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1.運命を変える時

大陸の東に位置するネベチア王国。

大陸でも有数の肥沃な土地を持つその国は、建国から幾度となく近隣諸国から争いを仕掛けられてきた。その度に知力、武力、魔力を用いてそれらを退け(しりぞ)国を守ってきた。人々は言う、【剣と魔法の国ネベチア王国】と。




王都ルチアには、国の中枢と言える建物が数多く存在している。その中でも重要な拠点と上げられる場所がある。美しさと荘厳さを備えた、連なる宮殿。

中央には、王都と呼ばれる所以である、王が御座し国の行く末を決め政事を執り行う【天宮殿】。その左右を堅守するようにそびえ立つ、国の安全と秩序を守るため、武力を持って制す王国騎士団の本部【陽宮殿】。国の安全と文明技術発展のため、魔力を持って行使する魔術師達の総本部【月宮殿】。


そして最後に、王都の端。森に隣接した広大な敷地を持つ、国の次世代となる若者達を育てる最高教育機関【王立ネベルチア学園】。


13歳から社交界デビューとなる16歳までの3年間を知識、教養、社交力、そして各人それぞれの能力に併せて学ぶ全寮制の学園である。学園は男女共学としており、王国騎士を目指す「騎士科」、魔術師を目指す「魔術科」、国の政事や領地経営担う文官や能力を育成する「特進科」の3つの学科のどれかに所属する事となる。

国の名前を冠する学園は、国を支える者を育てるとあってその教育水準はとても高い。それゆえ能力の秀でた者が多く、幼い頃から教育を受けている貴族の子息令嬢が多いのが特徴であるが、平民もいないわけではない。この学園は身分に関係なく優秀者を求めているからだ。

頭脳が賢いか、剣術が秀でているか、大陸でも希少な魔力を持つ者か。このどれかの条件を満たしていなければこの学園は入学を許されない。最高峰の教育を施すとあって入学を求める者は多く、得られる能力も大きい。


この学園を卒業する事は優秀さの証と、将来を約束された証でもあった。

広大な敷地と格式ある学舎。

年若い少年少女達。

しかし、たとえ最高峰の教育の場であっても、思春期特有の劣情が絡まり合うには最悪な環境ではないだろうか。



例えばこんな風に。





「エミリア、君との婚約を破棄させてもらうよ」



ウェーブかかった肩までの亜麻色の髪に、琥珀のような澄んだ橙色の瞳。制服をすらり着こなした長身。女性受けのするタレた目元に色気を零す甘い美貌。



彼の名前はアロイス・ウォーレン。


私、エミリア・セドラーシュの婚約者である。


セドラーシュ伯爵家第3子として生まれた私の幼い頃からの婚約者。

同じ年と言う事もあり学園でも、同じ第3学年特進科に所属している同級生でもある。ちなみに私は特進科といっても文官を目指しているわけでもない。最高教育を施す学園に在籍するというある種のステータスのため、貴族にありがちなプライドで身を寄せている。

ちなみに一部の本物の秀才以外の貴族の令嬢達は特進科に所属するのが常である。貴族の令嬢達にとって学園は出会いの場であり、花嫁修業の場であるからだ。しかし、学園生活でただ遊び惚けて過ごしているわけでもない。いくら出会いや花嫁修業の為とはいえ、そこは貴族の令嬢。それぞれの家の誇りを背負い、自身の能力を高めるため勉学に勤しんでいる。私も例にも漏れず学園入学から真面目に頑張ってきた。

そして、それもあと数日で終わるという時期に事件は起こった。


学園を卒業するまであと数日となる、ある昼下がり。

珍しく婚約者から会って話がしたいという言付けをもらい、エミリアは学園内の静かな庭園の一画に足を運んだ。待ち合わせ場所に現れた婚約者。その彼が発した一言にエミリアは目を見開いた。


いつも女性たちには優しく微笑んでいる彼に、今はその表情はうかがえない。婚約者の私に向ける視線はただ険しくその表情は曇っている。そのいつもと違った様子にエミリアは疑問を抱いた。


彼の長身で身を隠すようにいる人影に気づき、エミリアはそっと視線を向けた。


不安そうな表情で身を縮こませている少女。

さらさらの金髪ボブヘアに、女の私から見てもとても可愛らしい顔。泣きそうに目尻を下げ、私という存在に怯えた様子で彼の制服の裾をギュッと握り締めていた。私は彼女を知っている。直接お話しをしたことはないけれど、最近私の婚約者の周りでよく見る顔だった。



彼女は第二学年に所属する、ステラ・バラーク。


私より1つ年下の学年。

彼女の事は少しだけ知っている。彼女はこの学園でも有名人だからだ。平民として過ごしていた彼女が男爵家の落胤である事が分かり突如貴族の世界に入ったのは記憶に新しい。そして学力があった彼女はこの学園に転入して来た。学園の学生の殆どを貴族の令息令嬢が占める中、彼女の平民ゆえのその純朴さと天真爛漫さは人々を困惑させ、また魅力的に人々を惹きつけた。

特に、淑やかで上品に振舞うことが求めらる貴族令嬢と比べて、表情のくるくる変わる愛嬌ある彼女に魅力を感じる令息達も少なくない。

その中に自分の婚約者も含まれており、彼女の取り巻きと呼ばれるくらいには親しそうにしている姿を何度もエミリアは遠目から見つめていた…。




彼女は今にも泣きそうな表情で私を見つめている。

私という存在に怯えた様子で。

もともとの顔立ちの可愛らしさに、涙が溢れそうな表情はさぞ男の庇護欲をそそるのであろう。

彼女を守るようにして、彼女の隣に立っている自分の婚約者。


私という婚約者の目の前で、別の女性を敬い庇うさまをまざまざと見せられている私。


いつも女性には笑顔を振りまく優男の彼が、曲がりなりにも婚約者(わたし)に向ける視線はひどく鋭かった。




「エミリア、もう一度言うよ。君との婚約は破棄させてもらうよ」




低い声でアロイスはただ冷たく私に告げた。




(あぁ…やっぱりこの時がきてしまったわ)



エミリアは静かに瞳を閉じ、心の中で今までの人生を諦観した。

幼い頃に政略結婚の相手としてつけられた婚約者。少しでも仲良くなろうと努力はしたけど実らなかった日々。婚約者の前に現れた、1人の可憐な少女。次第に仲良くなっていく2人。


その2人は今、私の目の前で互いが互いを支え合うようにして、私に立ちはだかっている。



(まるで物語のようだわ…)



男の傍らには怯える可憐な少女。

対峙するは表情の薄い(わたし)



(あぁ、まるで、お姫様と王子様を引き裂く悪役みたい…)



そう、物語。

ある日偶然出会ったお姫様と王子様。

そんな2人の前に立ちはだかる悪役(ライバル)

王子様はお姫様を守り、悪役は敗する。

困難を乗り越えた2人はさらに愛を深め幸せなハッピーエンドへ。


まさに王道な恋愛ストーリー(・・・・・・・・・・)



ここで言う悪役は私で、お姫様役はステラ。


もちろんステラ・バラークはお姫様ではないし、自分の婚約者アロイス様も王子様でない。

彼は外交官である父を持つれっきとした伯爵令息である。(一応言うなれば、学園には現在第二王子が同学年で在籍しているが本当の王子様と比べるのはおこがましいかもしれない。)

でも、この状況を例えるならばぴったりな配役ではないだろうか。


私は彼女とは容姿も性格もまったく正反対なタイプだ。

彼女を周りを惹きつける太陽と例えるならば、私は月。ぼんやりと霞んだ朧月。

彼女の輝く様なさらさらとした金髪に対して、私は濃い灰色をしたチャコールグレーの大きく波打つクセのある長髪。

天真爛漫で明るく積極的な彼女に対して、私は人が苦手な引っ込み思案。

ただ人と関わるのに怖じ気ついて内心焦って色々考えているうちに、自分でも分からなくなって言葉をのんでしまって、それが他人には人を寄せ付けないオーラが出ていると勘違いされて無愛想な女だと認識されてしまう。



エミリアはゆっくりと瞼を開け、目の前に立つ2人を見据えた。

私に見られている事に気づいたステラは彼の腕にしがみつき、ビクリと大きく体を震わせた。それにすぐに反応したのは婚約者であるアロイスだ。私を批難するように、「エミリア!」と強い口調で名前を呼ぶ。



「エミリア、私は君を将来の妻に迎えれない」


「アロイス様、どういう事ですか…?」



表情を堅くして言い放つ彼に、私はできるだけ冷静にいられるように必死に努める。感情的になってはいけない。これでも幼い頃から家から定められた婚約者なのだ。理由を聞かなくては。



「私は君が何を考えているのかも全然分からない」

「私は人との接するのが苦手で…申し訳ありません」

「その表情の下で何を思っている事やら。君は幼い頃から、言葉…というより感情をなかなか出してはくれなかったね」

「も、申し訳ありません…」

「君がそうなったのが、君の家族関係からくるものだとは理解しているよ」

「っ…!」

「君は家族みんなに嫌われていて、婚約者の私しか味方がいない」



エミリアは震えそうになる手を押さえつけるようにぎゅっと握りしめる。彼の言う通り、私は家族との仲は良好とは言えない。それどころか、ひどく嫌われていて家族の中で浮いた存在でそれを自分でも悩んで苦しんできた。だから、婚約者の口から家族の事を指摘され、見たくない事実を突きつけられたように感じて、彼の言葉がさらに心に突き刺さった。



「しかし、君は何があっても私に助けを求めてはくれなかった。婚約者の私にさえね」

「あ、あなたを私の事情に巻き込んではいけないと考えたからです」



アロイスはふぅとため息をつく。


「私を頼りにしていないだけだろう。それに私が君と共に会話していても君は静かに聞いてるばかりだった」

「どんなお話しをすれば良いか…悩んでしまっていたのです」

「それでも、言葉を発したと思えば苦言ばかりだった」

「…それはあなたの為と思って言ったことです。非常識な事や悪いことはお止めしない訳にはまいりませんでした」

「君にとってはそうだろう。だがそれは私の心の支えにはなれなかった」

「ですが…」


エミリアの言葉に、アロイスは遮るように話す。


「そんな時だよ、ステラと出会ったのは。ステラは君と違って、私の話を聞いてくるくる表情が変わって明るく接し、真剣に瞳を向けてくれる。楽しかったよ。君と居る時と違って」

「…申し訳ありません」

「私は心が救われたんだ。ステラによってね。しかし君は、私に彼女と離れるように言ってくる」

「あなたは婚約者のいる身です…貴族として節度を守った距離で彼女と接してくださるようにお願いしたかったのです」



その事についてはエミリアにも記憶に新しい。

近頃彼女と婚約者は親しすぎるほど距離の近いものだった。それは婚約者のいる男性の行動にしては、眉をひそめられるほどであった。眉をひそめる程度であればいい、今後それが醜聞となれば貴族の世界で彼にとってつらいものとなるだろう。だから婚約者として注意をした。

もちろん彼に近づく女性にではなく、婚約者自身へ。


「言い訳だろ?君は彼女の嫉妬したんじゃないのか?ステラは君とは違って優秀だから」

「そのような事はありません」

「君は同じ特進科であっても成績はいつも上位には入れない。私が特進科の学年主席と知ったステラは、学年は違っても私と並べるようにと勉学に一緒に励んくれたし、忙しい私を色々手伝ってくれた。そんな彼女は今や第二学年の主席だ。彼女の優しさと、勤勉さに心打たれたよ。」

「…それでも、私は彼女に嫉妬の感情は抱いていません…」

「言い訳は不要だよ。だって君は人の関係作りも苦手、学力も並、体力もそれほど無ければ、もちろん稀少な魔力持ちでもない。何も秀でた能力がない」



アロイスは冷たい瞳でジッと、エミリアを見据えた。



「…私の事を、そのように、思われていたのです…ね」



エミリアは、震えそうになる声を必死に絞りだす。



「エミリア、君は私と将来を共に歩むにはふさわしくない」



「…もし私に何か能力があったなら良かったのですか?」



「それこそ愚問だよ、エミリア」



アロイスは、彼の隣をちらりと見るとステラに向けて微笑みを向ける。私には向けたことのない表情で。



「私を癒やしてくれるステラ。私のためにと頑張ってくれるステラ。彼女に少しずつ惹かれて、それが別の感情になってもおかしくないだろう?」

「別の感情?」

「あぁ、大事な感情だよ。今までにない位心が満たされる感情だ」

「え?」



アロイスは自身の後ろにいたステラの肩をそっと抱き寄せる。


「私は本当に愛する人を見つけてしまったんだ。私は、ステラを愛してる」

「アロイス様、私も愛する人はあなただけです!」


感極まったようにステラも彼の体にぎゅっと抱きつき、愛を叫ぶ。

今まで私とアロイスの会話には一切入ってこなかった彼女は彼の愛の言葉に(せき)を切ったように話し始める。彼女は私を見ると、切ない表情で口を開く。


「エミリア様、申し訳ありません。私、アロイス様を愛しているのです!どうか諦めてください!」

「エミリア、諦めてくれ。すべては本当に愛するステラの為に」

「私達、本当の愛に気づいてしまったんです!」

「唯一の愛のために」

「「諦めてくれ(ください)」」



聞こえてきた言葉にエミリアは思わずに呆然と婚約者と、婚約者に抱きつく少女を見つめた。そんな状態のエミリアに関係ないとばかりに、アロイスは話を続けていく。



「君とは婚約の継続は無理だ。だから父に婚約破棄を願い出た。」

「…どういう事ですか」

「婚約破棄する旨は今頃そちらの家にも届いているはずだ」

「…今、何とおっしゃいましたか?」

「エミリア、すでに私達の婚約は破棄されている」

「すでに、婚約破棄されている、のですか…?」

「唯一の愛のためだ」



私は冷静に努めようとした表情が崩れるのが分かった。



(愛、そう、愛なの…彼にとっての唯一の愛)



エミリアはぎゅっと手を握りしめる。爪が手に食い込む程力強く。手の痛みなんて感じない。


「アロイス様」

「なんだ」

「ねぇアロイス様、あなたはすべてを整えて、その上で私をこの場所に呼んで、このような事を用意したというのですね…」

「君にはきちんと理由を説明したかったんだ」

「きちんと?」

「婚約破棄に至った理由を。それが幼い頃からの婚約者に対するけじめだ」



この男はどこまでも酷な事をするのだろう。


婚約破棄の了承を得るように見せかけて、もうすでに婚約破棄をしていて。

仮にも婚約者だった者の前に違う女性を(はべ)らせて。

目の前でその女性に愛を誓う場面を見せつけて。

私を否定する言葉を連ねて、女性と比較して。

その後に及んで、この場はけじめの為?なんの冗談なのだろう。



彼の先程の言葉を思い出す。



『エミリア、君は私と将来を共に歩むにはふさわしくない』



悪いのは無能な私だと最後に言っておいて。



婚約とは家同士で行われた契約。

たとえ政略結婚となるとしても、貴族の子女としての義務であると受け入れて、私は真面目に頑張ってきた。淑女たらんとして生きてきた令嬢にも誇りはある。それなのに、いきなり婚約者に対して婚約破棄を突きつけるなんて、普通の令嬢なら侮辱と屈辱で怒り狂うだろう。




エミリア・セドラーシュも怒り狂っていたのだろう。


本来であれば(・・・・・)


そして、そこにいずれ夫となるであろう男性に愛情を抱いていたらなおさら。


家族から冷遇され、家族の愛を知らずにいつも孤独に過ごしてきたエミリアの前に現れた、愛してもいい、愛をくれるだろう存在(こんやくしゃ)


優しく微笑んで手をのばしてくれた婚約者に恋を抱いていたらなおさら。


そう、本来の物語では(・・・・・)


裏切られたと知った時、狂ってしまうだろう。愛の重さが狂気となって。


〈婚約破棄?そんなの嘘ですわ〉

〈わたくしにはあなたしかいないのです、アロイス様!〉

〈お可哀想なアロイス様。あなたは騙されていますわ。その女に!〉

〈アロイス様は優しい方だもの。その女が、アロイス様の優しさを愛情などど勘違いしているのですわ!〉

〈その女ですのね…わたくし達の愛の邪魔をするのは!〉

〈アロイス様が最後に帰るのはわたくしの所ですわ!〉

〈アロイス様、あなたが愛しているのはわたくしですわ!〉

〈その女がいるからダメなのね。今、お救いしますわ、アロイス様!〉



〈邪魔者は排除しなくては、ね、アロイス様?〉



怒り、そして狂気にとらわれたエミリア・セドラーシュは、ステラ・バラークに襲いかかる。

その表情は狂喜に満ちて、口元には笑みすら携えて。



〈アロイス様が愛しているのはわたくしだけ〉



ある時は振りかざした銀色の刃に、眼孔に飛び散る血しぶき。激痛の走る自身の胸部に、滴る自身の血液。

ある時は突き出した燃えさかる炎に、眼孔に飛び散る血しぶき。激痛の走る自身の頭部に、滴る自身の血液。

ある時は握りしめた太い紐状物に、眼孔に飛び散る血しぶき。激痛の走る自身の頸部に、滴る自身の血液。

ある時は(けしか)けた獰猛な野獣に、眼孔に飛び散る血しぶき。激痛の走る自身の腹部に、滴る自身の血液。


何度も崩れていく体に、暗闇が広がる意識。

幾度となく繰り返される死の足音。


そして、どのルートでも最後に私の瞳に映るのは、無傷な憎き女と彼女を守る婚約者だった男。



1人の女の狂った愛と命の終わり。


それがエミリア・セドラーシュの人生。




唯一の愛の前に破れた、死のルート。


そんな最悪な未来なんて、()はむかえたくない。


すべてを思い出したあの日(・・・)から、ずっと思ってきた。




彼は言う。唯一の愛のために、と。


唯一の愛を誓っている彼。



(ねぇアロイス様、あなたは唯一の愛とおっしゃてるけど気づいてらっしゃるかしら?)



彼から唯一の愛を誓われた彼女(ステラ)


では、その反対は…?


彼の愛する彼女は、(アロイス)に唯一の愛を誓っている…?




(ねぇ、アロイス様。私という存在に比べてステラ様はさぞ儚く可憐な少女に見えるのでしょう?)




私は知っている。


彼女の本質を。


彼女の思惑を。



(あぁだめよ、ステラ様。油断してると仮面がはがれてしまうわ)



私を見る表情は怯えたようにも見えるけれど、実際には違う事に私は気づいてる。

隠しているつもりでしょうけど、抱きついた彼の腕の隙間から、口角を上げた口元が見えてる。



それはまるで笑っているかのよう。



アロイスと恋が実ったから安心して笑っているのか。

それとも婚約者から婚約破棄を言い渡された私を嘲笑っているのか。

それとも着実にすすむルート展開(・・・・・)にほくそ笑んでいるのか。



(その全てが正解なのでしょう、ステラ様?)



アロイスの腕に絡んだ彼女の腕を注視する。彼女の制服の袖からキラリと光る腕輪が見えた。

銀色で縁取られた3つの細身の腕輪。その腕輪の中央にはそれぞれ異なった色の宝石がはめ込まれている。


ルビー、クンツァイト、そして琥珀。


そのどれもが光に反射してキラキラと輝きをみせている。存在を主張するかのように。それはまるで、その腕輪を贈ったであろう人達と同じように。

武術に秀でる第二王子の赤い瞳の様なルビーに、第一学年ですでに天才と呼ばれる魔術科の少年の紫瞳の様なクンツァイト。そして、目の前にいる私の婚約者の瞳と同じ橙色をした琥珀。


学園各学科を代表する一番の優秀者、そして人気を誇る男性達。

ステラ・バラークと親しい、彼女の取り巻きとも呼ばれる方々。



私は確信している。



(彼女はすでにこの学園の主要人物である3人の心を掴んでいる…)


(腕輪は攻略対象者の心と同じだから)



攻略対象者。この世界では通じないであろう言葉である。その言葉は、こことは違う世界の一部で使われていてそれを知るのは多分この場では私とステラ・バラークだけ。なぜそんな言葉を知っているかと言うと、記憶があるというだけだ。前世という名の。


この世界は『7つの罪と癒やしの恋』という乙女ゲームに類似している。

7つの罪という題名から推測できると思うが、このゲームのモチーフは7つの大罪だ。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。それぞれの特性をもった7人のキャラクター達が登場し、主人公の少女が彼らを癒やし恋に落ちるストーリーである。

このゲーム、キャラは7人であるが、一気に7人のキャラは登場しない。まず学園編として俺様第二王子、生意気魔法少年、女好き伯爵令息の3人の男性が登場し、すべて攻略できたら次の段階王宮編の4人が登場し攻略開始となる。王宮編では、穏やか第一王子とその側近と呼ばれる冷徹宰相補佐、兄貴系騎士隊長、天然宮廷魔術師と学園編より身分も難易度もランクアップした恋愛が楽しめる。学園物から王宮物までを網羅した恋愛シュミレーションゲーム。


その世界に私は関係者の一人として存在している。攻略対象者の婚約者の一人として。


学園編、それが私の戦いの場。


そして、主人公はステラ・バラーク。目の前の可愛らしい少女だ。

彼女は着実にルートを攻略してきている。普通であれば難しいイベントを複数こなし、同時に何人もの男性の好感度を上げていく。それを意図的に実行していると気づいたのは、彼女が転入してすぐの事だ。



騎士科に所属する、傲慢な第二王子。

魔術科に所属する、嫉妬深い天才少年。

特進科に所属する、色欲な伯爵令息。


色欲な伯爵令息とは、言うまでもない私の婚約者。

優秀な外交官を父に持つ彼は、その優秀さを若いながらも色濃く受け継いでいた。彼は話術がとても上手で、話題は豊富で楽しく、たくさんの人達と交流を図っていた。見目麗しいその容姿と、優しい微笑み。そして甘い言葉。人付き合いの良い好青年とは良く言ったもので、その裏ではたくさんの女性に愛を囁き、恋に溺れさせてきた。



彼の求めたのは唯一の愛。



その唯一の愛を求めて、色々な方達と恋愛遊びを楽しんできた事を私は知っている。

婚約者という私を隠れ蓑にしていた事も知っている。

孤独な私に優しいふりをして手玉にとろうとしていた事も知ってる。

私を無能だ根暗だって影で見下して馬鹿にしていた事も知っている。

婚約者なんだから頼って欲しいと話す言葉の裏に、私より自分が優位なんだと誇示したかったのも知ってる。

幼い頃優しく微笑んで手をのばしてくれた瞳の先に、(さげす)み嘲笑っていた感情があったのも知っている。



ずっと、ずっと昔から知っている。




アロイスとステラは、私に言う。「諦めてくれ」と。


諦めてくれ?


何を?


もし、それが婚約者という立場…、


いえ、アロイスからの愛をという意味だとしたら



それこそ自惚れです。




(ねぇ、アロイス様。私はあなたに一度でも好きだと言いましたか?)


(ねぇ、ステラ様。私はアロイス様に恋しているように見えましたか?)





攻略対象者アロイス・ウォーレンのルート最終段階、婚約者への婚約破棄。

婚約の破棄を告げられた私は、婚約者だった男とその愛する女性を見つめる。




さぁ、運命の時は来た。



「分かりました。婚約破棄を了承致します。お二人ともお幸せに」




私は静かに微笑んだ。


二人を祝福するように。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 地の文で一人称と三人称を混在させるのはやめた方がよいと思います。
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