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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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採集旅行 その二

 ナラヤンとムカスラは、世界各地での採集作業を順調に済ませていった。時々、不審者と疑われたのだが、ムカスラの魔法でごまかして何とかやり過ごしている。

 ムカスラが満足そうに水筒の中身を確認した。

「予想以上に有意義な採集ができました。目標達成です。では、時間が余ったので日本へ向かいましょうか」


 ナラヤンが小首をかしげて質問した。

「どうして日本なんですか?」

 ムカスラが明るい口調で答える。

「ナラヤン君が提供してくれた論文情報の中に、スズメバチの忌避剤についての情報があったんですよ。世界最大のスズメバチは日本に生息していますから選びました」


 羅刹世界にはスズメバチ自体は生息していないのだが、近縁種やハチ型の魔物は多いらしい。ハチに刺される羅刹が多いので、この応急措置や忌避剤の開発が望まれているという話だった。

 感心して聞くナラヤンだ。

「へえ……そうなんですか。確かにネパールやインドのスズメバチは、あんまり攻撃的じゃありませんよね」

 この地域で多いのはオリエントスズメバチという種類だ。朱色と黄色の縞模様で、土中に巣穴をつくる。


 スズメバチはクヌギの木の樹液を好むため、日本の東北地方の森の中へ転移した。この時代は温暖化の影響で、クヌギの生える地域が北上している。

 あとは森の中で、様々な種類のクヌギの木から樹液を採集していく。ついでにシカの寄生虫も採集しているムカスラである。


 採集行為は魔法で行っているため、ナラヤンには特に何もする事がない。それでも、諸外国の森や海を訪れる事ができて満足そうだ。

「出稼ぎじゃなくて、純粋に観光できるってのは良いですよね。あ、イラクサが生えてる」

 器用にイラクサの新芽を手で摘んで、水筒の中へ収納した。ネパール人にはイラクサ料理を好む人が結構多い。


 そうこうするうちに日が暮れた。ムカスラがようやく我に返って、頭をかく。

「すみません、ナラヤン君。いつの間にかこんな時間になってしまいましたね。今晩は森の中でキャンプしましょう」

 さすがにキャンプ場は避けているようだ。


 しかし、東北地方も梅雨なので雨が降ってきた。仕方なく、北海道へ転移する事にした二人であった。その夜間に、ムカスラがエゾジカとキツネの寄生虫も採集したのは書くまでもないだろう。


 翌朝は、奈良県の南部へ転移して採集を続ける事にしたムカスラであった。ここもシカが多いらしく、喜びながら魔法を使っての採集をしている。水筒の中を確認しながら、ムカスラがご機嫌な表情を浮かべた。

「地域差がありますね。これは良い標本データになりそうです」


 昼食はいったんビラトナガル市の寮へ戻り、近くの飯屋で適当に食べる事にしたようだ。チャパティとダル、それに鶏肉の香辛料煮込みと、季節の野菜の香辛料炒めを注文している。生の輪切りタマネギをパリパリかじりながら、幸せそうな表情を浮かべるナラヤンだ。

「食べ慣れた食事って良いですよねー」


 摘み取っていたイラクサの新芽は自室の冷蔵庫に突っ込んだ。これも後で料理するつもりのようで、早くも頬が緩んでいる。

 しかし、寮の窓から見える高校の校舎を見て我に返った。

「あ、そうだ。サラスワティ様の様子を見に行きましょうか」


 しかし、ナラヤンのスマホからサラスワティの声が届いた。どうやらムカスラが電話をかけて繋いでいたようである。

「私は大丈夫ですよ。海外旅行を引き続き楽しんでくださいな」

 それに、と言葉をつなぐ。

「ナラヤンさんが二人も同時にいると、色々な人や神に注目されてしまうでしょうし。別に私と会わなくても構いませんよ」


 それもそうか……と納得するナラヤンであった。

「後で供物を捧げますね」


 その後、再び日本の奈良県南部へ転移するナラヤンとムカスラであった。採集作業を再開したのであったが、暇なナラヤンが小さな村を見つけた。ちょっと散策してみる。

「日本の田舎の村って、本当に木造なんだな……でも紙製ではない、と」


 村の奥には古びた寺があったので参拝してみた。ヒンズー寺院には賽銭箱がないので、ネパールの小銭を本殿の扉の隙間に差し込んだ。

 そのままヒンズー教の方式で合掌して、サンスクリット語で挨拶をする。

(日本語は知らないので、すみません。仕事で立ち寄りました)


 ナラヤンのスマホから何者かの声がした。

「ほう。ネパールから来たのか。珍しい客だな。賽銭はそこではなくて、箱の中に入れよ」

 急いでナラヤンが小銭を賽銭箱に入れる。そして、スマホを掲げて声がした方向に向けた。2柱の男女の神の姿がそこにあったので、改めて合掌する。

「失礼しました。こうでよろしいですか?」


 2柱の神が意外そうな表情を浮かべた。

「お主、神々と話ができるのかね」

 スマホを見せて説明するナラヤンだ。一応、羅刹の事は伏せておく。


 2柱の神は、毘沙門天と弁才天だった。ナラヤンが小首をかしげる。

「土地神様……なのでしょうか。サンスクリット語がここまで広まっているなんて驚きです」

 毘沙門天がカラカラと笑った。

「今は準土地神だな。元々は大陸から渡ってきたのだよ。我はシヴァ神の影響を強く受けている。こちらの弁才天はサラスワティ神だな。だが分身や化身ではなく、独立しているぞ」


 へえ……と興味深く聞くナラヤンだ。

「実は、僕もサラスワティ様の神術でこうして日本へ転移してきたんですよ」

 そう言ってから、これまでの経緯を簡単に説明した。さらに関心を抱く毘沙門天と弁才天である。

「シヴァ神やサラスワティ神とは、長い間会っていないな。よろしく伝えておいてくれ、ナラヤン君」

「仰せのままに、毘沙門天様、弁才天様」


 その後はインドやネパールの近況をナラヤンから聞いてご機嫌になる2柱の神である。ナラヤンが寺の中を見回してから、質問した。

「見た所、仏教寺院に見えるのですが……ここには仏様もいらっしゃるのでしょうか」


 弁才天がうなずいた。仕草は完全に日本人のそれだ。

「そうですね。仏像はこの奥にありますよ。ですが菩薩様は今は留守ですね」

 インド圏では仏教とヒンズー教とは別々の寺院に分かれる事が一般的だ。日本では神仏習合という事で、ある程度同居するようになったと話してくれた。興味深く聞くナラヤンである。

「へえ……そうなんですか。それじゃあ、ネパールに戻ってからチベット寺院にも詣でてみようかな」


 穏やかに微笑む弁才天が、ナラヤンに告げた。

「それはそうと、体中に枯葉が付いていますね。ヤブ漕ぎでもしたのですか?」

 ナラヤンが慌てて自身の服装をチェックし、頭をかいた。ムカスラの魔法で虫除けをしていたのだが、枯葉除けまではしていなかった事に気がつく。

「あ……すみません。森の中を散策していまして……沐浴すべきでしょうか」


 弁才天が毘沙門天と視線を交わして、ナラヤンに微笑んだ。

「では、温泉に浸かっていきますか?」


 2柱の神に連れられて到着したのは、太平洋に面した岩場に湧いている温泉だった。周囲は断崖なので、サルも近寄らないらしい。

 温泉に浸かったナラヤンが目をキラキラ輝かせて太平洋を眺めている。

「うわー……絶景ですね。これが海かあー……湯の温度もちょうど良いです」

 温泉とはかなり近く接していて、波が時々温泉に入ってくる。


 2柱の神は温泉に浸からずに、近くの大岩に腰かけて寛いでいた。弁才天がナラヤンの衣服を温泉に浸けて、神術で自動洗浄している。

「潮が満ちると水没してしまう温泉です。こんなものかな、では乾燥させますね」


 弁才天が神術で衣類を空中に浮かべて、一気に脱水した。そのまま自動で畳まれて、大岩の上に置かれる。ナラヤンが合掌して感謝した。

「神様にこのような事をしてもらい、恐縮です」


 そして、水筒を手にして聞いてみた。

「湯を水筒に入れても構いませんか? ネパールに戻った時に沐浴用で使ってみたいのですが」

 毘沙門天が軽く腕組みをして笑った。

「構わぬが、塩味だぞ」


 ナラヤンが水筒に温泉の湯を入れ始めた時、ムカスラが断崖の上から飛んで下りてきた。

「あー! こんな場所にいた。ナラヤン君、どこまで遊びに行ってるんですか、もう」

 次の瞬間、毘沙門天が腰に吊している大太刀を抜いた。

「すわ! 魔物め成敗してくれようっ」


 ナラヤンが慌てて温泉から跳びあがった。

「ちょ……待ってくださいっ。ぎゃ……」

 ナラヤンがムカスラの前に飛び込んで、水筒を盾にした。しかし、容赦なく水筒ごと、体を真っ二つに両断されてしまったのであった……


 ムカスラも腕を斬り飛ばされ、尻もちをついて呆然としている。温泉が血で赤く染まっていく中、サラスワティが転移してきた。風に飛ばされていたナラヤンの魂をつかんで、無造作に彼女の水筒の中へ放り込む。

「ふう……何とか間に合いましたね」


 彼女が右手を緑色にさせて、海中に落ちていたムカスラの腕も引き上げた。それをムカスラの腕にくっつけて治療する。瞬時に腕が治ったので驚いているムカスラだ。まだ混乱しているが。

「え? は? 何が起きたんです? あれ? 斬られた腕がくっついた」


 サラスワティが右手を元の白い肌に戻して、ほっと一息ついた。

「神剣で斬られると、切断面からムカスラさんの体が蒸発して消えてしまいますよ。注意してくださいね」

 そうしてから、穏やかな笑顔を毘沙門天と弁才天に向けた。

「久しぶりですね。元気そうでなによりです」


 サラスワティが事情を説明して、ようやく状況を理解した毘沙門天と弁才天である。

「羅刹ですか……我が毘沙門天となる前に見た事がある程度ですね。しかも羅刹世界があるとは初耳ですよ」

「ご無沙汰ですね、サラスワティさん。七福神の皆もつつがなく暮らしておりますよ。弁財天も加えると8柱かな」


 サラスワティが嬉しそうにうなずいた。

「ラクシュミさんに伝えておきますね。彼女は相変わらずです」

 ラクシュミはヒンズー教の女神で富を司る。ネパールでは光の祭とも呼ばれるティハール大祭で主神を務めているので、有名な女神だ。


 そのままサラスワティと毘沙門天、弁才天とが談笑を始めたので、慌ててムカスラが割って入った。

「すみません、サラスワティ様。ナラヤン君が真っ二つになって、死んだままです」

「あ。そうでしたね。人間は不死ではないのでした……あはは。ついでに流れ出た血も浄化しておきましょう」


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