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河童の皿は、誰の物?

今回は、火姫萌です

「すまないが、明日の遊園地、延期していいか?」

 秀一の言葉に、ほんの少しだけ間を空いたが、火姫が頷く。

「この埋め合わせは、絶対するからな」

 そう言って、現地調査の準備を始める秀一に、火姫が笑顔で言う。

「気にしないで、秀一は、自分の研究を頑張って」

「ありがとう」

 元気に答える秀一の頭に、ヘアブラシが激突する。

「何するんだよ!」

 怒鳴る秀一に、優美が駆け込んで来て怒鳴る。

「良い訳ないでしょうが! 火姫ちゃんとの約束を破って何処に行くのよ!」

 秀一がぶつけられた所をさすりながら答える。

「次の学会で河童の研究を発表する予定なんだが、新しい河童の皿が見つかったんだ。発表前に一度は、目を通しておかないとまずいから、急ぎなんだよ。それに火姫も良いと言ってるだろう」

 優美が折角整えた髪を掻き乱し、怒鳴る。

「この研究馬鹿は、火姫ちゃんが駄目って言える訳ないでしょうが! 絶対あたしは、認めないからね!」

 睨み合う優美と秀一。

 火姫が優美の服の裾を掴んで言う。

「本当に良いの。お母さんも秀一の研究の邪魔だけは、したくないって言ってたから」

 健気過ぎる言葉に、優美が思わず火姫を抱きしめる。

「火姫は、本当に良い子!」

「それでは、行って来る!」

 秀一が逃げるように家を出て行く。

 秀一が出て行った扉を睨み、優美が愚痴る。

「どうして、こんな良い子を悲しませられるのかしらね!」

 火姫の顔を見て優美が言う。

「もっと我侭言っていいんだからね」

 火姫が戸惑いながらも頷き、母親には、及ばないが、物凄く近い温もりに、安堵を覚えて居た。



「これは、江戸時代初期に作られた焼き物ですね」

 問題の皿の調査を終えた秀一の言葉に、河童の皿がある寺の住職が立ち上がる。

「不遜な! これは、正真正銘の河童の皿です!」

 秀一は、溜息を吐いてから頷く。

「そうですね、確かにこれは、河童の皿ですね」

 意外な返答に住職が戸惑っていると、秀一が説明を開始する。

「河童の皿と呼ばれる物の大半は、普通の焼き物です。それに様々な謂れが付随して、河童の皿になるのです。この皿もそういった物の一枚でしょう。皿の単純な骨董品としての価値も高いです」

 高いという言葉に反応して落ち着く住職に、秀一が呆れながらも寺を後にする。



「確認の為に来たんだが、新しい発見は、無かったな」

 秀一が宿に戻る為に川沿いの道を歩いていると、一人の火姫と同じ年位の少女を見つける。

 その少女は、何故かキュウリを持って、不思議な踊りを踊っていた。

 秀一は、苦笑をしながら、少女の傍に因る。

「河童は、現れたかい?」

「……何の事か解らない」

 その言葉に少女が、慌ててキュウリを隠すが、秀一が全てを見通した様な目で続ける。

「地元の子に言われたんじゃないのかい? 河童も見た事もない奴とは、遊べないって?」

 びっくりした顔をする少女。

「やっぱりね。さっきの踊りは、河童を呼び出す踊りってよく言われてる奴だからね」

 顔を真っ赤にしたと思うと、少女が泣き出す。

「皆、全然遊んでくれないの」

 秀一は、そんな少女の頭を撫でて、泣き止ませてから言う。

「良い事を教えてあげるよ」



「おじさん、ありがとう!」

 手を振って去っていく少女。

「せめてお兄さんと呼んで欲しかったな」

 苦笑するしかない秀一。

 その後、真面目な顔に戻ると草むらに向かって声をかける。

「あの子が去るまで待っていてくれた事は、感謝する。それで何の用だ?」

 すると草むらからヤクザ達が現れて答える。

「あの皿が本物の河童の皿じゃないなんて発表されたら困るんでな、あの寺には、行かなかった事にしてもらえないかい?」

 サングラスをした若頭の言葉に、秀一が首を横に振る。

「残念だが無理だ。それに今更あの皿が普通の焼き物でも、河童の皿としての価値は、軽減しない。本当の河童がつけていた皿など無いのだからな」

 その言葉に、ヤクザ達が戸惑うのを見ながら秀一が続ける。

「河童の皿とは、単なる俗称だ。実際に皿があるわけでは、なく。そういった風に見えるだけ。学校行った事があれば、ザビエルの絵を一度は、見たことがあるだろう。あの状態を河童の皿と呼んでるんだ」

 ヤクザ達が凄い複雑な顔をしている間に、帰ろうとした秀一だったが、若頭が慌てて大声を出す。

「とにかく、ここで変ないちゃもんを付けられるわけには、行かないんだ! 掴まえろ!」

 動き出すヤクザを見回し、溜息を吐いて秀一が両手をあげる。

「大人しく捕まる」

 あっさり捕まる秀一に、ヤクザ達は、首を傾げるが、楽に済むので、そのまま秀一を捕まえてしまった。



「これから遊園地に行かない?」

 撮影が前倒しで終って帰ってきた優美の言葉に、火姫は済まなそうに頭を下げる。

「あちきは、秀一と一緒に行きたい」

 複雑な表情をした後、残念そうに溜息を吐く優美。

「そうよね。どうして秀一は、そこらへんが解らないのかしら?」

 慌ててフォローする火姫。

「優美さんと一緒に行きたくない訳じゃないんです」

 優美が笑顔で答える。

「解ってるわ」

 携帯がなったので、優美が出る。

「秀一と連絡が取れない? またなの?」

 眉を顰める優美に、火姫が驚く。

「秀一がどうかしたの?」

 優美が肩を竦めて言う。

「また連絡が取れなくなったの。どうせ現地の人間とトラブルを起こしたんでしょうね」

 慣れきった態度の優美と違って、火姫が心配そうな顔をする。

「気にしなくても良いわよ。こういう事態に備えて、色々手を打ってるんだから。こうやって連絡くるんだってそんな対応の一つよ」

 優美の答えに火姫が首を傾げる。

「どうして民俗学者が、そんな事をするのですか?」

 大きく溜息を吐く優美。

「一般的な民俗学者と違って秀一は、突っ込んだ所まで調べるから、過去の悪事とかが暴露されると困る人たちが出てくるのよ。そういった時に口封じとかされそうになるの」

 火姫が優美に縋りつく。

「秀一の所に連れて行って下さい」

 哀願する目に慌てて優美が言う。

「大丈夫だから、いままでだって一人で何とかして来たんだから、火姫ちゃんが心配する事は、ないわ」

 それでも火姫が今にも泣き出しそうな目で優美を見る。

 優美は、頭をかいて言う。

「解ったわ。直ぐに行きましょう。その代わり、明日は、朝から三人で遊園地だからね?」

「うん」

 嬉しそうに頷く火姫であった。



「詰り、この市長さんに雇われて、町興しの一環な訳だな」

 秀一の言葉にヤクザの一人が面倒そうに頷く。

「そうなんだぜ、今時河童の皿なんてもんで、観光客を呼べると、本気でおもってるのかね?」

 苦笑する秀一。

「やり方しだいだろうが、少なくとも中途半端な知識では、逆に叩かれて御しまいだろうな」

「随分気楽な態度だな」

 若頭の言葉に秀一が答える。

「お前達には、俺を傷つけることは、出来ない」

 若頭の近づき睨む。

「何の根拠にそんな事を言うんだ?」

 秀一が余裕たっぷりな態度で答える。

「簡単だよ、俺の取材を受け付けたという事は、俺がテレビにも出たことがあると知ってる。つまり、下手に怪我を負わせたら面倒な事になる事が解ってる。あんた等が出来るのは、俺に交換条件を差し出して、黙らせるだけだ」

 若頭が秀一を囲ませて凄む。

「ここで殺して、行方不明にする事だって出来るんだぜ?」

 秀一が肩を竦める。

「いっとくが、俺は、自分が何をしてたか、ちゃんと連絡してある。ここにたどり着くのは、直ぐだ。地方の権力者程度じゃ、有名人の行方不明者調査を中止に出来ないぞ」

 歯軋りをする。

「いい気になるなよ! お前の家族を確保すればそいつを人質に……」

 その言葉が途中で止まる。

 秀一の殺気だ。

「優美や火姫に手を出してみろ、こんな町、社会的に無くしてやるかな」

 頬を引き攣らせる若頭。

「そ……そんな事が出来るわけ無いだろうが!」

 秀一が寺の方を見て言う。

「あの河童の皿は、以前に見たことがある。盗んできたんだろう? 盗品で、町興しをする町。大スキャンダルになるな。そうなったら、この町は、お終いだぞ」

 完全に飲まれるヤクザ達。

 その時、扉が開く。

「秀一、大丈夫!」

 火姫である。

「火姫、どうしてここに?」

 驚いた顔をする秀一に若頭が逆転のチャンスとばかりに、火姫に近づこうとした。

「やめろ!」

 秀一が大声を出す。

「止めるか! こいつを人質にすれば!」

 若頭は勘違いしていた、秀一は、ヤクザ達に言ったのでは、ない。

 しかし、間に合わなかった。

 火姫が放った狐火が次々に、ヤクザ達に当り、ヤクザ達が逃げ出して行く。

 その間に優美が秀一を縛っていたロープを外す。

「宿は、とってあるんでしょう? 明日は、早くから火姫ちゃんと遊園地に行くんだから、早く休みましょう」

 秀一が小さく溜息を吐いて首を横に振る。

「先に、口止めをしないと駄目だ。今夜は、徹夜だ」

「自業自得。あたし達は、温泉でも入って寝ているから、頑張って」

 優美がきってすてる。



○蒼井秀一学会発表レポート



 河童の皿に関する報告



 現存する河童の皿は、大半が焼き物であるが、地方により、特徴が異なる事が判明している。

 河童伝説の差異と併せて、研究対象となる物だと思われる。



 中略



 河童の皿等の民俗学的貴重品が、高値で売買される事がある。

 それは、神秘性を重要視し、正確な管理がされていない事に原因がある。

 民族学に関る者とし、神秘性とは、異なる、正確な基準と情報公開を行う必要性を強く感じるものである。



 民俗学博士 蒼井秀一



「それで、その川原に居た女の子に何を教えたの?」

 優美の質問に秀一が答える。

「河童の泳法だ。それを友達の前で見せてやれて言ってやった。多分、都会者と固定概念が友達作りの壁になっているから、その壁を取るきっかけになるだろう」

 優美が微笑む。

「早く仲良くなれると良いわね」

 秀一が頷き、欠伸をする。

「ところで、ジェットコースターには、二人で乗って貰えないか? その間、仮眠をとるから」

「あたしは、良いけど、火姫ちゃんは、どう」

 意味ありげな顔で火姫を見る優美。

 秀一が火姫を見る。

「徹夜で少し眠いんだけどな?」

 火姫は、秀一の腕を掴み、はっきりと答える。

「一緒に乗る」

 辛そうだが、嬉しそうな顔をする秀一を見て、笑いを堪える優美であった。

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