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外伝04 鎮魂と誘拐

 情事の後、ルーナルーナは侍女時代の癖で部屋を魔法で清めて、元よりも美しくしてしまった。王子の妃という身分にありながら側仕えがほとんど要らないのも頷ける。サニーはあぐらをかいて、その上に身支度したルーナルーナを座らせ、したり顔で満足げに頷いていた。


「ルーナルーナ、早くできるといいね」

「サニー、赤ちゃんはそう簡単にできませんからね? それに私は年が……」

「大丈夫。すぐにできなくても、それを口実にもっともっとルーナルーナを可愛がるから」


 ルーナルーナは返す言葉が見当たらず、悶絶していた。


「それにしても、ルーナルーナの誕生日はいつ?」

「私は今から一月と三日後です」

「ほしい物はある?」


 ルーナルーナは一瞬キョトンとした顔をしたが、少し悩んでから口を開いた。


「物ではなくて、お願いなのですが……」







 それから一月が経った。サニーとしては、ルーナルーナの誕生日に合わせたのではなく、それと関係なく成さねばならぬことと心得て準備を進めていたのだが、事が事なので時間がかかってしまったのだ。


 ここは、建物がすっかり修復された教会本部。気が遠くなる程の時を生き抜いた元大巫女ユピテを見送る信者は、王都中に溢れかえっていた。儀式を行う教会に入り切らない信者は、王城近くまで列をなして、道端にも関わらず跪いて女神とユピテに祈りを捧げている。


 サニーとルーナルーナは、儀式の最前列に座っていた。


「それでは、鎮魂の儀式を始めます」


 ライナは、棺桶の中にかかっていた状態保持の魔法を解除する。そして、手に持っていた鈴を打ち鳴らしながら、経典の一節を朗々と歌うようにしてユピテに送った。それに応えるかのように、ユピテの体がほんのりと白く輝く。


「魂よ、安寧の地へ」


 ライナの指先から赤い玉が飛び出して、ユピテの体に乗り移った。次の瞬間、ユピテが入った棺桶がこおっと赤く光り、数秒間だけ炎に包まれた。


 ライナは棺桶の中を除く。全ては灰と化していた。白い灰を小さな壺に移して、さらに白布でくるむ。黒い紐で蓋を締めると、儀式はこれでおしまいだ。


 ルーナルーナは表情を消してそれを見つめていたが、内心では地面に這いつくばりたい気持ちだった。ずっと地下牢に放置されていた遺体が、ようやく弔われることになったのは、ルーナルーナのお陰である。


 誕生日のプレゼントという軽い名前にかこつけた願いは、すぐさまサニー経由でクロノスまで伝えられた。


 一連の異教徒騒動の犯人であるユピテ。そのため、なかなか葬儀が行われなかったのだ。しかし、その罪は全てヒートが負ったので、世界の重なりの混乱の中で高齢のユピテはたまたま亡くなったと民衆は思い込んでいる。となると、弔いの儀式も早めに済まさなければ王家としての辻褄が合わなくなってしまう。それでなくとも、ユピテの遺体を教会ではなく王城に安置している時点で、客観的に見れば不可解なのだ。


 ルーナルーナは、単純に偉大な元大巫女の扱いの悪さを嘆いていただけなのだが、クロノスやサニーには彼女からの提案に感謝していた。未だ完全には終わらない事後処理の一つとして、早めに扱うべき案件は多いが、これは中でも優先すべき課題であることを失念していたのである。


 先日のサニーとルーナルーナの婚姻の儀式を通して、貴族社会はさらに王家へ真に恭順を示しているのかどうか、ふるいがかけられたため、信頼に値する部下が少なくなっていることも、先延ばしされていた理由の一つ。しかし、国民のことを考えると急がねばならない。嘘をついた限りは、突き通さねばならないのだ。


 先延ばしになっていた理由付けをするために、クロノスは弔いの儀式を豪華にすることにした。さらに、わざわざ国の遠方にまで王都で行う儀式についてお触れをだし、十分に情報が行き渡るのを待った。そして王都には、各地から大勢の信者が押し寄せることになったのである。弔事ではあるが、一時的に王都が華やいだのは言うまでもない。


 ユピテの灰は、教会裏にある巫女専用の墓地へ埋葬された。墓まで同行するのは、巫女とサニー達だけで、一般人はいない。ようやく墓石の下に壺が埋められた時になって初めて、ルーナルーナは泣いた。


 ユピテは大罪人だったかもしれない。しかし、どれだけ長く生きても女は女であり、人間であることを教えてくれた巫女。そして、確かにサニーとルーナルーナを引き合わせてくれたのは彼女なのである。


 悲しいとは別の感情のはずなのに、しばらくルーナルーナの涙は止まることがなかった。








 その頃、珍しくルーナルーナと別行動をしていたコメットは、窮地に陥っていた。コメットは今、ダンクネス王国において最も白い女である。さらに異国人。どうやっても目立つので、日頃は王城からできるだけ出ないようにしているのだが、このユピテを大々的に弔った日は王城内も人がまばらになり、さらには警備も薄くなっていたのだ。


「離してください!」

「言われて離す馬鹿がどこにいる?」


 コメットは黒づくめの男に背後から襲われて、身動きがとれなくなっていた。抵抗しようとしても、相手は荒事に慣れきっているらしく、ビクともしない。頭に思い浮かぶのは、母国にいる両親、そしてルーナルーナの顔。そして、一度だけ体を重ねたあの人のことである。


「煩いな。これでも被って黙ってろ」


 コメットは、ズタ袋の中で気を失った。







 次に目を開けた時は、目の前に臭い袋は無いものの、依然として真っ暗だった。シャンデル王国出身の彼女はあまり夜目がきかない。腕を動かそうとすると、金属が擦れる音がした。柱のようものに鎖で縛りつけられているようだとコメットは推察する。


「遅いお目覚めだな」


 コメットはひっと息を呑んだ。鎖の音で気づかれてしまったらしい。その低い男の声は、コメットを攫った者とは別者のように感じられた。


「なぜ私を……」


 コメットはそもそもの理由を尋ねる。コメットはダンクネス王国では不美人にあたるはずだ。持ち色が明るすぎる。連れ去る価値すら見いだせないはずなのだ。


「コメット、だったか? 私の主が君を飼いたいと仰せでね。何、すぐに食おってわけじゃない。あまりに白くて珍しいから、ちょっと飾っておこうかってだけだよ。そうすれば、あの妃も少しは困るんじゃないかってね」


(そっちが目的だったのね……!!)


 コメットの体はカッと熱くなった。誘拐犯は、ルーナルーナと敵対する立場で、それなりの身分のある人物なのだろう。


(まさか、私がルナの足手まといになるなんて)


 ルーナルーナの性格を考えれば、きっと今頃行方不明になったコメットを自ら探し出そうと躍起になっているはずだ。彼女は下手に魔法を使うのに長けているため、周囲を撒いてでも行動するにちがいない。そうなってしまえば、敵の思うツボだ。一人になったルーナルーナは、最悪命を刈られてしまうかもしれない。


 コメットは今度は顔を真っ青にして、どうするべきか頭をフル回転させ始めた。しかし、コメットは魔法が得意ではないので念話は飛ばせない上、今どこにいるのかも分からない。腕っぷしも強くないので、近くにいる男を倒してこの場を抜け出すなんて夢のまた夢だ。


(詰んだ……)


 ようやく状況を把握したコメットがすっかり肩を落としたのを見て、男は気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「もう時間が時間だから、主にお目通りさせてやるのは明日にしよう。楽しみに待ってな」


 コメットは言い返す元気もないまま、男の気配が遠ざかっていくのを感じていた。しばらくすると、頭上が少しずつ白み始める。かなり上の方に窓があり、そこから朝焼けの光が降り注いでいるのだ。スポットライトのように照らし出されるコメット。あまりの非常事態に、もはや思考を放棄してぼんやりとしていた。今では部屋の中はすっかり明るくなり、埃っぽい倉庫のような部屋の中もしっかりと見ることができている。


 その時、突然肌が粟だった。

 何かが来る。しかし、その何かは分からない。


 コメットは、視線を天井から床へと落とした。すると。


「捕まえた」


 急に床板の数枚が持ち上がったかと思うと、地下から現れたのはあの人だった。



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