ作れそうかな」
真っ赤な顔になったナラヤンが、サラスワティ人形と目を合わせずに答えた。
「は、はい。ソウデスネ。ガンバリマス」
サラスワティが手伝ってくれたので、すぐに追加の2体の泥人形が完成した。ふう、と満足そうに汗を拭いたナラヤンが、再び水筒の水を飲む。
サラスワティも自身の水筒を呼び出して、同じように水を飲んでニコニコしている。
「あ、そうだ。お姉ちゃんに知らせておかなきゃ」
そう言って、サラスワティ人形がポケットの中から泥スマホを取り出して、電話をかけ始めた。
一息ついたナラヤンが、サラスワティの持つ泥スマホを見る。
「人の髪の毛って便利なんですね」
ドゥルガと笑顔で電話していたサラスワティ人形が、電話を終えて素直にうなずいた。黒髪の毛先が体の動きに合わせて緩やかに動く。
「特にナラヤンさんの髪が便利なんですよ。何度も神々と接しているおかげでしょうね。この泥スマホも、ようやく手応えを感じてきました。量産化までもう一工夫です」
新作の泥人形2つをサラスワティ人形が神術を使って乾燥させた。
「これで完成ですね。姉がそろそろ来るので、彼女からも意見を聞いてみましょう」
その直後に、ドゥルガが転移して登場した。今の段階ではスマホ画面を通じて彼女の姿を見ているナラヤンが、合掌して挨拶する。
「こんにちは、ドゥルガ様。泥人形ができましたので、お試しください」
赤いサルワールカミーズ姿のドゥルガがニッコリ笑った。サラスワティ人形を見つめて喜んでいる。
「おー。良い感じだね。それじゃあ、アタシも憑依してみるか」
泥人形が瞬時に身長160センチちょっとの美少女になった。さすがに戦女神なのでボクサー体型だ。肩下まで伸びる癖のある茶髪を揺らして、軽くシャドーボクシングのような運動をする。拳を打ち出す動きが実に滑らかで、しかも鋭い風切り音を伴う。
それを終えてから、ナラヤンに笑みを向けた。涼し気な目がキラキラしている。
「いいな、これ。素体よりも動かしやすいぞ」
ナラヤンがほっと安堵した。
「激しい動きでも大丈夫そうですね。良かった」
サラスワティ人形が自らの腕に指を当てて触診を始めた。肯定的に首をふって、今度はナラヤンの手をつかんだ。
「どうですか? 体温と脈があるでしょ。呼吸もしているんですよ。法術の応用です」
サラスワティに手を握られてドギマギしているナラヤンだったが、落ち着くと素直に驚いた。
「凄いですね。生きている人間と変わりませんよ。さすがサラスワティ様」
照れ笑いしたサラスワティ人形が、嬉しそうにステップを踏み始めた。
「昔はこんな風に実体化していたんですよ。懐かしいですね」
そんな妹をニコニコしながら見ていたドゥルガが、彼女の泥スマホで電話をかけた。
「おう、カーリーかい? 面白い事になってるから、ちょっと来いや」
ピタリとステップを止めるサラスワティ人形。ジト目になっている。
「お、お姉ちゃん? まだ一般の神に公開するのは早いよ。慎重に術式のエラーチェックをしないと……あ」
カーリーが転移してやって来た。非番だったようで、いつもの軍服姿ではなくサルワールカミーズ姿だ。ドゥルガに琥珀色の鋭い瞳を向けて、口をへの字に曲げている。
「なんだよ、ドゥルガ。休憩中だったんだが……ん?」
カーリーの目が点になった。
「お、おい……何勝手に実体化してるんだよ」
ドゥルガ人形がドヤ顔で説明を始めた。サラスワティ人形は頭を抱えているが。
「お、お姉ちゃんってば……」
ナラヤンはワクワクしているようだ。
「3柱も女神様を直接見る事ができるなんて、すげーすげー」
ドゥルガ人形とそれからサラスワティ人形からの話を聞き終わったカーリーが、琥珀色の瞳を鋭く輝かせた。
「そうか。ブラーマ様が神々の実体化を希望しておられるのであれば、協力せねばならぬな」
ドゥルガが満面の笑みでうなずいて、最後に残っている1体の泥人形を手に取った。
「そういう事だ。さっさと憑依してしまえ、カーリー」
ナラヤンとサラスワティ人形が視線を逸らしている。
(拡大解釈ですけどね……)
カーリーが泥人形に憑依すると、身長が180センチくらいのレスラー体型になった。腰まで伸びている癖のある黒髪をふって、首と肩を回す。
「ふむ……これが重力か。どれ」
三又槍を呼び出して、上空に突き上げた。槍の穂先から光線が放たれて、周囲の空気がバリバリと帯電した。
「うむ。神術が使いやすくなっているな。良いじゃないか」
サラスワティ人形がジト目になって注意する。
「カーリーさん。因果律崩壊に注意してくださいね。実体化しているので、より注意が必要になっているはずです。迷子になったカーリーさんを探しに行くのは、面倒ですし」
カーリーが素直に了解した。嬉しそうに首をふっている。
次にナラヤンがカーリー人形に恐縮しながら話しかけた。
「カーリー様、すみません。身長をもう10センチくらい低くしてもらえませんか? その姿のままでビラトナガルの街を歩くと、ものすごく注目を浴びてしまいます」
キョトンとしているカーリー人形に、サラスワティ人形が説明を加えた。
「人間の注目を集めてしまうと、警官がやって来て職務質問するそうなんですよ。そうなると、ナラヤンさんの就職活動に悪影響が出る恐れがあるんです」
ナラヤンが恐縮しながら頭をかいた。
「すみません。僕は学校の成績が良くないんですよ。就職に失敗するとインドへ出稼ぎか、実家で麻栽培をする事になってしまうんです」
そうか、と素直に聞き入れるカーリー人形であった。すぐに170センチくらいの身長に変更する。体型もそれなりにスリムになっている。
「これでどうだい?」
ナラヤンが合掌して感謝した。
「ありがとうございます、カーリー様」




