ミノの昔話
今持っている木刀で風を切る音を感じながら、素振りをしている。
「……フッ……ハァ……」
そして一つ一つの動作を確かめる。
まだだ、まだあの域には到達できない。いやそもそも俺は落ちこぼれなんだがな。
親父の振る剣を昔見て憧れた。一つ一つの動作がかっこよかったからだ。ある時、俺は悪魔にあった。
昔に親父の悪魔狩りについて行き、悪魔に滅ぼされたという村に立ち寄った。
そこはもう酷い惨状だった。家は崩れ、そこら辺から血の匂いが漂ってくる。
俺はすぐに吐きそうになり、目を背けそうになるが親父はその惨劇をしっかりと目で見ている。
「よく見ておけ、ミノ。これが悪魔が基本やることだ。こんな風に力を出し惜しみせずに村を壊滅させるものや、その力で村を襲い全員殺されたくなければ一人ずつ生贄を用意しろ。なんてふざけたことを抜かすタイプもいる。特にひどいのは淫魔系統だな。あいつらの場合人が敵になる場合もある」
「なんで人が敵になるのか?こっちは悪魔を討伐して助けようとしているのに」
おかしいだろ、倒すべき悪魔に人間が味方をしようとするなんて、それじゃあ俺たちの方が悪者じゃないか。
「ああ、そうだ淫魔系統は淫魔法なんてものを使ってくる。その上人を平気でだましに来る。甘い言葉で、誘惑して完全に虜にしてくる。一番厄介なのがあいつらは人を別に殺さなくてもいいことだな。殺さないし、魅了して操ってくることから、報告や発見も遅くなってしまう。それに何故か各地に現れるだから全てを倒し切るのは難しいとされている。そんな遠くの方まで行ったら近くに現れた場合、遅れてしまうからなそれに下手したら聖騎士の方が魅了されて敵になってしまう。」
「でも、聴いた話によるとサキュバスは男しか魅了できないと聞いたことがあるから女性だけで隊を組めば簡単に倒せるのでは?」
世間一般的には、サキュバスは女性だから、異性の男性しか魅了できないと聞いている。なぜなら、女性が女性に恋をすることはあまりないから。一部そういう趣味の人がいることは知っているけど。
「それは、あってるが、間違いでも別に淫魔法が男性にしか効かないわけじゃない、女性にも効いてしまうんだ。搾り取れる量が少ないだけで使わないわけじゃない。魅了に関しては精神を強く保てば男も効かないときはあるし、逆に女にも効きずらいが効いてしまう。それを使ったとんでもないサキュバスが昔居たんだ。そのサキュバスは女を興奮状態にし、魅了させ、他の男を精を搾り取る寸前までやらせた後、最後に、その精を搾るなんてことをやってきたらしい。しかもサキュバスは精を搾れば搾るほど強くなる。弱い個体でも簡単に強くなってしまうのが、気を付ける部分だろう。もしも不老不死なんてふざけたものを持っている奴が出てきたら一環の終わりだな。それに基本サキュバスは男を食料になる奴隷としか思ってない。もしそんなことを神に誓ってでもしないなんて言うサキュバスがいたらそれはもう天変地異が起こるレベルだろう。まあそんなサキュバスいないがな、いるなら見てみたいものだ。」
おいおいやめてくれよ。男性の精を搾り取るほどに力が上がり簡単に弱い個体でも強くなるって、そんな化け物が不老不死なんて、殺せないからいくらでも強くなりたい放題じゃないか。そんなのどうやって人間は戦えばいいんだよ。
「それでそのサキュバスはどうしたんだ。というかどうやって見つけたんだ?」
「ああ、慢心したのか神に挑んで消滅したらしい。本当に最後は神頼みってやつだな。そしてどうやって見つけたかというと、サキュバスがいると出生率が低くなるんだ。男も女も魅了されて、赤ん坊を作ることがないからか、異常に出生率が低くなっていてね。それで分かったんだ。はっはっは」
笑い事じゃないだろう。それに今こうしている間にも、もしかしたらそこら辺から悪魔が出てくるかもしれないし、というかそんな化け物がいるって、こっちは必死に努力してるのに、そんな簡単に強くなるなんて、ずるい。けれどいつも親父は言っている。
他人を犠牲にして手に入る力なんていらない。そんなことをすればそれはもう悪魔と変わらないだろうと、そう言っていつもではないが努力を陰ながら続ける、親父。
それに比べて俺は親父の子供だからきっと才能があると思い込み、他の仲間たちと同じく授業の時だけしか、やらなかった結果置いて行かれたなぁ。あの後みんな陰ながら努力していると知った時、俺もやろうと思った。だがやろうと思っただけで、ただ剣を振り下ろす日々。
毎日剣を少し振り、それでやった気になっていた。しかし俺にはそれしか知らなかった。後は走り込みをやるだとか。親父に教えを乞うことしかできなかった。
ほかの奴らは一対一なので戦いお互いを鍛えあっていたが、俺には相手がいなかった。俺が弱すぎるせいで。親父にはどうしても頼めなかった。
何となく恥ずかしさがあったんだろう。それを捨てることが出来るならどれほどよかったことか。
そんなことを考えているうちに気付いたら親父の姿が見えなくなっていた。きっと置いて行かれたのだろう。ほかの仲間たちに置いて行かれたように。結局、今の俺には、親父がいないと怖くてしょうがない。でもいつか俺は親父と同じ聖騎士長に。そうやって胸に決意を抱いて親父が入ったであろう。不気味なほど静かな森の中に入る。
「うんこんなところにまだガキがいたぜ。こいつも食べて俺はさらに力を手に入れる。そして魔王様に認めてもらう。光栄思え、少年お前は今からこのスモヒ様の力になるのだからな」
悪魔がまだいることを忘れて考え事をしていた俺の横から唐突に出会ってしまった。悪魔は、俺がただの少年で、何もできないと判断してきたのか、にやけながら話しかけてきた。俺はうわぁぁぁぁという叫び声とともに逃げる事しかできなかった。
「おおう。最後の最後に鬼ごっこがやりたいとは、仕方ない、付き合ってやるか」
逃げて逃げてとにかく走って逃げた。その姿はまさしく敗北者だった。だが今ここで逃げないと死んでしまう。走っている途中に躓き何度も皮が擦り剝け、血が出てきた。枝に服が引っ掛かり、布がちぎれる。だけどそんなことを気にする余裕はない俺はとにかく走り続けた。
クッソ……なんでだよ!なんで俺はこんなに弱いんだ。親父に憧れ、たくさん修行してきたのに、いざ実践となったら、脱兎のごとくただ逃げることしかできない。俺はこんなことのために体を鍛えていたわけじゃない。それでも、今は逃げないと。
後ろから、もう少し早くしないと追いついちまうぞという、楽し気な声が聞こえてくる。そして俺も気がふれてしまったのか聖騎士になる身としては考えてはいけない事を考えていた。なぜこんな何もできない子供を襲うのか。早くほかの村に行き其処を襲った方が、いいじゃないか。そもそも――本気で走りさっさと俺を殺せばいいのに。そう考えてしまったとき俺は自分が情けなくて涙が出てしまった。
「おや、俺様との鬼ごっこがそんなに楽しいか?ならもう少し早く動いてやるよ」
そんな声が聞こえたときに、背中から何か強い、転がる岩勢いよくぶつかるような衝撃が走る。気づけば俺は地面の上に倒れていて、悪魔の楽しそうな声と、軽やかに歩く音が聞こえてきた。
「さて、最後の鬼ごっこは楽しかったか?じゃあ永久にさよなら」
――ああ、……俺はもうここで死ぬんだ。
そう考え、俺は思わず目をつぶりそうになるが、その時何かが走る音が聞こえてくる。徐々にその音はこちらの方に向かってきて。
すぐ横の茂みから音の正体が勢いよく飛び出し――その場にいた悪魔を一刀両断に斬り伏せる。
「よぉ。無事か?て、その姿は無事じゃないな、大丈夫かミノ」
そこにはずっと俺が憧れ、そしていつかなりたいと願っている聖騎士長の親父の姿があった。俺はその姿を目にすると安堵したのか、糸が切れたように気絶してしまった。
目が覚めると自分の家の中に居た。すぐ隣を見ると、母さんとロアが心配をするような瞳で見ていたが、やがて安堵するような表情に変わる。
しばらくしたら、ドアが開き親父が入ってくる。
あのあと俺は悪魔に追われている最中に考えてしまったことを正直に吐露した。
多分俺は叱咤してほしかったんだろう。そんなことで、人々を護れるわけがない。お前は聖騎士の恥だと。
……だが、そのことについて親父は
「誰だって、ピンチになったら自分の命が一番惜しいものさ。そして、そんなピンチに人々を助けるのが私たちの仕事さ。だから気にすることはない。もし次に誰かがピンチになったら今度はお前がそいつを救ってやれ。聖騎士である私たちのように」
悪魔から逃げた俺を、さも当たり前のように許してくれた。
「でも、あそこで俺は逃げてしまった。そんな俺が他の人たちを救えるのか」
「ミノ別に逃げることは恥じゃない。逃げる事も戦いの中では重要だよ。それにあそこでミノが逃げなかったらミノは死んでいた。だからある意味ではお前の勝利だよ、ミノ。あの悪魔から逃げた結果、最終的に悪魔は死にミノは助かった。それが全てだよ。でも自分を犠牲にすることだけは駄目だよ。それで死なれたら悲しむ人がいる事を忘れないように」
そんなことを笑いながらそれでいて励ますように、そして悲しむのところで視線を隣にいる母と妹のロアに向けて言った。
それを今でも俺は思い出す。あの時の親父の言葉と悪魔にやられた傷を深く胸に刻みながら。
そんなことを考えながら、今日も朝早く森の中で、一人で抜け出し、強くなる為に剣を振る。今度は人々を護るため、絶対に逃げないように。
「あの、こんにちは」
そう言って、現れた所々に土がついた金髪のロング。目はつり目で身長と胸が小ぶりで顔立ちが人形という言葉が当てはまるような、ボロボロの男物の服を着た美人の少女が茂みの奥から現れる。
それは、親父のいっていた最悪な能力を持ち、そしてこれから俺が聖騎士長になるまで修行に付き合ってくれる存在。そして、天変地異が起こるレベルと言われた考え方を持っているサキュバスとの邂逅だった。
この人、主人公を囮にして、逃げようとしていました。