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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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採集旅行 その三

 同時刻の学校では、擬態ナラヤンからサラスワティが抜けたので、バタリと机に突っ伏して動かなくなっていた。

 ちょうど授業が終わったばかりで、生徒達が帰宅したり部活動へ参加し始めている。しかし、ナラヤンの奇行が知れ渡っているので、声をかける生徒はいないようだ。


 窓の外では、小さな白鳥に乗ったミニスワティが学校巡回に来たが……彼女も気がつかずに素通りしていった。


 少ししてから、ロボ研のサンジャイ部長が教室に駆け込んできた。

「お! いたか。今日こそはロボづくりを手伝ってもらうぞ」

 部長が意気込んで、動かなくなって机に突っ伏しているままの擬態ナラヤンの肩を叩いた。当然ながら無反応である。

 ……何かおかしいと訝しむ部長。


 擬態ナラヤンの腕をつかむと、感触が死体の肌になっていた。

「は?」

 部長が驚いて慎重に脈を取ってみる。


 ここで突然、擬態ナラヤンが起き上がった。

「よ、よく寝たなー! あははははっ」

 慌てた口調で、冷や汗を大量にかきながら愛想笑いしている。


 それに構わずに部長が腕を取り脈を調べた。

「……脈動していて、体温もある。勘違いだったか」


 訝しみながらもロボ研へ行くぞと手を引いた。そのまま引きずられて連れていかれる擬態ナラヤンである。

 中にはブラーマが憑依していた。

(やれやれ……間一髪で誤魔化せたわい。まったくサラスワティは……)


 術式の不具合が大量に発生中だが、ブラーマが神術で逐次修正していく。おかげで、擬態ナラヤンはぎこちなくも何とか動いていた。

(むむむ……確かにまだ一般の神々には向かない品質だな)


 傍から見ると、擬態ナラヤンが奇声を発して奇行をしまくっているのだが……いつもの事だとロボ研の部長は取り合わない。そのまま、容赦なく引きずっていく。

 周囲の学生もまたかよ……という程度でスルーしていた。


 一方日本では、ムカスラが接着剤をナラヤンの切り口に塗って、体を貼り合わせて応急措置を施していた。

「期せずして、接着剤の確認実験ができましたね。これはこれで良い臨床データが取れます」

 結構、上機嫌である。


 平謝りの毘沙門天と弁才天を許したナラヤン魂が、サラスワティの持つ水筒から顔を出している。こちらも気楽な表情だ。魂の状態なので青白い炎のような印象だが。

(出会いがしらの事故ですから、誰にも落ち度はありませんよ。僕もこの通り大丈夫ですし)


 しかしナラヤンの体がこの有様なので、ムカスラと相談して今回の仕事を終了する事になった。予定では九州のシカも調査するつもりだったらしい。

 サラスワティがニームの枝葉でナラヤンの体を叩いて傷を治療し始める。

「せっかくですので、習い覚えたばかりの法術による治療をしてみましょう。10分くらいすれば、元通りにくっつくはずですよ」


 確かに切断面がみるみるうちに接合していく。感心するムカスラだ。

「さすが神様が使う法術は早く効きますね」


 ナラヤン魂は不満そうな口ぶりだが。実体があれば、恐らくは涙目になっていただろう。

(神術のヴィーナ演奏で、パッと治してもらう方が嬉しいんですけど)


 それはこの後でしましょう、とサラスワティ。

「ナラヤンさんの血液量がほぼ残っていません。今、魂を体に戻しても動かせませんよ」

 確かに、何となくミイラ状態の素体に似ている。

(海水ならたくさんあるんですけどね……分かりました、サラスワティ様)


 潮が満ちてきたので、森の中へ移動した。といっても、海岸沿いなので森の中から太平洋が見えている。

「良い天気ですね。一曲弾きましょう」

 弁才天が琵琶を呼び出した。サラスワティもナラヤンの法術治療を終えて、ヴィーナを呼び出す。

「そうですね、合奏をしましょうか」


「うわわっ」

 ムカスラが音楽を聞き、悲鳴を上げて水筒に逃げ込むが……水筒は半分に切られていたので転げ出てしまった。慌てて森の奥へ逃げ込む。

 それを見て、毘沙門天が感心した。

「さすがですね、退魔の効果は絶大だ」


 森の中から鹿や猿、小鳥、カラスの群れが集ってきた。強力な神術場が演奏している場所から発生して、周囲の森が急速に成長していく。

(おお……凄いな神術)

 ナラヤン魂が、ぐんぐん大きく育っていく木々を見上げて感嘆した。ついでに体の傷も完治してしまった。血液量も元に戻っている。

(……あれ? 演奏のオマケ効果で治ってしまったよ)


(凄いですね……ですが神様。あんまり長く演奏すると、ムカスラさんが困りますよ)

 合奏に熱中していたサラスワティが演奏を止めた。

「あ。そうでしたね。反省、反省」

 そう言った割には、反省している素振りはみじんも感じられないが。弁才天に微笑んだ。

「久しぶりに合奏できました。楽しかったですよ、また行いましょう」


 喜んで、と笑う弁才天。笑うと何となくサラスワティに似ている。

 毘沙門天もニコニコしている。

「久しぶりに良い演奏を聞くことができました」


 サラスワティが、水筒から水と一緒にナラヤンの魂を体に戻した。ナラヤンの体が咳き込むように息を開始して起き上がる。

「げほげほ……復活しました。あ。今回は服が用意されているんですね、良かった」


 彼の衣服はキレイに洗濯乾燥されていたので、それを急いで着る。ちなみに、今の今までナラヤンは全裸だったのだが、誰も気にしていなかったようだ。最後に森の中から戻ってきたムカスラが小さくなって、ナラヤンの胸ポケットに入り込んだ。


「では、ネパールへ先に戻っていてくださいな。私もすぐに追いかけます」

 サラスワティがナラヤンに転移の神術をかけた。瞬時にネパールへ転移させる。

 転移させた後で、改めてまた会いましょうと約束するサラスワティである。笑顔で了解する毘沙門天と弁才天であった。


 ブラーマが憑依している擬態ナラヤンは、その頃ロボ制作を手伝っていた。機械仕掛け人形でチャンバラをすると理解して、興味を抱いた様子である。プログラムのバグを次々に修正して打ち直していくのを見た部長が驚いた。

「ど、どどど……どうしたんだ一体。ナラヤン隊員が賢くなったぞ」


 それを聞いた擬態ナラヤンが両目を閉じた。

(ナラヤンよ……お主は、知恵の女神であるサラスワティの加護と祝福を得ているのだぞ)

 しかし、それ以降は意図的に打ち間違いを混ぜていく事にしたブラーマであった。トドメに、今まで修正作業をしていたプログラムを意図的にクラッシュさせる。


「おうおうおう……ナラヤン隊員……賢くなったのは一瞬だけだったか」

 頭を抱える部長に、内心で同情するブラーマである。

(上司は大変だな、お互いに)


 そんな風にナラヤンの評判を意図的に下げていたのであったが、部室の外から神術場を感じて作業の手を止めた。窓の外に視線を向ける。

(戻ってきたか)


 擬態ナラヤンがトイレに行くと言って部室の外へ出ていく。完全に壊れかけのロボットのような動きだ。プログラムは擬態ナラヤンが作業する前の状態に戻っていた。この2日間で何も進展していない事を意味する。

 それを見て、部長が深くため息をついた。

「何て事だ……」


 擬態ナラヤンがロボ研の部室から外へ出ると、彼の前にサラスワティとナラヤンが転移してきた。同時に部室の外に出た擬態ナラヤンが粉になって消滅する。

 ブラーマがほっと安堵して、空中に浮かびながらあぐらをかいた。

「うむ、何とか間に合ったな。帰還を確認した」


 それを見たサラスワティが驚いた表情になっている。

「あら、ブラーマ様ではありませんか。もしかして、私が抜けた後の素体を操作してくださったのですか」

 ブラーマ神がコホンと咳払いをしながら、鷹揚にうなずいた。

「ワシはサラスワティの上司だからな。部下の補佐をするのは当然だ」


 ムカスラが感激している。勢い余ってポケットから転がり落ちてしまい、地面に両膝をついてブラーマに合掌した。まだ小さいままであるが。

「素晴らしい上司ではありませんか。ワタシの上司とは大違いですよっ」


 苦笑したブラーマが話を続けた。

「サラスワティよ。素体の神術式がバグだらけで使い物にならんぞ。早急に修正しなさい」

 しゅんとなって背中を丸めるサラスワティだ。

「申し訳ありません」


 ブラーマ神がムカスラに視線を向けた。こちらへは笑顔である。

「羅刹ムカスラ。良い仕事を続けているようだな、今後も励めよ」

 恐縮して膝をつき、重ねて合掌するムカスラである。今は元の大きさに戻っている。


 みなご苦労であった、と言って消えるブラーマ。シャンシャンと軽やかな鈴の音がする。


 それを見送ったサラスワティが小さく肩をすくめた。

「良い上司なんですけれどね……今度、ブラーマ様に羅刹世界へ行ってもらおうかしら」

 ムカスラが顔を青くして、手足をバタバタさせた。

「そ、それは危険ですので止めてください。羅刹世界には過激派もまだ多いんですよ。マガダ帝国と戦っているテロ組織も多いんです。上位神が攻撃されてしまうと大騒ぎになります」


 ナラヤンが聞きながら腕組みをする。

「どこも似たような状況なんですねえ」


 翌日ナラヤン本人が学校へ登校するが、態度や行動が元に戻ったため、落胆するロボ研のサンジャイ部長であった。

「やはり、この2日間はマグレで賢くなっただけだったか……」

 ヘソを曲げるナラヤンだ。プログラムの修正作業の進捗具合が全く進んでいない事に絶望している。

「どうせ変人ですよ」


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