子作り地蔵の頭に手が三つ
子供が出来ない優美さん。その治療法があるとしたらどうするか?
「優美さん、子供欲しい?」
学校から帰ってきた火姫の言葉に、優美が笑顔で火姫を抱きしめて言う。
「火姫ちゃんが居るから、大満足よ」
火姫は、なんとか腕から逃れると、言った。
「クラスメイトの千剣に聞いたんだけど、八刃には、どんな怪我や難病も治せる人が居るんだって。だから優美さんの不妊も治るかも」
火姫の意外な言葉に優美の笑顔が引き攣る。
「絶対無理よ! 偉い先生も不可能だって断言してたもの!」
火姫は、真っ直ぐな目で答える。
「通常の医学で、駄目な事でも、八刃の技術なら可能な事は、一杯あるの」
戸惑う優美。
「そんな事、突然言われても……」
そこに秀一がやってきて言う。
「調べるだけ、調べてもらったらどうだ?」
優美が複雑な顔をして頷く。
「色々方法あるけど、何が良い? 一番自然に近いのは、クローン技術で作った子宮の移植だけど、こんくらいで出来るわよ」
八刃の一つ、霧流の長、六牙の妻、八子が提示した金額は、確かに高額だが、払えない金額では、無かった。
「……少し考えさせて下さい」
優美の答えに八子が言う。
「自分のお腹を痛めて産んだ子は、良いわよ。最初は、死ぬかと思ったけど、生まれた子供の顔を見たら、直ぐに二人目欲しくなって、出来るようになって、すぐ頑張ったわよ」
苦笑しながら、部屋を出る優美。
『五千万だと言っていました』
戻るなり部屋に閉じ篭った優美の診断結果へのヤヤの答えが、ずばり金額だった。
携帯を持つ秀一が戸惑いながらも言う。
「かなり高いな」
『昔のブラックジャックじゃないんですよ。必要経費だけです。子供好きな八子さんだから、手数料は、サービスしてますね。普段なら、このレベルなら数億は、とられます』
ヤヤの答えに、秀一が少し考えてから言う。
「そのくらいなら、あいつも貯金があると思うが、やっぱり火姫の事がネックになってるな」
『……貴方は、どうしたいですか?』
意外なヤヤの問い掛けだったが、秀一は、即答する。
「優美が後悔しない回答を探してる」
少し時間を置いてヤヤが言った。
『明日、時間ありますか?』
「今日は、付き合ってもらってすいません」
そう言って、白人の女子高生が頭を下げる。
「ヤヤさんの妹が来るって聞いているんだが?」
秀一の言葉に、火姫が答える。
「ヤヤさんの妹の白風小較さんですよ。何度か学校で見たことあります」
火姫の答えに、ヤヤの顔を思い出して、目の前に居る小較と較べる秀一と優美。
「似てないな」
呟く秀一を睨み、黙らせて優美が言う。
「それで今日は、付き合って欲しいって事なんだけど、何処に行くの?」
小較が笑顔で答える。
「もう直ぐ知り合いの、双葉さんが、子供産むので、安産の御守りを買いに行くんです」
火姫が驚いた顔をし、優美の顔が少し引き攣る。
「近くの御利益が高い寺に案内する」
最初から知っていたのか、平然と秀一が先行する。
「安産祈願は、各地に多くある、地方に行くと、子作り地蔵だけが祭られている場所もあるが、これは、子供が一番の宝とする考えが日本には、深くあるからだと考えられている」
道中、秀一が、そんな解説をする合間に、優美が言う。
「小較ちゃんのご両親は、二人とも日本人?」
小較が少し困った顔をして言う。
「産みの両親の事ですか?」
優美が地雷を踏んだ様な顔をして、慌てて言う。
「別に答えなくても良いのよ」
小較が苦笑しながら言う。
「あたしは、養子なんです。ヤヤお姉ちゃんとは、全く血が繋がってません」
優美の顔に緊張が走り、小較の言葉が続く。
「あたしは、遺伝子の病気で、大人になれない筈でした。そんなあたしを悪の秘密結社が買って、人体実験をしたんです。擬似的に白風の技を使わせる事が出来るかの実験でした。その後、色々あって、八子さんの治療をしてもらって、ヤヤお姉ちゃんの妹をしています」
「子供を売るなんて! そんな事が許されるわけ!」
優美が感情的に怒鳴るが、小較が平然と答える。
「そういう世界があるって事です。あたしの彼も人体実験用に買われて、脳味噌を弄られてますよ」
それには、流石に秀一の顔が怖くなる。
「ふざけた常識だ。人をモルモットと勘違いしてる奴らが居るんだからな」
優美が拳を握り締めて、何にもいえない顔をしているのを見て、小較が言う。
「八子さんは、エッチな事を言いますが、治療は確かですよ。治療を受けていたあたしが保障します」
ここに至り、優美も今日の買い物の目的を理解した。
「そこは、あまり心配していないわ。問題は、自分の事。あたしは、弱い人間だから……」
火姫が声にならなかった言葉を言う。
「あちきと今まで通りに出来ないと思ったんですか? 別に構わないです。元々、赤の他人なんですから」
その言葉に、優美が俯くと、火姫の頬が叩かれる。
「謝れ」
秀一の言葉に、火姫が驚き、優美が慌てて庇う。
「秀一なにをするの! 火姫ちゃんは、何も悪い事を言っていないわ!」
秀一は、火姫の目を見て言う。
「お前にとって優美は、そんな存在なのか? 違うだろう? 思って居ない事を言って、安易に流そうとするな!」
火姫の目が潤み、優美が強く火姫を抱きしめる。
「火姫ちゃんは、悪くないわ! 全部、弱いあたしがいけないの!」
涙目になる優美に思わず強く抱きつく火姫。
「……ごめんなさい」
周囲の視線を集める三人に、溜息を吐きながら小較が言う。
「家族劇場は、良いんですが、有名人って自覚あります?」
慌てて、その場を離れる秀一達だった。
安産祈願の御守りを買った後、小較が言う。
「あたしは、自分がヤヤお姉ちゃんの妹である事を誇りに持ってます。血の繋がりがなく、遺伝子細工の紛い物だって、分家の人間に、攻められる事は、ありますけど、そんな事は、ヤヤお姉ちゃんの妹で居られる事の否定する理由にならないから」
優美が眩しそうに言う。
「強いのね?」
首を横に振る小較。
「わがままなだけです。だってヤヤお姉ちゃんの妹の方が幸せなんですから。優美さんは、火姫ちゃんの母親だって事が幸せじゃないんですか?」
優美がその一言に、爆笑する。
周囲の目が集まる中、必死に笑いを堪えて、笑いすぎで出た涙を拭いながら優美が言う。
「困ったわ、あたしの娘じゃ、どうがんばっても火姫ちゃんより可愛がれそうもない」
「出来の悪い子ほど可愛いとも言うぞ」
秀一の言葉に、優美が肩を竦める。
「どう考えても、生意気そうだもの。生まれてくる子が可愛そう。出来の良すぎる姉が居るって残酷だと思う?」
問われた小較が首を横に振る。
「そんな事ないですよ、あたしは、出来の悪い姉を持って苦労してる人を知ってます。ついでに言うと、その出来の悪い姉は、母親としても出来が悪く、娘から母親って認識されていません」
流れに乗れない火姫に優美が笑顔で問いかける。
「どうせ出来の悪い妹になると思うけど、可愛がってくれる?」
火姫が戸惑いながらも頷くと優美が強く抱きしめる。
「本当に火姫ちゃんって良い子。火姫ちゃんが居てくれて、あたしは、凄く幸せ」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうだが、嬉しそうな火姫であった。
○蒼井秀一学会発表レポート
子作り地蔵の分布に関する報告
子作り地蔵は、地方に行くほど多くなるが、これは、昔の農耕が家族ぐるみで行われる物で、子供は、労働力と考えられている事にも関係が有ると思われる。
中略
現在の少子化の背景には、子供を負担と考える両親の心情が反映していると思われる。
しかし、今より経済状況が悪い時代にも、子供の数が家計を圧迫する事が少なく、逆に助けになった事をもう一度、思い出す必要がある。
民俗学博士 蒼井秀一
「こんどは、自分の安産祈願に来るわよ」
優美の言葉に、火姫が頷く。
「火姫ちゃん、こっちに飴細工の屋台があるよ」
小較に呼ばれて火姫が離れたのを確認してから、優美が笑顔で秀一に言う。
「そういうことだから頑張ってね、お父さん」
秀一は、背中に冷や汗を流れるのを感じた。