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ビラトナガルの魔法瓶  作者: あかあかや
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情報提供の段取り その二

 王宮跡公園に到着すると、最初に管理事務所へ行き管理人オヤジのラムバリに挨拶した。草刈り仕事の謝礼金を受け取りましたと報告する。そして自転車を事務所のそばに駐輪してから、外の聖池に行ってくると告げた。

 ラムバリは事務机で何やら書類仕事をしていたが、その手を休めて軽く首をふる。

「おう。ワシもこの仕事が終わったら行くよ。ラズカランもそろそろ来る頃だな」


 聖池は公園の外に出て、土道を挟んだすぐ北側にある。その干からびて牛の草場になっている聖池の土手にナラヤンが立ち、スマホで映した。


 すぐにクジャクとイノシシを介して、本人たちが転移してきた。クジャクとイノシシには位置情報を発信する機能がついているので、それを頼りに転移できる。

 ムカスラとサラスワティがナラヤンと一緒に土手に立ち、池底の草地を見る。彼らの姿はやはりナラヤンには直接見えないが、スマホ画面にはしっかりと映っていた。


 ナラヤンがサラスワティに話しかけた。彼女が裸足なので少し気にしている。牛糞などが転がっているためだ。

「サラスワティ様。神様の姿は直接見えないし触れる事もできませんけど、神術は使えるんですよね」

 サラスワティが肯定した。ナラヤンの視線を感じたのか、少し浮き上がって軽く素足を振った。

「今の人間世界では魔法禁止ですからね。神術場と私たちは呼んでいますが、つまりは魔法場ですね。それを帯びている私たちとは接触できなくなっているんですよ。神霊という状態です。神術は使えますが、あんまり強力なものを使うと因果律崩壊が起きて、ちょっと困った状況になります」


 先日も解説しましたがもう一度、とムカスラが続けた。彼はしっかりと地面を踏みしめている。

 現象としては魔法を使った空間内で、この人間世界の物理化学法則が乱れてしまう状況を指す。普通は一時的な乱れで済んで元に戻るのだが、強力な羅刹魔法や神術を使うと元に戻らなくなる。

 結果として、この世界の物理化学法則が適用できなくなって異世界になり、この人間世界から弾き出されてしまう。


「例えると異世界は、鏡の中や夢の世界のような感じですね。これに巻き込まれると、私達も一緒に弾き出されてしまいます。元の世界へ戻るのは結構大変なんですよ」

 ナラヤンにはやはりよく分からない様子だ。ムカスラに手で触れてみる。

「羅刹に触れる事ができるのは分かりましたけど……」


 サラスワティが補足した。

「神隠しに遭うといった現象です。貴方のように魔法が使えない人の場合では、光の粒になって消滅してしまいます。私たちのように不死であれば、元の世界へ戻る事ができますが、ナラヤンさんの場合はそうはいきません」

 そう語ってから、真面目な視線をナラヤンに向けた。

「魔法や神術が使われている場所には近寄らない方が賢明ですよ」


 了解するナラヤンだ。まだ今一つ理解できていない様子だが。念のためにサラスワティに手を伸ばすが、こちらは空を切るばかりであった。手応えもない。


 続けてナラヤンが、昨日の騒動について報告した。メモをポケットから取り出して読み上げる。

「ここの公園管理事務所で水差しを粉砕したカーリー様の神術ですが、公園管理人のラムバリさんが自身のミスで割ってしまったと思っています」

「病院前でのカーリー様による無差別攻撃は、ケガ人が十数名ほど発生しました。ニュースにも出ていました。原因不明の漏電という警察の見解です。結婚式場での爆発は、ガス漏れが原因とか」

「総じてですが、ビラトナガルの街では話題になっていません。結構、大きな爆発とか起きたのですが……」


 サラスワティが穏やかに微笑んだ。そよ風が南から吹いてきて、彼女の白いサルワールカミーズのシャツの裾と、青いストールの端を緩やかに揺らしている。背中まで伸びている癖のある豊かな黒髪も、それに合わせて揺らいでいた。

 顔や肌が白いので色黒のナラヤンには見慣れないのだが、それを差し引いても十分に美少女である。

「ブラーマ様が記憶操作と事象操作の神術を使ったのでしょうね。今回は関係者全員に、この事件は大したことではないと思い込ませる神術です。映像や文章記録なども改変されますよ」

 ええ……とドン引きするナラヤンである。ムカスラも同じような反応をしていた。


 そこへ公園管理人のラムバリがやって来た。挨拶を交わすナラヤンだ。

 ラムバリは女神と羅刹を感知していない様子で、事務仕事の面倒臭さについてグチを漏らし始めた。それを終えてから、ため息をつく。草を食んでいる放牧水牛に石を投げて追い払い始めた。

「最近、変な物音を聞いたり、怪しい影を見たっていう連中が増えているんだよな……オカルトで有名になるのは困るんだよ。ここはビラータ藩王国の王都があった由緒ある遺跡なんだ」


 うんうんとうなずくサラスワティ。申し訳ないと謝るムカスラ。ナラヤンは返答に困っている様子だ。


 そこへ呪術師のラズカランが申し訳なさそうにしながらやって来た。

 彼は身長170センチくらいの中年太りした40代のオッサンだ。ナラヤンと同じマデシ族なのだが、支族は別である。ラフな服装で、サンダル履きなので呪術師だとは見えない。

 短くて癖の強い黒髪を風に任せながら、ゲジゲジ眉を寄せている。


 チヤ屋台からチヤを3つ持ってきて、ラムバリとナラヤンに手渡した。彼にも女神と羅刹は認識できていないようである。

「すまんね、ワシが宣伝したせいもあるな。最初はオカルトでもいいから、観光客に注目してもらおうと思ったんだがね」


 そう言ってから、ラズカランがゲジゲジ眉をひそめて周囲を警戒した。

「……しかし、異質の気配は感じるんだよ。今この場所に立つだけでも、悪寒をビシバシ感じているんだけどな。ワシの霊感は、この場所にヤバイ悪霊が複数いるって告げてる」


 サラスワティが失礼なと怒って神術をラズカランに撃とうとしたので、慌ててラズカランに抱きついて励ますナラヤンだ。ムカスラはトングでサラスワティの白い衣装の裾をつかんでいる。


 励まされたラズカランがナラヤンに感謝した。

「今度またインドの盗品市場へ行くから、良さそうな部品があったら買ってくるよ」

 ナラヤンがサラスワティを警戒しながら、ラズカランと一緒に彼女から離れて肯定的に首をふった。

「楽しみにしてます、後でロボ研から欲しい部品リストを送りますね」


 呪術師と管理人オヤジが村の中のチヤ屋台へジェリプリを食べにいくのを見送り、ほっと安堵するナラヤンとムカスラである。ナラヤンがジト目になってサラスワティに告げた。

「サラスワティ様……あんまり暴れないでください」


 サラスワティもジト目になっていて、むくれた。耳の三日月型のイヤリングが赤い色で反射している。

「悪霊呼ばわりされたので怒ったのです。反省はしません」

 ナラヤンが細い眉を寄せながら苦笑する。

(見た目は僕と同じくらいの歳で、色白の美少女なんだけどなあ……神様といえども二物は与えてもらえないのか)


 少ししてからサラスワティが落ち着いたので、水差しが発見された経緯をナラヤンが改めて話した。

 しかし途中で雲間から日が差してきたので、干からびた聖池の土手に移動して座った。ちょうど竹や雑木の林があり日陰になっている場所だ。間もなくすると、放牧牛も数頭ほど一緒に日陰に入ってきて寝そべった。


「……こういった経緯です。王宮跡のこの聖池で盗掘されたのだと、ラムバリさんは言っています」

 サラスワティが肯定的に首をふった。

「それは自然石をくり抜いて作成した水差しですね」

 ドゥルガやカーリー、カルナたちが退治した魔物や羅刹を、その中に封印していたという。

「その水差しは神々の力によって強化されているので、通常は破壊できないはずなのですが。そもそも神器ですので、人間には認識できません……聖池の水が枯れて長期間経過してしまい、神々の加護が得られなくなってしまったのでしょう」


 聖池の底の土中に埋まったままであれば、それでも問題なかったと言う。しかし今回、盗掘されて聖池の結界の外に出てしまい、ただの普通の水差しになってしまった。

「こうなると普通に割れてしまいます」


 ムカスラが補足した。

「封印されていた羅刹は、水差しが割れた時に救助されました。元気にしていますよ」


 石の水差しの写真を、ナラヤンがスマホで表示した。

「この水差しでした。今はもう粉々になって、この聖池に捨てられています」

 ムカスラも写真を見てから、サラスワティに頼み込んだ。

「この写真だけは消去しないでください。羅刹魔法の依代として使っています。消されてしまうと羅刹魔法も効力を失って、スマホが使えなくなります」


 了解したサラスワティが立ち上がって、王宮跡公園の粗末な門と壁を見つめた。表情が沈んでいく。

「……この場所にはつらい思い出があるので、足が向かなかったのです。公園内に入るのはまた次の機会にしましょう。この惨状を見て、我ながら衝撃を受けていまして、少々混乱しています……」

 ナラヤンが同情した。

「ですよね……廃墟ですものね。ですが、草刈りはきちんと行っていますよ」


 ムカスラがサラスワティに、別の頼み事をした。

「貴方様は浄化と癒しの女神様だと聞いています。つきましては、羅刹世界でその御力を示していただけないでしょうか。邪神の姿でしたら、問題なく訪問できると思います。ぜひ、その偉大な知恵で我々を指導してほしいのです」

 サラスワティが困った表情を浮かべた。

「私は別に構わないのですが……神と羅刹は太古の昔から対立しています。私以外の神々も協力はしないでしょう」


 しかし泣きつかれてしまった。ムカスラがサラスワティの白い衣装の裾を素手で直接つまんですがりつく。激しい火花が散って、悲鳴をあげて吹き飛ぶムカスラ。


 なるほど、こうなるのかと理解するナラヤン。

 ムカスラがトングを持って、改めて彼女の白い衣装の裾をつかみながらサラスワティに泣きついた。


 押しに弱いサラスワティが困り果てて、ナラヤンに顔を向けた。彼女の瞳の色が一部赤くなっている。

「プラランバさんとは面識があるのですが、他の神々の目があるのですよ……昔、ある人間の方と、神々とは争わないという約束を交わしているんです」

 その割には、盛大に神々を爆殺していたが。


 ナラヤンも大いに困ったのだが、考えた末に一つ提案した。

「僕が代行するというのはどうでしょうか。報酬無しのボランティア作業になるので、長時間は無理ですけど」

 ナラヤンがサラスワティとムカスラの間に入り、両者の仲介をするという提案だった。

 サラスワティとムカスラが顔を見合わせて、ニッコリと微笑んだ。

「良い案ですね」


 ナラヤンがムカスラに聞いてみる。

「それで、羅刹世界で困っている事というのは何でしょうか? ムカスラさん」

 ムカスラが赤い目をキラキラさせながら即答した。

「救急医療分野での情報収集です。ワタシが所属する法術省で大きな課題になっているんですよ」


 羅刹が行う法術治療は時間がかかるらしい。大ケガを負った負傷者や死に瀕している重症者に対しては、その時間が大問題になる。

 そのため、法術治療が効果を発揮するまでの間、救急医療が必要になる。この改善が急務らしい。

「今の法術は死者の蘇生もできるのですが、記憶の欠損などの問題があります。蘇生後に体調不良も起こりやすいんですよ。なので、できるだけ死亡させたくない……というのが法術省の基本方針です」


 サラスワティが困りましたね……と顔を曇らせた。

 彼女は知識の女神なのだが、今の人類が有する知識以上の情報は出せない決まりだと語る。

「昔、羅刹と神々の知識をフル活用して、ある神術や神器をつくったのですが……地形が変わるほどの大被害が出まして」


 思い出したのか、冷や汗をかいている。耳の三日月型のイヤリングを無意識のうちに触り始めた。

「当時はまだ、因果律崩壊が起こる恐れは少なかったので何とかなりましたが……今の時代では期待できません。ネパールが今度こそ完全消滅する恐れすらあります」

 ドン引きするナラヤンとムカスラだ。彼らの目からキラキラが消えていく。

「マ、マジですかそれは……」


 サラスワティが細い眉を寄せて少し考えてから、以下の提案をした。

「神術を使って、人間世界で発表された論文を私が選別します。それらをナラヤンさんに閲覧してもらいましょうか」

 しかし、論文情報はスマホや外付け記憶媒体などに保存できない事にする。ナラヤン以外の人には、その論文を見る事ができないようにもすると言う。


「そうする事で知識の流出を抑えます。今や人間が大量破壊兵器を製造できる時代ですからね。何がきっかけで大勢の人間の命が失われるか、分かりません」

 それに……と言葉を継いだ。

「保存すると、インドやネパールの警察や軍隊に注目される恐れもあるでしょうし」


「注目されるのは、とても困ります」

 ナラヤンが即答した。

「高校卒業後の仕事の幅を広げたいために協力しているので、それでは就職活動に支障が出てしまいます」


 それでも、基本的に了解するのか……と感心するムカスラであった。サラスワティも意外そうな表情を浮かべている。てっきり遠慮して断るとでも予想していたようだ。


 ナラヤンが腕組みをしてあれこれ考えて始めた。

「メモするか。いやそれも手が疲れて大変だな。別の方法を考えるか……」


 そしてサラスワティに真面目な視線を向けた。

「再確認しますが、神様の知識をムカスラさんに直接受け渡す事はできないんですね」

 サラスワティができませんと答えた。

「神々が怒ります。知識の流出を理由にして、羅刹世界へ攻め込む神も出てくるでしょう」

 カーリーを思い浮かべるナラヤンだ。

「……確かにいそうですよね」


 サラスワティがもう一点懸念を伝える。

「羅刹世界では物理化学法則が微妙に異なるはずです。魔法場の影響もあるでしょう。人間世界での論文情報は、そのままでは使えないと思いますよ」

 めげないムカスラである。

「そこは研究部の優秀な羅刹たちに任せましょう。彼らが最も人間世界の情報を欲しがっているんですよ」


 ナラヤンが時刻を確認した。

「今から行けば間に合うかな。これから情報工学部のムクタル先生に会ってきます。スマホの機能を強化してもらいますね。先生から部品を用意していると連絡が届きました」

 ムカスラも時刻を確認したようだ。

「それでは、ワタシも羅刹世界に戻りますね。上司にこの事を報告してきます」

 サラスワティが穏やかに微笑んだ。

「忙しくなりそうですね。私も神術式の作成に取り掛かりましょう」


 ムカスラとサラスワティの姿が見えなくなった。スマホで周囲を確認して、彼らの退出を確認するナラヤンだ。

「さて。それじゃあ、頑張って自転車をこいで行くか。暑いけど」


 チヤ屋台で寛いでいる管理人オヤジと呪術師に挨拶してから、土道を自転車で走っていく。

 しかし途中でバテたので、病院近くの市場へ立ち寄った。ロボ研で使う部品がよく売られている市場である。店先の部品を見ながら、水筒の水をガブ飲みして自転車を押していく。

(あ、そうだ。マジックハンドを買おう。さすがに女神様にトングを使うのはマズイでしょ。それと音声レコーダーの小さな器械もかな)


 スマホの強化は、その日のうちに終わった。羅刹魔法がかかっている記憶素子と演算素子以外の部品をかなり変えた。財布の残高を見て、ナラヤンが軽く肩を丸めて頭をかく。

「うう……出費が痛いけど、仕方ないよね」


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