第4話 囮捜査
平和なラザーオール第124支部だったが、ここ最近は嫌な事件が続くようになってきている。それが女性ばかりを狙う通り魔事件だった。
支部でももちろんパトロール強化をしている。しかし、一向に犯人どころか、その目撃情報さえも入ってこなかった。
「囮捜査?」
「そうッスよ。事件の早期解決のために隼人さんが一肌脱ぐんスよ」
幻聴か?確か女性ばかりを狙う通り魔だったはずだ。それなのに、なぜ男の自分が囮にならなければならないのだろうか。
無言で睨むと、あいかわらずの調子で渚がぺろっと何かを取り出してにかっと笑う。
もちろんメイド服なんて隼人には見えない。幻覚だ、幻覚。
「だーかーら……隼人さんは優しいから、困ってる女性のためにもー…」
「だったらお前が囮になればいいだろ」
「俺は嫌ッス」
「俺だってやだ!」
精一杯手加減して渚の頬をびろーんと伸ばす。「ひへへへ……はひふんへうあ…」何か叫んでいるようだが、なんて言っているのかわからない。たぶん痛いと訴えているのだろうが、意外に頬が伸びることが面白いことに気づいた。
「あの……隼人さん、渚さん」
「ん?」
振り返ると、少し離れた所に気弱そうな女の子が立っていた。同じラザーオールで働く、美波という名の同僚だ。年は20歳らしいが、小柄で遠慮がちな態度のせいで中学生くらいに見える。
「美波さん、どうしたんスか?」
隼人の攻撃から逃れることができて、これ幸いとばかりに渚は美波に駆け寄る。
「実は…お願いがあるんです」
「大丈夫ッス。隼人さんが叶えてくれるッス」
「おい、お前も叶えてやれよ」
そんなコントのような会話を無視して、美波は一気に言った。
「通り魔事件の囮捜査を手伝ってほしいんです!」
「え?俺が囮!?」
「何言ってんスか、隼人さん。今のは美波さんが囮になるって言ってるんスよ。そんなにメイド服着たいんスか?」
的外れなことを言った隼人は大人しく小さくなる。今度ばかりは何も言えない。
「でも、危険じゃないッスか?隼人さんならともかく……上の許可は取ったんスか?」
「ううん。できれば内緒に……」
「そこまでする理由とか聞いてもいいスか?」
「理由とか…そういうのじゃなくって――私なんて、こういうことにしか役に立てないから………」
役に立てない……そう言う美波は自分を過小評価してしまうところがあった。誰もそんなふうに考えていないのに、役立ちたいと極限まで無理をしてしまう。渚もそれをわかっているから言葉に詰まってしまったようだ。
「役に立たないわけないだろ」
隼人の正直な言葉に、ぱっと美波は顔を上げた。
「美波が頑張りたいって言うんなら俺たちも協力する。囮捜査、3人でやろう」
「い…いいの?」
「ただし危険だと判断したらすぐにやめさせるけど……いいか?」
「うん……あっ、あの――」
何か言いにくそうにして美波は口ごもる。隼人がその先を待っていると、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。腹でも痛いのかと思っていると、
「ありがとう――」
それだけ言うと、美波はダッシュで廊下を走っていく。まるで隼人から一目散に逃げていくように。
「……俺って美波に嫌われてんのかな。話しかけても、いつも顔を背けられるっていうか…逃げられるっていうか……」
「うっわ…ニブいッスねー、隼人さん。他の人は全員気づいてるッスよ?」
「は?何をだよ?」
「それくらい自分で考えてください」
なんだか面白くない。だけど、自分が美波に嫌われる理由なんて、この愛想の悪い態度以外に思い当たらない。1人の少女の淡い恋心に全く気づかない隼人は、もっと愛想よくしたほうがいいんじゃないかと的外れなことを考えていた。
▽
その日の夜、住宅街や人気のない通りを適当に歩く美波の後ろをつける隼人と渚。傍から見ればストーカーだ。さっきからすれ違う人の視線が痛かった。当然の反応だろう。
「だからメイド服着ればよかったんスよ、隼人さん」
「お前、まだそんなこと言ってんのか」
「隼人さんが着ないから、内藤さんにあげちゃったッスよ」
「あいつ着るの!?」
内藤さん(人体模型)がメイド服なんてもらってどうするのだろうか。まさか着るなんてないだろう。
ふと、何かの視線を感じて振り返った。渚も同じなのか同時に後ろを見ている。赤いゴーグルのせいでどこを見ているのかはわからない。
背後には何もいない。隼人はすぐに美波のほうを向いたが、渚はまだ後ろをじっと見ていた。
「…霊力でも感じるのか?」
隼人には霊力がないため、そういった気配を感じることはできない。だから渚がそれを感じて気にしていると思ったのだ。
「たぶん……つけられてるッスね」
「へぇ…何人?」
「2人……来る!」
闇夜から突然現れた2つの影。それはまっすぐに隼人たちを狙って現れた。
そのうち、今後の展開の鍵になる人物の1人が登場します。