外伝05 奮闘する女達
「なぜ……」
コメットは心底不思議そうにメテオを見下ろす。メテオは、音も無く地中から這い出ると、コメットの元へ駆け寄った。
「仕事だよ」
メテオの表情は相変わらず固定されたまま。無言でもくもくとコメットの鎖を外し始める。メテオが何を考えているのか、コメットには全く分からなかった。ただ、コメットを助けに来るのは仕事の一貫であり、そこにメテオの感情は何も含まれていないように感じられる。
メテオは、ほとんどの鎖を外し終え、最後にコメットの胸元に食い込む鎖に手をやった。指に触れる柔らかな膨らみ。その感触、その温もりを指先に感じた瞬間、メテオを覆っていた薄氷がするすると溶け出した。
「誰かに犯された?」
コメットは、ふるふると首を横に振る。
「無事で良かった……」
メテオの手が、カクカクと震える。メテオはコメットの首元に頭を沈めてた。
(え……泣いてる?)
コメットは信じられない気持ちだった。飄々としているものの、決して内面を悟られないように深く被った鉄仮面。これがものの見事に崩れ去り、今は血の通った一人の男としてコメットを抱きしめている。
「ごめん。仕事っていうのは嘘。仕事中にコメットが攫われたって話を聞いて、他の獲物放り出してここに来ちゃった」
メテオはコメットを抱きしめる力を強めた。メテオの体からは少しだけ血の匂いがする。
「コメット……」
その焦がれるような声を間近に聞いて、コメットはひたすら目を瞬かせていた。
(もしかして、私、嫌われていたわけではない?)
コメットとメテオが一夜を過ごしてから一週間後。突然メテオから毎日花が届けられるようになっていた。毎度花にはカードが添えられていて、『許してほしい』とだけ書かれてある。
コメットは、メテオが仕事として彼女を抱いたことを侘びているのか、もしくはコメットの気持ちに応えられないことを暗に伝えているのかのどちらかだと思い込んでいた。
王城でルーナルーナ付きの侍女として働いていると、嫌でもメテオの噂は耳に入ってくる。今ではサニーが頭角を表すのと同時に、メテオの活躍ぶりやサニーの側近としての優秀さも、多くの人々に知られている。そのような人物が、ダンクネス王国で不美人とされる白い娘、コメットを好きになるはずなんてない。
それでも、もらった花には罪がないのだからと、与えられた自室の窓辺に飾って愛でていた。花を見る度に、恋い焦がれ、その気持ちがかつての婚約者には向けたことのない本物の恋であることを実感してしまう。けれど、相手は雲の上の人。自分をダクーに繋ぎ止めてくれただけでも感謝せねばならないのに、それ以上を侍女の分際で望むことはできなかった。
それ故、事あることにメテオと出くわしても、必ず避けるようなことをしていたのだ。
一ヶ月も経てば、花に加えて菓子やアクセサリーもついてくるようになった。コメットは気後れして、消え物以外はルーナルーナ経由でメテオに送り返すようになっていったが、それでも贈り物は途絶えることが無い。しかし、コメットも面と向かって拒否の手紙などを書くこともできないでいたのも事実。コメットは、狡い自分を嫌いになりかけていた。
メテオはふと顔を上げた。
「ごめん、カッコ悪いよな。泣くの、ほんと久しぶりかも」
コメットは片手でごしごしと目元を拭うメテオを見つめる。サニーのような二枚目ではないが、十分に整った上品な面差し。キモノの胸元から除く鎖骨と厚い胸板が、コメットに男性を意識せる。
「コメット。これだけは言わせてほしい」
コメットは体を強張らせた。
「きっかけは仕事みたいなものだったかもしれない。でも」
メテオは、コメットの頬を両手で挟む。コメットはもう、逃げられない。
「今は、心底お前に惚れている」
「……嘘よ」
「嘘じゃない! あぁ、どうやったら伝わるんだろうな。本気なんだ。こんなに本気になったのは初めてなんだ。なぁ、コメット。好きになれないならそれでいい。でもせめて、嫌わないでいてくれないか? それだけは耐えられそうにない」
目から鱗が落ちる思いだった。
やっと。
やっとのことで、腑に落ちるものがあった。
「メテオ様は、自分に自信がおありでないのね」
「そうだな」
「私は、ご立派だと思うわ。メテオ様の本業のこと、ルナからも聞いているんです」
今度はメテオが固まってしまう番だった。
「そっか、もうバレてたんだ……」
「私、そういうのに偏見はありません」
「いや、無理しなくていい。こうやってたまに話ができれば、それだけでいい。逃げないでこっちを向いてくれるだけで幸せって、俺、けっこう目出度い奴かもしれないけど」
メテオは苦笑する。コメットは、そんな無理をするメテオがあまりに愛しく感じられて、欲を出してしまった。
「本当にそれだけでいいんですか?」
「え?」
コメットは、小さく深呼吸した。
「もう、抱いてくださらないのですか?」
「コメット……それって……俺、勘違いしてもいいのかな」
「たくさんのお花やお菓子、アクセサリーも、全部素敵で、全部とっても嬉しかったです。でも、私が一番欲しいものではありませんでした」
コメットは、自由になった両腕をゆっくり持ち上げて、膝立ちになる。
「私がほしかったのは……」
メテオの顔に胸を押し付けるようにして、そっと彼の頭を抱え込む。
「あなたです」
(お願い。もうどこへも行かないで)
コメットの祈りがメテオに伝わった。
「コメット、俺の花嫁になってくれる?」
「はい」
「この状況、我慢できない」
「はい?」
「ちょっと目を瞑っててね」
次の瞬間、抱き合った二人の姿がその場から消えた。瞬間移動した先は、メテオの私室。ベッドの上である。
「本当に良かったわ!」
ミルキーナは、一通の手紙を読んでいた。彼女が笑うと、背後に赤い薔薇が咲き誇ったかのように見える。ここはシャンデル王国の後宮。ミルキーナの前にはティーセットが並んだテーブルがあり、その傍らには侍女服を着たキュリーが立っていた。
キュリーは、相変わらずレイナスの屋敷に居候していたが、侍女として復帰しているのだ。というのも、ルーナルーナに継いでコメットまで手放した彼女が、王に「寂しい」と言ってしまったため、キュリーに王命下ってしまった結果である。四六時中レイナスと共にいたいキュリーも、さすがにこれは無視できない。
開き直ったキュリーは、再びミルキーナに仕えつつ、いずれは後宮の侍女を統括する侍女頭になることを目指して、日夜職務に励んでいるのだ。彼女が少しでも権力をもてば、それがレイナスへ貢献することに繋がると思ってのことである。
ミルキーナは、キュリーにも手紙を読むように促した。キュリーは畏まって手紙を受け取ると、見慣れた文字に目を走らせる。ルーナルーナからミルキーナへ宛てられた手紙だ。
「彼女はこちらで悲しい思いをしていたから、良い方が見つかって私も嬉しいわ。これでコメットにはダンクネス王国貴族の後ろ盾ができたことになるから、ルナもさらに立場が守られることになるわね」
素直に喜ぶミルキーナに対し、キュリーはそこまで両手をあげて友を祝うことができないでいた。
「ルナの新婚生活が上手く行っているのは予定通りにしても、コメットまで?!」
ミルキーナの前にも関わらず、キュリーは焦りを隠すことができない。
(サニウェル殿下の側近と結婚ですって?! 初夜は大人しくしていたけれど、二回目からはシャンデル王家秘伝の閨房術で完全に尻に敷いたですって?! 何で私の周りばっかり幸せそうなのよ!)
キュリーはこっそりと右手を拳にして、ギリギリと歯ぎしりした。
(私だって負けないんだから! 私はちゃんと初志貫徹してみせる!)
その夜、レイナスがキュリーに襲われて二度目の既成事実が作られてしまい、いよいよ後には引けない状態に追い詰められてしまったのは致し方がないことだろう。
コメット誘拐の黒幕はレアです。
といっても、コメットやルーナルーナと敵対したわけではありません。
まずは、レアがサニーと敵対していると思われる独身貴族を自らの美貌を武器にたらしこみます。次に、レアが実はサニーを嫌っているようなことを匂わせます。(実際はそんなことありません。白いなと思っているだけです)そして、そんなレアに賛同してきた奴らを焚き付けて、まずはコメットを誘拐しルーナルーナを不安にさせ、夫婦仲をぶち壊すのだ!と指令するのです。(コメットに肉体的な手出しはしないよう、もちろんいい含めておきます)レアは女王様ですね★ と、同時にアレス経由でメテオへコメット誘拐の知らせを流すのです。
で、コメット奪還の後は、レアは新たな取り巻き達をサニーへ敵対している証拠を掴んだとして、あの手この手で政界から追い出すのですね。
というわけで、この誘拐は単なる誘拐ではなく、サニーの地盤がためも兼ねていました!
……という裏話があるのですよ、と後書きに書いておきます。
(本編に書かず、すみません。)





