ゴグラハの神話 その二
神話の世、神々は天界といふ別天下を天空に築き上げてさて共和制に暮らせり。その頃、地上には人が文明持ち王国を築きそめたりき。
あるほど、強力なる羅刹のマヒーシャスラが土中より復活しカラヤヴァーナ帝国を興しき。
急激なる成長を遂げし帝国は周辺の羅刹国や人の王国征服し、いよいよ地上天下を統一する大帝国となりき。地上には弱小王国点在して残るきはに、それらもカラヤヴァーナ帝国に臣従するさま。
地上天下おさめし羅刹王マヒーシャスラ、つぎに天界の征服に乗り出だしき。神々との激戦始まりけれど、100億の大勢力となりき羅刹軍によりて神々は敗北し、天界も征服せられたりき。
羅刹王マヒーシャスラは遷都し、天界の都カラヤヴァーナ帝国の帝都になりけり。
危うきながら生き延びし神々はブラーマ神代表にして地上に逃れ、諸王国に庇護求めき。
ここにてゴグラハ小王国受け入れ表明しき。今のネパール東部のビラトナガル市近きにあひたといふ。
この時代は今のごとく平野部なく、標高200メートルほどの丘陵地帯なりき。北にてはヒマラヤ山脈あひけれど今よりも低く小規模にて、ガンジス河もいまだあらざり。
ゴグラハ小王国は、ヒマラヤ山脈をつくりし巨人カンチェンジュンガの足元にわたる山間地なりき。
ゆえにブラーマ神がこの巨人に挨拶し、洞窟を借るる許可を求めき。されど巨人はむつかしがれりき。生返事しばかりにブラーマ神捨ておき、やがて眠りにけり。
はかばかしき返答を得られねど、ブラーマ神はゴグラハ王城と洞窟に防御障壁張りて防衛体制を整ふる事にせり……
ナラヤンが回想を一時中断した。
(……この後から僕の知っている話とは違ってくるんだよね。そこでは巨人は登場しないし、女神サラスワティも関わらないんだけど)
……ブラーマ神が神々代表し、ゴグラハ小王国の王に告げき。
「人を神にして、羅刹どもに対抗す。つかば、王の娘二人差し出だしたまへ」
驚きし王がよしを尋ぬと、ブラーマ神が苦渋に満ちしけしきにいらへき。
「我ら神々は羅刹どもに敗北せり。よしは我らの使ふ神術の術式を奴ら入手して、対抗策を講じたるためなり。我ら神々は、新しき神術式を構築する要あり。人の血を加ふる事にそれ成し遂げらるるなり」
状況を心得し王重ねて尋ねき。なぜ娘なるかと。息子どもははやく戦死したれど、王自らが神となるべきならぬかと。または屈強なる王国兵の兵長を充つるべきにはとも。
ブラーマ神がやや憐みのけしき浮かべていらへき。
「羅刹王マヒーシャスラは男なり。人の男が神にならば、神術場が一部似ぬ。その分ばかり攻撃力は殺がれ、我らの不利増す。また我、ブラーマは創造を司る神なり。女の方が我の加護を受けやすきなり」
かくして、王の正室なる王妃の産みし17歳の娘と、王の妾の産みし16歳の娘選ばれき。されど、その事を知らされし白き衣装の妾の娘が大役に恐縮すれば、赤き衣装の王妃の娘が手差し伸べき。
「今はきはの違ひを気にするついでならず。存亡の危機に共に立ち向かはむ。今よりは我が汝の姉となる」
かくして指名されしはらからは、神になる前に近くを流るる清流カウシキ河に沐浴して身を清めき。今のコシ河なれど、当時は未だ川幅が10メートルほどの世の常の河川なりき。
沐浴に同行せる王妃と妾が、娘の過酷なる宿世を悲嘆す。
さる母親の足の甲に額つけて、笑顔に感謝するはらから。かくて、いかなる姿になるとも再び会ひに戻ると契りせり。
沐浴後、妾が娘に頼まれて一曲弾き語りせり。妾は楽師カースト生まれなりき。このカーストは最底辺の不可触民として扱はれたりけれど、楽器演奏と歌声に惹かれし王に気に入られ王室入りせり。
妾がヴィーナと呼ばるる弦楽器弾き、子守唄を娘に歌ふ。それを静かに聞き入る娘と、王妃、その娘なりき。
ブラーマ神による神術もちて、はらからは神となりき。名も与へられて、赤き衣装の姉は女神ドゥルガ、白き衣装の妹は女神サラスワティとなる。紅白の由来なり。
王と王妃、妾がはらからの神に膝をつき、足の甲に自らの額つけて新しき神の誕生を祝しき。続きて小王国の臣民が両膝つきて合掌し、祝詞唱へてあはれがりき。
ただ、この祝詞は梵語の誕生する前の言語なれば今に伝はりたらず。
はらからの神に、ブラーマ神ほかの神々の様々なる神術や神器、神具与へて祝福せり。ドゥルガは剣として、サラスワティは盾としての役割与へられ、同時にサラスワティはドゥルガの補佐に就きき。
かくして、ドゥルガとサラスワティはらからは神と人との間に生まれし始めの神となりき。
ドゥルガとサラスワティはらからに神々が訓練と教育を施しゆく。その際に、王も知り合ひの仙人呼びて様々なる事を教ふるやうにたよりを謀りき。仙人は死の神ヤマと親しき者なれば、死に関する仙術も習ふ事になりき。
されど、その学習と訓練の間も、羅刹軍による猛攻の休む事はあらざりき。ついには神々隠れゐたる洞窟のかた探り当て、羅刹軍が軍勢繰り出だして攻め込みきたり。その数は数千。
神々とゴグラハ小王国の軍が迎撃に出づれど、羅刹軍は怪光線を発する兵器使ひ圧倒しゆく。怪光線を浴びし人や神は瞬時に石化し、やがて斧や槍に叩き壊されて粉になりて消滅しゆきき。
かくゆえに、神話に記載されで消えし神々は数知れず。ゴクラハ小王国の将兵の名も同様なり。
さりとて能ふ限り長く教育と訓練を施せるブラーマ神なれど、いよいよ敵軍が洞窟の前に進軍しきたりと王知らすと、ドゥルガとサラスワティはらからに出撃を命じき。
敵軍の部隊長の羅刹が、洞窟内へ怪光線の一斉射撃を命じき。が、怪光線は光の壁に反射されて跳ね返り、羅刹軍に命中しゆく。自軍兵が次々に石化されゆくを見し部隊長が驚愕すれど、今度は洞窟の中より無数の光線放たれき。
光速の攻撃は羅刹軍を一瞬に粉砕し、羅刹軍は全滅せり。肉体失ひ魂ばかりの有様になりし羅刹軍は、部隊長の命令に従って撤退しゆく。羅刹軍には人の軍も加はれれど、彼らより生じし魂はほどなく消滅しにけり。
洞窟より外に出でしドゥルガとサラスワティはらからをあはれがるブラーマ神と王。
ゴグラハ小王国の損害は大なるものなれど、王城と避難先の砦へは羅刹軍攻め込みたらざりき。彼らの保護請け負ひしブラーマ神が、ドゥルガとサラスワティはらからに告げき。
「我らの居場所が敵に知られにけり。ここは我が守らむ。汝らは敵軍へ攻め込ませばや。今ならば敵も混乱すらむ、追撃するには良きついでなり」
サラスワティがブラーマ神に聞きき。
「かしこまりき。されど、羅刹といふはげに不死ならむや」
ブラーマ神うなずき、空の向かふへ飛びて逃げ戻りゆく敵軍の魂の群れを指差しき。
「その通りなり。ゆゑに我ら神々は戦ひに敗れき。かの魂の群れは、恐らくは天空の都に戻りゆかむ。さて再び肉体を得て復活を果たすなり」
天空の都は神々の暮らせるかたなりけれど、今は羅刹に奪はれたり。羅刹王マヒーシャスラの統ぶるカラヤヴァーナ帝国の帝都として機能せる状況なり。
神々も不老不死なれど、羅刹軍の使ふ石化の怪光線もちて魂を消滅させられたりき。
歯噛みして口惜しがるブラーマ神なり。
「怪光線の羅刹魔法術式を入手せられば、対抗策を講ずる事も能ひなれど……」
サラスワティが決意を述べき。
「されば、その術式をさてもして入手たてまつる」
術式といふは、魔法を具現化するためのプログラムのごときものなり。魔法を使ふには、この術式と魔法場と呼ばるる空間エネルギー要りなる。
これらには種族特性のあるため、人は羅刹魔法や神術を使ふべからず。羅刹は神術がえ使はず、神は羅刹魔法をえ使はぬが標準なり。ただし、術式は解読や解析のせらるるため、敵の魔法や神術に対抗する事能ひなる。
ブラーマ神にはいま一つうしろめたき点ありき。巨人カンチェンジュンガの動向なり。
この巨人は羅刹に加担したらねど、魔物には違ひなし。信用せられずといふブラーマ神の評価聞き、同意する王とドゥルガ、サラスワティはらからなりき。
ブラーマ神にゴクラハ小王国の保護託し、出撃するドゥルガとサラスワティはらから。敵の小隊をいくばくか撃破して魂に変へゆく。
と……魂が一つ戻り来て実体化し、羅刹に復活せり。
驚くはらからに、降伏すとひれ伏す羅刹。自己紹介し、バスマスラと名乗りき。
彼は羅刹王マヒーシャスラと対立する派閥の参謀なれど、その派閥が内紛に負けて全滅。首謀者は魂すら破壊されてむげに消滅しにけり。
歯ぎしりして涙を流し、切々と話す羅刹バスマスラ。
「我ばかり生き延びて、かくして最前線へ一兵卒としやり込まれたりき。滅ぼされし我が主より、マヒーシャスラ皇帝への復讐を頼まれたれば、神に協力たてまつる」
ドゥルガは始め反対なりき。されど、サラスワティが現状の武装には勝ち目の薄きため、彼をかたへに迎へむと説得せり。げに、かくして魂ばかりにさるともすなはち羅刹の復活する様見て、渋々了承するドゥルガなりきといふ。
羅刹バスマスラがかたへの犠牲の末に得し、羅刹王の体の一部をサラスワティに参らせき。真っ白き皮膚片なりき。
「これを解析する事に皇帝の魔法特性わかるべし」
サラスワティがその皮膚片受け取れど、羅刹王の魔法特性を解析すべからざりき。
「やむを得ず……我が直接食ひて組織片ごと取り込まむ」
驚きしドゥルガと羅刹バスマスラが、惑ひて再考するやうに訴へき。されど、おだしく微笑むサラスワティなり。姉のドゥルガに万一の事態にならば、自身を殺さまほしと告げて……口にせり。
サラスワティの肌の色が緑色に変化しゆく。ドゥルガが妹のサラスワティ抱きしめて神術場の支援を行きき。そのおかげもあり、サラスワティは一命をとりとめき。
数時間後、やうやう落ち着きしサラスワティは真っ白な肌にうつろへり。神具の耳飾りも変形し、青き三日月型になれり。
妹の無事なる姿見て安堵せるドゥルガが、サラスワティの神術場の変化感じ取りき。羅刹バスマスラも観測し、サラスワティが羅刹魔法を行使せらるるやうになりしためしを確認す。
かくて、改めて膝つきてサラスワティとドゥルガに合掌せり。
「これよりマヒーシャスラ皇帝の使用せる羅刹魔法の術式を、サラスワティ様に提供たてまつる」
そは敵の魂も残さで滅ぼし、消滅さする羅刹魔法なりき。滅殺魔法とも呼ばるると話す。羅刹バスマスラの主がこの魔法に滅殺されし際に、術式を入手せりといふ。
されど、羅刹にはこの術式を使ふべからぬからくり施されたりき。羅刹王マヒーシャスラが身の安全を守るために、全ての羅刹と魔物に対して自身を攻撃せられぬやうに、服従の魔法をかけたりしためと打ち明く。
「されど、神ならばその魔法は効かず。この術式を使い、かの皇帝を攻撃する事能ひなる」
その元々の滅殺魔法がいかなる羅刹魔法なりしかは、口惜しながら伝はりたらず。
サラスワティはこの術式を神術に組み込みき。かくして改良型の神術が誕生せれど、その初版術式は神魔半々の有様なりきといふ。
ナラヤンが回想を中断した。水筒の水を飲んで一息つく。
(神様とか魔物、羅刹ってあるけど、僕は一度も見た事がないしなあ……この神話を伝えてきた語り部さんは、どんな風に想像していたんだろう)
ナラヤンが想像してみても、結局はそこら辺の人間がコスプレしている程度の姿しか思い浮かばないようである。ナラヤンがため息をついた。
「はあ……後で宗教画をいろいろ見て回ろうかな」
時間を確認したが、まだ余裕があるようだ。回想を再開する事にしたナラヤンであった。
「ええと……場面は次の日に飛ぶんだっけ」
この話を書いている時に聞いていたのは、昔のNHK大河ドラマ「北条時宗」のOPで使われていた『蒼風』でした。