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4.すべてを終わらせる為に


薔薇園の中央には、茨で四肢を絡め取られて身動きのとれなくなった魔獣。

そして、突然の事に呆然としている元婚約者達と少女がいた。彼女らは信じられないといった様子でエミリアに視線を向けた。


薔薇の急激な成長。意思持つように動く茨。

この世界の物質を構成する、4大元素の内の1つ『地』を象徴する力。

普通ではありえない、植物を意のままに操る能力を有するのは、その身に魔力を宿す者だけ。




「エ、エミリア…どうして君が…」


「…アロイス様」



「どうして君が魔法を使えるのだ!」



琥珀のような澄んだ橙色の瞳が狼狽で揺れている。幼い頃からの私の婚約者。いや元婚約者。アロイス・ウォーレンは噛みつくような表情でエミリアに対して大声をあげた。



「な、なんで…その力は魔力だろう!」



「えぇ…そうです。アロイス様。


 

 私は魔力持ちですわ」




エミリアは静かに微笑んだ。



魔法の余韻を残すように魔力の粒子が小さな風となって、エミリアの長い髪がふわりと(なび)く。


それと同時に小さく揺れる制服を目にすると元婚約者は酷く表情を歪める。



「し、しかし、君は特進科だろう!」

「えぇ。確かに私は特進科に所属しています」

「なら、なぜっ!」



彼が言わんとする事はすぐに理解できた。

そう、私は王立ネベルチア学園特進科に所属している。

特進科は国の文官を目指す者、領地経営を学ぶ者、そして貴族の見栄のために入学した貴族令息令嬢が在籍している。それ以外の、武を極める者は騎士科へ、そして大陸でも稀少と呼ばれる魔力を有する者は魔術科に所属するのが常である。


魔力は極一部の人間にしか持ち得ない。たいていは10歳頃から魔力が成長過程の体に馴染み始め、能力が開花する。しかし、簡単には魔術と呼べる術を発動できるものではない。4大元素を理解し、(ことわり)を体系立てて理解し、自身の魔力を術式に巡らせ魔術として発動する。それには膨大な知識と長きに渡る修練が必要なのである。

自由自在に魔術を行使できる【魔術師】の称号を得るのであれば、学園の魔術科で入学して魔術について学ぶのが本来の筋道。そもそも、魔力を有しているならば魔術科が所属するのが普通である。


だからアロイスが驚くのも仕方が無い。なぜ特進科のエミリアが、魔術を行使できるのか。彼の頭の中では疑問が疑問をよんでいることだろう。



「なぜ魔術科じゃないのに、君は魔術を使えるのだっ!」

「魔術科に所属しなくても、魔術は使えますわ」

「そんなはずはないだろう!魔力を持つ者は、魔術科に入学する事になっている!」

「…確かに魔術科入学の最低条件は、魔力を有する者。しかし、その理念は【魔術師】育成を主としているはずです」

「だったら、なぜ!」

「…えぇ、だから私には必要ないのです」

「必要ないっ?!どういう事だ!」

「…アロイス様。そもそも貴方様の認識の前提がお間違いなのです」

「はっ?」

「魔術科は【魔術師】を目指す者が入学します。


 しかし、極論【魔術師】の称号をすでに持っていれば魔術科入学は必要のない事なのです」




「はっ?意味が分からない…」と狼狽えながら疑問の声を上げたアロイスの言葉に応えず、エミリアは静かに微笑んだ。



「そもそも聴いてない!君が魔力持ちなんて!」

「…はい、アロイス様には言っておりませんもの…」

「君の父上からも聴いたことはない!」

「あなただけでなく、お父様も知りません…」

「なんだって!」

「…私は、お父様にもこの力の事はお話ししておりません」


エミリアは自分の力について、家族はもちろん、婚約者であったアロイスにも告げず黙してきた。幸いと言うべきか分からないが、エミリア自身が各人に嫌われ距離を置かれていた事、エミリアは無能であると(あなど)られていた状況もあって、誰にも知られる事もなく過ごしてきた。



「いつから、君は!」

「…幼い頃から。あなたと出会ってすぐです」

「なぜだ!なぜ話さなかった!」

「言いたくなかったからですわ…」

「君は僕の婚約者だっただろうっ!なんでっ!」

「…未来を、信じたかったから――」



エミリアはゆっくり瞳を閉じた。思い出さられるのは、幼き頃の自分。

ひとりぼっちの小さな少女。

瞳から溢れた涙と、前世の記憶。


何度も夢を見た。

私が死ぬその瞬間を。


夢で繰り返し起こる悲劇に、混乱と恐怖で何度飛び起きた事だろう。


そのたびに、祈るように自分に言い聞かせてきた。



(だいじょうぶ、だいじょうぶ…)



裏切られた愛、狂った私、そして止まる心臓。


それが、私の未来――


いいえ、私が変えたい未来――



その為に、力を蓄えてきた。



エミリアは静かに瞳をあけ、自分と対面する元婚約者を見つめる。そして彼の横に佇むステラに視線を向ける。



すべてを終わらせる、その為に――



エミリアは突如片腕を空へと掲げた。

アロイスを含めステラ達は今まで気づかなかったようだが、先程から薔薇園の空を、エミリア達の上空を1羽のフクロウが羽ばたいていた。エミリアの合図と共に下降してきたフクロウは、エミリアの腕にはらりと止まった。「なんでフクロウが…」と呟く声が聞こえたが、それには答える事はせずエミリアは小さな訪問者と向かえあう。


小さくてクリッとした紫色の瞳と、エミリアの紫の瞳が混じり合う。

どちらも同じ澄んだアメジストの様な紫の瞳だった。



一瞬でエミリアの頭の中で言葉が再生される。



『…男爵、邸――捕縛…押収、――完、了』



そして、最後の言葉が終わるとエミリアはフクロウの頭をそっと撫でた。撫でられて気持ちよさそうに目を細めたフクロウに「ありがとう」と言葉をかけると、返答するようにホゥと鳴く。それを合図に、エミリアの腕に止まっていたフクロウがパラパラと砕けるように姿が崩れていく。


空気中に溶け込むように消えていくその光景を見た魔法少年が呆然としながら『伝達魔法…』と呟いた。


伝達魔法はその名の通り、遠くにいる相手に言葉を伝える魔法だ。この世界の通信手段が手紙で主流である事を考えると、伝達魔法は機密性の高い伝達手段となる。騎士団や王宮で通信手段として手紙や伝書を携えた鳥による通信手段もあるが、重要機密などの伝達をする場合は特にこの伝達魔法が使われる事が多い。

蝶や鳥など動物のかたどった姿をしており、周囲の環境に溶け込みやすく、確実に相手に届け、伝えたい内容を直接相手の脳内で再生し、情報漏れの心配もない。確実で便利である伝達手段であるが、いかんせん魔法である。


魔力を持った【魔術師】でないと創れないモノ。


それも能力の高い(・・・・・)魔術師――違和感の感じさせない動物を模する想像力、届ける人物を探し出す探知能力、間違いない相手へ確実に届ける識別認識力、それぞれを着実に魔力に練り込み創りあげる魔術を施せる者にしか扱う事の難しい魔法。地上にある4元素の力を借りて行う魔術より、創造を行う魔術はさらに技術がいる魔法である。


稀少性・重要性の高い伝達魔法はエミリアの元へ舞い降り、エミリアの言葉とともに術が消え散った。術の消失は、それを施した術者にしか解くことができない――


一度ならずも、二度も目の前で行われた魔術。ついでに、二度目の魔術の難易度からもエミリアが少し魔術をかじった程度ではない能力者である事が分かる。


ステラ達は頭の中で、先程エミリアが話した言葉を思い出す。



《【魔術師】の称号をすでに(・・・)持っていれば魔術科入学は必要のない事なのです》



魔力を持ち、すでに難易度の高い魔術が使える。

つまり、彼女は…。

それらから導き出される事実に、ステラと彼女を取り囲む男達は愕然とした。



「信じられないっ!」


「なんで、あんたがそんな力をっ!」



声高く叫ぶようにステラが言葉を発する。いつもの可愛らしい表情を今は酷く歪めて、エミリアを激しく睨み付けた。




「すべてを終わらせましょう」



エミリアはすっと背筋を伸ばし、ステラの方へ一歩踏み出した。



「ステラ様…、いえ、ステラ・バラーク。」



目元を細め、ステラを冷ややかなな表情でじっと見つめる。


エミリアは伝達魔法によりもたらされた情報を頭の中で反芻する。



彼女は――


ステラは、やってはいけない事に手を出してしまった――



「あなたのやった事はすべて分かっております」

「な、なによっ!すべてって!」

「あなた犯してはならない罪を行っていましたね」

「罪ですって!?」

「えぇ。明らかになっている事ではあなたの学園における成績の不正」

「変な言いがかりはやめてっ!私が優秀だから、嫉妬しているのでしょう!」

「いいえ、事実です。証拠も揃っております。あなたの誘惑に負けてしまったある教授が、試験内容の漏洩やあなたの成績の改ざんを認めています」

「な、なによそれ!し、知らないわ!」



ステラが否定しても、その教授はすでに学園側の事情聴取を受けて不正の事実を認め、解雇が決定している。



「そして、あなたのご実家の罪」

「…っ!」


ステラは驚愕した様子で、エミリアの言葉に息を詰まらせた。エミリアからその言葉が出るとは思っていなかったのだろう。訝しげにエミリアを睨み付けるが、その瞳は動揺で少し揺らいでいる。心あたりがあるのだろう。



「あなたのお父上ブラットリ-・バラークは国への税収虚偽申告・横領、魔獣使役の禁忌術含めた闇取引など複数の罪を犯した容疑により先程騎士団により拘束されました」

「なっ!」

「あなたはお父上が罪を犯している事を知っていましたね」

「…っ!」

「そして、あなた自身もそれに関与していましたね」

「し、知らないわっ!」

「あなたのご実家から数々の罪の証拠も発見されております。その中にはあなた部屋から見つかった物もあり、あなたの自筆の物も含まれています」

「なんで!私は、関係ないっ!」

「嘘はおやめください」



「ステラ・バラーク。あなた自身も関与した可能性が十分高く、令状が出されております」




エミリアの言葉が終わるやいなや、薔薇園の入り口からバタバタと地を蹴る音が迫る。剣を携えた、黒色の騎士服に身を包んだ男達。その胸には、王国騎士団を表す紅い宝玉で施された記章が飾られている。

エミリア達のいる場所まで近づくと歩をゆるめ立ち止まった。彼らは茨で身動きを封じられた魔獣がいる事を把握すると、腰に下げていた剣鞘からするりと抜刀する。その瞳は真剣ですでに戦闘態勢をとり、エミリア含めステラ達を囲んだ。

それに反応できたのは、ある意味彼ら騎士団と接する機会がある武闘派と呼ばれ、王族でもある第二王子であった。



「お前達っ!なんなんだ!」

「恐れながら、殿下。我らは王国騎士団第1部隊であります」



王国騎士団。ネベチア王国の治安と秩序を守るため、武力を持って制する組織。騎士団は、騎士団長を筆頭にいくつかの部隊に分かれている。王族を守る近衛部隊、諜報部隊、王宮内警備部隊、王都を保安をする部隊など。その数ある部隊の中でも、エリート中のエリート。騎士団の並みいる猛者達の中からさらに精鋭を集めた戦闘能力随一の部隊、それが第1部隊である。


エミリアは内心驚いた。

どうして第1部隊―?伝達魔法で得られた情報にはない事であったからだ。そもそも、ステラ・バラークの父親、バラーク男爵の捜査は王都内を保安する部隊が捜査を担当していたはずだった。いくら第1部隊がその能力の高さゆえに他部隊の管轄へ介入できる特権を持っていても、まさかこの事件に介入してくるとは思わなかった。


そんなエミリアをよそに、駆けつけてきた騎士達の先頭にいた者が厳しい表情で告げる。


「ステラ・バラーク。あなたに令状がでております」

「嘘よ!」

「いいえ、事実です。あなたが、お父上と結託して行った数々の罪の証拠もご実家から発見されています」

「そんなの嘘よ!」



エミリアが先程彼女らに告げた言葉と同じ事を繰り返す。しかし、今度はエミリアと違ってしっかりとした実権を持つ騎士団によるものだ。逃れる事はできない。ステラもその事に気づいているのだろう。


彼女は、自身を取り囲んでいた男達の中の一人にぎゅっと抱きついた。その拍子に、彼女がはめていた3つの銀縁の腕輪がちゃらんっと鳴る。3人の男性達の心を掴んでいる証しであるその腕輪は、彼女にとって力強い保障の(しるし)。ステラは「バージル様!」と庇護欲のそそるような声で第二王子の名前を呼んだ。この薔薇園にいる誰よりも身分の高いその名前を。

それに答えるように、意志の強そうな瞳で第二王子は声高く叫んだ。


「貴様っ!彼女を疑うのかっ!」

「疑うも何も証拠が発見されております」

「何が証拠だっ!そんな物関係ない」

「殿下、令状があるのです。そちらのステラ・バラークを引き渡しください」

「させるかっ!そもそも貴様らに何の権利がある!」

「殿下、我らはきちんと令状を(うけたまわ)っているのです」

「だから、彼女は無実だ!彼女の事をよく知っている俺がそう言うのだから間違いない。第二王子である俺に楯突いてただではすまぬぞ!」

「…殿下」

「そもそも誰の指示だっ!」


第二王子と話していた騎士が大きくため息をつき、懐から1枚の紙を取り出し私を含めたステラ達全員に見えるように掲げた。令状にはステラの名前、そして一番下に令状の責任者の名前が記されている。その名前を見て、この場にいる者達は目を見張った。


「王太子殿下直筆の令状でございます」

「なっ!」

「そんなっ!」


ネベチア王国における王の次に、権力を有する者。王太子の名前が書かれた書状は、この場にいる誰にも覆す事のできない命令であった。そもそも貴族といっても一介の男爵が犯した罪、そして男爵令嬢に出された令状にしては通常ありえない事だ。王太子の直筆のサインなど、身分が高すぎる。

なぜ王太子が…という疑問は残るが、この場においては好都合である。ステラを庇う、第二王子にも口答えは許されない。


「ステラ・バラーク、素直に投降してください。さもなくば、手荒なものとなっても致し方ありません」


鋭い剣を構え直した騎士に、ステラに残された道は投降しかない。

ステラはうつむき、体を震わせた。




「なんなのっ!なんなのよっ!」




最初は小さな呟きが、大声になっていく。ステラはバッと顔を上げ、エミリアを激しく睨み付けた。




「知らないっ!知らないわっ!こんな展開っ!」


「こんなの、ゲームにないわっ!」


「そもそも、なんであんたなんかが魔力を持っているのよ!」


「そんな設定なにもなかったわ!」


「なんでっ!なんであたしが追い詰められているのよ」


「あんたねっ!」


「あんたが、ルート通りに動かないから!」


「すべては、あんたが死なないからっ!」



ステラが叫んだと同時に、魔獣の大きな唸り声が叫び響いた。地に響く恐ろしい声だった。

今までの様子とはちがい魔獣本来的の獰猛性を主張するかのようで、エミリアはすぐに魔獣がステラの使役から解き放たれたことに気づいた。


使役の術が解かれた先は、目に見えている。凶暴な魔獣による、縦横無尽な残虐な被害だけだ。


暴れようとする魔獣が動きを抑制する茨から逃れようと怒り狂う。魔獣の鋭い牙が、魔獣の四肢に幾重に絡みついていた魔術によって造られた茨に向い、自身の足を傷つけながら、あっと言う間に数本の茨が千切ってしまう。そして、魔獣が激しく動いた事で茨に若干の隙間ができる。




魔獣が解き放たれてしまうーー




エミリアは焦りながらすぐに魔術を施行できるように左手をかまえようとした、その時だった。





「油断すんな」




耳元に低い声が降り注いだ。

そして、体の後ろからがっしりと抱きしめられた。エミリアを守るように強く力を入れており、服を伝って背中からじんわりと温かさが伝わってくる。突然の事に、エミリアは大きく目を見開いた。


そしてエミリアの視界に、キラリと鈍い光が一瞬にして横切る。


それが、鋭利な剣であるのを悟る時には視界の先で魔獣の飛び散った真っ赤な鮮血と、魔獣の首が空を舞っていた。


切り離された胴体がズシリと音を立ててゆっくりと倒れた。周りにはじわりじわりと血溜まりが広がり、魔獣はピクリとも動かなくなった。魔獣が絶命した事は目に見えて明らかで、エミリアは突然の事に驚きつつも詰めていた息をホッとこぼす。



(良かった…、誰も傷つかなかった――)



これで獰猛な魔獣が誰かを傷つける心配はなくなった。

私を抱きしめて守ってくれた人物も、それが分かったのか力をぬき、エミリアからゆっくりと体を離していく。そして、エミリアは自分を魔獣から庇ってくれた人物を見るために、顔を見上げた。




「よぉ、やっと会えたな」




黒い短髪に、黒曜石のような鋭い瞳。

見上げるような長身に、がっしり鍛えられた肉体。

身に纏うは、黒を基色とした軍服。王国騎士団の制服。

紅い記章の隣には、部隊長を表す胸章がきらりと輝いていた。





「約束を果たそうぜ、朧月(おぼろつき)





鋭い眼差しで、瞳はエミリアの姿を映っていた。



彼は意地悪そうな表情で、不敵に笑った。




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