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SPIRO SPERO  作者: 天馬聖
4/14

第一話 ④

4



「足りない」

 京極幹久は、いらだちを隠すことなく吐き捨てた。

 __足りない。

 __足りない。

 __力が足りない。

 到底、満足など出来るわけがない。

 ちょいと背が高いだけなのに御神木などと偉そうにしていたので、とりあえず踏み潰してみた。木が弾け飛ぶさまは面白かったけれども、正直、もっと派手に色々とぶち壊れてくれることを期待していた。

 例えば、地面が引き裂かれて、そこから温泉やら石油やらマグマやらが噴き出すとか。神社の本殿が倒壊するとか。さらに言うならば、全然関係のないことだが世界中で男性の平均身長が160センチ以下になるとかいう、バタフライエフェクトでも構わなかった。とにかく、このままでは不完全燃焼もいいところだ。

 幹久は気分を切り替え、次のターゲットへ目を向けた。ところが、それはすでに人波に紛れて、姿形はどこにも見当たらない。

「マジかよ。これから面白くなるってのに、フツー逃げるか?」

 幹久は呆れ顔になり、腕組みをした。これからどうしようかと考えていると、ポケットの中で携帯が震えていることにきがついた。

「よう、ナイスタイミング。あいつらがどこに__」

 幹久の言葉を遮るように、電話の向こうから甲高いこえがひびく。思わず電話を耳元から遠ざけたのだが、それでも相手は大変ご立腹らしいことはわかった。

 何を言っているのかよく聞こえないし、もともと聞くつもりもないのだが、どうやら幹久の行動に対して言いたいことがあるらしい。確かに、カウントダウンに合わせて御神木を蹴り砕いていいとは言われていない。しかし、やってはいけないとも言われていない。目的さえ果たせれば、何をどうしようが文句を言われる筋合いはないはずだ。幹久と彼らは協力関係であって、別に下についたわけではないのだから。

「うっせーな。俺バカだから、難しいこと言われてもわかんねーんだよ。それより、あいつらがどこ行ったのか教えろよ。あんたならわかんだろ?」

 幹久がそう言うと、電話の向こうから大きなため息が聞こえてきた。それは相手が自分に対して呆れているということでもあるが、同時に自分が相手の心をへし折ったということでもある。理屈を力でねじ伏せるのは非常に気持ちがいい。

 どうやら目標は大通りではなく、その反対の住宅街へ移動しているようだった。

「俺としては観客の前で大立ち回りってのも良かったんだが……」

 いくら幹久がバカだと言っても、相手が狭くて入り組んだ場所へ逃げ込んだということが、何を目的としているかぐらいわかる。

「いいぜ?誘いに乗ってやるよ」

 単純にそっちのほうが逃げやすいと判断したのか。それとも罠か。どちらだろうが関係ない。真っ直ぐに追いついて、真っ先にぶん殴る。全て力づくでぶち壊せばいいだけだ。

「見せつけてやる!俺の力を!」

 幹久は笑った。大地を蹴り、遥か高くへと飛び上がる。空から降ってきた少年は、再び空へと舞い上がり、大勢の人を軽く飛び越えて消えていった。

 


 

「まったく!何を考えているんですか!彼は!」

 参拝客を飛び越えていく幹久を目で追いながら、九条卯月は何度も地団駄を踏んだ。それに合わせて長い髪も上下に揺れ、さらにメガネがずり落ちそうになっているものだから、かなりのオーバーリアクションである。ただでさえ卯月は、男性の目を惹き付ける美貌の持ち主だ。そんな彼女が奇行に走っていたら、それはそれは目立ってしまう。現にこの半ばパニック状態の境内でも、彼女に視線を向ける男性は少なくない。もちろん、身体の色々な部分を上下させているなかで、白い厚手のコートの上からとはいえ、明らかに上下していない部分があることは加味したうえでだ。

 しかし、そんなものは個人の好みによるところだ。それぐらいは許容範囲という人もいれば、むしろそっちのほうがいいという人もいる。この危機的状態を理由に、卯月に声をかける男がいてもおかしくないはずだった。しかし、そうならない理由は、明らかに彼女と一緒にいる人物のせいだった。

「少し落ち着け」

 久我竜胆は卯月の肩に軽く手を乗せ、彼女の行動をたしなめた。その動き、その声、その表情。彼を構成する全てが、有無を言わせぬ迫力を持ち合わせていた。別に屈強な身体をしているわけではない。一般男性よりも顔一つ分ほど背が高く、むしろそのせいで華奢な印象さえ受ける。それでも他者にこれほどの威圧感を与えるのは、その眼光の鋭さによるものだろう。無表情であるにもかかわらず、その瞳は揺らぐことなく真っ直ぐ前を見据えている。そこには決して折れることのない覚悟が見て取れた。

「申し訳ありません。竜胆様」

 卯月はさっと姿勢をただし、竜胆に対して深々と頭をさげた。

「だから、それをよせと言っている」

 そんな卯月に対して、竜胆は無表情のまま卯月の手を取り、その場から移動を始めた。

「俺は亥を追う」

 竜胆は移動しながら、さらに近くにいる人にしか聞こえない程度の小声で言った。

「何故ですか?それでは彼と同盟を組んだ意味が……」

 卯月も竜胆に合わせて小声で話していたが、そこからは気遣いよりも心配が色濃く感じられた。竜胆はその気持ちを十分理解している。しかしそれよりも、自分が幹久に対して下した判断のほうが重要だった。

「あいつは人を殺せない」

 幹久の目的はただの力の誇示であると、竜胆はそう結論付けた。それは、彼が最初に御神木を破壊したことでも明らかだ。本当に目標の殺害を最優先に考えていれば、そんなことをするはずがない。どれだけの人間を巻き込もうが、一撃目で目標を殺していたはずだ。それをしなかったのか、出来なかったのか。いずれにせよ、これは非常に大きな空きとなって現れるだろう。そこを突かれれば、幹久の敗北は容易に想像がつく。

 卯月にも、竜胆の考えは理解できた。そして、彼は一度口にしたことを、簡単に取り下げるような人間ではないことも知っている。

「……それでは竜胆様。こちらをお忘れなきよう」

 卯月は足を止めて、コートのポケットから取り出したそれを、両手で包み込むようにして竜胆に手渡した。

 「ああ、わかっている」

 竜胆の手のひらに握らされていたのは、古ぼけた銀の懐中時計だった。竜胆はそれを握りしめたまま胸に抱き、針の鼓動を感じた。そこに込められえた思いを、自らに刻みつけるように。

 竜胆は懐中時計を取り出しやすいよう上着のポケットへ入れると、卯月を一人残し、人波の中へ消えていった。

 竜胆の鋭い瞳は、真っ直ぐ前を向いていた。決して揺らぐことなく、迷うことなく。そして、彼は確かにこう呟いたのだった。

「忌人は、殺さなければならない」

 

 

「たぶん京極家だろうな」

 切らした息を整えながら、飛鳥はそう呟いた。

 3人は神社から離れ、住宅街の一角に身を潜めていた。そこは3階くらいまでの高さしかない小さなビルの裏だ。そのビルには鉄骨の非常階段があり、その下には3人が身をひそめるのにちょうどいい広さがあった。通りからは外れていて、近隣の家からも死角になっている。身を隠すには適したの場所だろう。

「あんな人前であんな力を使うとか……正気かよ。あのガキ」

 飛鳥同様、恭一も大きく息をしながら呟いた。

 恭一が言ったように、一体どれだけの人が巻き込まれたのか分からない。

 恐怖のなのか、怒りのなのか、悲しみなのか。どう扱ったらいいのか分からない感情が湧き上がってくる。

「クソッ!」

 恭一は地面を蹴りつけ、その憤りをぶつけた。

 飛鳥も同じように、何かに当り散らしてやりたかった。しかし、それよりも先にどうにかしなければいけない問題が、じっと飛鳥を見つめていることに気がついていた。

 真白の顔には焦りや恐怖、または怒りといったものはまったく浮かんでいなかった。かといって無表情というわけでもない。飛鳥はそれを、まるでご主人様を待つ子犬のように思った。

「トリちゃんとキョーちゃんは、何が起きてるのか分かってるんだよね?あと、たぶん音姉も」

 真白の言葉に、飛鳥を問いただすような圧迫感はない。ただ事実の確認をしているだけだ。

 それは、真白が飛鳥に全幅の信頼を置いていることに他ならない。それは飛鳥自身、痛いほどよく分かっている。

「俺は……何も起きないなら、お前は一生知らなくていいと思っていた……」

 飛鳥は顔を歪めた。真白から視線を逸らした。これだけでも、普段の飛鳥からは考えられないことだった。

「ねえ、トリちゃん」

 逆に真白の声は普段通り。何も怯えず、揺れず、まっすぐに飛鳥へ届いていた。

「トリちゃんが話したくないことなら、私は一生知らなくてもいいんだよ」

 飛鳥は視線を逸らした。

 真白は視線を逸らさなかった。

 だから、飛鳥のやることは最初から決まっていた。

 飛鳥は顔を上げて、真白を受け止める覚悟を決めなければならない。

 真白に応えなければいけない。

「話す。藤ノ宮のこと。十二支のこと。そして__忌人のことを」

「忌人?」

 その言葉を発することは、藤ノ宮に生きるものにとって特別な意味を持つ。もう後戻りは出来ない。

 飛鳥は身体中が痺れるような感覚を覚えた。しかし、それに負けない決意を持って、一歩を踏み出した。

「いいか、真白。俺たちは__」

 しかし、その言葉は唐突に断たれた。飛鳥は恭一からいきなり背中を押され、体勢を崩してしまったのだ。真白のことで一杯になっていた飛鳥は、それにまったく対処できず危うく転びかけてしまう。

「お前らヤバイ!見つかった!」

 その恭一の言葉を聞いて、飛鳥は一瞬で意識を切り替える。体勢を立て直し、飛びつくようにして真白を抱きかかえ、すぐにその場所から飛びのいた。

 真白の頭を抱え込むようにして、地面に伏せる。神社で見た時と同じ光が、まっすぐこちらに向かってきていた。

 飛鳥は真白を守り、恭一も地面に身を伏せた瞬間、そいつは非常階段にぶち当たった。鉄骨の非常階段が、まるで積み木のようにあっけなく崩れる。しかし、当然それはおもちゃではない。発せられる音の重みが、それは人を簡単に圧し潰せるものだと語っていた。

 金属が擦れ合う音やアスファルトに叩きつけられる音、甲高い音と野太い音が混ざり合う。最悪の不協和音の中で、一際響くものがあった。

 笑い声。甲高い金属音よりも、さらに耳触りが悪い笑い声だった。

 完全に崩れ落ちた鉄塊の上に、少年が一人立っていた。金色の短髪を逆立て、歯並びの悪い口を大きく開け、両手を広げて笑っていた。

 おそらく身長は飛鳥よりも低い。それだけなら小学生にも見えるが、彼が着ている学ランのおかげで、少なくとも中学生以上だということは分かった。さらに、その学ランが特徴的で、いわゆる短ランとボンタンと呼ばれるものだった。そしてその両腕に、『天上天下』『唯我独尊』の文字が刺繍されている。それを見ただけで、彼の人間性が読み取れる。

 飛鳥は真白を背中にかばうようにして立ち上がり、恭一も少年を警戒して身構えていた。二人とも小さな金属片が降りかかったせいで、手や頭にいくつか切り傷を負ってしまった。

「二人とも大丈夫か?」

 恭一は額から流れる血を拭いながら尋ねた。

「私は大丈夫。トリちゃんが守ってくれたから。トリちゃんマジで超カッコいい」

「俺も大丈夫だ。顔に傷はない」

「良かった。いつも通りだな」

 お互いの状態を確認した三人は、次に目の前の少年をどうするか考えなければいけなかった。具体的には、話し合いなど絶対に通じないだろうから、どうやって逃げるのか考えなければいけなかった。

 なるべく相手を刺激しないように後ずさる飛鳥たちだったが、当然ながら相手もそれを見逃してくれるはずがない。

「おい。あんたら、鷹司のと、一条のと、えっと平松?ので間違いねえよな?」

「ここまでやっておいて、今更そんな確認か……」

 飛鳥はそれに答える代わりに、逆に少年へ尋ねた。

「そういうお前は、京極家の人間だな?」

「おうよ。京極幹久だ」

 幹久と名乗った少年は口元をつり上げ、心底嬉しそうに笑った。

「よ~し。十二支で間違いねえってんなら、こっからは全力だ」

 幹久が突き出した両手の甲に赤黒い紋様が浮かび上がり、それは薄暗い光を放ち始めた。幹久は身体をぐっと落として、その光を纏うように構えた。体幹を相手の正面からすこし外し、両足をしっかりと地につけている。おそらく空手の型だろう。

「ちょっと待て!お前本気でこんな街中で戦うのか!?」

「俺はバカだからよ。面倒くせえことは知らねえな」

 恭一が幹久を制そうとするするが、全く話にならない。しかし、辺りは恭一の予想通り、騒がしくなり始めていた。遠くで警察や救急のサイレンが聞こえてくる。この場所だっていくら裏路地とはいえ、あれだけ激しい音がしたのだ。この瞬間にでも、人が集まってきておかしくない。

「もういい恭一。お前は真白を頼む」

 ここはすでに予断を許さない状況だ。ならば出来る限りの最善の一手を。

「真白。すまないが詳しい話は後だ。今はただ、俺のことを信じてくれ」

「うん分かった。でも、私がトリちゃんを信じてないときなんてないんだよ」

 飛鳥は二人よりも一歩前に出て、正面から幹久と向き合った。初めから、話し合いなど出来る相手ではないとわかっていたことだ。だったらやるべきは一つしかない。

「正直、挑発に乗ったみたいで面白くないが、それ以上に__俺は馬鹿が嫌いでな」

 飛鳥は、さっき金属片によって付けられた左腕の傷に触れ、その血を右手の人差し指と中指ですくい取った。

「そーかよ。俺もな、偉そーなヤツが大っ嫌いだ!」

 飛鳥が動きを見せた途端、幹久は足元の鉄骨を踏み潰すほどの力を込め、飛鳥に向かって飛びかかってきた。

「さあ見せてみろ!てめえの『律』を!」

 飛鳥は襲い来る幹久を物ともせず、両目を閉じた。そして、すくい取った血でその上に一本の線を引く。この程度、ほんの僅かな時間で済む。しかし、もう一度目を開いた飛鳥の前には、すでに幹久の拳があった。当たれば確実に死ぬ。それは分かっている。しかし、飛鳥は怯えることなく冷静に、その言葉を唱えた。

「立!」

 飛鳥の血が赤黒い光を放ち、目元を縁取る紋様となる。そして__

 

 

 再び、深夜の住宅街に爆音が響く。

「チイッ!」

 幹久が振るった拳は、地面に突き刺さり大穴を開けていた。相手を仕留めるのに十分な一撃。しかし、そこには目標の姿はなかった。相手の動きが自分の予想以上だったため、幹久は苛立ちを隠せずにいた。

「野郎。完全に軌道を読んで避けやがった……」

 今の一撃。当然、手を抜抜くつもりなどなかった。だが、そのだけに力が入り過ぎて、多少大振りになっていた。これは幹久の油断である。しかし、だからと言って、あのタイミングで拳の軌道を見定めてからかわされるなど、思ってもいなかった。

 これは幹久にとって屈辱だった。しかも、相手は自分になど目もくれず、一目散に逃げ出している。幹久の一撃をかわすくらいだ。大振りの後の隙をついて、攻撃を当てることくらい出来たはず。

 幹久は、ビルを飛び越えていくその後姿を睨みつけた。

「イラつくぜ。出来るのにやんねえってことは、つまり見下してんだろ?」

 幹久はもう一度両拳に力を込めた。絶対に相手の顔面へ一発ぶち込んでやらないと気が済まない。

 怒りに任せて力を振るえば、それは大きな力となる。それでも足りなければ、さらに大きな力を求める。絶対的な力があれば、理屈や道理など叩き潰せる。力こそが幹久の法律だ。

「逃がさねえよ。逃げたいんなら力を見せろ。俺より強い力を見せろ!」

 自らの法律を施行するために、幹久は飛鳥たちの後を追うのだった。

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