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55帰郷

 結局、ルーナルーナがダンクネス王国へ引き渡されるのは、それから一週間後と決まった。サニーはすぐにでもと気持ちがはやっていたのだが、ルーナルーナも長年過ごしてきた国との別れには多少なりとも時間がかかる。その中には、ルーナルーナの故郷の村への旅も含まれていた。


「昔よりも道が整備されているから、たぶん明日の夕方には着けると思うわ」


 ルーナルーナとサニーは、馬車に揺られながら車窓の風景を楽しんでいた。ルーナルーナは既にサニーの両親への挨拶を済ませているが、サニーはまだ。ルーナルーナは、サニーにわざわざ会う必要は無いと言ったのだが、サニーはこれを口実にルーナルーナとたくさん一緒にいたいと言って、ついてきたのだった。


「最後に帰ったのはいつなの?」


 サニーが膝の上に乗せたルーナルーナに問う。ルーナルーナは、豪華な王家の馬車になかなか慣れることができず、未だに緊張で身を固くしたままだ。


「……はっきりと覚えていないぐらい昔よ。たぶん、後宮に入って二年目の年の暮れに帰ったのが最後だったと思うわ」

「もしかして、家族とは仲が悪い?」

「そうね。私は、口減らしとして村を追い出されたの。でも幼い兄弟のために、働き始めて一年目は仕送りをしていたわ。だけど……」


 ルーナルーナの顔色はたちまち悪くなる。サニーは彼女の体をしっかりと抱きしめた。


「ごめん、嫌なことを思い出させちゃったみたいだね」

「いいの。どうせ明日には顔を合わせることになるんだし、事情は知ってもらっておいた方がいいわ」


 ルーナルーナは当時の出来事をサニーに話し始めた。


 ルーナルーナは、四人兄弟の長女である。物心がついた時には、既に子守りをはじめとする仕事を一人前に任されていたし、それ故彼女の弟、妹達は実の両親よりもルーナルーナを母親のように慕っていた。しかし、ある日流行病でルーナルーナの母親が亡くなってしまう。何かが狂い始めたのは、これがきっかけだったのかもしれない。


 ルーナルーナの父親は、喪が開けてすぐに別の女と再婚した。その新たに母親となった女が癖者だったのだ。


 女は、ルーナルーナにキツく当たり続けた。女には三人の連れ子がいて、彼らも事あるごとにルーナルーナを悪者のように仕立て上げ、次第にルーナルーナの居場所は家や村の中になくなっていったのだった。


 そして、十五歳になった日。とうとうルーナルーナは、村の広場へ無理やり連れ出され、村長から追放するという沙汰を受けることになる。


「ほとんど着の身着のままだったわ。こんなこともあろうかと密かに行商の人を相手に繕い物で稼いでいた小銭と、ほとんどボロ布と変わらない服を二枚持って、私は生まれた村を逃げるようにして出ていったの」


 サニーはうまく言葉にならなかった。サニーも幼い頃から苦労してきたつもりだが、それとは明らかに一線を画す、生きるか死ぬかの環境がありありと伝わってくるのだ。迂闊に安っぽい言葉もかけられない程、重い事実である。


「そして、後宮へ見習い侍女として入ってすぐの頃だったかしら。私が無事に職にありついたことを風の噂で知ったらしい実家から、手紙が届いたの」

「まさか……」

「そう。お義母さんからの手紙。私の実の弟や妹を養うお金が無いから、仕送りをするようにって」


 たちまちサニーからは殺気が放たれた。ルーナルーナはそれに身震いをしながら、サニーを宥めようと彼の手をしっかりと握りしめる。


「初めはまだ少額で許されたの。実際、私の稼ぎは雀の涙だったからね。でもだんだん要求される金額が増えていって……一年後には、仕送りをやめてしまったわ。ね? 私、酷い女でしょう? 大切な兄弟を見捨てたの。明日は、どんな顔をして会えばいいのか全く分からないわ……」


 ルーナルーナの瞳からは涙が溢れる。サニーはそれを舐めとると、ルーナルーナをギュッと抱きしめた。


「大丈夫。ルーナルーナは酷い女じゃない。俺が保証する。ずっとたった一人で辛いことを抱えてきたんだね。話してくれてありがとう。今まで、本当によくがんばったね」

「サニー……こんな私でも、本当にいいの?」


 ルーナルーナは、さらに涙で頬を濡らした。


「ルーナルーナ、往生際が悪すぎるよ。君が嫌だと言っても俺は君が欲しいし、みすみす逃すつもりはない。これからは、絶対にそんな思いはさせないから。ね? ずっと俺についてきて」


(これじゃ、どちらが年上か分からないわね)


 ルーナルーナは、大きく首を縦に振った。


「うん。ずっと一緒にいてね」







 ルーナルーナの故郷の村は、知る人ぞ知るといった秘境のような場所だった。馬車を降りてから一時間程、渓谷沿いの細道を下り、鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いた平地に二十軒程の家屋が寄り添うようにして建っている。


 ルーナルーナの実家の家族が今もここに住んでいることは、キュリーが事前にレイナスの部下を使って調べ上げていた。ルーナルーナ達が訪問することも、王家の紋章入りの封をした手紙で予め知らされてある。


 ルーナルーナがサニーと連れ立って生家へ近づいてくると、ちょうど一人の女性が大きな籠を持って家から出てくるところだった。


「お……お姉ちゃん?!」


 それは、ルーナルーナの実の妹だった。


「ナディア!!」


 気づけば、ルーナルーナは妹の名を呼んで走り出していた。


「お姉ちゃん、本当に来てくれたんだね! もう会えないと思ってたよ」


 妹、ナディアはすぐに人目も憚らずに泣き始める。すぐに他の兄弟や村人達もルーナルーナ達の元へ集まってきた。

 そこへ、感動の再開を土足で踏みにじる者が現れる。


「ルーナルーナ! お前、よくも仕送りを怠ったな! これまでの未納金、今日こそ持ってきたんだろうな?!」


 それは村長だった。その背後に立っているのは、ルーナルーナの義母である。ルーナルーナはすぐには状況が飲み込めなかった。それに気づいたナディアが、小声でルーナルーナに耳打ちする。


「実はね、昨年お父さんが事故で死んじゃったんだ。そしたらお義母さんが村長と再婚して……」


 ルーナルーナの顔は瞬時に凍りついた。


「大丈夫よ。私達兄弟はもう大人だから、あの人達からは独立して暮らしているの。でも村を出る程のお金はなかなか貯まらなくて……」


 それが貯まらないからではなく、村長夫妻から搾取されているということは、ルーナルーナもすぐに理解した。妹の笑顔が痛々しく思えて仕方がない。


「ナディア、他の皆も、本当にごめんね……」

「いいよ、姉ちゃん。それより、今日は結婚の報告しに来たんだろ?」


 無理に明るい声を出すルーナルーナの弟。


 そこで、サニーがすっと前に進み出た。仕方なく、村長夫妻の方へ向き直る。そして、嫌味ったらしいぐらいに完璧な笑顔を作ると、自己紹介をしたのである。途端に、王子スマイルにヤられた村人が数人気絶した。しかし、中には図太い神経の持ち主も存在する。


「あらぁ、うちの娘には勿体ないぐらいの色男じゃないの」


 ルーナルーナの義母である。


「どうせこの子は、掃除させるぐらいにしか役に立たないでしょう? 何なら、私が代わりにあなたのいろいろなお世話をして差し上げても……」


 サニーは笑顔を崩さずに義母へ右手を差し出した。


「はじめまして、義母様。ルーナルーナは素晴らしい女性です。私のほうが勿体ないぐらいです」


 サニーは、義母の手に重い袋を持たせた。袋の中からは、チャリンっと金属の擦れる音がする。義母はその内容を悟り、口角を分かりやすく吊り上げた。


「普通は嫁が持参金を用意するものですのに、ご丁寧にお気遣いくださったようで。これからもよろしくお願いしますね?」


 サニーは義母だけに見えるように、ニッと凶悪な笑みを浮かべた。その瞬間、義母の手へ一気に魔力を叩きつける。すると、突然義母は背後へふらふらと倒れ、焦点の定まらないうつろな目で動かなくなってしまった。


「どうやら義母様は体調が思わしくないようだ。ご主人、彼女を家の中へ運んで介抱してください」


(サニー、今の、いったい何をしたの?!)


 サニーが義母に何かをしたのは明らかだ。それに気づいているのは魔法を見慣れているルーナルーナただ一人なのだが、彼女はヒヤヒヤして落ち着かない。


「ルーナルーナ、挨拶は済んだ。ご兄弟は、遠からずこの村を出て自由になれるよう私達も力を尽くそう。さ、帰るよ」


 ルーナルーナには、サニーの笑顔の裏に底知れぬ怒りが見えていた。素直に頷くと、サニーはルーナルーナの体を自身へ引き寄せる。


「それでは、お暇いたします」


 その声を合図に、サニーとルーナルーナの姿はその場から消え去った。瞬間移動の魔法の存在を知らない田舎の村民達は、何が起こったか分からず、当分の間その怪奇現象に騒然となっていた。







 ルーナルーナとサニーは、馬車を停めていた場所へ戻ってきていた。中へ乗り込むと、馬に一声かけてシャンデル王城へ向かわせる。


「サニー、さっきは義母さんに何したの?!」

「ルーナルーナは知らなくて良いことだよ。とりあえず、ルーナルーナの兄弟はこれ以上あの女に振り回されることはなくなると思う。いっそひと思いに斬り捨てたいところだったけど、あれでも身内になる人だからね? 加減してあげたんだ」


(今のサニーは、泥鼠の仕事モードなのかもしれない……ちょっと怖いけれど、でもカッコいいかも)


 ルーナルーナは、清々した気持ち半分、慄き半分で、微妙な顔をしている。


「サニー、ありがとう。さっきは、とっても怖かったの。またあの人に私から大切なものを奪われてしまうんじゃないかって」

「そんなこと俺が許さないよ。ねぇ、ルーナルーナ」

「何?」


 サニーはルーナルーナを抱きしめると、コツンと互いの額同士をくっつけた。


「必ず、幸せにするから」


 それまでなかなか拭うことのできなかったルーナルーナの不安は、夏の夜のアイスクリームのように簡単に溶け去った。残ったのは甘い甘いキスの嵐だけ。



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