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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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採集旅行 その一

 体調が回復したナラヤンが登校する前、ムカスラから着信通知が来た。

(あ。ムカスラさんからだ)

 スマホのイノシシを指タッチして電話をつなぐ。

「こんにちはムカスラさん。こちらはずっと雨模様ですよ。洗濯物が乾かなくて困ってます」


 ムカスラが電話口で同情している。

「羅刹世界でも雨期ですよ。衣服を乾かすために炎の魔法を使って、ボヤが多発してます。ヤケドする羅刹が多く出て、救急救命セットが早くも役立ってますね」

「それは……大変というか、何というか」


 返答に困っているナラヤンに、ムカスラが別の話題を口にした。

「朗報がありますよ、ナラヤン君。ようやく、人間世界での自動採集プログラムを開始しました。やっとですよ~」

 電話口でムカスラが泣いている。シャイラプトリの協力も得たので、かなり便利らしい。

「おかげで菌やウイルスは自動採集する事になったのですが、他の採集は相変わらずの手作業です」


 嫌な予感を感じるナラヤン。細い眉が次第に寄っていく。

「……もしかして、その手作業での採集のお誘いですか?」

 ムカスラが驚いた口調になった。

「その通りです。予知魔法が使えるようになったんですか? ナラヤン君」


 結局、以下の採集をムカスラとナラヤンとで行う事になった。

 〇北米ではフクロネズミ、ジリス、アメリカアカシカ、ヘラジカの捕獲と血液の遠隔採集。シカの場合はプリオン病にかかっている固体を重点的に採集するそうだ。さらにサソリ毒の採集。

 〇インド洋ではミズクラゲ採集。

 〇アフリカではマラリアを媒介する蚊全種と、鶏の臭気の採集。


「採集作業それ自体は魔法を使いますので、短時間で終わります。余った時間に日本という国へ行って、採集の追加を行うつもりですよ」

 採集旅行の日程は1泊2日となっていた。


 ナラヤンが困った表情を浮かべた。癖のある短髪をかく。

「ムカスラさん……僕は学生なんです。泊りがけの旅行は無理ですよ」

 彼の成績はそれほど良くないので、頑張って勉強しないと落第する事になる。落第すると、実家で泥まみれの麻栽培をする将来が待っている。バイクも買えないだろう。

 高校中退では修理屋で働いても、それほど良い給料は期待できないためだ。


 ムカスラも困った口調になった。

「そうなんですか……ワタシ一人では神々に見つかった時に追いかけ回されてしまいそうですし、ここはぜひナラヤン君と一緒に行動したいのですが」


 ナラヤンが考えてから提案した。

「ですよね……では、僕のコピーみたいな体を用意してもらって、それに留守番をしてもらいましょうか」

 ムカスラが腕組みした。

「うーん……ナラヤン君の魂のコピーをつくる事は禁止されているんですよ。羅刹の魂でも禁止です。疑似魂を使うといっても、魔物の魂しかありませんし……」

 ナラヤンがヘビ魔物ムシュキタのような行動をすると、それはそれで大騒ぎになるだろう。


 ナラヤンが少し考えてから再び提案した。

「なるほど。ではサラスワティ様に憑依してもらうのはどうですか?」

 ムカスラが驚いて返答に困っている間に、さっさと電話して事情をサラスワティに説明するナラヤンだ。


 当然ながらサラスワティが電話口で大いに呆れている。

「……なんという事を考えているのですか」

 しかし、考え直したようだ。口調が肯定的な感じに変わった。

「ですが、面白い提案ですね。こういうのはどうですか?」


 ムカスラが羅刹世界から適当に素体を借りて、人間世界へ持ち込む。それにサラスワティが憑依してナラヤンに擬態するという案だ。これまでは先にナラヤンが憑依している事が条件だったのだが、これが不要になる。

 ナラヤンが驚く。

「そんな事ができるんですか?」

 ムカスラも同じ反応である。

「素体を動かすには魂が必要なので、神様が魂状態に変化すれば憑依できますが……羅刹魔法の術式が機能している状態ですよ。衝突の危険性があります」


 サラスワティの得意気な返事が届いた。

「術式の改良は済ませてあります。他の神々ではまだ不具合が出ますが、私であれば問題ありませんよ」

 ムカスラが慎重に聞いた。

「……マタンギ化はしませんよね?」

「対策済みです」


 了解したムカスラが電話口で、同僚の羅刹研究員に素体の在庫を確認した。

「あ。小柄ですが青年男子の素体があります。これを使いましょう」

 次の瞬間、ナラヤンのスマホ画面からその素体が飛び出てきた。身長はナラヤンよりも若干高いだろうか。それを受け取ったナラヤンが急いで校舎の北側にある空き地へ走る。

 周囲の学生たちは指さして『ミイラだ』『ミイラだ』と騒いでいるようだが、今は気にしている場面ではない。


 ムカスラが転移してきて、ナラヤンと一緒にミイラ状の素体を担いで走っていく。彼は透明状態だ。

「すみません、ナラヤン君。もうちょっと後で転送すべきでしたね」

 ナラヤンは特に気にしていない様子だ。

「もう僕は変人だと有名になってますから、このくらい問題ありませんよ」


 いつもの校舎北の空き地に到着すると、ムカスラが魔法で人払いを行った。ナラヤンの後からスマホを手にした学生たちが駆けてきていたが、そのままどこかへ走り去っていく。

 周囲に誰もいなくなったのを確認して、ほっと安堵するムカスラとナラヤンだ。


 ムカスラがナラヤンのスマホでサラスワティに知らせた。

「サラスワティ様。どうぞ転移してきてください。野次馬は排除しました」


 少ししてからサラスワティが転移してきた。少し呆れながらもクスクス笑っている。

「よほど旅行に行きたいんですね。では、憑依してみましょうか。ムカスラさんはいったん水筒の中に退避してくださいな。神術場の影響を受けるかも知れません」


 了解したムカスラがナラヤンの水筒の中へ入り込んだ。

「始めてください、サラスワティ様」

「はい。それでは……」


 サラスワティが水筒を呼び出して、水を素体にかけた。ミイラ状態だった素体があっという間に成年男子の肉体に変化していく。

 その体に重なるように、半透明のサラスワティが憑依した。パリパリと電気が散って、ちょっとしたつむじ風が巻き上がる。


 その風が収まると、そこにはナラヤンにそっくりの素体が立っていた。自身の姿を見たサラスワティ魂が、肯定的に首をふる。

「成功……ですね。擬態ナラヤンさんのできあがり」

 ムカスラも水筒の中から顔を出して感心している。

「凄い……羅刹魔法と神術が衝突せずに機能していますね。後で術式を解析します」


 一方のナラヤン本人はジト目だ。ムカスラが入っている水筒を手にしながら周囲を気にしている。

「それは良かったですが、またもや全裸ですよ。誰かに撮影されたら、僕が社会的に死んでしまいます」


「あ。そうでしたね」

 擬態ナラヤンが頭をかいた。瞬時に緑色のズボンと白いシャツ、縞模様のネクタイ姿に変わる。しかし裸足だったのをナラヤンに指摘されたので、黒い革靴を履いた。

「靴というのは、どうも馴染めませんね……サンダルであれば気楽なのですが」


 ナラヤンが二人いるように見えるので、急いで今後の段取りを決めていく。

 世界各地への転移は、サラスワティの神術で行う事になった。羅刹魔法を使うと、世界各地にいる神々に察知されてしまう恐れがあるためだ。基本的にステルス化を施した魔法術式なのだが、完全ではない。

 そのため、転移時にムカスラはナラヤンの水筒の中へ一時避難する段取りになった。神術場との衝突をできるだけ避けるためだ。


 擬態ナラヤンが軽く肯定的に首をふった。

「避難しなくても大丈夫とは思いますけどね。念のためです」

 了解するムカスラとナラヤンだ。彼らも首をふっている。


 擬態ナラヤンの活動期間は、ナラヤンとムカスラが戻ってくるまでの2日間である。

 擬態ナラヤンが少し困ったような笑顔を浮かべた。僕が笑うとこういう顔になるのか……と見つめるナラヤン本人である。

「最近は仕事が増えて大変なんですよ。泥スマホづくりとか。ちょうどいい休暇になりそうです」


 そこへブラーマがやって来た。合掌して挨拶をするナラヤン、擬態ナラヤンである。

「神術場と羅刹魔法場を感じたので、来てみたが……」

 呆れた表情になっていく。

「ワシを差し置いて、先に受肉するとは何事だ。サラスワティ、ワシは神々のグループ長だぞ」


 しかし擬態ナラヤンは動じていない。

「羅刹魔法を使えるのは、私と姉のドゥルガだけですよ。ブラーマ様はまだ無理です。後日、何とかしますから我慢してくださいな」


 ぐぬぬ……と渋い表情をしながらもブラーマが理解した。

「早急に一般の神々でも憑依できるようにせよ。では、ワシは寺院に戻る」

 そう言い残して去る。

 ナラヤンが謝った。

「すみません、サラスワティ様。余計な仕事を増やしてしまいました」


 擬態ナラヤンはあまり気にしていない様子だ。結構、上機嫌である。

「構いませんよ。余計な仕事はしませんし。では、ムカスラさんとの二人旅を楽しんできなさい」


 ムカスラが水筒の奥に引っ込んだのを確認した擬態ナラヤンが神術をかけた。

「まずは北米でしたね。ナラヤンさんはパスポートやビザを持っていませんから、警察に見つからないようにしなさい」

「ハワス」

 自己流の敬礼をしたナラヤンが、神術による転移で姿を消した。今後は現地での採集仕事が終わるたびに、ナラヤンが擬態ナラヤンに電話して次の場所へ転移をお願いするという段取りだ。


 ちなみに『ハワス』というのは使用人や部下が使うネパール語の単語で『かしこまりました、ご主人さま』みたいな意味である。


 軽くその場でピョンピョン跳んだ擬態ナラヤンが、満足そうに微笑んだ。

「久しぶりの実体化ね。重力が気持ちいい」


 さて、そのナラヤンは既に変人とみなされているため、学内では特に注目されなかった。ナラヤンの将来が心配になる擬態ナラヤンである。

(責任の一端は私にもあるのよね……祝福と加護を強めにかけてあげようかな)


 その擬態ナラヤンだが、真面目で真摯な行動を学校や部活動、それに寮内でも続けた。どうやら、その真面目さで学生たちの注目を浴びてしまった様子である。


 放送部のジトゥが擬態ナラヤンの肩に手を回して、涙目になりながら感動している。

「ついにナラヤンも悔い改めたか。奇行はよくないぞ、よくない。真面目が一番だ」

 擬態ナラヤンが戸惑いながらも答えた。

「普通に行動しているだけですよ。特に変わった事はしていませんし。あと、顔が近いです」


 それを聞いて、ジトゥが擬態ナラヤンから離れて大きくため息をついた。

「おいおい……今度の奇行はそっち方面か、ナラヤン。乙女になっちまう病かよ」

 ロボ研のサンジャイ部長は、物陰に隠れてナラヤンをうかがっていた。冷や汗を大量にかいている。

「ヤバイな、これはイカンぞ」


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