ゴグラハの神話 その三
翌日、天空の帝都にて復活を遂げし羅刹軍の合流せる帝国軍9億飛びきたり。
始めはドゥルガがこれまでの神術使ひて迎撃すれど、絶えて効かず。術式を解析されけむとことわるサラスワティと羅刹バスマスラ。せむかたなく、改良型の神術に切り替ふ。
こはしるしてきめんにて、瞬く間に7億の敵軍が光線に焼かれて蒸発し、魂ごと消滅せり。
敵軍は大混乱に陥り、戦線崩壊し、天空の帝都へ飛びて逃げ帰りゆく。
たよりと飛翔して、敵軍を追撃しゆくはらから。
ほどなく、空中に浮かぶカラヤヴァーナ帝国の帝都の姿見えきたり。その大きさは一辺50キロメートル以上ありきと伝へられたり。
されど、その帝都は半透明になりて実体化されたらざりき。はらから飛翔して突入し、神術にて攻撃すともやがて素通りせり。帝都そのものは結界内部にあればと心得るサラスワティ。
ドゥルガは絶えて触るべからざりけれど、サラスワティには触るる事がにきたり。さて、帝都の巨大なる門に手伸ばして、その結界魔法の術式を入手す。その際に人の手が緑色に変色すれど、とばかりすと元に戻りき。
今回はこの術式の解析を優先する事にし、いったん地上へ戻るはらからなりき。
地上へ降り立ちしドゥルガとサラスワティはらからは、神々が身を潜めたる洞窟へ戻りブラーマ神に報告せり。同時に羅刹バスマスラを紹介す。
驚き狼狽する神々と王どもなりき。されどはらからの説明聞きて落ち着き、歓迎せぬまでも共通の敵に立ち向かふ同志として認めき。
サラスワティが羅刹魔法を使ふべきやうになりしためし知り、ブラーマ神憐れみき。魔取り込みにける神には、死の神ヤマなどがあれど皆いたはれば。
「ともあれ今は、神々と人の存亡の危機の最中なり。サラスワティの献身に感謝す」
かくて、サラスワティが神術と仙術、それに羅刹魔法を使ふべきやうになりしためしを活用する決断を下しき。帝都の門より採取せる結界魔法の術式解析し、対策を講ずと話す。
ブラーマ神がサラスワティに告げき。
「敵帝都は結界といふ異天下にある。ゆゑに我が持つ異天下創造の秘術をお主に授けむ。この術式を基にして、結界破壊の神術編み出だすなり」
サラスワティが両膝つきて合掌せり。
「謹みて受領たてまつる。さだめて編み出だしてご覧にいれむ」
神々や王どもは喜び、ドゥルガもこの戦ひに勝利せらると期待すれど、羅刹バスマスラは慎重なりき。畏れつつとブラーマ神に提言す。
「結界の外に出でし帝都は、落下して大地へ激突せむ。羅刹魔法場と神術場との衝突も起こらむ。その衝撃に大被害の生じる恐れさうらふ」
なほ重ねて述べき。
「今の帝都内は羅刹魔法場にこはく汚染されたり。落下すと地上を汚染する事にならむ」
サラスワティが自身の白き腕を神々に見せ、羅刹魔法場を発生させき。その腕が瞬時に緑色に変色し、禍々しき羅刹魔法場を発す。
「かかる有様になるなりかし、バスマスラ」
どよめく神々とあはれがる王ども。妾の母は気を失ひきと言はれたり。
羅刹バスマスラ肯定せり。
「はい、さようにさうらふ。とばかりの間は、神や人の暮らしには不向きなる土地にならむ」
かくして、まず神々と人どもを安全なるかたへ避難させ、その上にせらるるばかり被害の出でぬやうに帝都を落下さする事になりき。ブラーマ神がサラスワティに、攻撃魔法の術式作成に集中するやうに命ず。
その間ドゥルガは孤軍奮闘し、帝都より下りこし敵軍10億焼き払ひて滅殺し撃退せり。
ある日、敵軍に巨人族の兵ありき。身長は十数メートルもある巨漢ばかりなれど、ドゥルガの光線に体を蒸発させられき。その後、魂の有様になり天空の帝都へ逃げ戻りゆく際にドゥルガに告げき。
「我ら巨人族は、マヒーシャスラ皇帝の服従の魔法もちて使役されたり。神々の応援せまほしけれど、現状には不可能なり。許さなむ」
それ聞きて、改めて打倒マヒーシャスラをちぎるドゥルガなりき。
羅刹バスマスラが巨人の魂に頼み事せり。
「ほどなく帝都への総攻撃始まる。帝都内に潜ませてある、味方の密偵羅刹の脱出手伝ひたまへ」
快く了解する巨人の魂なりき。
敵軍を退けしドゥルガが羅刹バスマスラぐして飛翔し、ゴグラハ小王国の王城と王宮へ向かひき。はやく避難完了して、誰も残りたらぬ事を確認す。
続きて避難先の砦へ向けて飛ぶ。つひに、避難先とせば巨人カンチェンジュンガのきはが最も安全といふ結論になれり。この砦も巨人の足元に築かれたり。神々も新たなる洞窟に移動したれど、それも巨人のきはなりき。
当の巨人は今も眠れるままなれど。
砦には王と王妃、それに妾ありき。王国臣民もおくりし全員が避難を終へたり。王によると、周辺国も同様の砦設けて避難済ませたりと。
そこへサラスワティより念話にて、帝都攻撃の神術を完成させきと知らせ入りき。いそぎは整ひき。
念話とは神術や魔法による思念通話なり。これを使ふ事に遠隔地との通話能ひなる。
王妃がドゥルガに、この10日目の作戦の成功を祈願せり。
「ドゥルガ様の10日間の偉業は私達が未来永劫、子孫に伝ふべし」
不敵に微笑むドゥルガ。
「お母上、期待したまへ」
王国臣民より歓喜の歓声を受けつつ、ドゥルガがサラスワティの下へ飛びゆく。羅刹バスマスラも、この目にマヒーシャスラ皇帝の最期を見る務めがありと言ひてドゥルガに同行せり。
到着後、サラスワティより攻撃術式を三又槍に封ぜし物受け取る。神々も避難せりとサラスワティに告ぐるドゥルガ。
天空の帝都に潜ませたる羅刹バスマスラの手の者より、改良神術の術式解読されてそれを無効化する羅刹魔法のせられし、その魔法を実装せる帝国軍60億が侵攻いそぎを整へきといふ消息が念話にて届きき。
驚くドゥルガと羅刹バスマスラなれど、おもひかけたりしサラスワティはつれなくせり。
「あれより術式をなほ改良して、今は完全なる神術の術式に改めてあり」
今までは羅刹の使ふ羅刹魔法の術式の混じれる有様なりき。神の使ふには羅刹魔法の術式は障はり、神術の術式ばかりに翻訳せる方使ひやすしと話すサラスワティ。
かくして、単発の神術なるストラ、数億発を一度に撃つべきマンダ、結界破壊のシルシャアストラの神術、他がドゥルガに実装されき……
ここでナラヤンがふと回想を中断した。
(ブラーマ神が使う攻撃神術で有名なのはブラーマアストラなんだけど、この神話では出てこないんだよね。しかも、僕が知っているのは弓矢の形をしているんだけど、そんな描写もないし。不思議な神話だよねえ……)
ブラーマアストラは、いわゆるインドラの矢の系統の攻撃魔法兵器である。宗教画では、戦術核ミサイルのような爆発と威力で描かれる事が多い。
……空中に蜃気楼のごとく浮かべる帝都へサラスワティが単騎にて飛びゆく。囮となり、帝都の巨大なる門開かれき。中よりこちたき数の羅刹や魔物飛び出だしく。
帝国軍がサラスワティ取り囲みきと覚えし、その時。サラスワティの姿かき消されき。
仙人の使ふ幻術と帝国軍の驚きしほど、西の大地よりドゥルガの巨大なる光線撃ち放りき。シルシャアストラなり。
直径数キロもある巨大なる光線は、光速のとさに帝国軍に襲ひ掛かりき。反応すべからで瞬時に蒸発し、その魂だに蒸発して消滅しゆく羅刹や魔物ども。
シルシャアストラはやがて帝都の門にも直撃せり。高さ数百メートルある門も瞬時に蒸発し、結界破壊されき。上空1000メートルきはの空が大きに割れて、その中より一辺50キロ以上もある帝都が実体化して出現せり。
シルシャアストラは帝都貫通し、遥か東の空も焼き尽くしゆく。当時は丘陵地帯なりし北天竺の東の地平線が真っ赤に燃え上がりき。
さりとてしぶとくおくりし帝国軍なれど、ドゥルガが今度は神術をマンダに切り替へき。無数の光線が帝国軍に襲ひ掛かる。
秒6億ごとの敵兵がマンダの光線に焼かれて蒸発し、魂もかき消されて滅殺されゆく。10秒後には結界の外に展開せる帝国軍全滅せり……
ここでナラヤンが回想を中断した。
(いくら何でも、話を誇張し過ぎだと思いますが。6億って……ドゥルガ様、どうやって撃ったんだ?)
実際、インド神話や伝説、叙事詩では誇張した表現が多い。テレビドラマや映画でよく表現されているのは、一本の矢が空中で無数に増えていくというものだろう。それにしても6億はちょっと多い。
とりあえず水筒の水を飲んで、再び回想に戻る事にしたナラヤンであった。
……敵軍の消滅を見しドゥルガ、再びシルシャアストラに神術切り替へき。巨大なる帝都撃ち抜かれて燃え上がりゆく。
穴まみれにされし帝都がいよいよ浮力失ひ、自在落下を始めき。同時にサラスワティが大地に広範囲の防御光網を張る。
その光の網の上に帝都落下して激突せり。
帝都の落下エネルギーは巨大なりき。加へて羅刹バスマスラの危惧せる魔法場の衝突も発生せり。その威力は凄まじく、光の網押し潰されて大地震発生せり。大地捲れ上がり、大爆発驚きき。
土砂や粉塵すらも消滅しゆく強烈なる光に、帝都消滅せり。帝都に未だ残れる後詰の20億の羅刹や魔物も断末魔のののしり上げて蒸発しつつ滅殺されゆく。ゴグラハ小王国の王城も吹き飛ばされて粉々になりき。それどころか無数の丘陵も消滅しゆく。
サラスワティが円蓋天幕型の防御障壁張り、その中にもろともに避難して見守る羅刹バスマスラとドゥルガ。三柱ともに、あまりの破壊力に呆然とせり。
その爆風と衝撃波の渦巻く中、上空より背丈十数メートル級の巨人が数体飛び降りきたり。巨人は全身装甲と武装に、サラスワティの張る防御障壁のきはに着地せり。シルシャアストラの余波を浴びしためか、全身装甲の表面はドロドロに溶けたり。
「神と羅刹よ、契りを果たしにこしぞ。受け取れ」
さ言ひて、手に保護せる密偵役の羅刹を防御障壁に放り込みき。
その密偵がバスマスラに、彼ら巨人どもが帝都の門を開くるために協力せりと報告せり。武装巨人微笑む。
「神と羅刹に感謝す。やうやう我ら巨人は、ねたき服従の魔法より解放されき。今の羅刹王は惑ひたればな、魔法を維持する余裕の無きなり」
羅刹バスマスラも、自身にかけられたりし同じ魔法の解かれたる事に気がつきき。されど喜ばで、鋭き視線を帝都落下地へ向く。
「皇帝……いへ、今は羅刹王と呼ぶべし。未だ羅刹王はおくれり。今が滅殺する良きついでとならむ」
シルシャアストラの破壊はなほも続きて、大地えぐり取られて消滅せり。そのまぶしき光に、水牛頭の羅刹王が咆哮する姿ありき。その身長は巨人どもにも見おくれせぬ、堂々とせる巨躯なりきといふ。
障壁展開して破壊より逃れたるサラスワティども発見し、羅刹王罵倒す。かくして、怪光線を大量に放ちて攻撃しきたり。
その怪光線を防御障壁にて弾くサラスワティ。されどその障壁は小さく、身長十数メートルの巨人どもまでは覆ふべからざりき。
さりとて力振り絞り防御障壁を大きにせむとするサラスワティなれど、巨人どもいなびき。サラスワティの優しさに感謝す。かくて一斉に咆哮し、羅刹王めがけて一斉に突撃しゆきき。
たちまちのうちに、羅刹王の放つ大量の怪光線を全身に食らひき。全身の装甲が穴まみれにされ、血吹雪撒き散らさる。さりとてなほも咆哮して突撃し、いよいよ力尽きて倒れつつも羅刹王の足にしがみつきて動きを封じき。
巨人の隊長が怪光線により石化しつつも高笑ひす。
「たかが羅刹ごときに、我ら巨人族が服従しこし屈辱を今こそ晴らせ。ドゥルガよ攻撃せよ」
ドゥルガが防御障壁の中より三又槍を投擲して、羅刹王の額に突き立てき。
絶叫する羅刹王に罵声を浴びする羅刹バスマスラ。
羅刹王が長柄の斧なるゴードを羅刹バスマスラに投げつけき。されどサラスワティが防御障壁にて弾き返し、斧は羅刹王の腹に突き刺さりき。斧貫通して背中に出でて地面に縫ひつけらるる有様になり、むげに動けなくなる。
石化され粉になりて消滅しゆく巨人どもが、羅刹王の足にしがみつきて動きを封ぜしまま高笑ひし続けたり。
激怒して吼え続くる羅刹王なれど、容赦なく追撃するドゥルガ。羅刹王が絶叫上げてシルシャアストラの光に分解されて消滅しゆく。巨人どもも消滅し、彼らの装甲ばかりが地面に散乱して転がりゆきき。
羅刹バスマスラが羅刹王を罵倒す。
「我ら羅刹はこれより自在に生く。汝のごとき物の怪など不要なり」
されど必死に消滅を忍ぶ羅刹王マヒーシャスラ。
「汝らには、いま攻撃よしは残れるまじ。これを忍びきらば我の勝ちなり」
サラスワティの哀しき笑顔にいひけちき。
「あるぞ、未だ」
さいらへてから、姉のドゥルガを見き。かの手には朱色の聖槍握られたり。ドゥルガが羅刹王マヒーシャスラに告げき。
「ただ10日間なれど、これにて今生の別れかな。さらば」
さ言ひてマヒーシャスラの額に、朱色の聖槍を投擲して見事突き刺しき。その瞬間、羅刹王の体と魂が真空にうつろひ、断末魔のののしりすら上げられぬまま消滅せり。
やうやうシルシャアストラの光消ゆと、威力判明しきたり。サラスワティが大地を網のごとく覆れる障壁を解除す。
障壁によりて巨大なるクレーターは生じず。その代はり、丘陵はさながら消滅せり。今は、地平線の向かふまで平野誕生しており、山地は北のヒマラヤ山脈のほかに残りたらざりき。カンチェンジュンガ巨人が壁になりしためなり。かくして平地、丘陵地、ヒマラヤ山脈と南北に三分割されし地形誕生せり。
天竺のビハール世界とベンガル世界、アッサム世界は衝撃に均されて大平原になれり。衝撃波は西にも及び、今のガンジス河河口より天竺の首都まで続く東西の平原はかくしてつくられき。
サラスワティとドゥルガも天下の風景の一変せる見て、さすがに冷や汗をかききと伝へられたり。
サラスワティとドゥルガの案を超ゆる威力なりしため、この神術と神器は封印さるる事になりき。ゆゑに、以降の神話や伝説に登場する事はあらず。
ゴクラハ小王国も国土ごと壊滅したれど、カンチェンジュンガ巨人の足元に砦設けて避難せるため、巨人の加護にて王国臣民の全滅は回避せり。
巨人の体のきはに避難したらざりし、マヒーシャスラ帝国に臣従せる人の王国群、羅刹の王国群は消滅せり。え数へきらぬほどの人や羅刹も蒸発して死せり。
ゆえに、ダサイン大祭にて伝へられたるカラヤヴァーナ帝国軍の将兵につかば、人や羅刹含めて詳細おほかた残らず。
ヒマラヤ山脈の巨人カンチェンジュンガが、やうやう眠りより驚き上がりき。1万メートルを超ゆる体にてサラスワティとドゥルガ見下ろし、地形の激変せし事を咎む。
インド亜大陸が帝都の落下の衝撃によりて東側沈み込みて傾けり。ゆえに、北インドやヒマラヤ山脈より流れ出づる川の多くが一斉に東に向き変へ、合流して巨大なる河にねびゆく。ガンジス河の誕生なり。
ヒマラヤ山脈も一気にねびて高くこはくなりき。
誕生せしばかりのガンジス河の上空にて、ドゥルガと巨人カンチェンジュンガとが諍ひになりき。怒りしドゥルガがマンダの神術を使う構えをみす。
サラスワティが間に入りてドゥルカを諫め、巨人カンチェンジュンガの舌をマヒさせてえ話さずせり。かくていま使ふ事はあらずと謝り、ヴィーナに子守唄奏でて眠らせむとせり。
されど巨人カンチェンジュンガはすまひて、寝そべりてからも暴れき。ついには、その巨大なる口に更地となりし平原におくれる羅刹や魔物、砦なる諸王国の人見境なく食ひ荒らしそめき。
なでふ悪食と呆るるドゥルガとサラスワティはらから。
その頃ブラーマ神は障壁張り、神々と諸王国臣民を守りつつ巨人の口より逃れ、右往左往せると伝へられたり。
巨人カンチェンジュンガがゴグラハ小王国の王と王妃、それに妾らまで食はむと襲ひ掛かりき。防御障壁もやすく食ひ破られぬ。
それを見しドゥルガが怒り、鎚にて巨人を殴りつけき。たまらず仰向けに返る巨人。
その衝撃により地震発生し、神々の潜める洞窟が崩落しき。神々は惑ひて外へ逃げ出だせど、崩落に巻き込まれて多く消滅せり。
ドゥルガとサラスワティが巨人の額に跳び蹴して足をめり込ませ、二人にて同時に神術を発動せり。敵を昏睡にするサンモハーナと、6億発の破壊光線を一度に放つマンダなり。
巨人の額より脳天まで吹き飛びて消滅し、やうやう巨人の抵抗止みき。再びサラスワティがヴィーナに子守唄奏で、今度こそ眠りにつかせり。
以降、巨人カンチェンジュンガは仰向けに寝たままなり。太りし体型なりしため、腹盛り上がりし寝姿のごとき山の形になりき。頭の上半分も吹き飛ばされたる有様なり。
されど夢に文句言へめり、巨人の汗が大量にカウシキ河へ流れ込みき。
水量の激増せるために、カウシキ河は巨大になり暴れ河に変貌せり。川幅が一気にわたり、10メートルなりしが2キロ以上になる。
せむかたなければサラスワティが河のきはに立ち、河がさほど暴れぬやうに見守りつつ調節する事になりき。このカウシキ河はガンジス河の支流となり、ガンジス河も川幅が一気に増えて大河となり今に至れり。
カラヤヴァーナ帝国滅亡後、おくりし魔物や羅刹は共に辺境の地へ去にゆきき。
神々は地上に暮らすやうになりき。新たなる神が次々に誕生し、ブラーマ、シヴァ、ビシュヌの三頭体制になる。
かくてマハーバーラットやラーマーヤナなどの叙事詩の世始まりき。カルナやアルジュナ、クリシュナ、カーリー、ラーマなども誕生し英雄となりて叙事詩に記されき。
ビハール世界には帝都が落下すれど、その帝都は羅刹もちて魔法場汚染されし。そのため、神々や人の入れぬ有様になりき。
ブラーマ神が神術をビハールの地にかけき。
「ほどはかかれど、カウシキ河の水に浄化されゆくならむ。かくて浄化されし際には、この所に最も肥沃なる大地に生まれうつろはむ」
神々はいったん西方へ移住し、人を指導しつつ暮らしゆく方針に定まりき。サラスワティばかりカウシキ河のきはに残り、河の監視と調整を続くる事になりき。
ドゥルガは神々と共に西方へ去ぬる事になり、妹なるサラスワティに白鳥と孔雀を使徒として贈りき。
ゴグラハ小王国の王や王妃もいったん西方へ避難する事になりき。東岸に王国臣民すだき、船仕立ててカウシキ河渡り、西岸へ向かふいそぎを始む。
妾ばかり少数の従者と共に東岸に残る選択せり。西の地にてはカースト制度の厳しき国が多ければ、生きづらいといふが由なりき。
国王が別れ了承し、王妃やドゥルガと共に船に乗りて西岸へ漕ぎ出だしゆく。
サラスワティは妾の下に残り、変身して16歳の人の少女の姿になりき。
「ただいま戻りし、お母上」
妾の母親のしたためし真っ白な衣装着て微笑み、共に暮らしきと伝へられたり。
母親が夕餉は川海老にせむと言ふと、サラスワティが嬉しさうに抱きつきてうなずききと、従者が後の世に口伝せり。母と娘に仲良くヴィーナ弾きて、子守唄を歌へりとも。
母親の寿命尽きてかくれし後、サラスワティは再び女神に戻りき。今もカウシキ河、今のコシ河のきはに河と人の世を見守れり。
カウシキ河の流れはたえずして、かの女神の加護も悠久ならむ。
回想を終えたナラヤンが腕組みをして小首をかしげた。
(呪術師のラズカランさんはこの話を誰から聞いたんだろう。僕が知っているダサイン大祭の話には、サラスワティ様や巨人カンチェンジュンガは出てこないんだけどなあ。まあ、神話だから色々なバージョンがあるのだろうね)
ちょうどカンチェンジュンガ連峰に雷雲がかかり、ピカピカ光り始めた。
「あ。雷だ。こっちにも雨が降らないかなあ」
ヴィーナはインドの伝統楽器です。Veenaで検索すると出てきます。