外伝07 王子の嗅覚
「というわけなのだ。どうしたら良いと思う?」
エアロスから昼間の侍女とのやり取りについて説明を受けたリングは、ため息をつく元気すら出なかった。
(ほんっとにこの王子は次から次へと……)
リングは多忙だ。それでなくても、仕事ができない王子に代わって王城の内外へ足を伸ばし、様々な職務を果たしている。それはダンクネス王国との交易も含まれているので、かなり責任も重い。
「なぁ、リング。こういう事を相談できるのはお前だけなんだ」
王子に頼られるのは嬉しいものの、リングも体は一つしかない。これ以上無理すれば、どこか重要な場面でヘマをしてしまうのではないかの気が気でないのだ。
(誰か他に、エアロス様の対応ができる人……なんているわけないか。いや、待てよ。あの手がある!)
リングは、サニーから借りているダンクネス王国出身の密偵の存在を思い出した。それは、サニーとルーナルーナが結婚して一月後のことだった。サニーから、ルーナルーナの実の兄弟の見守りとして、一人の男を寄越していたのだ。
その男、ボルクは、元々サニーの側近、アレスの下にいた者で、灰鷹という組織に属していた。ダンクネス王国男子としてはあまり色黒ではない上、異世界というものに興味をもっていたボルク。早々にキプルジャムを使ってシャンデル王国へやってくると、ものの数カ月でシャンデル美女をたらしこみ、行為を経てシャニーでの永住権をもぎ取った強かさがある。こういったことから、男女のことに関しても精通していそうだと、リングは踏んでいるのだ。
(ボルクなら、秘密裏にそのスピカとかいう侍女に接触し、探りを入れたり逢引きさせたりすることもできるだろう。よし、これでこの件は片付いた!)
こうして、エアロスの二度目の恋は、辺境の治水工事の決済と同時に、リングによって事務的に処理されていくのである。
その夜、ボルクは城下町の酒場のカウンターで、大きなジョッキを傾けていた。隣には、全身黒っぽい女がふくれっ面をしていて、同じく盃をあおっている。
「そんなわけで、王子様に会ってやってよ」
「嫌だわ、あんな白くて女々しそうな奴。部屋の掃除と最低限の気配り以外はしたくないわ」
「俺も同感だけど、あれでも王子だぞ。でも女だったら、一度は玉の輿に乗ってみたいと思うもんじゃないのか?」
なんと、スピカはボルクの知り合いだった。むしろ、彼の保護観察対象だったのだ。リングから『お願い』をされたボルクが、任務外のことにも関わらず話を受けることにしたのは、こういった理由からだ。
(まさか、ルーナルーナ様の末の妹が目をつけられるとはなぁ。あの王子様も変なところに嗅覚が効くというか……)
ボルクは建前上、スピカとエアロスをくっつけるべく動いている体をとっているが、内心は乗り気ではなかった。
「玉の輿って、あんなの器量が無駄に良いだけのおもちゃの木馬よ。遊ぶだけならば、一度はしてもいいかもしれない。でも本当は、一度乗ったら降りられない呪われた木馬のような気がするの」
「さもありなん。でも、どうする? 既に目はつけられてるんだぞ。このままぼーっとしてたら、お前の姉ちゃんみたいに気づいたら王族の一員になってるとか、十分にありえるんだからな」
「え、やめてよ。じゃ、どうしたらいいの? ボルクならどうする?」
どうするもこうするも、ボルクはリングから命じられたことをスピカに提案するだけだ。
「一度、対等の立場で会ってやってほしい。場所はそうだな、この店でもいい。王子を普通のその辺にいる男として扱ってやれ。後は適当に話でもして、案外気が合いそうだったら次の約束を取り付ける。な、簡単だろ?」
「もうっ、どこが簡単なのよ? 新人侍女にはどう考えても無理だわ!」
スピカは怒りに任せてジョッキをカウンターに叩きつけると、さらにもう一杯を店員へ注文した。
「いやいや、俺もちゃんとお前のこと考えてるんだからな。じゃないと、お前の姉ちゃんの旦那に殺される」
「ふんっ」
「とにかくだ。こちらからも誠意をもって対応する。それでも、どうしてもソリが合わなかったら、王子もスピカのことを諦めるしかないだろう? まだお互いのことを何も知らないのに、今すぐ判断を下すのは失礼だ」
スピカは、早速運ばれてきたエールを一口飲んで、ふっとため息を漏らす。
「……分かったわ。一回だけなら王子様と会ってもいい。まずは、私の年齢から訂正を入れておかなきゃね」
あの日、執務室で顔を合わせた時、エアロスはスピカのことを明らかに自分よりも年下だと思いこんでいる様子だったのだ。スピカもルーナルーナと一緒で若く見られやすい。
(あの貧弱な王子には、年上の女性をどう扱うべきか、教えてあげなくっちゃね)
スピカは、エアロスの腕と触れた時のことを思い出した。顔が熱くなる。中身はともあれ、あんなイケメンとお近づきになったのは初めてだったスピカ。今顔が赤いのは、きっと飲みすぎているせいだと思い込むことにした。





