表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
23/71

母の日

 季節は西暦太陽暦の4月下旬になった。さらに暑くなって、日中では通りにあまり人が歩いていない状況になる。ネパール西部の平野部では、最高気温が40度を超え始めたというニュースが流れている。それほど湿度が高くないため日陰に入れば何とかなるのだが、目が乾きがちになる。


 この月末には母の日がある。ナラヤンはイタハリ近郊の実家に戻って、菓子とカーネーションの花を贈ったようだ。

 実家は丘陵地にある古い村で、鶏や山羊、水牛が数多く飼われているのどかな風景である。近代的な鶏舎や牛舎ではないため、白い土壁の上にアシをふいた屋根の家畜小屋があちこちに建っている。まじないも兼ねて、絵が土壁に白い色で描かれているのが目立つ。


 その実家では、ナラヤン父がナラヤンに説教していた。

「学業の成績が悪いままだと、麻栽培の作業員にするからな。気合入れて勉学に励めよ」

 丘の下には新たに開墾した麻栽培の池が次々に造られている。

 冷や汗をかきながら、勉強しますと答えるナラヤンであった。


 その頃サラスワティもドゥルガからの誘いでポカラのビンダバシニ寺院へ行っていた。その寺院で、二人それぞれの実母を供養する。

 サラスワティは白、ドゥルガは赤の衣装だった。かなり古代の衣装らしく、サリー姿やサルワールカミーズ姿でもない。強いて挙げればガンダーラ美術に似ている。ただこれは仏教美術なので、この女神たちとは直接の関わりはないが。

 ポカラはネパール西部の代表的な観光地で、3つの8000メートル峰が見える亜熱帯の町だ。ビンダバシニ寺院は丘の上に建てられていて、100段ほどの階段を上って参拝する。


 ドゥルガが供養を終えて、しみじみと語った。

「もう何千回も供養したけど、寂しさは募るばかりね」

 同意するサラスワティである。ヴィーナを呼び出して、古い曲を弾き語りし始めた。


 それを聞いたドゥルガが懐かしそうに微笑む。

「恋歌か……名曲は色あせないものだね。昔を思い出してしまうなあ」

 サラスワティが歌うのを一時中断して、クスリと笑った。

「昔の姿には、くれぐれも戻らないでね。お姉ちゃん。歌詞の単語は古すぎるから、今風の単語に置き換えてるけどね。元々の歌詞はサンスクリット語でもなかったし。今年の歌詞はこんな風にしてみたよ、どうかな」


 そう言ってからサラスワティが最後まで歌う。聞き終えたドゥルガが明るく笑った。

「良いと思うよ。アタシも歌詞を覚えたから、次は一緒に歌おうか」

「うん」

 今度はドゥルガと二人で弾き語りで歌い始めた。ビンダバシニ寺院には他にも多くの神々が祀られているため、ちょっとしたコンサートのようになっている。人間の参拝客も多いのだが、彼らには歌声と演奏は聞こえていないようだ。


 二人で歌い終わると、神々から喝采が上がった。照れている姉妹の神である。

 サラスワティがヴィーナを消去してから、ドゥルガに相談した。

「お姉ちゃん。折り入って相談があるんだけど……」


 サラスワティが羅刹世界での実験の話をした。そして自身の代わりに見てきて欲しいと頼む。

「神術式も修正したので大丈夫なはずだよ。どうかな?」

 即答で了解するドゥルガだ。

「行く行く! 面白そうじゃんっ」


 そして、腕をブンブン振り回し始めた。

「羅刹かー、久しぶりにぶちのめしてやりたいなっ。不死だから、思いっきりぶん殴れるのよねー」

 サラスワティが慌てて諭す。

「ちょっ……戦いにいくわけじゃないってば。お姉ちゃんっ」


 でもそうね……と思案する。

「羅刹を殺さない程度の格闘指導って事なら大丈夫かな?」

 ニンマリ笑うドゥルガだ。

「それいいな。アタシもちょいと準備しておくか。ドゥルガの姿なら大丈夫だし」


 サラスワティが少し呆れながら注意する。

「お姉ちゃん……あんまり粗野な口調は女神らしくないよ。仮にも王女だったんだから」

 ドゥルガが笑って肩と首を回した。やる気満々である。

「もう何千年も昔の事でしょ。王女の時代よりも今の女神の時代の方が、アタシの性質たちに合ってるのよねー」


 そして目をキラキラ輝かせ始めた。

「さあて、どうやって羅刹どもをぶち倒してやろうかなっ。久しぶりに、東のバドラカーリー寺院に保管してある聖槍を使っちゃおうかなっ」

 サラスワティがジト目になる。

「あの朱槍は危ないから止めて、お姉ちゃん」



 一方ビラトナガルでは、放送部の友人ジトゥが映像をナラヤンに見せて詰問していた。

「実はあれからもコシ河東岸の草むらの中に望遠カメラを設置して、西岸の展望台を監視撮影し続けていたんだけどさ……」

 その映像の中で、ナラヤンが一人で展望台へ自転車でやって来て、ふっと姿が消える瞬間をナラヤンに見せる。


「コレはどういう事なんだ?」

 ナラヤンが冷や汗をかきながら、手品の練習をしてたんだよ、とか苦し紛れの弁解をするが……嘘だなと見抜かれてしまった。さらに冷や汗を大量にかき始めるナラヤン。


 映像にはヘビ魔物が一匹草むらの中に潜んでいて、同じく西岸を見ているが……これはジトゥに見えていないようだった。

(魔物って普通にいるんだなあ……)

 冷や汗をかきつつも、改めて実感するナラヤンである。奥では白いキングコブラがヘビ魔物を食べているのが見えた。

(あ、これはもしかするとナーガ神かな)


 ジトゥがさらに映像を続ける。ナラヤンがいきなり叩き潰されて肉塊になり、それがすぐに元に戻っていく映像も見せる。

 ナラヤンがそれを見てジト目になった。

(改めて見ると酷いな、おのれカーリー)

 これも手品の練習だと、目を逸らしながら答えるナラヤン。当然のように信じてもらえていない。


 その次の瞬間、ジトゥが気絶して倒れた。同時にカメラとモニターも粉砕されて粉になる。

(あ、これは……)

 ナラヤンがスマホを取り出してカメラを起動させると、画面にはインド貴族風の赤い軍服姿の女神が照れ笑いしながら立っていた。カーリーではなかった。

(……ええと、この女神様は確か……カーリー様の配下にある9柱の1柱だっけ)


 とりあえず合掌して赤い軍服姿の女神に挨拶し、窮地を救ってくれた事を感謝した。そして、おずおずと尋ねる。

「貴方様はええと……初対面ではないですよね。僕はナラヤンと申します」


 赤い軍服姿の女神が明るく笑った。ボーイッシュなので美男子にすら見える。髪もボブカットだ。

「カーリー様の配下の1柱、シャイラプトリだ。山間地の担当なんだ。神々に追いかけられた時は、良い啖呵を切っていたね」

 かなり気楽な話し方だなあ……と意外に思うナラヤン。見た目は20代前半のような感じである。


 そして、床に倒れているジトゥの頭を三又槍でツンツン小突きながら、照れ笑いを浮かべた。

「悪い悪い。うっかりしてたわー、あははは。コイツの記憶は消したし証拠のカメラも消滅させたから、これでもう大丈夫だなっ」

 カーリーの命令で、ナラヤンとその周辺人物を監視していると話すシャイラプトリである。


(そういう事は、貴方が監視している本人には言わない方が良いのでは……)

 と思うが、口にはしなかった。

 代わりにジトゥを引き起こして安静にさせる。呼吸や脈も正常なので、特に問題はなさそうだ。

「機械が自動的に盗撮してると、神様でも察知できないんですね」


 シャイラプトリが頭をかいて苦笑した。

「いや、できるけどね。面倒だったから、やらなかったのだよ。あははは」

「できるんかいっ」

 思わずツッコミを女神に入れるナラヤンであった。


 シャイラプトリが目を逸らす。結構、ノリがいい。

「……いやほら、アタシって忙しいだろ。こういう些末な事には手が及ばないというか、やりたくないというか……それじゃ!」

 そう言って、飛んで逃げてしまった。

 ため息をつくナラヤン。

「女神の威厳や品位が僕の中で瓦解してきているんですけど……」


 ちなみに、映像はクラウドでバックアップされていた。

 しかしジトゥは撮影した記憶を吹き飛ばされているので、首をかしげるばかりだ。

「こんな事したっけ俺。しかも、ナラヤンが死んでるし」


 そしてスマホを取り出して、ナラヤンにチャットで問い合わせる。すぐに誤字だらけの文章で『手品の練習をしていたんだよ』という返事がきた。

 それを読んでジトゥが納得する。

「うん、この慌てようと反応は本人だな。って事は、いわゆるオカルト映像ってやつかコレ」


 そして、世界中に発信して小金を稼いだのであった。数千円ていどだったが。


 ジトゥのカメラとモニター等は、その後いくら探しても見つからなかった。大赤字だと憤り、ナラヤンに八つ当たりする。

 困惑するナラヤンだ。

「僕に言われても何もできないぞ。とりあえず知り合いの呪術師さんに頼んで、インドの盗品市場に流れていないかどうか調べてもらうよ。多分ないだろうけど……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ