神様との出会い その二
緑色の巨大オウムは、高速でビラトナガル市内の繁華街や住宅地を低空で飛んでいた。
鋭いカギ爪で背中側の腰ベルトをつかまれた姿のナラヤンが、胸ポケットの中でひっくり返っている小人型ムカスラに声をかけた。
「大丈夫ですか? ケガは負っていないようですが」
小人型ムカスラがのそのそ起き上がり、胸ポケットから顔を出した。ナラヤンはスマホ画面を介して見ている。
「羅刹は魔物ではないと、何度も神々に抗議しているんですけどね……報告書を読むと毎回こんな扱いですよ」
ナラヤンも細い眉をひそめて同情している。
「確かに、問答無用で殺しにかかってきていますよね」
そして、地上を見下ろした。市街地の中を低空で飛んでいるため、多くの人たちに目撃されているようだ。指さされている。
「あー……そうか。オウムは見えないんですよね。学生が空を飛んでいるように見えているのか」
小人型ムカスラが心配そうに聞いた。さっきの戦闘で赤い短髪がバサバサになっている。
「このオウムはどこへ向かって飛んでいるんですか?」
ナラヤンが頭をかいて、右手の平をクルリと返した。不明という意味合いの手の平返しである。
「サラスワティ様が設定しています。目的地はコシ河西岸にある展望台だそうですよ」
「そうですか……でもそれって、ビラトナガル市から結構離れているんじゃ……ぎゃ」
小人型ムカスラが言い終わらないうちに、緑色の巨大オウムが急旋回した。そのまま一直線に眼前のシヴァ寺院の中へ突入していく。
このシヴァ寺院には多くの参拝者がいたが、緑色の巨大オウムによって吹き飛ばされて転がっていった。ナラヤンが顔面蒼白になる。
「え、えええ、ちょっと待って」
しかし、ナラヤンの抗議は無視されてしまった。緑色の巨大オウムが寺院本殿の中へ突入し、中で寛いでいたシヴァを祭壇や供物ごとまとめて吹き飛ばした。祭壇がひっくり返り供物が床に撒き散らされ、シヴァが怒声を上げる。参拝者も一人残らず吹き飛ばされて、悲鳴をあげて床を転がっていった。
本殿内を数周ほど旋回してから、鋭く鳴いた緑色の巨大オウムが飛び去っていく。顔面蒼白になったままのナラヤンの耳には、スマホを介してシヴァの怒声が聞こえている。ポケットの中の小人型ムカスラも、凶悪な面ながら怯えていた。
「ヤ、ヤヤヤヤ……ヤバイですよこれっ」
緑色の巨大オウムは、次に別のヒンズー教寺院に突撃していった。今度はビシュヌを祀っている寺院だ。悲鳴を上げるナラヤンである。
「な、なにをしてるんですかあっ」
完全無視する緑色の巨大オウムである。ここでも参拝者を残らず吹き飛ばし、祭壇と供物をひっくり返して、怒って喚いているビシュヌをも突き飛ばした。そして、ギャーギャー鋭く鳴きながらビシュヌを挑発し、寺院から飛び去っていく。
ナラヤンがスマホを握りしめながら震えた声を上げた。
「ぎゃ……シヴァ様、ビシュヌ様にケンカを売るなんて。最上位の神様なんですよ」
小人型ムカスラが憐みの視線を向ける。
「別の宗教に改宗した方が良いかもしれませんね。ワタシたちの羅刹教にしますか? 人間世界では悪魔崇拝とか何とか言われているようですが」
「社会的に死んでしまうので、それは遠慮します……」
しかし、緑色の巨大オウムの暴走はこれに留まらなかった。さらにラーマやクリシュナ、ガネシュ、ハヌマーンやカルナ寺院にも突撃して大迷惑をかけていく。というかほとんどテロ行為である。
そして、ついにカーリー寺院にも突撃を敢行する緑色の巨大オウムであった。諦観の表情になるナラヤンと小人型ムカスラである。
「ですよねー……」
寺院にはカーリーの姿は見当たらなかったが、容赦なく祭壇をひっくり返して、供物や参拝者たちを吹き飛ばす緑色の巨大オウムである。悲鳴を上げて逃げ惑う参拝者に謝るナラヤン。
オウムがひっくり返った祭壇の上に舞い降りて、脚でつかんでいるナラヤンを祭壇の上に置き、その体の上に座った。ギャーギャーと鋭い声で鳴くが、次第に人間の声に近くなっていく。
オウムの台座みたいな扱いをされているナラヤンが、意外そうな表情を浮かべた。
「オッサンの声みたいに変化してきてるぞ……。ってか、これってもしかしてデスボイスかっ」
緑色の巨大オウムがひっくり返った祭壇の上に仁王立ちして、デスメタルのような曲をデスボイスで歌い始めた。さらにオウム頭でヘドバンまで始める。
ナラヤンが顔を青くした。
「神聖な寺院内で歌っていい曲じゃないでしょ、それー!」
一般的にデスメタルの歌詞は、道徳上よろしくないものが多い。
胸ポケットの中の小人型ムカスラもオロオロしている。
「ワタシたち羅刹でも、そんな過激な曲なんか歌いませんよ。あわわわ。女神カーリーが不在とはいえ、やり過ぎですっ」
そこへ赤い軍服を着た女神が駆け込んできた。カーリーではなかったが、やはり手には三又槍を持っている。
「こらー! 貴様ら何をやってるー!」
ナラヤンが胸ポケットの中の小人型ムカスラに力なく語った。
「こんなに騒いだら、そりゃ怒るよね」
緑色の巨大オウムがヘドバンと歌を止めて飛びあがった。そのまま一直線に寺院の外へ飛んでいく。
背後から空飛ぶ水牛に乗った赤い女神が、憤怒の表情で追いかけてきた。
「シャイラプトリから逃れる事ができると思うな! この邪神めっ」
ナラヤンがスマホを見ながら顔を真っ青にしている。相変わらず市街地内を低空で飛んでいるので、多くの人たちに目撃されているままだ。
「マジヤバくね?」
ポケットの中の小人型ムカスラも同じ表情だ。
「下手すると羅刹と神々との戦争になりかねませんよ……どうしよう」
ナラヤンがスマホを、胸ポケットの中の小人型ムカスラに渡した。
「僕が持っていると壊されてしまいそうです。水筒と一緒に、ムカスラさんの結界内へ収納しておいてくれませんか」
了解する小人型ムカスラである。スマホを受け取り、収納魔法を使った。そうしてから、羅刹魔法でナラヤンの顔の近くに小さな空中ディスプレー画面を発生させた。
「スマホの画面がそこに映るようにしています。それを通じて私や神々の姿を見る事ができますよ」
感謝するナラヤン。
そして、重ねて緑色の巨大オウムに、兆発を止めるように叫ぶナラヤンとポケットの中のムカスラだが……当然のように無視されてしまった。
次に突入したのは、王宮跡公園の中にある赤い屋根の公園管理事務所だった。この管理事務所は実質上、ドゥルガの祠である。
供物が吹き飛ばされて、公園管理人オヤジが数名のネパール人観光客と共に、事務所の外へ吹っ飛ばされた。
「ごめんなさーい、ラムバリさーん!」
と謝るナラヤン。
ドゥルガは不在だった。
祭壇を荒らしてから、緑色の巨大オウムがデスボイスで叫んだ。
「使えねーな、このクソ姉ーっ」
シャイラプトリが追いかけてきたので、そのまま飛び去っていく緑色の巨大オウムである。
ポケットの中のムカスラが、ようやく冷静になった。
「恐らくは我々を守ってくれた小人型サラスワティ様の激情が、そのまま緑色のオウムに具現化しているのでしょう。本体の所へたどり着くまでは、この調子かと思いますよ」
ナラヤンがそれを聞いて、大きくため息をついた。
「マジですか……」
次に飛び込んだのは、市内東部にあるサラスワティ寺院だった。中では結婚式が執り行われている。それを上空から見たナラヤンが慌てて叫んだ。
「わー! 行くなー! 結婚式を邪魔しちゃダメだー」
やはり当然のように無視され、サラスワティ寺院へ向けて急降下していく緑色の巨大オウムであった。
不意に、空中にブラーマが出現した。
片手を前に突き出して防御障壁を発生させ、オウムの急降下突撃を受け止める。オウムは脚から急降下していたので、モロに潰されるナラヤンである。
「ぐへ」
カエルが潰された時のような声を出したナラヤンだが、神とオウム両者から無視された。ブラーマが威厳に満ち溢れた声で告げる。衣装は宗教画にある通りで、ゆったりした白い衣装である。彼もまた裸足だ。
「この先はワシが通さぬ。何の騒ぎだこれは。説明せよ人間、魔物」
しかしナラヤンは、衝突の衝撃で全身骨折となり、さらに内臓破裂を起こして瀕死の重傷を負っているため話せなかった。小人型ムカスラも、胸ポケットの中でぐったりしている。
ため息をついたブラーマが、緑色の巨大オウムを片手で支えながらナラヤンに告げた。
「人間はすぐ死ぬから困る……これ、死ぬ前に話さぬか」
そこへ怒り狂ったカーリーを先頭にして、空飛ぶ水牛に乗ったシャイラプトリ以下9柱の女神と、各神々の武装眷属が飛んできた。6本脚の空飛ぶ獅子に乗ったカーリーがブラーマに叫んだ。
「どいてください! ブラーマ様。そやつらを処分します!」
げ、何だ何だと慌てるブラーマごと神々がビーム攻撃した。
「ぐぎゃ」
爆炎に包まれて悲鳴をあげるブラーマである。
緑色のオウムが器用に爆炎を回避して、ナラヤンを足でつかんだまま急降下していく。
上空で爆発が起きたために大混乱中の結婚式会場へ舞い降りると、食べ残しの生ゴミを漁り始めた。ナラヤンは大ヤケドを負ってさらにボロボロになっており、気絶したままぐったりしている。
そんなナラヤンを無視しながら生ゴミを大量に食い込んだ緑色のオウムが、デスボイスで再びデスメタルの曲を歌い始めた。さらにヘドバンして踊り出す。
気絶から回復した小人型ムカスラが、燃え残ったナラヤンの上着シャツ胸ポケットの中から顔を出した。歌い踊り狂うオウムを見上げる。
「あ。もしかすると、これで満腹になって大人しくなるのでは……?」
なおも続く爆炎の中で火だるまにされてアフロ髪になったブラーマが、緑色のオウムを見下ろして叫んだ。
「いかーん! そのオウムに不浄な生ゴミを食わせるな!」
そうなのかー……と小人型ムカスラが落胆する。しかしすぐに立ち直って、トングを手にして料理と菓子を盗み取り、収納魔法で保管した。
少しして神々の光線攻撃が止み、爆炎が晴れて視界が回復した。上空の神々も緑色の巨大オウムとナラヤン達が地上に逃げたのを知る。
「ちっ外したか」
悔しがるカーリー。腰まで伸びているウェーブがかった黒髪が、怒りで四方八方へ暴れ始めている。
シャイラプトリは反対に感心している様子だ。彼女は黒髪のボブカットなのでカーリーほどの変化は生じていない。顔立ちがボーイッシュなので、遠目には美少年にも見える。
「よく避けたなあ」
緑色の巨大オウムがけたたましく鳴いて、飛びあがった。一気に北西へ向かって飛んでいく。
「追いかけろー!」
怒髪天をついたカーリーが叫んで、9柱の女神と神々の武装眷属が呼応して従った。
それを見送るブラーマである。爆炎で焼け落ちた衣装が修復されて元に戻っていく。アフロ髪だけはまだそのままだが。
「またサラスワティがやらかしたのか……まったくあの子は」
北西の空を見てグチる。
「……しかし、人間と一緒に居たのは魔物ではなくて羅刹のようだったな。それにあの人間、我ら神々を認識していたような」
気になるが……と下を見下ろして、負傷者が大量に出ている結婚式場の惨状を見た。彫りが深い顔を曇らせて、軽く両目を閉じる。
「やれやれ……まずは、先に応急措置をするか」
緑色の巨大オウムはビラトナガル市外に出ていた。田園地帯の上空を北西に飛び、今は観光地であるバルジュ湖の上空を横切ってコシ河へ向かっていた。
小人型ムカスラが胸ポケットの中から景色を眺めていたが、ふとナラヤンの心音が止まっている事に気がついた。
「あ。ヤバイ」
呼吸も停止していて心肺停止状態になっていた。
慌てたムカスラが回復法術をかけようとしたが、緑色の巨大オウムが鋭く一鳴きした。
ぐったりしているナラヤンの頭に咬みつく。ナラヤンの頭蓋骨が割れる音がした。そのまま丸呑みされていく。
「ちょっ……! ナラヤン君を生ゴミと認識したのかコイツはっ」
胸ポケットから外に飛び出した小人型ムカスラが、元の大きさに戻った。緑色の巨大オウムの頭に両足を踏ん張って、ナラヤンの腰ベルトを両手でつかむ。
「吐き出せー!」
丸呑みを必死で阻止しようと、ナラヤンの体を引っ張る。さらに足でオウムの頭をガシガシ蹴った。
「くそ、攻撃魔法の一つくらい真面目に習得しておくべきだったなっ」
ナラヤンは全身骨折と内臓破裂で、さらに全身ヤケドの酷い状態だったのだが、その体が金色に発光し始めた。同時に吐き出す緑色の巨大オウム。ナラヤンとムカスラがオウムから離れて、一緒に落下していく。
「な、なんで光ってるんだ?」
ムカスラがナラヤンの体の変化に驚く。同時に火花が激しく散ってムカスラが弾き飛ばされた。
「ぎゃっ……この魔法場は神術か」
ムカスラが収納魔法で拾っていたトングを取り出して、それを使ってナラヤンの足をつかんだ。今度は火花は散らずに済んだのでほっとする。直接触れなければ問題ないようだ。しかし、ムカスラの体重がナラヤンの片足にかかってしまい、ミシミシと軋む音がする。
(そうだった。全身骨折してたね、君)
急いで小人型になって自重を小さくする。ナラヤンの片足が少し引き伸ばされてしまったが、今は気にしない事にしたようである。
「今はワタシも魔力不足で体重消去する事ができないんですよ。すみませんね、ナラヤン君。この小ささでしたら、体重は1キロもないはずです」
すぐに緑色の巨大オウムが急降下してきて、ナラヤンを再び足のカギ爪でガッシリとつかんだ。しかし、再び鋭く鳴いてナラヤンを離す。
(そうか。このオウムは不浄な生ゴミを食べていたから、今は神術場と反発するのか。羅刹や魔物に近い状態になっているようだな)
小人型ムカスラが慌てて元の大きさに戻り、スマホを収納魔法で取り出して、自身の衣服のポケットに突っ込んだ。そして片手で緑色のオウムの足をつかみ、もう片手はトングでナラヤンの足先をつかんだ。
ムカスラが直接オウムをつかんでも、今は何ともない。
(予想的中)
その衝撃でナラヤンの意識が回復した。まず最初に呻く。
「全身がめちゃくちゃに痛いんですけど、なにがどうなったんでしょうか。それに何か光ってませんか僕」
ナラヤンの足先の骨がトングで押し潰されたので、ムカスラがすねをつかみ直す。ここも骨折しているようで変な音がしているようだが。
「あ、すみませんナラヤン君。強くつかみ過ぎて足の骨を潰してしまいました」
ナラヤンが肯定的に首をふった。
「別に構いませんよ、ムカスラさん。今は痛みを感じませんので」
ムカスラが緑色の巨大オウムの足につかまりながら、もう片手でナラヤンのすねをトングでつかんでいる。オウムは使命をようやく思い出した様子で、再び北西へ飛び始めた。
ほっとしたムカスラが、ナラヤンに状況を説明し始めた。最後にスマホを取り出す。スマホの画面を鏡に変換し、ナラヤンに自身の姿を確認してもらった。
「多分ブラーマ神による神術で無理やり生きている状態ですよ。頭蓋骨が割れて脳が飛び出てコンニチワしてますし、あちこちから折れた骨が突き出ています。内臓もいくつか腹から出ていますので、あんまり運動しない方が良いですよ。血液もほぼ出し切っているみたいですね」
ナラヤンも、鏡に映った自身の姿を確認して了解した。妙に感心している。
「ひゃー……今気がついたんですが、頭が半分になってますね、僕。凄いな神術。こんなになっても生きてるよ」
しかし、この事で飛行速度が落ち、カーリー率いる神々に追いつかれてしまった。ちょうどコシ河の上空で、橋の上である。
この橋は水門機能も有していて、下流のインドのビハール州での洪水被害を未然に防止したりする。ネパール側は特に大きな町がないので、国立公園となっているのだが……神々が電撃や光線攻撃を繰り出してきた。
緑色の巨大オウムが機敏な回避行動をとったために、コシ河の橋にも命中して爆炎が上がっていく。それを見下ろしたナラヤンがついに怒った。
「この橋を壊すとはそれでも神様ですかっ。僕達東部のネパール人にとって生命線の橋なんですよっ。紅茶や麻布が首都に出荷できなくなるじゃないですかっ。攻撃するなら僕にしろっ」
そう言って大の字に手足を大きく広げてバタバタさせ始める。
ムカスラが感心した。
「この人間は勇気があるなあ……」
カーリーがフンと鼻で笑った。琥珀色の瞳がギラリと鋭く光り、ヤマンバのようになっている髪の先からいくつもの雷が発生している。今の姿は『荒神』と呼ぶにふさわしい。
「人間め、神々に抗弁するとは。身の程知らずにも程があるぞ」
一方でシャイラプトリはニヤニヤしている。真っすぐでサラサラしている黒髪をかいて、目元を和らげた。
「ほう。言うじゃん人間」
カーリーが神々に命令を下し、一斉攻撃が始まった。光線が襲い掛かり、全身穴だらけにされていくナラヤンである。半分になった頭で考える。
(……あれ? あまり痛く感じないな。っていうか、金色の光がどんどん強まっていくんですけど。うはー……もしかして、僕って今は不死身の体ってヤツ?)
「申し訳ない、ナラヤン君。ワタシとオウム君の盾になってもらいますよ」
そうナラヤンに謝ったムカスラが、大の字になっているナラヤンの体を盾にした。それでムカスラ自身と緑色の巨大オウムを光線攻撃から守る。トングでナラヤンの尻側の腰ベルトをつかんで、人間の盾を固定している状況だ。
そしてナラヤンの体を盾に使いつつ、橋を渡り切って西岸の自然堤防の上に来た。
その瞬間、巨大な半球状の防御障壁が発生して緑色の巨大オウムを包んだ。直径は数百メートルもあるだろうか。その中で、オウムが瞬時に大きな白鳥に変わった。
自然堤防の上に小さな展望台があり、その上に白鳥に乗った1柱の白い衣装の女神が手を振っている。サラスワティ本体だろう。
そこへ飛んでいく白鳥とナラヤンたち。
白鳥の足を素手でつかんでいたムカスラが電撃を食らった。火花が派手に散って、たまらず手を離してしまう。
(ぎゃ……魔法場の衝突か。オウムの時は大丈夫だったけど、白鳥に戻ると神術場に切り替わるんだな)
そのままナラヤンと一緒に落下するが、巨大化した白鳥がナラヤンの上半身をくちばしでくわえて助けてくれた。ムカスラはトングでナラヤンの腰ベルトをつかんだままである。ナラヤンの姿を見上げたムカスラが苦笑した。
「また呑み込まれそうになってますね、ナラヤン君。その白鳥は牛乳が好物なので、多分大丈夫だと思いますよ」
ナラヤンが白鳥の口の中から答える。
「あー……確かに牛乳臭いです。このまま展望台へ連れて行ってもらいましょう」
上空では怒り狂ったカーリーたちが防御障壁に光線攻撃を始めていた。激しい爆音と閃光が発生し、展望台にいた観光客が悲鳴を上げて逃げ去っていく。
防御障壁が破壊されるのではと危惧するムカスラだが……白い衣装を着たサラスワティが白鳥に乗ったままで、空中に浮かびながらヴィーナを奏でた。それだけで上空の神々が爆散して巨大な炎に包まれる。神々が悲鳴をあげた。
爆音と衝撃波に全身を震わせながら、驚くムカスラ。
「うわ……凄い」
「え? 何が起きているんですか、ムカスラさん」
ナラヤンは上半身を白鳥にくわえられているので外が見えない。
赤い軍服姿のシャイラプトリが空飛ぶ水牛ごと爆散していく。
「女神なのにこんな事して良いんですかー! 神々への反逆で……」
しかし、全て言い終わる前に爆散してしまった。後には赤い炎型の魂だけが残る。
さらに、水色の軍服姿の女神で9柱の一つのシディーダトリも爆散した。
「ちょ、ちょっとー、サラスワティ様あっ。アタシは貴方様の化身なんですけどー!」
背中に生えている白鳥の翼をバタバタ羽ばたかせながら、爆炎に包まれていく。
サラスワティが微笑んだ。ヴィーナをさらに奏でて念入りにシディーダトリを爆発させて、水色の炎型の魂にした。
「連帯責任です、甘受しなさい」
他の神々も爆発して魂にさせられ、泣きながらビラトナガル市へ逃げ去っていく。
カーリーが爆散に耐えてただ一人生き残った。6本脚の獅子は爆破されて消滅しており、今は単独で空中に浮かんでいる状態だ。漆黒の髪は元々癖が強かったので、爆発後もあまり変化していない。軍服も所々焼けていたが、すぐに元通りに修復された。
「こら! サラスワティ! 何て事をするんだっ。魔物退治はブラーマ様やシヴァ様からの命令だぞ!」
しかしサラスワティは平然としたままだ。
「彼は魔物ではなくて羅刹ですよ。種族が違います」
アフロ髪のままだが金ぴか衣装になったブラーマがやって来た。惨状を見て唖然とした表情を浮かべたが、すぐに威厳ある顔つきに戻る。
「作戦終了だカーリー。よくやってくれた。通常業務に戻ってくれたまえ。後始末はワシがするよ」
そうですか……と渋々了解するカーリー。命拾いしたな人間と魔物、と言い残して飛び去っていった。
ブラーマがサラスワティにも告げた。
「その緑色のオウムの大群を消しなさい。脅威は去った。そんな対神兵器、いつの間に作ったんだサラスワティ」
ムカスラが振り返ると、サラスワティの背後には数百羽の緑色の巨大オウムが旋回飛行していた。それらをパッと消去するサラスワティ。丁寧に礼を述べる。
「事態の収拾にお力添えをしてくださり、ありがとうございました。ブラーマ様」
ブラーマがため息をついた。次第にアフロ状態から元に戻っていく髪を手でかく。
「その人間と羅刹はサラスワティ管理とする。よって、今後は安全を保証しよう。しかし、あんまり騒動を起こすなよ」
そう言って消えた。
サラスワティが一息ついて、防御障壁を消した。そして、穏やかな笑顔をムカスラに向けた。
「ようこそ羅刹さん。人間の方はほとんど死んでいますが、ここまでよく頑張りましたね。すぐに治療しますので安心してください」
ムカスラがようやく我に返った。展望台の床に座っているナラヤンを見る。彼の頭はさらに半分になっていたが、至って元気そうである。血色の良いゾンビというところか。もう血は残っていないはずなのだが。
(あ。そういえばナラヤン君は大ケガを負っていたっけ)
サラスワティが周囲を見回して、再びヴィーナを奏でた。いくつか小さな爆炎が空中と水中に起こり、魂状態になった神々が泣きながらビラトナガル市の方向へ飛んで逃げていく。
それらを見送ってから、サラスワティが話を続けた。
「言いつけ通りに、各地の寺院を回って騒ぎを大きくしてくれましたね。おかげで上司のブラーマ様の目に留まりました。彼は怠け者ですので、こうでもしないと気がついてくれないんですよ」
ムカスラがジト目になって答えた。ゲジゲジ眉が盛んに上下している。
「いえ。ワタシたちはオウムに振り回されただけですよ」
サラスワティがコロコロと笑った。青い三日月型のイヤリングが日差しをキラキラと反射している。
「そうでしたね。ご苦労さまでした。では、人間の方の治療を始めましょうか」
展望台の床に座っていたナラヤンが起き上がった。
「ちょっと待ってください、サラスワティ様」
せっかくなのでと、自身のボロボロな姿をムカスラにスマホで撮影してもらった。ダブルピースまでしている。
「こういう経験って普通できませんからね」
ムカスラが呆れ顔で同意する。
「……まあ、その通りではありますが」
クスクス笑うサラスワティ。
「では、始めますよ」
ヴィーナを奏でると、瞬時にナラヤンの傷が治って元通りになった。全身を覆っていた金色の光も消える。制服も完全に修復されていた。驚くナラヤンとムカスラだ。
ナラヤンが立ちあがって、顔と頭を両手で触って自身の姿を確認した。念のためにその場で軽く跳びあがってみる。
「すげえ……さすが神様だな」