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オールウェイズサンタ  作者: 太郎鉄
1/1

バースデイ・サンタ

 神谷三太(かみやさんた)は、サンタクロースを信じている。十八歳になった今日、この瞬間にも。


「ついてないよな、おまえ」と、二人組の男、その片割れのモヤシ頭がいった。頭だけでなく、体格も、モヤシのように細く、頬はこけ、眼窩は落ち窪んでいる。


「誕生日なんだろ、今日。蝋燭は、ええと、十八本ね」


 モヤシ頭は、鼻をほじり、鼻くそのついた人差し指でダイニングテーブルにおいてあるバースデイケーキを指した。なにか、汚されたような気持ちになる。


「残酷なんだよね、神様ってのは。いや、おれにもね、罪悪感ってのはあるんだよ。いわゆる、なんの罪もない高校生をさ、こんな風に縛ってね、自由とか、奪っちゃうことについてよ」


 仁麗(にれい)の縄跳びで、後ろ手を縛られていた。ビニール製だったが、やたらときつく縛られていて、痛い。自分はまだ、男で、十八だからいい。しかし、傍らの妹二人は、八歳と十歳だ。先程から、いたい、怖いと泣き叫んでいる。時折、モヤシ頭がイライラした様子で、ガキは嫌いだ、ちびガキは、と独り言を呟いていた。


「ガキは嫌いだ」と、今度は明確に、三太に向けてモヤシ頭はいった。


「ところがどっこい、こいつは、ガキが大好きなんだよ、困ったことに」


 モヤシ頭がヘラヘラと笑いながら、顎をくいっと、隣の、モヤシ頭とは対照的に、丸々と太り、艶々の肌をして、モジャモジャの髭を蓄えた男に向けた。この男は、いまだに一度も口を開いていない。山のように静かな男だと三太は思っていた。だからこそ、モヤシ頭よりも不気味なのだ。モヤシ頭の言うとおり、山男の視界は明らかに三太をとらえていない。この一時間、ずっと仁麗と一美(かずみ)を見下ろしている。とても静かに。


「こいつは、いわゆるロリコンなんだ。たちの悪いロリコンだよ。小さな女の子が大好きでな。もういまにも、遊びたくて仕方ないはずだ。おれが遊べっていったらさ、はじめちゃうぜ? いわゆる、リアルおままごとってやつをさ」


 リアルおままごと。何て馬鹿馬鹿しい響きなんだろう。三太はモヤシ男を睨んだ。馬鹿馬鹿しいが、この例えの意味するところは三太にも十分に理解できる。途方もなく邪悪で、救いようのない未来が脳裏をよぎったが、なんとか打ち消した。


「でさ、さっきもいったけど、おれはおまえには罪悪感を感じてるんだよ。誕生日にさ、悪いなって。でも、ガキがうるさいと、おれの気持ちも変わってきちゃうんだ。自由どころか、いわゆる尊厳すら奪ってやろうかなって、(よこしま)な気持ちが生まれてきちゃうぜ。だから、頼むよ」と、モヤシ頭はここで言葉をくぎった。


「黙らせろ」


 瞬間、モヤシ頭の目の色が変わった。先程打ち消したイメージが再燃する。非現実的な恐ろしさをたたえた瞳だった。


 三太が声をかけるまでもなく、妹たちは口を閉じる。モヤシ頭の放った一言は、恐らく自分に比べれば、いまだつたない二人の想像力に、目論見通りのイメージを加えた。すなわち、喋ると怖いことがおこる。母が聞かせてきた寓話の類いではなく。現実的な身の危険を、彼女たちは感じ取ってしまったようだ。次女仁麗は唇を噛みながら震え、三女一美はしゃっくりのような嗚咽を繰り返すにとどまった。


 三太もまた、震えた。恐怖ではない。怒りによって。妹たちに、知る必要のない恐怖を与えたこいつらを、許しがたい。ぶっ殺してやる、と、喉の奥まででかかった言葉を飲み込むのに苦労する。それを言ってしまったら、自分だけでなく、妹たちに、さらなる恐怖を与えてしまうことになると、悔しいがわかっていた。


 代わりに、三太は妹たちに、精一杯優しい声色でいう。


「大丈夫だ。だって、おれがいるから」




『あたしね、あんたの、すぐ、だって、っていうの、やなんだよ』と、幼少の頃、母はよくいっていた。


『責任感もちなって。三太ができないことは、誰かのせいじゃないんだよ。あんたがちょっと努力すればね、楽勝でできることなんだから』


 九九が覚えられない、逆上がりができない、片付けをしない、と、このような状況のなか、母に叱責をされるとき、三太は必ずといっていいほど、だって、という文言を枕に言い訳をはじめた。


 だって、先生が覚えなくていいっていったんだもん。


 だって、友達が、邪魔するんだもん。


 だって、テレビが終わってから、片付けようとおもったんだもん。


 もちろん、すべて取って付けた理由にすぎず、母にはまるで通じない。むしろ、嘘をつくことを嫌う母から、

さらなる叱責をくらうことになる。あんたね、なんどいったらわかるわけ? わかっちゃいるけど、やめられない。怒られながら、そんな冗談で、なんとか母をなだめようとして、結局拳骨を食らう光景は神谷家のいわば予定調和だった。


 こんなときにも、おれはだって、か。


 不意に笑みがこぼれそうになる。三太は噛み殺したが、妹たちには若干の変化があった。仁麗は唇を噛むのをやめ、一美の嗚咽はとまった。二人とも三太を見、こくりと小さくうなずく。その口許は、ぎこちないが、笑おうとしている。


「お、なかなか、聞き分けがいいじゃねぇか。うんうん、おれの機嫌も、すこぶるよいぜ、悪くない」と、モヤシ頭がいうと、電話が鳴った。


 三太の胸ポケット、スマートフォンが光っている。モヤシ頭がそれをひったくり、ディスプレイを確認した。


「誰だ?」と、三太はつきつけられ、そこにはゆま、と表示されていた。


「母さんだ」と三太はいった。


「おれたちの、母さん」


 ゆまー、と、妹たちは顔を輝かせながら、スマートフォンに母の像を見いだしたかのように、身を乗り出そうとし、モヤシ頭がそれを制する。


「母ちゃん、名前でいれんなよ。マザコンかお前は。まぁいいや。スピーカーにする。何事もないように、しゃべれ。変なことを口走るなよ? 口走ると、妹たちはおままごとだ。これはいわゆる、脅しじゃない」


「わかってる」


「ナイスガイだ」と、モヤシ頭はいいながら、スマートフォンを操作する。そして、山男に、妹たちの口を塞いでおくよう、促した。


 モヤシ頭によって、耳にあてがえられたスマートフォンから、母の声がした。スピーカーなので、ノイズ混じりに聴こえる。でもそれは、紛れもない、母の声だった。不覚にも、涙腺が緩む。


「スリー、ツー、ワン! ハッピーバースデイ、三太」と開口一番に母がいった。


「悪いね、いつもいれなくて」


 母は毎年、このシーズンになると、出張で一週間ほど家を空ける。帰ってくるのは、決まってクリスマスの昼頃だった。袋いっぱいの、プレゼントをぶらさげて。男でもいるんじゃないか、と、三太は密かに疑っていて、何度か冗談混じりに尋ねたことがあるが、違うもん、仕事だもん、と、やはり冗談混じりに返されるので、うやむやだった。母は介護の仕事をしているが、長期に渡って留守にするのは決まってこのタイミングだけなのだ。


「別にいいよ、ていうかもうおれ、十八だ。家族で祝うような年じゃないだろ」


「やーん、かわいくない。でも、かわいいよ、三太。おめでとう。きちんと育ってくれて、ありがとう」


「はいはい」


「仁麗と一美は?」


 ぎくり、と三太は横目に妹たちを確認する。山男の巨大な掌は、口どころか顔に覆い被さっていた。怒りは火山灰のように、三太に降りかかり、蓄積されていく。モヤシ頭が、反対の耳から「お、ま、ま、ご、と」と、囁いてきた。


「二階で、寝てるみたいだ」と、三太は母の嫌いな嘘をついた。


「とてもぐっすり」


「早すぎだよ、まだ四時前なのに。あ、昨日、めっちゃ夜更かし? 今日休みだからって?」


「そうでもないけど、でもほら、寝る子は育つっていうし」


「果報は寝て待て、ともいうしね。まぁいいか。三太のバースデイパーティーはもう終わったの?」


「ある意味、真っ最中だね」と、三太はいった。


「もちろん。一人で」


「なにそれ。ちょっとやめてよ、悲しくなるから。起こしといでよ、仁麗と一美」


「いやいいんだ。そんなことより、今年も帰りは?」


明後日(クリスマス)の昼だね。ごめんねぇ、不自由かけます、長男さん。ベイビーのご飯よろしくね? 帰ったら、ママ、いーっぱい祝ったげるから」


「いいからいいから。あ、そうだ、母さん」


「なに?」


「十八年間、育ててくれてありがとう」


 一滴、涙がこぼれていたが、声帯を震わせないよう、細心の注意は払っておく。


「なになに、どうしたの? 三太、うそ、あたし、感動して、ごめん、ちょっと、ごめんごめん、泣くね。これは泣くよ。愛してるよ、三太」


「勘弁してよ、とにかくさ、こっちは大丈夫。安心して、励んでね」


「うん、うん……」と、母は泣いている。モヤシ頭は不思議そうに、そのやり取りを聴いている。


「もう切るよ、またね」と、三太はモヤシ頭にアイコンタクトを送った。思い出したように、通話を切ろうとモヤシ頭がディスプレイをスワイプする。それと同時に、山男が妹たちから手を離す。母の声を聴いた二人が、産声をあげたように、泣き出した。無理もない、と三太は思う。十八の俺だって、泣きたい。ていうかちょっと、泣いた。


 とはいえ、せっかく泣き止んだ妹たちをなだめなければならないことは、三太をおおいに脱力させる。母の声を聴けたのは嬉しいが、タイミングはあまりよくない。昔から母は空気を読むのが苦手なのだ。


 三太が妹たちにどのような言葉をかけようか悩んでいると、面白そうにモヤシ頭が口を開いた。どういうわけか、今度は泣き声に苛ついている様子はない。新しいおもちゃを見つけたくそガキのように鼻をふくらませて、三太の肩を叩く。


「なぁおい、いくつか尋ねるぞ。答えてくれよ」


「なに」と、三太はとまどいながら、返答する。


「お前らって、なんだ、いわゆる、友達親子か?」


「さぁ」としか、答えられない。母は三六歳で、やはり友人たちの母親に比べれば、平均一回り近く若い。さらにその見た目も、三六歳としては、若い。保護者会などでは、母ではなく、姉と間違われることもしばしばで、都度都度、三太は自慢されてきている。だからなのか、それはわからないが、子供たちに対する接し方も、たしかにおそらく、きっと若い。


「いい声してるな、お前の母ちゃん。若いよな。あきらかに。明後日まで、帰らないのか」と、モヤシ頭が、なぜか股間をはたきながら、うんうん、と、うなずく。


「で、おまえさ、さんたって、名前なの?」と、モヤシ頭が、三太が人生で、数えるのもおっくうになってしまうほどされてきた質問をする。


「ああ、そうだよ」とぶっきらぼうに答えた。


「今日つまり、誕生日の、さんた? 十二月二十三日生まれの?」


「ああ、そうだよ」とぶっきらぼうに答えた。


「さんた、って、いわゆる、三に、太いの、三太?」


「ああ、そうだよ」と、オウムになったように、三太は答える。


「他に兄弟は? 兄貴とかねーちゃんが、いんのか?」と、やはり、これもまた、何度も聞かれてきた質問で、三太はつい、ああ、そうだよ、といいそうになる。


「いや、俺が長男。上はいないよ」


「十二月二十三日生まれで、長男の、さんた、ね」と、モヤシ頭はなにか、複雑そうな表情になる。


「なんか、いろいろおしいな、おまえ。同情するよ」


 余計なお世話だ。特に悲劇的な要素はない。だが、かつて、確かに三太自身、なぜ自分は長男なのに三太なのか、と疑問に思っていた。その疑問について、次女仁麗が生まれたときに、もしや? と、幼ながら推測をたてるに至り、三女一美誕生で、なるほど、と確信に変わった。


『三人のお母さんに、なりたかったんだ』と母はいった。


『それが、夢だったんだよね』


 一美が生まれて、はいはいを覚えたころの話だった。


『だからぼく、三太なの? 最初から、三人生む予定で?』と三太は訊いてみる。


『その通り。それにさ、あたし、カウントダウンが好きなんだよ』


『カウントダウン?』


『さーん、にい、いーち、でもいいし、スリー、ツー、ワンでも、いいんだけどね。その掛け声で、やる気が出るんだ。よーし、やってやろ! なんでもかかってこーい! って気持ちになるんだよ』


 そもそもは、三太の祖父、つまりは母の父の口癖だったらしい。夕飯のときは、さんにいち、さぁ、いただきます、といい、娘を学校に送り出すときは、さんにいち、さぁ、いってこーい、といい、叱る直前にさえ、さんにいち、さぁ、いい加減にしろ、という。


 母は祖父が大好きだったという。三太が生まれるより以前に他界していたから、会ったことはないが、祖父を語る母は、いつも楽しそうで、少し寂しそうだった。


 一美が生まれてから、神谷家では、母のカウントダウンが、よく響きわたっていた。この頃になると、しばしば、学校などでからかわれていた自分の名前を、三太は好きになっている。


「親父は?」と、モヤシ頭が回想する三太の邪魔をした。


「いないよ」


「死んだのか?」


「や、離婚。七年前に」


 父は、仕事一辺倒で、家庭を省みるタイプではなかった。それだけなら問題なかったものの、酒癖が破滅的に悪かった。酔って帰ってきたときには、攻撃的な性格が全面に出て、母を罵倒した。母も気が強く、時折言い返したりしていた。何度か、母が殴られる様をみたときに、三太は恐怖で泣き、母は三太に恐怖を与えてしまったことで泣いた。


 一美が一歳のとき、同じようなことがおこった。母はそれまで、絶対に言わなかった言葉を、やっぱり、カウントダウンを経て、父に告げる。


『さん、に、いち、別れよう』


 後に母は、父について、こう語る。


『あたしもちょっと、悪かったんだよね』


 妹たちには、知るよしもないが、三太には、母が悪かったことについて、ほんのすこしだけ心当たりがあった。



「おれたちは、なんて、ラッキーなんだ」とモヤシ頭がガッツポーズをとった。「特に、おまえたちにくらべて」


 モヤシ頭が、なぁ、と山男に声をかけるが、山男の方は、うんともすんともいわない。それを気にした様子もなく、モヤシ頭は誰に向けているのかわからない、独り言のようなものを、椅子に座って呟いている。そして、テーブルのバースデイケーキを、手でちぎって食べはじめた。仁麗が「だめ」といい、一美が「それ、三太の」と続く。


 取り合う様子を見せず、モヤシ頭はホールの三分の一ほどを平らげた。六本の蝋燭が、役目を果たす前にケーキの残骸とともに、転がる。


「うるせぇなあ。いやしかし、ついてるな。いわゆる、幸運の女神がついてる。とりあえず、二日はねぐらを確保できたんだ。連中も、ここなら、凌げるだろ。クリスマスさえ、終わっちまえば、こっちのもんだ」


 モヤシ頭たちが、どういう状況におかれているかは、いまいち定かではない。一時間ほど前、三太はリビングで、テレビゲームに興じており、妹たちは家の外で縄跳びをしていた。やがて妹たちが帰ってくると、間隙なく、ドスン、バタバタ、という音が玄関からした。おや、と三太が思うと、この二人が現れたのだ。『いわゆる強盗じゃねえぞ』と、自己紹介のようにモヤシ頭がいって、刃渡りの長いナイフを三太に向けた。テレビゲームのコントローラーが手から落ちる。テレビの中で、ドラゴンと果敢に戦っていた勇者が、諦めたように動きを止め、炎のブレスに焼き殺されてしまうのが、視界の端にみえた。


『もっと、危ない二人組だ』


 このようにして、三兄妹は後ろ手を縛られ、荷物のように、ソファーに並べられている。


 いまの言葉から察するに、この二人組は何者かに追われているようだ。どういうわけか、クリスマスまでその追っ手から隠れられれば、事なきを得るらしい。つまりその追っ手は警察ではないということだ。参った。あと二日も、こんな連中と、この状態で過ごさなければならないなんて。


 例えば、神谷家の異常を察知した近所の人が、通報してくれないだろうか? 望みは薄い。ついてないことに、両隣は空き家で、付き合いのある向かいは親族の不幸があったとかで田舎に帰っている。第三者の助けが期待できないとなると。三太はため息をつきたくなる。


 おれが、なんとかするしかないか、やっぱり。


「はい、みんなちゅうもーく」と、モヤシ頭が立ち上がって、ドラマの教師のように手を叩いた。口のまわりに、クリームがついている。


「まずな、おれたち、今日から明後日まで、泊まることになりました。いわゆる、ホームステイだな」


 おれたち、とはいうものの、モヤシ頭が、山男に何かの相談をした様子はない。この二人の関係性も、気になるといえば、気になる。


「で、おまえたちに、その間、世話になるわけだけど、いくつかの約束事をしようと思う」と、世にも勝手な言い分を押し付けてくるモヤシ頭は、独裁者を気取っているつもりか、右腕を胸の上で垂直に伸ばし、それを勢いよく天に掲げた。それは部下のポーズだろ、と、三太は突っ込みたくて仕方がない。


「いち。ちびガキ二人は、ぎゃあぎゃあなかねぇ。なくとおれの機嫌が悪くなる。すると、リアルおままごとが始まる。わかりやすくいってやると、つまり、いわゆる怖くて気持ちの悪いことを、このおじさんにされる。わかったか?」と、モヤシ頭が山男を指差した。


 妹たちは、目に涙を浮かべているものの、なんとか落ち着きを取り戻し、声をあげてはいなかった。何かを確認するように、二人揃って三太に首を向けてきたので、小さくうなずいておく。


「に。おれたちは、基本、明後日までこの家をでねぇ。いわゆる、ひきこもりだ。だから、当然おまえたちも引きこもる。母ちゃんの電話とかにはさっきみたいに出ていいが、他は全部しかとだ。来客がきたら、三太、おまえが全部対応しろ。ただし、玄関で追い払え。追い払えないと、そいつも一緒に、引きこもることになる」


 三太、とモヤシ頭がいった名前が、自分のものであることに、少しの間、気付かなかった。モヤシ頭に、まさか馴れ馴れしく、名前を呼ばれるとは思わなかったからだ。だから、つい、サンタクロースを連想した。明日はイブ。今ごろ、仕込みが大変なんじゃないかと、思いを馳せる。現実逃避ではない。三太は信じている。サンタクロースの実在を。


 より正確にいえば、サンタクロースを、知っている。過去に一度だけ、会ったことがあるのだ。彼に。


「さん。便所はいかせてやるが、絶対にことわれ。おれにだ。便所の前まで、おれかこいつの、どっちかがついていく。ルールを守ってる限りは、いわゆる覗きは、こいつにもさせねぇ。おれはいがいと、フェアなんだ」


 不意に、懐かしさが込み上げる。不本意にも、モヤシ頭の言葉によって。


「以上だ。おれたちと素敵なクリスマスシーズンを過ごそうぜ。いい子にしてりゃ、よいお年を迎えられるさ。ただ、ルールをやぶると、なんというか、まぁいわゆる、お陀仏だ。そこんとこ、よく覚えておくように」


 三太は祈る。サンタクロース、助けてくれ、ピンチなんだ。あんたの力が、必要なんだ!


 幼きイブを思い出しながら、三太は目をきつく瞑った。


 




 



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