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33駆け引き

 英雄の伴侶となった姫は、どのようにしてダンクネス王国に留まり続けたのだろうか。そんなことを考えながら、ルーナルーナが大巫女から受け取った物をベッドの下へ厳重に隠していた頃。サニー達もさらに核心へ迫るべく、次のターゲットを狙う準備を進めていた。


「灯台下暗しだったな」


 商人ヒートの店は、探すまでもなく簡単に見つかった。王城の正門から五分も歩けば着く立地に店が構えられていたのだ。もちろんここは街の一等地で、往来も多く、貴族街とも近い。もっと遠くを想定していたサニーは、拍子抜けしたのだった。


「さて、行ってみるか」

「サニー、それは?」


 サニーが懐に突っ込んだのは、王位継承権第一位の彼だけが持つ王璽(おうじ)と呼ばれるもの。王が持つ玉璽(ぎょくじ)に継いで効力のある印だが、まだ使われたことはない。下手に使うと、無駄な火種を産みかねないからだ。


 サニーは意味深な笑みを浮かべる。


 メテオやアレスの集めた噂によると、ヒートはダンクネス王国の王都でも精力的に商売をしていることが分かっていた。手堅く行くよりも、少し賭けに出るような若干荒っぽい商売の仕方をしているが、商品の価値は市場でもかなり高く評価されていて、彼の名前も随分と売れているよ。となると、ヒートの目的など、サニーには完全に見え透いていたものだった。


「離宮で扱う仕入れ商人として、公認の印を与える。これは特別な印だから、十分だろう。代わりにいただく土産は、キプルの実のジャム、最低十瓶だな」

「強気に出たな」


 メテオが呟く。


「早く会いたいから」


 少し俯いて、顔を赤らめるサニー。その後メテオが、これだからリア充は!と心の中で悪態をつくところまでが、最近のお約束である。







 サニーが平民の服を着て頭からマントのフードをかぶり、ヒートの店を訪れたのは夜中すぎ。ダンクネス王国ではちょうど昼食の後といった時間帯だった。


「店主はいるか」


 サニーは出てきた店の奉公人に、腰に下げた剣をチラリと見せる。鈍色の無骨な鞘に収まっているが、分かる者が見ればその価値が理解できるものだ。その奉公人は見る目を持っていたらしく、慌てた様子で店の奥へ消え、すぐに戻ってきた。


「旦那様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 店は貴族を相手にすることも想定されているらしく、巷の平凡な商人の財ではとても築けないような、豪華絢爛な部屋に通された。サニーはフードの下からそれを値踏みし、相当儲かっているのだと確信する。


 ヒートは数分でやってきた。


「お待たせして申し訳ございません」

「いや、待っていたのはそちらの方だろう」


 サニーはフードを脱ぎ捨てた。露わになる銀の髪。色白の肌に映える金の瞳をすっと細める。そして、地底から這い出た悪魔のような声で語るのだ。


「私はダンクネス王国第一王子サニウェル・ダンクネスだ。これから行うのは商談ではない。命令だと心得よ」


 そこにいたのは、ルーナルーナの知らないサニーだった。サニーはすっかり裏仕事の顔をしている。目が合うだけで身が千切れてしまいそうな鋭利さ。様々な場数を経験しているヒートでさえ、すぐには応じることができなかった。


「ようこそおいでくださいました。こんな小さな店にお一人で来られなくとも、お呼びくださいましたらこちらから出向きましたのに」

「そんな前置きは良い。お前の望みは王家との繋がりだな? 知っての通り、私は病弱王子ということになっている。そのため、王城全体への影響力は小さい。それ故、まずは私が住まう離宮に関してのみとなるが、どうだ?」


 ヒートは少し思案する。が、これはフリだけである。彼なりに、いかにすれば最上の条件を引き出せるのか、駆け引きしているのだ。


「恐れながら、病弱設定をそれきりのことで隠しておくことは、些か割に合わないのですが……」

「隠さなくとも、誰も困らない。むしろ、そろそろ国民にも真実を知ってもらった方が良いだろう」


 ヒートもこれには面食らったらしく、作戦の失敗に若干焦りを見せた。


「では、せめて第二王子のオービット様に顔繋ぎしていただくことは……」

「ならん。お前のために、なぜわざわざ王の機嫌を損ねなければならないのだ。私はオービットと会うことが禁じられているのだからな」

「私にそんな秘密を握らせると、ますます増長してしまいますよ」

「あいにく、これも秘密ではない。王城では暗黙の了解だ。残念だったな。それより、ルーナルーナを誘ったというのは真か?」


 サニーからは、一気に殺気が解き放たれた。サニーは、ルーナルーナから王妃のティータイムに商談しにやってきたヒートの様子について、詳しく知らされていたのだ。その場でのやり取りについて、どうしても許せないことがあった。


「彼女は私のものだ。引き抜こうとするとは、良い度胸だな。そんなに私と敵対したいか」


 ここで、ようやくヒートは悟った。今相対しているのは、決してまともな人生を歩んできたシャバの人間ではないということを。その白い外見からは想像もつかない程の黒い歴史が、サニーの背後に薄っすらと見えた気がした。これ以上の駆け引きは命取りにはるかもしれない。だが、ここで引けないのがヒートだ。


「そんな怖い顔をされましたら、彼女も逃げてしまいますよ。彼女は今のようなあなたのことをご存知なのでしょうか?」


 しかしサニーは、それを歯牙にもかけない。


「勘違いしているようだな。ルーナルーナはそんな浅はかな女性ではない。私が後ろ暗いことを任としていることも気づいているだろうし、殺るときは徹底する非情な性格であることにも感づいているだろう。しかし、それら全てを超越して、私を愛してくれているのだ」


 ヒートは、一種の惚気だなと思いながら、ようやくここで詫びを入れたのだった。


「ヒート、本気で悪いと思っているならば、キプルジャムを寄越せ」

「かしこまりました。では、特別にお安くいたします」

「ぬるい。お前は国中の教会の敷地から、キプルの実を取り尽くしただろう? あれは自由に取ることが許されているが、あれはあの木を管理する巫女達の善意の賜物だ。それを踏みにじって彼女達を困らせるということは、庇護している王家を敵にしたも同然」


 サニーは腰の剣を鞘から少し抜いて見せた。


「さて、どれで切れ味を試してみようか?」

「わ、分かりました! 分かりましたので、どうかそれはお仕舞いください! 五瓶無料で差し上げますので!」

「少ない」

「もう、ほとんど在庫がなくなってきているのです。どうかこれでお収めください」


 実は、キプルジャムは別世界を見ることができる麻薬のような扱いが広がり始めていたのだ。値段は瞬く間に釣り上がり、今ではルーナルーナが生涯侍女や下働きとして稼ぎ出す給与を全て注ぎ込んでも、一瓶買えるか買えないかという程の高値になっていた。にも関わらず、一部の貴族や金持ちがこぞって買い上げるものだから、そろそろヒート個人分の確保ですら危うくなっていた。サニーもだいたいの事情は説明されずとも、友人情報で承知の上だが、ここは正念場なのである。


「せめて、六瓶にしろ。ニで割れる数でないと困る。ルーナルーナと分けるのだからな」


(ルナも何かと抜け目のない女性だったけど、その相手がここまで強烈だとは見抜けなったな。大損くらった分、必ずどこかで取り替えさせてもらうぞ)


 ヒートは、疲労困憊の様子で店の奥に向かい、金庫から六瓶と契約の書類を手に取るとサニーの元へ戻ってきた。サニーは書類に王璽を押す。そしてヒートが、これで厄介な客から開放されると思い少し気を緩めた瞬間。サニーからとどめの一撃がやってきた。


「それで、大巫女からはいくらもらってるんだ? 今の商売が成り立たなくなる危険があるのに受けたということは、相当な額なのだろう?」


 ヒートが、しまったと思ったときにはもう遅い。自らの本音は既に顔に出てしまっていた。


「……何のことでしょうか?」

「また会おう。逃げるなよ?」


 ヒートは店の外に出て、サニーの姿が雑踏の中に消えていくのを見送った。


(何なんだ、この威圧感。やはり、王位継承権第一位の名は伊達じゃないということか?!)

 

 ヒートは、自らの足が震えていることに、今更ながら気づいたのだった。



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