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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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情報提供の段取り その四

 夕方になり寮に戻り、部屋でパンと乾麺をかじりながらサンスクリット語での論文朗読を続ける。そしてようやく24時間の閲覧許可が終了した。

 小人型のサラスワティが肩に乗る。

「終了です、お疲れさまでした、ナラヤンさん」


 ほっとするナラヤン。首と肩を回して、背伸びをした。

「ふおおお……思った以上に疲れますね。では早速……」

 イノシシを指タッチして接続し、音声と画像ファイルを送信する。送信後、スマホとレコーダーにあった関連ファイルが全消滅した。

「おお……本当に全部消えた。写真もない。レコーダーのデータまで消えるんですね」


 スマホとレコーダーは共にSSD方式の記憶素子なので、ファイルの痕跡は残っているかな…と検出器械をつなげて調べてみるが、きれいさっぱり消失していた。ドヤ顔で威張るミニスワティである。

「SSD方式は本来データの痕跡が残る仕様ですが、神術で自動消去していますよ」

 徹底しているなあ……と感心するナラヤンだ。

(まあ、SSD記憶素子の寿命も回復するから良いか)

 残ったのは、紙に描いた図表だけだった。ミニスワティによると、これも間もなく消滅するらしい。


 情報を受け取ったありがとう、という感謝の返事をムカスラが送ってきた。イノシシが吹き出し形式で表示している。文体はネパール語だった。

 ミニスワティがそれを見て興味を示す。

「面白い形式ですね。私も真似してみます」


 ムカスラからの文面によると、この後、羅刹世界で論文情報が使えるかどうか調査するという事だった。結果が出たらナラヤンにチャットで報告すると書いてある。

 ミニスワティが簡単に説明してくれた。

「元々、羅刹は魔法兵器で、人類ではないため遺伝子が異なる部位が多いのです。さらに魔法適性も違うので、そのままでは使えません」


 ナラヤンが呻いた。

「確かに僕たちとは顔立ちが違いますよね……ええと、またチャットが届きました。調査は何度か反復するので、結果が分かるのは最低でも10日後だそうです」

 今度はミニスワティが小さく呻いた。

「あらら、そんなにかかるのですか。やはり色々と手間がかかるのですね」


 大仕事を終えてほっとしたナラヤンが、改めてミニスワティに感謝した。そして、疲れ果ててそのまま寮の部屋で爆睡してしまった。

 ミニスワティが回復神術をナラヤンにかけて微笑む。ナラヤンの体が金色に輝いたが、すぐに消えた。

「お疲れさまでした」

 そしてしばらくの間、ヴィーナを呼び出して子守唄を弾き歌ってくれた。


 翌朝、寮の部屋でナラヤンが改めてサラスワティに電話して感謝した。

「お礼と言ってはなんですが、寮の近くにある駄菓子屋でお菓子と果物を買ってきました。展望台まで行って、お供えしましょうか」

「いいえ。暑いでしょうから私が出向きましょう」


 そう電話で答えたサラスワティが、いきなりナラヤンの部屋の中に出現した。

 驚いているナラヤンに軽く手を振って挨拶してから、自身の衣装を確かめている。今回も白いサルワールカミーズ姿であった。部屋の中で宙に浮いている。

「うん。問題なく転移できていますね。術式はこれで良し、と」


 ナラヤンが顔を赤くして緊張しながら、駄菓子と果物をお供えした。

「ど、どうぞ……貧乏学生ですので、こんな安物ばかりになってしまいまして、すみません」


 サラスワティがニコニコしながら、ポテトチップスの袋とパパイヤに手をかざした。こうやって生気を吸収するのだろう。

「ごちそうさまでした。後は、ナラヤンさんが食べてくださいな」


 ナラヤンがポテトチップスの袋を開けて美味しそうに食べ始めたのを見て、穏やかに微笑んでいる。

 が、ナラヤンの部屋の中を見回してから、その笑顔が少しひきつった。

「供物は良かったのですが……もう少し部屋の中を掃除してくださいね。でないと私、暴れますよ」


 そこへ呪術師のラズカランと放送部の友人ジトゥが揃ってやって来た。ズカズカと部屋の中へ遠慮なく入ってくる。

「よお、ナラヤン。奇行は収まったようだな。良かった良かった。呪術師さんを連れてきたけど、悪霊祓いは不要みたいだな」


 そう言ってから、ジトゥがナラヤンに腕を回した。

「近くの病院でオカルト現象が起きたって騒ぎになってるぜ。何でも、いきなり爆発が起きて人間が何人も吹き飛ばされたとか。何か知っている事はないかい?」

 ナラヤンが目を泳がせて返答に困っている。

「へ、へえええ……そりゃ大変だね。僕はナニモ知ラナイヨ」


 呪術師のラズカランが大真面目な表情になって、部屋の中を睨み回した。

「ここにも悪霊の気配を強く感じるな……やはりここは一発、ワシが悪霊祓いをしてやろうか」

 放送部の友人も、その悪霊祓いの様子を取材したいと意気込む。


 サラスワティが怒り始めたので、ナラヤンが慌てた。

 スマホを握りしめ、呪術師と放送部の友人を抱えてサラスワティから距離を置く。

「悪霊じゃなくて神様じゃないでしょうかねっ。きっと神様がやむを得ず何かしたんですよっ」

 かなり声が上ずっているようだが。


 呪術師のラズカランが怪訝な表情になった。彼もヒンズー教徒である。

「神様がこんな野蛮な事を人間にするはずなかろう。邪神ならまだしも」

 放送部の友人ジトゥも真面目な表情で同意する。

「ケガ人も出てるって話だしな。絶対に極悪な魔物のせいだぜ、きっと」


 背後からサラスワティの殺気をひしひしと感じながら、冷や汗を滝のように流すナラヤンである。

「わ、わー。わーああ」

 後で情報提供すると約束して、呪術師と放送部の友人に果物や菓子を全て渡し、部屋から追い出した。

 恐る恐る背後を振り返る。


 サラスワティが腕組みをしながら笑っていた。口元がかなりひきつっているように見える。

「良い対処でしたね、ナラヤンさん」

 そう言って窓の外を指さした。

「もう少し神々を冒涜していたら、大変な事になっていたでしょうね」

「え? 複数形になってますよ」


 赤と黒の派手めな軍服姿のカーリーと、赤い軍服姿のシャイラプトリが上空を旋回していた。それぞれ6本脚の獅子と水牛に乗っていて、手にした三又槍でナラヤンを威嚇しながらニヤニヤ笑っている。

 勘弁してください……とため息をつくナラヤンであった。


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