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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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サイクロン襲来 その二

 ナラヤンが到着したのは平野部から山に変わる場所のイタハリの町だった。彼の故郷の村に近い。国道が走っているので新興住宅地として栄えている。

 スマホ画面で山の方を見ると、山に薄く被さるように半透明の何か巨大な壁のようなものが映っていた。しかしナラヤンが直接見ても、そのような半透明の壁は視認できなかった。

(何だろう。神様じゃないから魔物かな。だとしたら巨大すぎるんですけど)


 半透明の巨大な壁は、特に危害を加える様子もないので、今は放置する事にしたナラヤンである。

(大雨の時は、いつも沢が増水して溢れ出すんだよね。麻栽培するには都合がいいけどさ)

 この場所は、山で降った雨が無数の沢に沿って流れ込んでくる場所でもある。


「うわ。魔物が大量発生してきてるよ」

 ナラヤンがスマホ画面を見ながら軽い悲鳴をあげた。

 山の森の中から、次々にヘビ魔物ムシュキタが出現して水田を荒らしに向かっているのが映し出されていた。イタハリの町からは汚水や養豚場、養鶏場から病魔が次々に発生している。


 ムカスラがナラヤンのポケットの中から外へ飛び出て、採集の羅刹魔法を放っていく。水筒の中に次々に吸い込まれていく病魔やヘビ魔物、それに病原体。

「これは良い試料採取になります」

 ご機嫌なムカスラだ。


 上空からシャイラプトリが空飛ぶ水牛に乗って舞い降りてきた。赤いインド貴族風の軍服姿で、手には三又槍を持っている。

「おう、来たか。人間と羅刹。なかなか便利な魔法だな」

 そう言ってから、泥スマホをナラヤンに投げた。

「壊れたぞ。使えないな。ダメじゃないか」


 ナラヤンがとりあえず謝った。泥スマホは完全に機能を停止していたので、人間のナラヤンが持っても特に何も起きなかった。ほっとする。今はただの泥の板にしか見えない状態だった。

「試作品か……後でサラスワティ様に返しておきますね」


 シャイラプトリが歓迎して、ムカスラと共同でヘビ魔物と病魔群を、神術と羅刹魔法で撃退していく。さすがに女神なので圧倒的な強さである。次々に魂にされて、ツボの中へ封印されていくのを眺めるナラヤンだ。

「うーん……やっぱり、僕が来ても役に立ってませんよね」


 しばらくするとヘビ魔物と病魔群を一掃した。満足そうな表情になったシャイラプトリが、ツボを三又槍の石突で叩いた。このツボはいわゆる味噌つぼ型だ。ナラヤンが王宮跡公園で見た型に近い。ただ、味噌の代わりに魔物の魂がぎっしり詰まっているが

「これを集めているそうだな、羅刹。後で渡してやろう」

「ありがとうございます、シャイラプトリ様」


 ナラヤンがスマホでネットラジオを選局した。音量を最大値にして、空中に浮かんでいるシャイラプトリと地上のムカスラにも聞こえるようにする。

 ちょうど今は放送部のジトゥが最新の被害状況のニュースを、真面目な口調で知らせているところだった。


 このネットラジオを聞いたシャイラプトリが興味を抱いた。

「ほう。面白い技術だな」

 早速、神術で水牛の角をアンテナ兼スピーカーに変化させた。その角からネットラジオを聞く。どうやら気に入った様子である。

「人間もここ最近200年ほどの間に便利な道具を使うようになった。遠慮なく情報源として使わせてもらうぞ。そのスマホはゴミだったけどな」


 ナラヤンが聞いてみた。

「あの、シャイラプトリ様。他の女神様はどうしているのでしょうか。このネットラジオの事を知らせてみましょうか?」


 シャイラプトリが気さくな口調で答えた。空飛ぶ水牛も尻尾をクルクル振り回していて、ご機嫌のようだ。

「この地域にいるのはアタシだけだからなー。他の神々はバングラデシュとインドの西ベンガル州、アッサム州で仕事をしているよ。このネットラジオはビラトナガル周辺だけを担当しているようだから、アタシの他には役に立たないさ」

 なるほど……と納得するナラヤンとムカスラ。

 シャイラプトリが目元を和ませた。

「アタシは山間地に詳しいのでこうして独立して行動している。分身はシッキム州やブータンなどに送っているんだ。総指揮はブラーマ様とカーリー様が執っておられる」

 意外とブラーマ様って仕事するんだな……と感心するナラヤン。


 そこへ呪術師のラズカランが自転車をこいでやって来た。ナラヤンを見つけて怒り始める。

「大雨で洪水の恐れがあるのに、こんな場所で何をしているんだ! 危険だぞ」

 弁解しようとしたナラヤンだが、ムカスラが山の方向を見て警告した。

「魔物の群れが来ましたよ」


 次の瞬間、つむじ風が吹き荒れて、ナラヤンとラズカランが自転車ごと吹き飛ばされた。

 イタハリの町にもつむじ風が吹き抜けて看板や屋根などが上空に吹きあがった。悲鳴が町から聞こえる。

 ナラヤンが泥だらけの道路を転がるが、ラズカランが抱きしめた。そのまま起き上がり、飛んでくる看板や枝を避けていく。

「うわ、おわ。ヤバイぞヤバヤバっ」

 鉄筋コンクリート造りの民家の壁の柱の陰に避難して、ほっと一息つく二人である。


「あっ。ワシの自転車がヤバイ!」

 ラズカランが跳ね起きて、つむじ風に飛ばされた自転車を取りに走っていった。


 ナラヤンがスマホ画面を通じて見ると、つむじ風と見えていたのはヘビ魔物ムシュキタが放つ風魔法だった。

 一方のムカスラとシャイラプトリは微動だにせず立っている。空飛ぶ水牛も平然としている。

 感心するナラヤン。

「おお……かっこいい」


 つむじ風の中から、ヘビ魔物の群れが数十体ほど一斉攻撃を仕掛けてきた。が、あっさりと迎撃するシャイラプトリだ。

「ザコどもめ、調子に乗るなよ」


 魂状態にされた魔物がシャイラプトリのツボと、ムカスラの水筒に吸い込まれていく。

 何とか逃げ延びたヘビ魔物が、文句と負け惜しみを言いながらも北の山へ逃げ帰っていった。

 ナラヤンが小首をかしげる。

「んー……何て言ってるのか聞き取れないなあ。っていうか、魔物も話ができるんだね」


 森の中へ逃げていくヘビ魔物の尻尾に、何か透明な糸が絡まっているように見えたが……すぐに逃げてしまったので確かめる事はできなかった。

 魔物の群れが悲鳴をあげて森の中へ逃げ戻っていくのを、スマホ画面で見ながら感心するナラヤン。

「すげえ、さすが神様と羅刹だな」


 しかし、スマホの機械の中に泥水が侵入してしまったようだ。あれだけ泥の中を転げ回ったのだから、当然といえば当然である。

 ムカスラやシャイラプトリの姿が、スマホ越しに見る事ができなくなりそうになる。

「あわわ……これは困ったぞ。どうしよう」


 困るナラヤンに、シャイラプトリの声がスマホから届いた。

「君はもう十分に加勢してくれたよ。家へ帰りなさい」

 ナラヤンが頭をかく。

「吹き飛ばされただけのような気がしますけど……」


 ラズカランが転がっていった自転車を2台とも持って駆け戻ってきた。ナラヤンの自転車は新車だったのだが、今や見事な泥まみれだ。

「ここにいては危険だ、早く逃げよう」


 イタハリの町に近い実家の村も心配なので、ナラヤンも了解して離脱する事にした。

「そうですね。逃げましょう」

 シャイラプトリに礼を述べて、ラズカランの後から自転車をこいで去っていく。荷台にはムカスラも乗っていてシャイラプトリに手を振っている。


 その後ろ姿を見送ったシャイラプトリが微笑んだ。

「なかなかに良い人間だな。ま、君を先日散々に攻撃した事は、仕事の成り行きなので謝らないが」

 そして、水牛の角から流れてくる放送部による災害情報を聞く。

「次はジャパ市とダマク市に洪水危機か。便利な道具を作ったものだな人間は」


 ナラヤンの実家へも洪水が迫っていたが、土嚢を積んでいたので難を逃れる事ができた。マデシ族の村は昔からここに住んでいるので、洪水対策もある程度は講じてある。

 ナラヤンの父が土嚢積み作業を終えて、ナラヤンとラズカランを出迎えた。彼もドロドロである。

「おう、帰ってきたか。村がある場所は丘の上だからな。洪水には強いが土嚢積みを手伝ってくれ」


 了解したナラヤンに、今度は叱責が飛んだ。

「洪水になると気分が浮かれるのは分かるが、軽率な行動は慎め」

 ラズカランと一緒になってナラヤンを怒り始めた。さらにラズカランが、イタハリの町でつむじ風に飛ばされた事を話すと、怒りがさらに増幅されていく。

「つむじ風に吹き飛ばされに行くとは何事だ!」


 ですよねー……と内心で同意するナラヤン。

 今は土嚢積みの作業が最優先なので、それに従事する事になった。しかし大雨のせいで全身ズブ濡れなので、盛大にクシャミするナラヤンだ。

「ヤバイ、また風邪を引きそうだ」


 実際、風邪をひいて数日間寝込む羽目になったナラヤンであった。今は寮の自室で寝ている。

(最近、寝込む事が多いような……)

 そこへミニスワティが飛んできた。

「こんにちはナラヤン君。また風邪をひいたのですって? 私がいるのに、よくもまあ風邪をひけるものですね」


 ナラヤンがスマホを手にして、ミニスワティに合掌して挨拶をした。髪の毛が寝癖で酷い事になっているが、今はどうしようもない。

「体が丈夫じゃなくて、どうも、すみません。洪水被害や病人発生のその後ですが、落ち着きましたか?」

 ミニスワティがドヤ顔で微笑んだ。

「洪水被害はまだ続いていますけど、流行病の発生は阻止できたってブラーマ様が喜んでいました」

 その後は、ミニスワティとスマホ画面を通じて談笑するナラヤンだ。


「ああ、そういえば……」

 放送部の友人も声を枯らしていると話すミニスワティ。

「できれば彼も治してほしいんですが……」

 希望するナラヤンだが、そっぽを向かれてしまった。

「最近ずっと働き過ぎなので、今はストライキ中なのですよ」

 ええ……とドン引きするナラヤン。ナラヤンへの治療もナシであった。


 ひとしきり文句を言ったミニスワティが去った後で、ブラーマがやって来た。相変わらず散らかっている部屋の中を見回して、口をへの字に曲げる。

「むむ、サラスワティとは入れ違いになってしまったか……まあよい。ナラヤンとやら、今回の働き見事だった」


「ひゃ……ブラーマ様ですか。こんな小汚い部屋にお越しくださって恐縮です」

 起き上がって合掌しているナラヤンに、ブラーマが困ったような笑みを向けた。

「ナラヤンは無茶をするとサラスワティから聞いていたが、本当に無茶をする人間だな。そんな事では長生きできぬぞ」


 ナラヤンが合掌したままで目をキラキラさせた。

「神々や羅刹のお手伝いができるだけでワクワクしています。スマホの寿命があと一年ももたないそうですので、その間は頑張ります」


 口元と目元を和らげるブラーマ。

「まるで、サラスワティとドゥルガが人間だった頃のような目をしておる。人間はすぐ死ぬ弱い生き物だと心得よ。あまり無茶をしてサラスワティに心配させるなよ」

 そう言ってから、口調を砕けた感じにした。

「今日明日はゆっくり寝ていろ」


 有り難きお言葉、と大仰にかしこまるナラヤン。

「……それで、何か供物のリクエストはありますか? 今から買ってきますよ」

 ブラーマがニッコリ微笑んだ。肩先まで伸ばしている茶髪を揺らす。

「良い心がけだな。そうだな……」


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