第二世代の魔法瓶
その日の部活動が終わり、ナラヤンがムカスラとサラスワティと一緒に寮の自室に戻った。改めて2柱に礼を述べる。
「今回はとても楽しかったです。サラスワティ様とブラーマ様にも感謝しきれません。ありがとうございました。また機会があれば旅行してみたいですね」
ムカスラが何か思い出したようだ。
「……あ。そうでした」
ナラヤンの水筒を手元に呼び出す。水筒はムカスラが拾って、収納魔法で保管してくれていたようである。それをムカスラから受け取って、ナラヤンが大きくため息をついた。
「あー……水筒が真っ二つのままでしたね」
ムカスラが同情した。
「ワタシの水筒をコピーしましょうか?」
サラスワティが少し考えてから提案した。彼女は部屋の中に浮かんでいる。
「この際ですので、新しい水筒にしませんか。今度は私が神術で3つにコピーしましょう」
ムカスラが驚いた表情になる。
「え? 我々羅刹が使うと危険なのでは?」
サラスワティが得意気に微笑んだ。
「貴方の生体情報と魔法場は解析済みです。害が出ないように神術の術式を工夫していますから大丈夫ですよ」
「マジですか……さすが知恵の女神様ですね」
ナラヤンもサラスワティを褒め称えたのだが、当の彼女は自虐的に微笑んで視線を逸らしてしまった。
「……泥スマホはまだなんです。知恵の女神失格ですよね、ははは……シャイラプトリちゃんにも怒られてしまいました」
その日はこのまま解散となり、翌日の放課後にナラヤンが市場へ行って新しい水筒を一つ購入した。今回もネパール製である。
(部長さんが、今日は変に優しかったなあ。今日は部活動に参加しなくて構わないから、部屋で休養しておけって……何があったんだ?)
それ以上は深く考える事はせずに、自転車に乗ってコシ河西岸の展望台へ向かった。今日も曇天で小雨が降っているのだが、特に雨合羽などは着ていない。一応傘だけは荷台に差しているが。
(日が差さないだけでも、結構過ごしやすくなるよね。今日は途中休憩なしで展望台へ到着できそうだ)
しかし、やはり夏なのでバルジュ湖の辺りで休憩する事になったが。
コシ河の長い橋を渡り、自然堤防に沿って上流へ向けて走ると展望台が見えてきた。スマホ画面を介すると、サラスワティとムカスラが手を振っている姿がある。
ナラヤンも手を振って、展望台へ駆け上った。すっかりオカルトで有名になっているせいか、若い観光客が十名ほどいたのだが……無言で去っていく。
観光客たちを見送ったナラヤンがムカスラに聞いた。
「人除けの魔法ですか?」
「はい。これから水筒が増殖しますからね。オカルトのネタが増えてしまうのは避けた方が良いでしょう」
ナラヤンが床に水筒を置き、サラスワティが右手をかざした。神なので直接触れる事ができないためだ。
「では始めますね、えい」
瞬時に水筒が増殖して3つになった。サラスワティが前の水筒を呼び出して、新しい水筒に重ね合わせる。前の水筒が消えて、新しい水筒に変わった。それを手にとり微笑む。
「成功ですね。神器にしました。少しだけ容量が増えているんですね」
ムカスラが注意深く指で水筒を小突いて、魔法場の衝突が起きないかどうか確認している。
「……大丈夫のようですね」
そう言ってから、水筒を両手で持った。やはり何も起きないので安堵している。
「凄いですね。術式は神術だけなのに、羅刹魔法場と全く衝突していませんよ。どうやっているんだろう」
サラスワティがいたずらっぽく笑う。
「色々と工夫しましたから。神術式を解析すると面白いかも知れませんよ。ああ……ですが、ムカスラさん以外の羅刹や魔物には持たせないでくださいね。大爆発します」
ムカスラが緊張した表情になって了解した。
「わ、分かりました。注意します」
ナラヤンが小首をかしげてサラスワティに聞いた。彼も水筒を手にしているが、こちらも何も起きていない。
「大爆発……ですか。ガソリンタンクが爆発するような感じでしょうか?」
サラスワティが愉快そうにしながら否定した。
「ナラヤンさんが想像しやすい例ですと、対消滅みたいな感じですね。その水筒の質量が全て熱エネルギーに一瞬で変換されます。ガンマ線も出るかな」
ムカスラが無言で緊張しながら同意している。
「そうなりますよね」
一方のナラヤンはピンとこないような表情のままだ。
「ええと……とんでもない大爆発って事ですね。了解しました」
「そんな事よりもですね、ナラヤンさん」
サラスワティが、先日のヘビ魔物ムシュキタ退治に協力してくれた事に礼を述べた。恐縮するナラヤンだ。
「ああそうだ、見てもらいたい写真があるんですよ」
ナラヤンがスマホで撮った写真を探す。しかし、そこには半透明の壁は映っていなかった。
「あれ? 映ってない。やはり神様や羅刹、魔物に関わる事象は映らないのかな」
落胆するナラヤンであったが気を取り直して、山々の上にさらに巨大な壁らしきものが見えたと話した。
サラスワティが北東の空を物憂げに見てから、ナラヤンに顔を向ける。
「それはきっと、巨人カンチェンジュンガさんの足先でしょうね」
その巨人は怠け者でずっと寝そべっていて、沐浴もしないとプンプン怒りながら話す。
「ですので、体中に無数の魔物が巣くっているんですよ。あの時に大量発生していたヘビ魔物ムシュキタもその仲間です」
ええ……とナラヤンもジト目になった。
「ノミやシラミ、ダニみたいな感じなんですね」
ジト目のままで素直に同意するサラスワティである。
「巨人さんは眠り過ぎて、小太りになってお腹が出てしまっています。ちなみに、この巨人の寝汗が流れ出て河になっているのが、このコシ河なんですよ」
「え。何それ汚い」
ドン引きするナラヤンに、サラスワティがジト目のままで微笑んだ。
「ですので私がこうして常駐して、絶えず浄化しているのです」
ナラヤンが合掌した。
「なるほど、そんな重要な仕事をしておられるのですね」
サラスワティが目を逸らし、笑ってごまかした。冷や汗もかいている。
「そ、そうですね……あはは。たまに居眠りして、やらかしてしまいますが」




