あの日あの時見たものは。
どこにでもある話。
ある日、それは空から降ってきたのであった。
厚い雲を貫いて、太陽の光にさらされながら。
槍のようにも見えるそれはゆっくりと音も立てず降ってきたのだ。
不自然な程の自然さで、たまたま外を眺めていた私しか気づいていないようだった。
6月の、数学の授業中のことだった。
それの正体は塔だった。
等間隔で無機質な穴が開いている塔であった。
学校から帰宅し、なんとなしにニュースを見ていたところ、空からの飛来物についての報道があった。
マスコミの動きは早いものでヘリの不快な音とともに、記者が何かコメントをしている。
穴は窓のように見える、とかこの建造物はかなり古い印象を受ける、だとか。
私は槍だと思ったが、映像を見る限り塔のようだった。
まあ穴の開いた槍かもしれないけれど。
間近の映像を見たところでお母さんからご飯だよーと呼ぶ声がした。
私はテレビを消し、ご飯を食べに一階に降りて行った。
部屋に戻ってもう一度ニュースを見たのだけれど、もうあの報道はしていないようだった。
次の日。
自分の教室の扉を開ける。
いつもよりもざわざわと話し声が大きいような気がした。
「見た?あれ、凄くない?」
「うん、ワタシ初めて見たよお、あんなの!」
「もっと近くで見たーい!」
「えー、でもそういうのって色々必要なんじゃないの?」
どうやら塔のことで持ち切りになっているらしい。
無理もないと思う。誰だって初めてあんな巨大なものを実際に見たら驚くだろう。
しかもこんな田舎で。
私も普段通りの振る舞いをしているつもりだが、昨日までの自分が見たら別人だと思うかもしれない。
とりあえず、皆に挨拶しながら自分の席に座った。
一時限目の準備をしていると、隣の子が話しかけてきた。
「あの塔見た?」
「うん、まあニュースで」
「私も私も。まさかこんなところに降ってくるなんてね!」
「確かに、珍しいね」
「これからどうなるのかな?」
「うーん、とりあえず調査でもするんじゃない?エイリアンでも出てくるかもしれないし」
隣の子は私の冗談にふふっと笑みを浮かべた。
その時先生が教室に入ってきた。
だんだんと生徒達の話し声が収まっていく。
「これからに期待だね」
隣の子は目を輝かせながらそう言った。
それから、数日経った。
国の動きは迅速だった。
警察やら調査機関やらと様々な人手を集め、塔の整備に取り掛かった。
だから多くの人々が町に集まった。
行列のできる車道なんて初めてだったし、町の商店通りがこんなに賑わっているのも初めてだった。
人が訪れることで町は活性化し、新しい建物が作られ、住人が増えた。
私の住んでいた町は少しずつ少しずつ都会になっていった。
塔が刺さった場所は町から離れた山だったのだけれど、すっかり整備されて誰でも行くことが出来る直通道路が敷かれていった。
テレビでは政府が異界飛来物調査報告をしていた。
地球にはない希少な資源が大量に確保できた、と誇らしげに述べる大臣が印象的だった。
そのあとに皆様の生活に還元していきますと大臣はいき込んでいたが、お偉いさんたちで独占しているに違いないとお父さんがビール片手に愚痴のように言っていた。
すっかり賑やかになってしまった夜、私は明日の学校の準備を終えて、ベッドにもぐった。
そして考えた。
大都会には沢山の飛来物があるらしい。
実際に行ったことはないのでらしい、としか言えないけど。
大量の資源が採れ、そのうえ地球上の建築物とは比べようがないほど頑丈なそれらに人々は、国は目を付けたのだ。
そして国として発展を遂げることが出来たのだけど。
嫌だった。
小学生で習うことになるこの事実が嫌だった。
夢が無いなって思った。
別にギャンブルとか危険なことが好きなわけじゃない。冒険家になりたいってわけでもない。
ただ。
どこかからやってきた、はるばるやってきたそれらに。
失礼だなってそう感じた。
利用し尽くすような人々のやり方がどうしても嫌だった。
口に出したことは無いけど。
この国にはまだ見つかっていない飛来物もあると聞いた。様々な事情で誰も立ち入ったことのないモノが。
もしかして、ナニカがあるかもしれない。いるかもしれない。
未だ豊富な資源しか見つかってはいないのだけど。
それでも、信じていた。ちょっとずつ大人になっても、信じていた。
だんだんと瞼が重くなってくるのを感じる。
最近よく聞くようになった車の走行音をBGMに私は目を閉じた。
鳥の声だけが聞こえるような鬱蒼とした森の中、そびえたつビルがあった。
一見ぼろぼろのようにも見えるが、実は傷一つ付いていない謎の建物だ。
私はその中に懐中電灯片手に果敢にも突入する。
様々な苦難を乗り越え、ついに最上階に続く階段を見つけた。
私は唾をのみ込みながらその階段を上る。
一段一段踏みしめながら階段を、登り切った。
そして、最上階。大きく見渡せる空間になっている。
懐中電灯の光を前方に向け、視認できるようにする。
謎に包まれた建物の最上階に鎮座していたそれは———。
私はそんな夢を見た。