第1話 死後の世界
はじめまして。
これは昔趣味で書いていた小説を書き直したものです。
楽しんで読んでくださると嬉しいです。
人間は肉体が死んでも、魂は死んでいない。だから、魂の寿命が尽きるまで第二の人生を送ることになる…………ここ、仮世と呼ばれる場所で。
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ラザーオール。そこは仮世の治安を守る、いわば警察のようなものだった。隼人がそこで働き始めてすでに10年がたとうとしている。10年といっても、魂は死ぬ直前の姿を維持し続ける。隼人は18歳にして現世を去ったので、そのまま若い姿をしていた。
現世に未練はない。それなりに楽しくやってきたし、家族も友達にも恵まれていた。
もし1つだけ未練があるとすれば、自分が死んだ時期だろう。なんだってこんなときに死んだんだ……
「隼人さん、まるで見たいドラマを録画しとくのを忘れたときの顔って感じッスね」
隼人の恨みの元となる張本人の渚はひょうひょうとした態度で接してくる。彼は黒い帽子を深々とかぶり、おまけに赤いゴーグルをかけているために、誰もその顔を見たことがない。
「違う…冷蔵庫に入れておいた俺のプリンは…?」
「ああ、それならさっき食べますよーって言って――」
「言ってないだろうが」
「――から食べようとしたんスよ?ほんとは」
つくづく嫌になる。この性格にこの口調。出会ったときからちっとも変わっていなかった。
隼人が死んだのは10年前の大晦日だった。何が原因かは覚えていないが、とにかく死んだらしい。気がついたら仮世にいて、大体生まれてから100年前後といわれる魂の寿命が尽きるまではここで生活するのだと教えられた。そのときに最初に出会ったのが、たまたま同じ日に死んだ渚だった。
「もしかして怒ってるッスか?」
「もしかしなくても怒ってる」
「マジッスか。プリンごときでそんなに怒んないでくださいよ」
ぶーたれる渚の首根っこをつかんで窓から放り投げてやりたくなった。
ラザーオールに入ったきっかけは、生きていた頃に警察官に憧れていたから……なんてことを渚に言ったらまたからかわれそうなので黙っておく。だけど、治安を守っている時点でそこはたいして変わりのないものだった。
日本の警察官と同じように、ラザーオールでも拳銃を持つことが許されている。他にも、霊力が強いものは呪符というお札を武器にする人もいた。
「行くぞ。パトロールの時間だ」
隼人はラザーオール第124支部の談話室にある電光掲示板を見る。そこには、最新の情報や、指名手配中の容疑者の情報まで幅広く載っている。パトロールの前にそれを確認する必要があるのだ。
「ええぇぇぇ……こんな天気悪いのにパトロールッスかー」
「あー…なんかこないだ渚が真剣にやってたゲームのセーブ壊したくなってきたなー」
「行くッス」
すかさず渚は立ち上がる。その行動力を別のところで生かしてほしかった。
▽
渚の言うとおり、外はあいにくの曇り空だった。
こういうときにこそ犯罪は起こりやすいと死ぬ前は思っていたが、仮世では1度死んだ身だからなのかどうも丸くなっている人が多く、犯罪は滅多に起こらない。たまに起こる犯罪と言えば、指名手配されている人たちによるものばかりだった。
ちなみに、仮世でもちゃんと姿はある。肉体は死んだが、魂に記憶された外見がそのまま自分の姿となるのだ。しかし、それはあくまでも魂だけの存在で、深い傷を負ってしまったら、寿命が尽きる前に魂も死んでしまう。
「嫌な天気ッスねー」
「ちゃんと前見て運転しろよ」
パトカーではないが、パトロール専用の車を運転するのは渚だった。いつも交代で運転している。
今日も異状はなさそうだなと隼人は思い始めていた。
「嫌ッスねー」
「それさっきも聞いたぞ」
「違うッスよ。後ろ」
渚がミラー越しに背後を見ているのがわかった。いぶかしげに思いながら隼人も助手席から振り返る。そこには――………
「は?」
人体模型。何年ぶりに見るだろうか。最後に見たのは小学校のときの理科室だったかもしれない。とにかく、人体模型が走っていたのだ。
それも結構な猛スピードで、車はあっというまに追いつかれてしまった。
しかも、無意味に野球帽をかぶっている。ファッションだろうか。
「なんで人体模型が走ってんだよ!?」
「………内藤さん?」
「は!?」
「いや、こないだラザーオールの地下室で人体模型見つけたんスよー。内藤さんって名づけたんス。でも、次の日見たら内藤さん行方不明で」
っていうことは、今隣を走っているのは内藤さんなんだろうか。彼は車に向かって右手を敬礼のようにびしっと掲げた。そのまま人体模型は車を追い抜いていく。
「そういや、人体模型にかぶらせた野球帽の中にも何枚か呪符を入れてあったっけ」
「内藤さんじゃねーか!!」
渚は霊力があったため、拳銃ではなく呪符を武器としている。霊力次第では人体模型を走らせることもできるらしい。
「隼人さん、奥歯噛みしめて何かにつかまっててください」
「お前…何する気だ?」
隼人の質問に答えることなく、車は最大スピードまで一気に加速して内藤さんを追いかけていった。