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妹のお尻に尻尾が無い

狐火レポートの後日談。火姫の妹が姉との違いに悩む話です


「……あたしってお父さんの血をひいてない」

 髪をサイドテールにした、目鼻がすっきりした女子中学生が図書館の机の上で突っ伏した。

 彼女の名前は、蒼井アオイ火奈ヒナ、八刃学園の中等部の生徒である。

「ひなっち何してるの?」

 火奈の親友、碧野ヘキノ美菜ミナが声をかけてきた。

 火奈は、指で机にのを書きながら言う。

「あたしって、どうしてこんなに馬鹿なんだろう?」

 少し驚いた顔をする美菜。

「何、今更の事で驚いているの?」

 口を膨らませて火奈が言う。

「だって、お姉ちゃんは、こんくらいの資料を平気で見てた」

 火奈が指差す本の山の一冊の中身に軽く目を通して美菜が肩をすくめる。

「『都市伝説、人面犬の特徴と目撃例についての調査資料』難しそうな資料だね。火姫ヒキさんと比べるのは、間違いだよ。二十四の若さで博士号を持っていて、家事も万能な完璧超人と、母親からの芸能の才能しか受け継いでないひなっちとじゃ勝負にならないわよ」

「そんな事、解ってるもん」

 そっぽを向く火奈を楽しそうに見ながら美菜が言う。

「今度は、お母さんに何を言われたの?」

 火奈は、美菜の手を掴み話し始めた。



 昨夜の蒼井家のリビング。

 火奈は、純和風のロングヘアーで眼鏡の女性、姉の火姫に勉強を教わっていた。

 仕事から帰ってきた母親、有名芸能人、赤井アカイ優美ユウミ(赤井は、芸名)がそれを見て言う。

「火姫ちゃん、お風呂の準備出来てる?」

「はい。着替えは、簡単な物で良いですか?」

 火姫が立ち上がって、準備に向おうとした時、火奈が言う。

「お姉ちゃん、お母さんにも自分でやらせないと駄目だよ。何から何までお姉ちゃんにやらせる駄目母なんだからさ」

 優美が火奈の方を向いて怒鳴る。

「誰が駄目母ですか!」

 火奈が意外そうな顔をして言う。

「自覚無かったんだ? 偶に料理すれば台所を汚して、廃棄物を量産してるのに、立派な母親だって思える所が凄いよ。あたしは、友達の家に行くまでお姉ちゃんが家事をするのが普通だと疑わなかったよ」

 優美は、拳を握り締めて言う。

「舐めないでよ、家事くらい全部こなしてあげるわよ!」

 その言葉に火姫の顔が引きつりながらも慌ててフォローする。

「お母さんは、芸能人ですし、一般家庭と違っても仕方ないですよ。疲れてるのですよね? お風呂が丁度良い温度ですよ」

 しかし、優美は、ひかなかった。

「いいえ、娘にここまで言われた以上、引き下がるわけには、いかない。今夜の夕飯は、あたしに任せて」

 燃え上がる優美に火奈が挑発的な顔をする。

「最初にいっておくけど、最初の一口は、自分で食べてよね」

「貴女の分は、残らなくなっても知らないからね」

 言い返す優美。

 そんな二人の間に挟まれて溜息を吐く火姫であった。



「それで、このありさまなのか」

 机の上に並べられた人の食べ物とは、思えない色のおかずの山を指差す、火奈達の父親、民俗学博士の秀一であった。

「やっぱり駄目じゃん」

 火奈が言う様に、根性で全部のおかずを一口食べた優美は、トイレに駆け込んでいた。

「お母さん、大丈夫ですか!」

 火姫の心底、心配する声が蒼井家に響くのであった。



 結局、その日の夕食は、火姫が作り置きしていたおかずを温めて食べる事になった。

「あたしってどうして料理の才能が無いんだろう」

 落ち込む優美を火姫が慰める。

「そんな事を気にする事は、ありませんよ。お母さんは、舞台で多くの人を楽しませています。すばらしい才能だと思います」

 照れる優美。

「そうかしら?」

 そんな和やかな雰囲気に火奈が爆弾を投下する。

「家事全般が出来ないのは、母親としては、致命的だけどね」

 空気が重くなり、優美が怒鳴ろうとしたが、秀一が制止してから言う。

「火奈、人を非難する前に自分の行いを考えてみろ。少しでも家事を手伝っているのか?」

 痛いところを突かれた顔をする火奈。

 優美が溜息を吐く。

「火奈って火姫ちゃんと違って家事も勉強も駄目だもんね。育て方を間違えたかしら?」

「お母さんに育てられた覚えないよ」

 火奈の反論に秀一が頷く。

「確かに、殆どの世話を火姫がやっていたな」

「貴方まで!」

 優美が大声で抗議し、火姫が必死にフォローするのであった。



「酷いと思わない?」

 昨夜の話を言い終えた火奈の言葉に美菜が呆れた顔をする。

「諦めたら、ひなっちは、間違いなく優美さんの娘だもん。第一、舞台にも何度も上がったことあるんだからそっちでがんばれば?」

 火奈が頬を膨らませて文句を言う。

「でも、お姉ちゃんだってお母さんの血を引いてるんだから条件一緒な筈だよ。だから、がんばればきっとお姉ちゃんみたいに尻尾も生えて来るはずだもん」

 眉を顰める美菜。

「いまおかしな事を聞いた様な気がしたよ」

 首を傾げる火奈。

「立派な大人になったら尻尾が生えてくるのは、常識だよ」

 美菜が肩を叩いて言う。

「見たことあるの?」

 強く頷く火奈。

「お母さんが内緒だって、見せてくれたよ」

 美菜が呆れた顔をして言う。

「もしかしてそれって、下着から出てなかった?」

 火奈が頷くと美菜が溜息を吐きながら言う。

「騙されたのよ。尻尾がある人間なんて居るわけ無いでしょうが!」

 愕然とする火奈であった。



「お母さんの嘘つき!」

 その夜、火奈が優美に詰め寄った。

「気付かない火奈が馬鹿なのよ」

 少しも悪いと思っていない優美の態度に火奈が憤怒するのを見て火姫が止めに入る。

「まあ、お母さんも悪気が在ったわけじゃないんだから」

 火奈が頬を膨らませて言う。

「お姉ちゃんまで協力させて、本気で嫌になっちゃうよ」

 火姫が顔を引きつらせる。

 慌てて手を合わせて優美が謝る。

「ごめんなさいね」

「今更謝ったって遅いんだから」

 火奈が拗ねるが、その様子を見ていた秀一が眉を顰めて言う。

「もしかして、火奈は、知らなかったのか?」

「知らなかったって何を?」

 火奈が質問をすると優美が慌てて言う。

「秀一、余計な事を言わない!」

 秀一が、小さく溜息を吐いて言う。

「家族に隠し事をしても仕方ないだろう。火奈、火姫は、俺が昔付き合っていた女性との娘だ。その女性がハーフ妖狐で、火姫の尻尾は、本物だ」

 火奈の顔が引きつる。

「嘘だよね?」

 優美が秀一に詰め寄る。

「いきなり、何を暴露してるのよ!」

 秀一は、冷静に答える。

「いずれ解る事だ。隠し事を続ければそれだけ傷が大きくなる」

「そうだとしても、もう少し言い方って物があるでしょうが!」

 優美の態度こそ、それが真実だと絶叫していた。

 火奈が救いを求めるように火姫を見た。

「お姉ちゃん嘘だよね!」

 火姫は、諦めた顔をして、尻尾を見せて言う。

「本当。あたしは、妖狐の血をひいてるの」

 火奈は、涙を流して、部屋に戻っていく。

 優美が殺意のオーラを漲らせて秀一を見る。

「何を考えてるの!」

 秀一は、冷静に返す。

「良い機会だった。火奈は、火姫を意識し過ぎてた。火奈には、火奈の良い所がある。それに気付いてくれれば良いんだがな」

 その日、火奈は、一歩も部屋から出てこなかった。



 翌日の放課後の屋上で火奈は、落ち込んでいた。

「憧れのお姉ちゃんが人外だって驚いているの?」

 美菜の言葉に火奈は、答えない。

 小さく溜息を吐いて美菜が言う。

「この八刃学園の生徒だったら、人外なんて珍しくないと思うけどね。噂じゃ用務員のおじさんは、昔、魔王をやっていたそうよ」

「美菜は、人事だからそんな気楽な事が言えるんだよ!」

 火奈が怒鳴ると美菜が肩をすくませて言う。

「解ったわよ、独りで悩んでなさい」

 美菜が屋上を出て行く。

「……そんな問題じゃないんだよ」

 火奈が小さく呟くのであった。



 火奈は、すっかり暗くなった夜道を歩いていた。

「これからどうしたらいいんだろう?」

 火奈がすっかり落ち込んだ様子でそう呟いていると、目の前の犬がいきなり声をかけてきた。

『何だったら代わってやろうか?』

 火奈が驚いてその顔を見ると、その犬は、人の顔をしていた。

「うそ! 人面犬?」

『ヒヒヒ、そんなに珍しいかい? それよりも家に帰りたくないんだろう? 俺がお前の代わりに帰ってやるよ。だからその体をくれ』

 不気味な笑い声を上げて近づく人面犬に火奈は、恐怖で腰を抜かす。

「助けて、お姉ちゃん!」

 炎の塊が人面犬を燃やす。

「あちきの妹に何をするのかしら!」

 火奈が声の方向を見るとそこには、尻尾を立たせた火姫が怒りの表情で立っていた。

「お姉ちゃんどうして?」

 火姫は、火奈の前に移動しながら言う。

「落ち込んでるから、迎えに行って欲しいって言われたの。明日、美菜ちゃんにお礼を言うのよ」

 火姫が指を鳴らすと炎が消えるが、人面犬は、火傷を負っていなかった。

「人面犬って本当に居たんだ?」

 火奈の言葉に火姫が首を横に振る。

「違うわ。近づいてよく見てみなさい」

 火奈は、倒れている人面犬を近づいてみてみると、鼻が低いせいで人の顔に見えやすかったが、眉などを化粧した単なる犬だと解った。

「でもさっきは、喋っていたよ?」

 火姫は、首輪から小型スピーカーを取り出して言う。

「はったり、力が弱い術者が、相手を威嚇する為の小道具。こういった物は、意外と多いの」

 火姫がそのスピーカーを電柱に向って投げた。

「隠れていないで出てきなさい!」

 電柱の影から、何処にでも居そうなスーツ姿の中年が現れた。

「その様子だと、貴女も裏世界の住人ですよね。今回は、私の敗北って事で納得しますから見逃してください」

 その顔の横を火姫の狐火が通りすぎる。

「そんな理屈が通じると思ってるの?」

 中年は、顔を引きつらせながら言う。

「その尻尾と良い、面白い小道具ですね。今度やり方を教えてくださいよ」

 火姫が舌打ちをする。

「ここでのルールも知らない小物だったなんて。良いわよ、どっか行きなさい。その代わり二度と竜夢区には、足を踏み入れない事ね」

 中年が火姫の言葉に怒りを覚えた。

「小物だと! 小娘の分際で! 見せてやるよ、私の術を」

 中年が、ペンライトみたいな物を取り出して激しく点滅させる。

 火姫は、溜息を吐いて火奈の目を手で覆う。

「見ちゃ駄目。あれは、催眠誘導の装置。この男は、こうやって以前から自分の手駒を増やしていたのかも。その上、術が不完全だから、記憶が残って人面犬の噂が拡がってしまった。本気で小物」

 中々催眠状態にならない火姫に苛立つ中年。

「どうして効かないんだ!」

 火姫がその目を獣のそれに変貌させる。

「あちきが本物だからだよ」

 次の瞬間、中年が叫び声をあげてのた打ち回る。

 火姫が火奈から手をどけた。

「何をしたの?」

 火奈の質問に火姫が言う。

「妖狐の得意技、幻術。いまあの男は、無数の人面犬に襲われている幻覚に襲われているの」

 火奈は、火姫の体を上から下まで見て悲しそうな顔をする。

「やっぱりお姉ちゃんは、妖狐の血をひいているんだ?」

 火姫も悲しそうな顔をして言う。

「嫌よね? 火奈が一緒に暮らすのが嫌だったら、あたしが家を出る」

 その言葉に火奈が火姫にしがみ付く。

「駄目、お姉ちゃんが居なくなっちゃうなんて絶対駄目!」

 驚いた顔をして火姫が言う。

「嫌じゃないの?」

 火奈が辛そうに言う。

「あたしが嫌だったのは、お姉ちゃんとお母さんが違った事だよ。同じ母親から生まれたと思ったからお姉ちゃんに近づく事が出来ると思ったんだもん」

 火姫が笑顔になって言う。

「安心して、お父さんは、一緒なんだからきっと、勉強の方は、大丈夫だよ」

「そうだよね」

 火奈も微笑む。

「帰ろうか?」

「うん」

 こうして二人は、のた打ち回る中年の男を残して帰っていった。



 翌日の家庭科室。

「それで、その中年は、ほっておいたまま?」

 美菜の言葉に火奈は、鍋をかき混ぜながら答える。

「お姉ちゃんの話だと、竜夢区に入って無事で居られたのは、小物過ぎて、監視網にも引っ掛らなかったからだって。今回の事で見つかって、余罪を調べられて、そっちの裁判にかけられてるって」

 美菜が冷や汗を垂らしながら言う。

「何気に言ってるけど、絶対それって危ない世界よ」

 火奈は、味の調整をしながら首を傾げる。

「そうかな、お父さんは、八刃ハチバに引き渡されるよりましだって言ってたよ」

 その時、鍋が爆発する。

 美菜が顔を押さえながら言う。

「一つだけはっきりした事があるわ。火姫さんの家事の才能は、間違いなく火姫さんの母親からの遺伝で、ひなっちには、指先一つ伝わってないって事」

 火奈が現実(爆発した鍋)から目を逸らして言う。

「なんて不幸なんだろう。あたしもお姉ちゃんのお母さんの娘として生まれてきたかった」



 蒼井火奈は、その後、歌って演技ができる妖怪研究家として、芸能界で活躍する事になるのであった。

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