わたしが小学生になって
あくまで実話です。
小学生に上がってからでしょうか、その頃から父が頻繁にDVをするようになったのは。
最近では知名度が上がっているので知らない方は少ないとは思いますが一応。
DVとはドメスティック・バイオレンスの略称で、家庭内暴力の事を指します。簡単に言うと自分の妻や夫、子供に暴力を振るう事です。
勿論私もお酒などで酔った勢いで殴りたり蹴られたりしました。痛みからまだ幼いので痛みを我慢できずに泣き声をあげてしまってそれが気に触るのか暴力の勢いは増す一方でした。
ある日私のしている習い事がある事を忘れてしまっていてそれを父に気づかれた時はそれだけで殴られ蹴られどうやって次は起きないようにするのかを小学生に上がったばかりの私を問い詰められたりもしました。恐怖で上手く考えられなかったですけど。
そんな事がありつつも私は小学生になりました。
小学生に上がる頃にはバレないように必死に心の性と反対の振る舞いをしていたのですが心の性に、時が経ち恐怖が薄れたせいか周りから見てあからさまにおかしくない程度に寄りつつありました。
それが原因か私はクラスの方々に
「へんなやつ」
と、認識されてしまいました。
人間は自分と違う物を遠ざける生き物なので当然のようにいじめが始まりました。
当初は今と違いいじめは相談するなどの今となっては当たり前の考えが存在しなかったので私は当初小学生と言うのもあり、そんな考えは当然思いつきませんでした。
それでも必死で考え私なりに答えを出した結果私は
「へんなやつと思われているのならその通りになってやろう」
と思い、私は変な振る舞いを自分からするようになりました。ずいぶんと色々としてしまったせいか完全に教師の方々には問題児として扱われましたが、へんなやつから変な事をする面白いやつ(小学生は派手に変な事をすれば面白いやつと勝手に思われるので)にいつの間にかなっていました。
そのうち私はクラスのリーダーのような物になり私は変な振る舞いをするので面白いけどいじめにならない程度にいじられると言う感じで奇跡的に少なくとも私から見た限りいじめは無くなりました。
今思い返してみれば本当に何故こんな事になってしまったのか今でも分かりません。
教師の方々には本当にご迷惑をお掛けしました。
そして私は変な振る舞いがいつの間にか意識しなくとも勝手に出来るようになっていました。
そして学年が上がりプールが始まりました。
私はプールが一番嫌いでした
体は同性でも心は異性なので着替え(男女別々の)の時はタオルを巻いて着替えていましたが肌を見られるのがとても恥ずかしくて嫌でした。
そして異性の水着を着て毎回泣きそうになりましたが、多少泣いてもプールなのでバレませんでした。
何度もわざと物を忘れたりして何度も授業を見学しました。
楽しそうに自分の性と合っている水着を着て泳いでいるのを見て上手く言葉に表せないもやもやとした物を抱えつつ、教師の方々に迷惑を掛けている罪悪感で憂鬱とした気持ちのまま他にプールの授業を休んでいる他の方と話をして気分を紛らわせました。
授業を休んでいる方は自分の心の性と同性の方が見学には多かったのですがなんと言うか、当然と言うべきでしょうか、年齢もあってとても話しやすく結構お話が弾んで楽しかったです。
そんな事がありながら確か小学四年生?くらいに上がったばかりの頃にまた心によってしまったのか、どちらでも通用する髪型、どちらかと言うと私の体の性と反対の顔つきをしていたなどが合わさったせいか、体は同性の少々性的な事を知っているお友達にお手洗いで襲われかけました。
あ、もちろん性的な意味で、ですけどもその子もまだ詳しくは分かっていなかったのか私は突然変な事をされてびっくりしてしまいその子の事を力いっぱい押して距離を取りました。
が、当時の私は性的な事を何一つ知らなかったのでじゃれ合いですこし変な事をされたくらいにしか思っていませんでした。
そのお友達とはそういう事をしかけたと言う罪悪感からか中々話す事が減ってしまいましたけど私は何も知らなかったので嫌われてしまったかと思い仲直りをしようと頑張ったりなどをしました。
そんな事があったりしつつ、父のDVがいい加減に酷いので母と一緒に父以外で家を出ました。
ですが、小学校は同じですし距離もそんなに離れていなかったので外に出るのが怖かったです。
そんなこともあってかますます私は自分の体の性として合っている振る舞いをし、これ以上恐怖を感じたくたくありませんでした。
それから何度かその父の両親とお話をさせられたりしました。正直父の両親は流石親子と言うのでしょうか、悪い部分ばかりが似ていてすごく苦手な方でした。
そして私には知らされずに突然父と二人きりにさせられた時は怖くて何を話せばいいのかも何も分からなくてひたすらに「うん」と言っていた気がします。
そしていざと言う時のためという事で携帯電話を持たされました。
携帯と言ってもスマートフォンではなく、ガラケーの方です。
そもそもまだスマートフォンなんてありませんでしたし。
ネットは規制が掛けられすぎてまともに使えなかったのでほとんど使った事がない記憶があります。
そんなこんなで父と母が本格的に離婚をしました。
ここからお引越しと言う一大イベントがあるので一旦切ります。




