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2.物語は簡単には終わらない

エミリアは、自分に与えられた寮の一室で窓辺に立っていた。大きく波打つ長い髪はきちんと整えられ、綺麗な制服に身を包み、温かい朝日に当たりながら今日の始まりを実感する。手には一通の手紙が握られていた。

封筒の裏を見るが、差し出し人の名前は書かれていない。裏の隅にうっすらと文様の様な透かしが入っているだけ。エミリアはそこをゆっくり手でなぞりながら、小さい声で短い言葉を呟く。まるで詩を歌うように。それを終えると、封を切り手紙に目を通した。


『エミリア・セドラーシュ様

 アロイス様の事で大事な話があります。

 昼の刻、薔薇庭園までお越しください。

 来ないと、後悔することになりますよ。』


エミリアは手紙を読み終えると、そっと窓枠から覗く外の景色に視線を向けた。朝日に照らされる木々は青々と茂り、風によってふわりと揺れていた。3年間過ごしてきた寮の部屋から眺める景色も、あと僅か。運命の時を終えた今、私に残されたのはこの命と卒業までの僅かな猶予の時間。のはずだった…



「物語は簡単には終わらないのですね…」



アロイス様から婚約破棄されてから3日目の朝の事だった。



*****


王立ネベルチア学園。学園の東の一画に薔薇庭園は存在する。その昔、薔薇好きな宮廷魔術師が研究の為に国内外から集められた数百種類の薔薇をその方の引退とともに学園に寄贈したものだ。今でもその薔薇たちは丁寧に手入れされており、芳醇な香りと瑞々しい色鮮やか花弁を咲き誇っている。

エミリアはアーチ状に蔦が絡まった薔薇の間を潜り抜ける。薔薇庭園の入り口のアーチを過ぎると、空がひらけた場所に出る。そこは色とりどりに薔薇が咲き乱れてた。花は見頃。薔薇の美しさに引き寄せられ、その美しさを見ようと訪れてた生徒達がちらほらを見受けられた。エミリアはその中から目当ての人物を探すように瞳を細めた。



(いた…)



見えたのは後ろ姿。

金色の髪がさらさらと、彼女の首筋でなびいていた。

そしては、彼女はゆっくりと振り向いて私を視線が合う。


「来てくれたんですね、エミリア様」

「お待たせして申し訳ありません……ステラ様」



ステラはとても可愛らしい笑顔で私に笑いかけた。



「私に何のご用でしょうか」

「あら、手紙にも書いたでしょ?」

「アロイス様の事とは何でしょうか?」

「決まってるでしょ、エミリア様とアロイス様の婚約の話ですわ。エミリア様、本当に私達の仲を認めてくださるのですか?」

「認めるも何も、私にはもうそんな権利はありません」

「エミリア様は婚約者なのでしょう?」

「婚約破棄がすでに決まった事なのであれば私はそれに従います」



婚約は家と家との契約である。

アロイスからすでに婚約破棄されている事を聞かされた運命の日の翌日、エミリアは領地から王都の屋敷(タウンハウス)を訪れた父に急遽呼び出され婚約破棄となった事を再度聞かされた。罵詈、雑言をともなって。家族から嫌われていた私にとって、その後ひどく哀しい結末を迎えたのだけど、それは今は関係の無い話。ただはっきりしている事は、家長である父の決定は絶対で、家同士で決裂した婚約破棄は覆らない。


エミリアは一息つき、辺りを見回す。

薔薇園は生徒達に常に開放されいる。今はエミリアとステラ以外にも、ちらほらと他の生徒の姿が見られた。薔薇の合間に置かれたガーデンテーブルでおしゃべりに興じる令嬢達、木陰で居眠りしている騎士科の男子生徒、薔薇の花を観察しては手元の紙に熱心に書き込んでいる魔術科の女生徒、恋人同士なのだろう微笑みながら薔薇鑑賞をしている男女。皆ほどよい距離でそれぞれの時間を過ごしているが、人目が多いのが気になる。


「ステラ様、個人的な話、ましてや婚約など貴族の沽券に関わる話であればもっと静かな場所でお話ししましょう。ここでは人が多すぎます。」

「あら、それは好都合ですわ」

「え…」

「人の目に触れるからこそ、私にとっては好都合なのですわ」

「好都合?」

「だって、騒ぎになるでしょ」

「ステラ様、何をなさるつもりなのですか…?」



「正しいシナリオに戻すだけですわ」




ステラはニヤリと歪んで笑った。

その直後にエミリアの視界に入ったのは、ステラが鈍く光るナイフを握りしめ、ステラ自身が己の左腕にナイフを振り下ろした姿だった。



「きゃああああー!」


ステラの甲高い悲鳴が薔薇園に響き渡る。

彼女の制服の左腕は鋭利なナイフで切られ、破けている。ナイフは彼女の足元に投げ捨てられていた。その状況で、彼女と対峙しているのは私だ。


エミリアは瞬時に悟った。


彼女が私を呼び出したのは、中途半端に終わったアロイスルートの続きを完璧な形で終わらせること。エミリアが選ばなかった未来を、無理矢理作ろうとしている。


例えそれがステラの自作自演であっても。


ステラの制服はナイフで切られたといっても、そこに血は滲んでいない。そもそもこの学園の制服は子息令嬢達が着用するとあって仕立ての良い物だ。生地も上質。厚めに作られており、彼女の皮膚までは傷ついていなかった。それも計算のうちであろう事は明白だった。

悲鳴を聞いた、薔薇園にいた生徒達が何事かとエミリアとステラの方を驚いた様子で見ているのを視界の端に映った。そして、薔薇園の入り口から複数の影が私達に近づいてくる。

エミリアはぎゅっと制服の端を握りしめた。



「「「ステラ!」」」



薔薇園に新たに現れた3人の男性達。ステラの名前を呼びながら駆け寄ってくる。そして、ステラを守るように囲むと、エミリアを鋭い目つき人睨み付けた。


「貴様、ステラに何をした!」

「僕のステラに何するっての?」

「エミリア、ステラに何をするつもりなんだ!」


第二王子に、魔法少年、そして私の元婚約者。見目麗しい、優秀な男性達。

乙女ゲームの攻略対象者達の揃い踏みだ。



「アロイス様!それにバージル様!クリスも!」



元婚約者 アロイス・ウォーレン

武闘派第二王子 バージル・ウェル・ネベチア

魔術の天才 クリス・コーエン



ステラは彼らに囲まれると一瞬驚いた表情をみせたのにエミリアは気づいた。

彼女にとって、3人の男性達がこの場に訪れるのは予想外であったのだろう。「皆どうしてここに?」と話すと、答えたのは第二王子だった。「アロイスから、ステラの書き置きを見せられてな。悪い予感がして3人で来たんだ」と言うと、それ同意するかの様に他の男達も頷いた。

本来のステラの思惑は、アロイスがこの場に来ることでエミリアの狂気を知りステラを守るため、私を殺す事。しかし、なぜかアロイスだけでなく第二王子や魔法少年まで集まってきてしまった。ステラにとっては予想外であったが、彼女は好機ととらえたのだろう。小さく嗤うとすぐに悲しみの表情をつくり、3人の男性達に抱きついた。



「私、エミリア様に呼び出されて…消えろって、死ねって…」

「貴様、そんな酷い事を!」

「君が消えればいいじゃん」

「エミリア、僕が君を見向きもしないからってステラに辛くあたるなんて!」



3人の男達はその麗しい顔で鋭くエミリアを睨みつけた。エミリアはその気迫に負けないように、まっすぐ前を見つめ口を開いた。




「私はステラ様に酷い言葉はもちろん、手をあげてなどおりません」

「嘘をつくな!」

「嘘などついておりません。」

「見ろ!現にステラの左腕は切られているではないか!」



今にも噛みつきそう勢いで、バージル殿下が言いつのる。切りつけられた制服。足下に落ちた小ぶりのナイフ。怯えるステラ。状況から見ると、いかにもエミリアがステラを襲ったような状況だ。


でも、私はやっていない。



「1ついいですか?アロイス様、私の利き腕はどちらでしょうか?」

「左だっ!それがどうしたんだ!」

「えぇ、私は左利きです」



さて、ここからが反論の時間です。



「バージル殿下、冷静になってください。貴方様にはすぐお分かりになるはずです」

「俺は冷静だ!」

「殿下、ナイフで切られたのは左腕です。」

「そうだ!お前がステラを切ろうとしたのだろう!」

「いいえ。私は左利きです。考えてください。ステラ様が切られているのは左腕」

「だから何なのだ!」

「左利きの私が向き合ってステラ様を襲おうとしてナイフを振り下ろしたのであれば、切られるのは彼女の右腕のはずです」

「…っっ!」

「剣を扱う殿下ならすぐにお分かりになりますでしょ?」

「……」

「それは…、その時だけ、右でナイフを持っていたわ!」

「なぜそのようにする必要があるのですか?襲おうとしている時に、わざと利き腕ではない手でナイフを握るなんて意味がありません」

「でもっ…!」


ステラは言葉に詰まった。エミリアに痛いところを突かれたらしい。わめき立てる彼女に対して、殿下は言葉に詰まった。武術派といわれる殿下。剣術を扱う者として、その剣筋も見極められなかった屈辱か。それとも愛する女性(ステラ)の言葉に一抹でも疑念を抱いたのか。どちらかは分からないが、彼から次の言葉は紡がれなかった。



「でも、私、エミリア様に呼び出されたんですっ!彼女は私を傷つけるつもりで呼び出したんだわ!」

「残念ながら、私も呼び出されてここにおりますわ」

「嘘っ!私がエミリア様に呼ばれたんです!」

「…証拠もありますわ」

「証拠!?そんな物ないくせに!」


エミリアはそっと制服の懐から一通の手紙を取り出す。ステラはその手紙を見て「なんでっ!」と目を見開くのを尻目にエミリアは言葉を続ける。


「ステラ様、そしてクリス様、この手紙、いえ、封筒は見覚えはありませんか?」

「そ、それは僕がステラに渡した…」

「えぇ、分かりますよね、術者なら」


エミリアは魔術科で天才と言われているクリスへ視線を向ける。彼の隣では、元婚約者と第二王子が首を傾げた。私の言っている言葉の意味がすぐには分からないのだろう。彼らにとっては専門外の事だからだ。


「この手紙には術がかけられていたのです」

「術?なんのだ?」

「手紙を読み終わったら、塵となって消えてなくなるようにと」

「消えてなくなる?それが何の意味がある?」

「そうですね、例えば中身の内容が他者に見られて欲しくない時」


エミリアは、ステラを守るようにして囲っている男性達に手紙の内容を見えるようにして、手紙を掲げた。



『エミリア・セドラーシュ様

 アロイス様の事で大事な話があります。

 昼の刻、薔薇庭園までお越しください。

 来ないと、後悔することになりますよ。』


男性達はその手紙を食い入るように見る。すぐに反論があるかと思われたが、黙り込んだままだ。見覚えがあるのだろう。


「ずいぶん特徴的な字をかかれるのですね、ステラ様」

「私の字じゃないっ!これは罠だわっ!嵌められたのよ!」

「では、この封筒はどう説明いたしますか?この封筒はクリス様が術を施した特別な物ですよね。それもあなただけにお渡していた物」


多分魔法少年クリスとステラが手紙を秘密でやりとりするために渡した物なのだろう。秘密は時として、愛を燃え上がらせるスパイスとなる。まぁ実際はステラにとって証拠も残らない手紙は他の攻略対象者に気づかれなくやりとりができる優れものであっただろうし、魔法少年クリスにとっては自分の魔法力の高さを愛するステラに披露できる機会であっただろう。

魔術科1年生にして、その優秀さから卒業後はすぐに【魔術師】の称号を得るだろうと言われているクリス。魔力量も多く、魔術式展開も今はまだ荒っぽさ残るがこのまま学園で学ぶ事で洗練されていく事だろう。そんな彼も、恋する少年。好きな相手―ステラには良い所を見せたいと、魔術を施した手紙を渡したのだろう。


両者にwin-winをもたらす(てがみ)。しかし、それは今この場面では魔術が施された封筒は今や諸刃の剣になる。



エミリアは小さくため息をついた。

これ以上は無駄なあがきだ。婚約者含め、男性陣は今のやりとりでステラに小さな疑問を抱いている。それで十分だ。小さな綻びは、彼女の嘘を暴く。それを彼女も気づいているのだろう。悔しそうな表情をして、エミリアを睨んでくる。




「ステラ様、もうお止めください」



静かに告げるエミリアはステラを見つめる。


もう諦めて欲しい。

ステラが望むルートは辿らないんだと気づいて欲しい。


そう願いながらエミリアは忠告した。

しかし悔しいそうな表情をするステラの瞳にまだ熱が消えていない事に気づき、エミリアは嫌な予感がこみ上げてくる。エミリアが(おのの)いた事に気づいたのか、ステラはニヤリと嫌な表情を見せた。残念な事に、攻略対象者の男性達にはステラが抱きついているためその表情は見えないのだが。



「きゃぁ!」と大きな声でステラの悲鳴が上げる。

ステラが震えるようにして腕を上げ、指さした先には1匹の犬の姿。


その姿を目にした瞬間、エミリアは体が凍り付いた。



(ステラ様、あなたはここまでするのですか…?)



今回の騒動を見ていた薔薇園にたまたま居合わせた生徒達の悲鳴が辺りに大きく響きわたった。バタバタと逃げ惑う姿が視界の端に見える。



草むらから出てきたであろうそれは、たかが犬ではない。

目は血走り、口元から鋭利な牙が見え隠れしている。低い唸り声を響かせながら一歩一歩こちらに近づいてくるが、その動きとともに口角から涎が滴り落ちる。地面を踏みつける足には人をいとも簡単に傷つけてしまう鋭い爪。そして、何よりその特異性はその犬が纏う黒い瘴気。この黒い瘴気を纏うモノをこの世界ではある名称で呼ばれている。



「魔獣…」



【魔獣】。黒い瘴気を纏い、強靱な身体能力を有し異常なまでの攻撃性で人や家畜を無差別に襲いかかる凶暴な獣。あまりの獰猛性ゆえに討伐が難しく、存在が発見されれば戦闘のプロである騎士団の討伐対象となる。偶発的に発生する魔獣ではあるが、人里の、しかも王都にいる事などほとんどない。王都は王のいる権威ある場所として、騎士団と魔術師達の本部がある事もあり街の保安に徹底を尽くしている。ましてや、未来を担う優秀な若者達、特に貴族令息やご令嬢が通う安全に守られている学園になど居るはずもない。


実はエミリアと魔獣は切り離せない関係性を持っている。

婚約破棄されたエミリアがステラを襲い、エミリアが死ぬルート。

その1つに魔獣を使ってステラを襲い、それがエミリア自身に跳ね返り、食いちぎられるルートが存在する。


しかし、エミリア自身が事を起こそうなどとは一切望んでいない。当事者である私が、魔獣を学園に引き入れていない現実で魔獣がこの場に現れるなどとは思いもせず驚きを隠せない。

もし仮に、魔獣が王都に迷い込んだとしてもここは王都だ。先程も説明したが騎士団と魔術師の本部がある王都は彼らによって魔獣は速やかに駆逐される。彼らの目をかいくぐって進入した魔獣が、偶然にもこの学園にも現れるだろうか。いや、愚問だろう。


誰かが連れて来なければ、獰猛な魔獣はこの場所、この時間にエミリアの前に現れたりしない。



(ステラ様、あなたはここまでするのですか…?)



呆然とするエミリアに、悲鳴を上げたステラの金切り声が続いた。


「あなたなのね!あなたがその魔獣を連れてきたのね!」

「私ではありませんっ!」


ステラは恐ろしい者を見るような瞳をしてエミリアを指さす。それを、エミリアは強く否定する。


「私を殺そうとしてその魔獣を差し向たのね!」

「なぜ、私が…」

「口では婚約破棄を了承していても、やっぱりアロイス様が好きで恋敵の私が憎いのですね!」

「その様な事はありません!」

「嘘よ!私が憎いのでしょ!だからって私を殺そうとして魔獣を使役するなんてっ!」



薔薇園に現れた魔獣は低い唸り声を上げている。

黒い瘴気を辺りに身に纏う姿はひどく恐ろしい。薔薇園の中央にいる、エミリアや元婚約者達そしてステラを威嚇的な瞳で睨み付けている。人をいとも簡単に噛みちぎそうな牙は、チラチラと見え隠れしていて恐怖心をさらに煽った。

その姿はまるで威嚇しているかの様である。しかし、魔獣をよく見ると違和感を感じる。目の前の魔獣は、薔薇園に現れてからまだその場から一歩を動いていない。同じ位置に止まり続けているのだ。犬で言う『待て』をしているようだった。本来、魔獣は縦横無尽に暴れ回り物や人を襲う獰猛な生き物である。それが人という餌を前にして、大人しく立ち止まったままでいられようか。


まるで魔獣が誰かに使役されていて、合図を待っているかのようだった。


「魔獣を使役するなんて…私ではありませんっ」

「エミリア様なら魔獣を操れるはずよ!」

「ですから、私はやっておりません!」

「いいえ、エミリア様のご実家は薬草の産地として有名だわ!あなたなら手に入るはず、マギ(・・)の葉がっ!」



エミリアはその言葉を聞いて、眉をひそめた。

確かに、エミリア・セドラーシュの実家、伯爵位を承るセドラーシュ家の領地は貴重な植物が多数存在する資源豊富な森を有している。植物には無限の可能性があって、それは良薬にも、毒にも変化する。

マギの葉もその1つもで、とても稀少な植物である。清涼な水の水源の近く、日陰でありながら月光がよく当たる場所でしか育たないと言われ、植物の宝庫と呼ばれるセドラーシュ領でも極一部にしか採取できない植物。名前や生息地はもちろん、薬効や使用方法自体を知っている人なんて滅多にいない。


「……ステラ様、なぜあなたがマギの葉の事をご存じなのですか?」

「えっ?」

「なぜ、魔獣を操れる特殊薬を作るためにぜマギの葉が必要だと知っているのですか?」

「み、みんな知ってるわっ」

「そもそも一般的に魔獣は偶発的に発生して人々を襲うとされます。どうして、魔獣が使役できるという発想ができるのですか?」

「えっ!」

「魔獣を使役できるなんて一般人は知らない事実です」

「そんな事ないわ!」

「いいえ、国の脅威となる魔獣がある特殊な薬と魔術で使役できるという事は国の最重要機密事項です。知っているのは国の上層部のほんの一握りです。そして薬草を管理する一族。そうですよね、バージル殿下?」

「そ、そうだ…」

「では、殿下がステラ様に教えたのですか?」

「そんな機密情報を教えることはないっ!」

「では、クリス様ですか?」

「ぼ、僕はそんな事ができるなんて知らない…」

「そうでしょうね。いくら魔法の天才とはいえ、それはこの学園の中だけの事。実際はまだ学生ですもの」

「うっ…!」

「では、ステラ様。たかが男爵家の令嬢がなぜその事をご存じなのですか?」



エミリアは鋭く、ステラを見つめた。

先程までのエミリアを嵌めようとするのはまだ許せる。エミリアが無実を証明すれば、私以外は誰も傷つかない。けれど、魔獣を利用しようとするなど許されるものではない。獰猛で凶猛。人を容易く傷つけ、殺す事ができる。ここは数多くの生徒達が在籍する学園。もしその中に、危険な野獣が解き放たれた場合生徒達は抵抗もできず多くの死傷者を出し、被害は甚大になる可能性がある。



「ステラ様、もうこれ以上は愚かな真似はおやめください」



冷たい声色でエミリアが告げる。



「な、何を言ってるのよ!私じゃないわっ!私に擦り付けないでよっ!」

「そうだ!ステラに罪を擦り付けるな!」


ステラを今だ囲み庇い立てる婚約者含めた男性達に呆れてくる。そこまで私が嫌いなのか。そしてなぜそこまでステラに対して盲信していられるのか。


これが愛のなせる事なのだろうか。




穏便に済めばよいと思っていた。


でも、彼女(ステラ)はそれを望んでいない。


どこまでも彼女はシナリオ通りである事を望んでいる。


エミリアが死ぬ、狂った愛ルートを。



ならば現実を見てもらいましょう。



「ステラ様、終わりにしましょう」



エミリアはゆっくりと左手を胸の前に掲げた。

この場には風なんてないはずなのに、突然エミリアの周りに小さな風がふわりと舞った。エミリアの長い髪が頬を撫で、制服のスカートが揺らめく。


すぅっと、息を吸い、小さな言葉を連ねていく。

歌うように、祈るように。


すると左手から淡い光が灯り出した。光の中心には、特殊言語による文字で構成された円図式が綺麗に輝き浮かび上がる。



エミリアのこの不可思議な行動に、男達やステラは息を呑んだ。この意味を悟らない者は居なかった。なぜなら、仮にも最高教育機関に所属する生徒であると同時に、自分達の居る場所で起こる異変に気づいたからだった。


最初は薔薇園で咲き誇っていたそれぞれの薔薇が小さく揺れた。サワサワと音がしたかと思うと、葉や茎が揺れ、それが著しく成長し始めた。鋭い棘がついた茨が伸び始め、意思を持っているかのうように動き出す。その先は薔薇園の中央。エミリア達がいるその場所だった。


勢いよく成長する茨は、黒い瘴気を伴った魔獣に勢いよく絡めついた。

魔獣の四肢に巻き付いた茨は、動きを封じるように鋭い棘が深く締め付ける。魔獣の恐ろしい怒りの様な慟哭が薔薇園に響き渡った。魔獣は茨から逃れようとするが、幾重にも巻き付いた茨から逃れる事もできない。どうもがこうとも、足に巻き付いた茨が邪魔になり一歩も踏み出す事ができずただその場に土煙だけが舞っている。


完全に魔獣の動きが封じられた。

薔薇園にいた元婚約者達の視線は魔獣からエミリアに移る。その瞳は驚愕を隠せきれない。特に男達に守られるようにして佇んでいたステラは目を大きく見開いた。そして、その可愛らしい相貌を崩し、キッとエミリアを睨み付た。怒りからか大きく肩を奮わせ、エミリアに向かって大声で叫ぶ。




「なんでっ!なんで、あんたがそんな事できるのっ!?」




「だって、あなたは無能なはずっ!」





私は静かに微笑んだ。


彼女の言葉を否定するように。


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