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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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異世界討伐

 ムカスラが翌日の朝、寮の自室で眠っていたナラヤンに助けを求めてきた。すでに涙目になっている。

「ナラヤン君ー……手伝ってくれませんか」

 まだフラフラしているナラヤンだったが、とりあえず了解する。

「ええと……よく分かりませんが、分かりました。どうしたんですか」


 ナラヤンが顔を洗って歯を磨き、冷蔵庫から適当に食料を出して食べながら聞く。

 ムカスラの話は次のようなものだった。


 マガダ帝国は移住先の探索という名目で、様々な異世界へ調査隊を送っている。

「ある異世界へ行った調査隊が呪いにかかって、全員が行方不明になっているんですよ」

 羅刹は不死なので、死んでも魂になるだけだ。時間が経過すれば元に復活できる。しかしこの呪いにかかると、いくら待っても復活してこない。それで帝国が心配して方々に相談しているという事だった。


 ナラヤンが朝食を終えて水をガブ飲みし、困惑の表情を浮かべた。右手の平をクルリと返している。

「えええ……僕に言っても何もできませんよ」

 彼の知り合いには呪術師のラズカランがいるのだが、本物の呪いへの対処は期待できない。

「占いとかでしたら、まだ何とかなるとは思いますが」


 ムカスラが涙目のままで同意した。

「はい、それは分かっています。ナラヤン君経由でサラスワティ様に解呪をお願いしたいのです」

 それでようやく理解したナラヤンだ。

「あー……なるほど。分かりました。電話して聞いてみますね」


 クジャクを指タッチしてサラスワティに電話し、助けを求める。

 しかし、サラスワティも困惑している口調だった。

「……神頼みにも限度がありますよ。私は戦闘系の神ではありません」


 ですよねー……と同意したナラヤンであった。が、ムカスラが捨てられた子犬のような顔をしているので、食い下がってみた。

「どなたか心当たりはありますか?」


 サラスワティが電話口で小さくため息をついた。

「そうですね……姉に聞いてみます。少し待ってください」

 しかしドゥルガは、ポカラで大量発生している魔物退治の仕事をしているという事だった。


「運が悪いですね。仕方ありません、シディーダトリちゃんとカーリーさんに助力を請いましょう」

 しかしナラヤンの部屋に呼び出されてやって来たカーリーは、羅刹のために仕事なんかできるか、と拒絶した。そのまま怒って飛び去っていく。シディーダトリも慌てて飛んで逃げていった。


 唯一、ナラヤンの部屋の窓の外に残ったのは赤い軍服姿のシャイラプトリだけだった。いつもの空飛ぶ水牛の背に乗ってあぐらをかきながら、飛んで逃げていく水色の軍服姿のシディーダトリを見送っている。

「まあ、普通はこういう反応をするわな」


 窓の外に顔を出して一緒に見送っていたナラヤンに顔を向ける。彼女は嫌そうな表情をしていなかった。

 ようやく転移してきたサラスワティに気軽に挨拶をしてから、ムカスラに視線を向ける。彼女の髪はボブカットとでもいえるような短髪で、それが風にサラサラなびいている。赤い軍服姿である事も相まって、かなり格好いい。

「アタシは別に構わないぞ。異世界とやらにも興味があるしな」


 喜んだムカスラが早速、素体を召喚した。

「では、この素体に憑依してください。実体化していないと戦闘になった際に困ると思います」

 シャイラプトリが水牛を空に放って、散歩に出した。肩には三又槍を担いでいる。

「うむ。用意が良いのは感心だな」


 シャイラプトリが素体に憑依し、サラスワティが水筒の水をかけると金色に輝き始めた。慌ててムカスラが小人型になってナラヤンの胸ポケットの中へ避難する。

「あわわ……角と髪の毛が焼けてしまいました」

 ナラヤンが両手を胸ポケットに当てて日除けをつくった。

「人間には何ともないんですけど……やっぱり魔法場の違いって面倒ですよね」


 金色の光が収まると、部屋の中にボーイッシュな美女が素足で立っていた。服装は赤い軍服姿のままで、肩には金色に輝く三又槍を担いでいる。

 その美女が自身の姿を見て、涼やかな目を輝かせた。黒い真っすぐな髪質の短髪が動きに合わせてサラサラと揺れる。

「へえ……これが実体化ってやつか。重力を感じるぜ」


 ムカスラが胸ポケットから顔を出してドヤ顔になった。

「神術の研究も進んでいますからね。ようやく素体に無理なく、女神様が憑依できる術式が完成しました」


 シャイラプトリ素体が体を動かしてみた。三又槍を体の一部のような感じで振り回す。

 いきなり衝撃波が発生して、爆音と共に窓ガラスと部屋の扉が粉みじんに砕けて飛んだ。部屋の中も全てが粉砕される。全てが。

 ナラヤンはサラスワティが張っていた防御障壁に守られていたため無傷だったが……顔面蒼白だ。

「ちょ……何て事してるんですかあっ」

 寮内にも爆音と衝撃波が駆け抜けたので、あちこちで悲鳴が上がっている。道路では事故もいくつか起きたようだ。クラクションの音が一斉に鳴り始めた。


 シャイラプトリ素体が照れ笑いを浮かべた。

「おう、すまんすまん。加減をちょいと間違えた。次からは大丈夫だ。サラスワティさん、後始末よろしく頼むわ」

 サラスワティがこめかみを指先で押さえてうつむきながら、渋々うなずく。

「……もうやってますよ。死者まで出して、もう」


 実働部隊として、市内の病院に配置されていたミニスワティたちを呼び出していた。外の交通事故現場で血まみれになって倒れている運転手と同乗者から出てきた魂を、ミニスワティが捕まえて抱えている。どのミニスワティもジト目だ。

 ナラヤンの部屋も天井と床、それに壁が軋んで割れ始めていた。サラスワティが防御障壁ごとナラヤンを空中に浮かべる。

「後始末は私がやっておきます。シャイラプトリちゃんは、さっさと異世界討伐に行きなさい」


 ナラヤンについては、ムカスラが彼の魂を水筒の中へ吸引して持っていく事になった。水筒の口からナラヤン魂が顔を出してニコニコしている。青白い炎型なので顔とは呼べないが。


 サラスワティがナラヤンの体を透明処理してから、不安そうな顔を向けた。

「無理して羅刹世界へ行く事はないのですよ、ナラヤンさん」

 しかし、ナラヤン魂はぜひ行きたいと炎の色をキラキラさせている。


 その様子を見て説得を諦めるサラスワティであった。

「ムカスラさん、ナラヤンさんの魂をくれぐれも大事に扱ってくださいね」

 了解するムカスラ。

 サラスワティが原状回復の神術を起動させながら、シャイラプトリ素体に告げた。

「くれぐれも無茶はしないように頼みますね」


 おう、と勇ましく答えるシャイラプトリ素体だ。調子に乗って再び三又槍を振り回しそうになったので、慌てて止める。

「だーかーらー、加減しなさいって。縛るぞ」

 シャイラプトリ素体が明るく笑った。全く反省の色が見当たらない。

「わかった、わかったー。それじゃあ行くぜ。異世界討伐だっ! ヒャッハー」


 その異世界へ向かったシャイラプトリ素体と水筒を持ったムカスラを見送ったサラスワティが、外の阿鼻叫喚を窓から見下ろした。深いため息をついている。

「……むむむ、死傷者が増えてるなあ」


 さて、ムカスラの転移魔法により無事に目的地へ立ったシャイラプトリ素体とムカスラ。降り立った先は、荒涼とした風景だった。岩砂漠だけで、草木が岩の隙間に細々と生えている程度である。空も黄色く霞んでいて、大量の砂塵が舞い上がっている。

 しかし重力は人間世界と同じなので、恐らくは、この異世界での地球なのだろう。かなり変わり果てているが。


 ムカスラがゲジゲジ眉をひそめた。

「うわ……待ち伏せされてましたね」

 周囲には実体を持たない幽体が何千といて、取り囲んでいた。人間の形ではなく、クラゲか何かのような印象だ。

「全てが呪いですね。とりあえず攻撃してみます」


 ムカスラが準備していた攻撃魔法を一斉に放った。闇魔法の系統なので全く派手さに欠けるのだが、地面や空気が容赦なく消滅していく。真空の領域がいきなりできて、ムカスラとシャイラプトリ素体を中心にした半径数十メートルの球状になった。

 ムカスラが再び眉をひそめる。

「……やはり効果なしですね」


 敵軍は1体も破壊されておらず、平然と真空の中に浮かんでいる。陣形も微動だにしていない。

 やがて周囲から空気が流入してきて渦を巻き始めた。その暴風の中で、ムカスラが隣のシャイラプトリ素体にお願いする。

「では討伐してください、シャイラプトリ様。遠慮は無用です」

「ん? もうやって構わないのか?」


 数千の呪いが無言のままで一斉に襲い掛かってきた。飛び道具などの武器は使わない主義のようである。

「ぎゃ……」

 ムカスラと水筒の中のナラヤン魂が、早速呪いに憑りつかれて同化し始めた。

 一方のシャイラプトリ素体は平然としている。呪いが彼女の体に触れた瞬間にかき消されていく。

「ああ、なるほどね。魂ごと呪いに変化させる術式か。術式は全自動で自律型だから……うん、確かに呪いだね」


 呪いというのは、術者が存在しない魔法攻撃を指す。そのため、魔法使いが死んでしまっても、呪いだけが起動し続ける事になる。しかも、この呪いは自己増殖型のようだ。この異世界へ来た連中に襲い掛かって、増殖していたのだろう。


 ムカスラとナラヤン魂が早くも呪いに変わってしまった。シャイラプトリ素体が呆れた表情になり、クラゲ型に変貌した二人を眺める。

「弱すぎだろオイ……」


 そう言って、肩に担いでいた三又槍を無造作に振り回した。

 手近な場所にいた数百の呪いが呆気なく消滅して、普通の炎型の魂に戻っていく。その色とりどりの炎を見て、頬を緩めるシャイラプトリ素体だ。

「へえ……さすがに種族が多いと魂の炎色も多彩だね。キレイじゃん」

 そして、手元に泥スマホを呼び出して記念撮影を始めた。

「実体化すると、こんなに強くなったぜ記念」


 そんなシャイラプトリ素体に、水筒の中に再び潜り込んで避難したナラヤン魂が哀願した。ムカスラの魂も同じ水筒の中に一時避難していたので、一緒に哀願を始める。

(シャイラプトリ様……もう、そのくらいでよろしいでしょうか。討伐の続きをお願いしたいのですが)


 ムカスラが実体化して再び羅刹に戻った。そしてすぐに魂の群れを水筒の中へ吸い込んで救助していく。

「このまま放置すると、消滅してしまいますからね。ナラヤンさん、水筒の中が魂だらけになりますが我慢してください」

 気楽な口調で了解するナラヤン魂である。青白い炎型の魂を器用に操って敬礼みたいな事をした。

(お気になさらずー。救助優先です)


 魂の救助は順調に終わり、ムカスラが探査魔法を使ってこの異世界を隈なく調べた。

「銀河系が数十個ほどある小規模な異世界ですね。移住先としてはギリギリ及第点……なのかな。あ。敵軍の本拠地を見つけました。座標をお知らせします」


 シャイラプトリ素体がその位置情報を受け取って、つまらなそうにアクビをした。

「なんだよ。この星の裏かよ。遠いな。直接ぶちのめしたかったのに」

 平謝りするムカスラだ。

「すみません。調査隊が全て全滅してまして、地図作製もできていなかったんですよ。楽しみを邪魔してしまいましたね」


 シャイラプトリ素体が機嫌を直して、ニッコリ笑った。

「そういう理由なら、まあ仕方がないな。ええと……この座標だと地面に向けてこの角度になるか。じゃあ、星の裏面ごと破壊するぞ」


 ムカスラが素直に同意した。

「はい。お願いします。本拠地には幽体や呪いの他に、生物反応も数万ほどありますが……面倒なので全部まとめて消してください。ワタシの水筒の容量を超えていますので、もう救助できません」

 シャイラプトリ素体が明るく答えた。

「はいよ」

 三又槍をその座標に向けて、地面を突いた。それだけの動きで、特に何も起きていない。ビームや衝撃波なども全く発生していない。


 小首をかしげているムカスラと水筒の中のナラヤンに、シャイラプトリ素体が笑顔を向けた。すでに三又槍は消去していて今は素手だ。

「はい、終了。それじゃあ帰ろうか。久しぶりに良い運動になったよ、あはは。実体化いいなっ」


 数秒ほど遅れて、ムカスラの手元に空中ディスプレー画面が発生した。それを見て目を点にしている。

「うわ……本当に何もかも消滅してます。ん? 敵の存在痕跡も消えつつありますよ」

 シャイラプトリ素体が肯定的に首をふった。

「そりゃね。存在した歴史ごと消滅させたからな。彼らは最初から存在していなかった事になるんだよ。呪い対策の基本だぜ、覚えておきな」


 感心して、両膝を地面につけて合掌するムカスラと水筒の中のナラヤン魂に、シャイラプトリ素体がドヤ顔で微笑んだ。

「うむ。たっぷり感謝するがよい」


 満面の笑みを浮かべていたシャイラプトリ素体が、ふと地平線の彼方に視線を向けた。

「ん? なんでここにムシュキタがいるんだ?」

 ムカスラが立ち上がって同じ方向を向く。岩砂漠にモゾモゾ動いているヘビ型の魔物が見えたので、彼も首をかしげている。

「本当だ。調査隊に紛れ込んでいたのかな。アレも消去してください。水筒がもういっぱいで隙間が残っていません。ここに残しても飢えるだけで、かえって不憫ですので」


「ほいきた」

 シャイラプトリ素体が一言。それだけで地平線の彼方に爆炎がいくつも発生した。指さしたり、三又槍を呼び出してもいない。

「魂も不要だよね。消すよ」

 気軽に言うシャイラプトリ素体に、同じく気軽に答えるムカスラだ。

「はい。お願いします」


 ムカスラが魔法で上司に報告し、撤収命令を受けた。ほっとした表情になり、シャイラプトリ素体と水筒の中のナラヤンに告げる。

「仕事は以上で終了です。本当にありがとうございました。では、戻りましょうか」


 人間世界へ戻ると、ナラヤンの部屋がすっかり元通りに直っていた。ふう、と一息ついたサラスワティが笑顔で出迎える。

「おかえりなさい。異世界討伐は順調に終わったようですね。こちらも何とか片づきましたよ」


 そう言って、透明化して空中に浮かべていたナラヤンの体を床に下ろした。ムカスラが水筒の水ごとナラヤンの魂を体に注ぎ入れる。その時に、ついでにいくつか他の魂も飛び出てきたが、無造作に手でつかんで水筒に戻して押し込んだ。

 ナラヤンが目を開けて起き上がり、ゆっくりと背伸びをした。

「あー……楽しかった。もう少し派手なバトルがあれば、もっと良かったですね」


 シャイラプトリ素体が軽く腕組みをして苦笑いしている。

「呪いの一部になった癖に、よくもまあ……おや?」

 素体の腕が粉になって崩壊した。血は出ず、崩れ落ちた粉もすぐに光の粒に変わって消えていく。

「あらら。神術を使ったからかな、もう壊れ始めたか。この安物め」


 文句を言われたムカスラが頭をかいて恐縮した。

「すみません。想定を超える威力の神術でしたので、素体が耐え切れなかったのでしょう。要改善ですね。上司に報告しておきます」


 シャイラプトリが素体から抜け出た。同時に素体が粉に変わり、次いで光の粒になって消滅していく。

「そうしてくれ。なかなか面白かったぞ。ではな」

 そう笑って水牛を呼びつけて乗り、そのまま山の方へ飛んで去っていった。


 ナラヤンとムカスラが窓から手を振って見送る。

「さすが女神様ですね、圧倒的な強さでした」

 ムカスラは粉になった素体を見て肩を落としている。もうほとんど全て光の粒になっていた。

「むむむ……まだまだ改良しないといけないですね」


 サラスワティがムカスラから異世界討伐の様子を聞いて、軽いジト目になった。

「……やり過ぎです。因果律崩壊を起こして、その敵軍ごと異世界から弾き飛ばせば済んだでしょうに。たったの数万でしょ」

 ナラヤンが小首をかしげ、内心でツッコミを入れた。

(それもどうかと思いますが)


 その後、数日が経過して、ムカスラがナラヤンの部屋へやって来た。

「あれから新たな調査隊が派遣されました。ですが調査報告によると、その異世界は呪いを解呪しても移住には向かない環境という結論になりました。海がないんですよ。地球型の惑星だったのですが……残念です」

 ナラヤンも落胆したが、気を取り直す。

「そうですか……火星みたいな星だったのかな? 今回はハズレでしたが、でもまあ楽しかったですよ。次の異世界に期待しましょう。ああそうだ、シャイラプトリさんにも知らせておきますね」


 ナラヤンがスマホで彼女に電話をかけた。なぜか電話番号がすでに登録されていたのだが、気にしない事にしたようである。

「あ。ハローハロー。ナラヤンです。シャイラプトリさん、先日の異世界なんですが……」


 ナラヤンが説明すると、電話口でシャイラプトリの怒声がした。

「無駄骨かよっ。罰として果物と菓子を供えろナラヤン! 今すぐにだっ」

 この最近、運が悪いなあ……と肩を落とすナラヤンであった。財布を開けて、さらに肩を落とした。

「すみません……金欠なので駄菓子とバナナで構いませんか?」


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