幽霊の胸に空気が無い
今度は、テレビ番組です。優美さんの出番が多いのが特徴です
「ただいま」
帰って来た火姫が、本当に珍しい物を見た。
「どうしても駄目?」
秀一に手を合わせて頭を下げる優美である。
そして、いつも優美に対して余裕がある態度をとる秀一も、珍しく強く反発していた。
「これだけは、譲れない」
「どうしたの?」
火姫の言葉に優美が笑顔に戻り言う。
「お帰りなさい。ちょっとテレビの関係者から頼まれたのよ、そっちの道では、有名な秀一を幽霊番組に出してくれって」
「俺は、絶対にテレビに出る馬鹿な奴等と同じ事は、しない」
秀一の言葉に優美が言う。
「詰り、あたしが、馬鹿な奴だって言いたいの!」
「違う! 研究が最優先なのにテレビに出ていい加減な事を言っている学者が馬鹿だと言っているんだ!」
睨み合う二人を珍しそうに観察する火姫。
「秀一達も喧嘩するんだね」
その一言に、優美が慌てて笑顔になって言う。
「そんな別に喧嘩なんかしてないわよね?」
優美は、同意を求めるが、秀一は、あっさり否定する。
「当然だ。喧嘩も出来ない詰まらない馴れ合いな関係を作ってない。意見が違えば喧嘩もする」
優美が睨むが秀一は怯まない。
「とにかく、俺は、テレビには、出ないぞ」
その時、火姫が呟く。
「秀一って世間一般的に見るとひもだよね」
驚愕の表情を浮かべて固まる秀一を無視して続ける。
「クラスメイトに秀一が一日中、家に居て、優美さんが毎日働きに出てるって言ったらひもって聞かれたよ」
優美が手を叩く。
「確かに、昔の絵描きや物書きみたいな、ひもにも見えるわね」
秀一が机を叩く。
「研究書の印税でこのマンション買ったのも俺だぞ! 本屋や図書館に行けば俺が書いた本が置いてあるだろうが!」
火姫は、頷くが遠い目をして言う。
「でも、小学生に秀一の本を見せても難しい本ってだけで、誰も凄いと言わなかった」
優美が強く頷く。
「小学生に、難しい研究書を見せても、尊敬されないね」
何も言い返せない秀一の顔を見て火姫が言う。
「あちきは、友達のひもって質問にどう答えたら良い?」
「ありがとうございます。御高名な蒼井博士に出て頂ければ、この番組の格が格段あがるというものです」
問題の番組のプロデューサが秀一に近付きごまをする。
秀一は苦虫を噛み潰した顔をして言う。
「最初に言っておくぞ、番組を盛り上げるのが得意な奴等と違って自分の考えしか言えない。その代わり、言った事を改変しない限り、幾ら切っても構わない」
意外そうな顔をするプロデューサ。
「本当に良いんですか?」
頷く秀一。
「仕方ないだろう、テレビ番組としては、詰まらない学者の長話なんて流せないだろう」
頭を下げるプロデューサ。
「助かります。学者の先生の中には、自分の話が少しでも切れると怒り出す人が居ますので」
秀一が肩を竦める。
「ある意味それは、正しい態度だ。俺達、学者は、自分の研究を正しく伝える努力を勤めないといけないからな。だが、そっちの都合も理解しているつもりだ」
その言葉にプロデューサが心底驚いた顔をする。
「足を引っ張ると思うが、よろしく頼む」
その場を離れる秀一。
その後、優美が来て言う。
「どう、秀一は?」
プロデューサは戸惑った表情で言う。
「テレビ嫌いの学者って言うから、こっちの事を見下してると思って居たが、そんな風なところは全くないな」
優美が頷く。
「当然。秀一は、研究を優先するけど、一本筋が通った人間よ」
そんなこんなで、幽霊が出るトンネルでロケが始まった。
「火姫ちゃん、霊気感じる?」
秀一が、研究者としての意見を述べている間に、一緒に連れてきた火姫に質問する優美。
火姫は、首を横に振る。
「幽霊って何度か見たことあるけど、そんな気配は、しない」
「詰りガセって事?」
優美は首を傾げていると、秀一が戻って来て言う。
「まだそうとは、言い切れない。幽霊が出ない心霊スポットって可能性があるからな」
その言葉に眉を顰める優美。
「それなんの冗談? 幽霊が出なかったら心霊スポットとは、いえないでしょ」
秀一がいくつかの資料を見せる。
「幽霊が出る高速道路って知っているか?」
優美が頷く。
「近くに墓地があるって所で、よく事故が起きるって所でしょ?」
秀一が地図を出して一つの高速道路を示す。
「墓地が近くにあるって言うが、意外と墓地って多くてな。地方に行けば行くほどその周囲の地価が下がるから必然的に高速道路の近くに墓地がある事になる。問題は、そっちじゃ無く、狭く人が多い日本で高速道路を安く作ろうとした事にある。よく見てみろ」
火姫が正直な感想を答える。
「この高速道路は、ぎりぎりまで直線で、いきなり急カーブになってる」
秀一が頷く。
「通常時の実験では、全く問題ないと言われているカーブだが、深夜の思考能力が落ちている状態では、単調な直線からの急カーブには、対応しきれない場合がある。その所為でこのカーブが魔のカーブとして心霊スポットになっていた。今は、直前の所で眠気を散らす為に道路に凹凸をつけて事故の数を減らしてる。そういった心霊とは、全く関係ない条件で事故や幽霊幻覚を見る心霊スポットが、日本には、結構あるんだ」
「それって絶対心霊スポットじゃない!」
優美が反論するが、気にしない。
そんな二人の様子を周りのスタッフが珍しい物を見る目で見てるのに火姫が気付く。
「皆さんどうしたの?」
火姫の質問にADの男性が言う。
「赤井さんって何時もは、優しく自分に厳しい大人の女性って感じなんだけど、あの蒼井博士と一緒の時は、違ってて意外だったかな」
火姫は、首を傾げる。
「家だと何時もあーだよ。それは、テレビだと普段と違うけど、それって演技してるからだと思った」
ADの男性が肩を竦める。
「そこまで打ち解けたところは、僕等は、見たこと無いよ。それより火姫ちゃん、アイドルやってみない?」
いきなりの展開に戸惑う火姫。
「あちきは、そういうテレビとか出ちゃ駄目って言われてるの」
「そんな勿体無いよ。こんなに可愛いんだからきっと売れるよ」
数人のスタッフが同意した時、優美が駆け寄ってきて睨む。
「あたしの可愛い娘に手を出そうとしてるのは、だーれ?」
冷や汗を垂らしながらADの男性が言う。
「火姫ちゃんが可愛いからスカウトしようかと……」
優美が怖い顔で睨む。
「許しません! 火姫ちゃんを芸能界なんて悪鬼蠢く場所には、入れません!」
「おいおい、火姫にも選択の権利って物があるだろう」
秀一が割って入ってくるが優美は、止まらない。
「チャイドルなんて騒いでるけど、自分の人生を正しく考えられない子供を芸能界に入れようなんて、人の親のすることじゃない!」
物凄い激怒ぶりに周りのスタッフも離れていく。
秀一は、火姫の肩を掴み言う。
「俺は、お前の判断を信じてる。もし間違っていても一緒に修正していけるとも思ってるから好きな事をしろ」
その言葉に火姫が顔を俯き答える。
「でも駄目、目立てばあちきの秘密がばれるから」
「そんな事は、気にするな。それで、八刃って奴等からクレームが来ても俺が何とかしてやる」
秀一の力強い言葉に火姫が顔を上げて真剣な顔で言う。
「八刃に逆らったら駄目! あそこは、自分達が正義の味方だと考えないから人道的とかそういう物は、存在しないから」
眉を顰める秀一。
「正義の味方じゃない? 犯罪結社か、何かなのか?」
首を横に振る火姫。
「あれは、異邪と呼ばれる異界から来た邪悪な物の排除が全て。その理由が世界平和でなく、身近な人間の安全と幸せの為。だから他人が大怪我しようが死のうが、自分の大切な人間に被害が無い限り平気な連中のあつまり」
頭をかきながら秀一が言う。
「極端な連中だな。しかし、下手に正義面した奴等より面倒なことは確かだな。それでも、自分がしたかったらしろ。お前一人の自由くらい俺がなんとかしてやるから」
火姫は、再び俯いて何も言わない。
「なんだ、あの教授は!」
番組に出演依頼された霊能者が舌打ちをする。
「高名な民俗学の博士でして、大学に勤めていないので教授という訳では、ありませんよ」
プロデューサが軽く訂正したが霊能力者は、机を叩き言う。
「そんな事は、どうでもいい! あいつは、俺の呪文をパチモン呼ばわりしたんだぞ!」
プロデューサは、汗を拭きながら宥める。
「気にしないで下さい、所詮は、頭でっかちな学者の言葉ですから気にしないで下さい」
霊能者の男が高慢に頷き言う。
「そうだな、所詮は、机にかじりついて、現実を知らない馬鹿な奴の言葉だ。気にする必要はないな」
そう言って、自分のテントに帰っていく。
溜息を吐くプロデューサの肩を秀一が叩く。
「お疲れさん」
その言葉に更に冷や汗をかきプロデューサが言いつくろう。
「いまのは、その言葉のあやでして」
秀一が肩を竦めて言う。
「気にしなくてもいい。それよりあいつを多用するのは、止めたほうがいいぞ。あいつの使ってる呪文は、全部、密教の呪文を少し変えてるだけの色物だ。そのまま使えばまだいいんだが、いい加減な変換と理屈を並べてるからその内、宗教団体から訴えられる可能性もある。今までも何度かクレームがあったんじゃないか?」
秀一の的を射た言葉にプロデューサが息を呑む。
「しかし、かれは、ああ見えて人気もありますから」
秀一が苦笑する。
「真面目に答えてくれてありがとう。しかし、切るなら大問題を起こす前じゃないと、あんたも巻き込まれるぞ」
秀一が去っていった後、プロデューサが悩む。
「やっかみなんて気にしないほうが良いのでは?」
ディレクターの言葉にプロデューサが首を横に振る。
「あれに対するクレームが多く、最近では宗教団体からの厳重な抗議文まで来ているんだ。言われたとおり新しい、タレント霊能者を探したほうが賢明かもしれんな」
番組が進むなか、問題の霊能者が幽霊トンネルに入って行った。
「お払いをするんだってさ、利くのかしら?」
優美の言葉に秀一が肩を竦める。
「してもしなくても幽霊が出てこない。適当に済ませておしまいだろ」
その時、火姫が秀一にしがみ付く。
「秀一、危ない」
その時、トンネルからスタッフが逃げ出してくる。
「悪霊が出た!」
数分後、意識を失った霊能者が救急車で連れて行かれた後、プロデューサの所に秀一が行く。
「どうしたんですか?」
「どうしたも、こうしたもない幽霊の仕業だよ。あの霊能者が火を焚き、呪文を唱えたら、スタッフが苦しみだしたんだ! どうしたらいいんだ」
プロデューサの言葉に、秀一が別のスタッフを捕まえて言う。
「トンネルの設計図か何かは手に入れてないか?」
その言葉にADの青年が頷き手に持っていた設計図を渡す。
「一応、何かに使えるかと、貰ってきたのは、ありますが、これでなにか解るんですか?」
秀一は設計図を見て大きな溜息を吐く。
「これは、幽霊の仕業では、ないな」
その言葉にスタッフたちが驚く。
「でも、呪文を唱えた途端、スタッフの人間が苦しみだしたんですよ?」
プロデューサの言葉に秀一が答える。
「火を焚いて、酸素が消費されたから苦しみだしたんだ。設計図を見ると問題の場所は、換気に問題があるスポット。多数の人間と火を焚く事に因る大量な酸素の消費による酸欠、それがこの現象の正体だ。今回の幽霊騒ぎと同様に、壁に見える染みが幽霊に見え、それをよく見ようと、換気の悪いところにずっと居た為、軽い酸欠症状を起こして故に見た幻覚だろうな」
秀一の答えに驚くスタッフ達を尻目に呆れた顔をして秀一が言う。
「お決まりだけの換気口を作ってるだけのやっつけ仕事の設計で、トンネル全体の換気が考えられなかったのが原因だな」
あっさりとした解決に戸惑うスタッフのタイムキーパーに優美が近付き言う。
「ところで、尺足りる?」
タイムキーパーが慌てて時間をチェックして言う。
「プロデューサ! どうやっても予定していた半分にもなりません」
その言葉がスタッフ達を正気に戻らせた。
「蒼井先生。どうか今の説明を三十分以上かけて、盛り上げるように説明していただけませんか?
プロデューサの言葉に秀一がはっきり答える。
「それで視聴率取れると思うか?」
悩み出すプロデューサの姿を見て優美が軽く溜息を吐く。
「これは、お蔵入りかな」
その言葉に意外に反応したのは、火姫だった。
「放送されないの?」
寂しそうな顔をする火姫に優美も困った顔をする。
「何とか他の映像で尺を足せば大丈夫かもしれないけど、仮にも心霊番組で霊能者が居ないとなると厳しいわね」
「少しくらいなら、霊気感じたりできるよ」
火姫の提案に苦笑する優美。
「本当に霊感あるとかは、関係ないの。視聴者にそれっぽく見えないといけないから。本当のオカルトのように見えないと……」
優美は、思わず火姫のお尻の方に視線を向けてしまう。
火姫も何が言いたいのか解ったみたいであった。
「正体ばれないんだったらやっても良い」
そして、その計画が始まった。
○蒼井秀一学会発表レポート
心霊現象と事故の関連性
問題のトンネルには、構造上の欠陥が存在し、早急に修復する必要がある事が判明した。
中略
心霊現象を気の迷いと断定する前に、専門の事故調査スタッフを用意し、事故の原因究明こそ優先される事だと考えられる。
民俗学博士 蒼井秀一
「本気でこんなんで良いのか?」
秀一は、何度目か解らない自分の出演番組のビデオ自宅上映会の始まりに言う。
そこには、前半問題の幽霊トンネルの真相解明として秀一が短い台詞で締めた後、ドッキリ企画として、偽妖狐を追えが始まった。
『これは、まさか狐火?』
画面に映る秀一は、大根の演技で呟く中、狐の仮面を被った火姫が、近くから借りた和服をまとって、狐火を出していた。
『あの少女には、狐の尻尾が生えてるわ!』
画面の中の優美は、さすがになれたもので本当に驚いた顔をしている。
『尻尾の数が三本という事は、まだ若い妖狐でしょう』
画面の中の秀一もそろそろ我慢の限界らしく、眉間に血管が浮き上がっている。
暫く、火姫の妖狐の技でのパフォーマンスがあり、最後にドッキリ企画と発表されて、番組は、笑いの中で終了した。
「やっぱり火姫ちゃん可愛い。顔を見せられないのが残念」
優美がなんか前と意見が違う発言をする中、秀一の携帯がなる。
『少し目立ち過ぎですね』
電話の声に秀一が席を離れて言う。
「ヤヤさんか? 今回の事で文句があって連絡してきたのか?」
電話の相手、ヤヤは、苦笑した後に答える。
『昔、テレビ番組で特撮と言って格闘技の世界チャンピオンなぎ倒した私には、言えた義理じゃありません』
眉を顰める秀一。
「そんなことまでしてたのか?」
『さすがに放映されませんでしたがね。今回も作り物って事にしてありますから不問にするように私の方で動いておきますので、安心して下さい。でもアイドル活動は、止めて下さいね』
ヤヤの答えに秀一がきっぱり答える。
「火姫が望むんだったら止めないし、邪魔はさせないぞ」
暫くの沈黙後、ヤヤが答える。
『良いお父さんになりそうで良かったです。その時は、こちらにも一声かけて下さい。それでは、失礼します』
携帯を切って秀一が戻ると火姫が小さく呟く。
「これでクラスメイトに説明出来る」
その一言を聞けただけでもテレビに出て良かったと思える秀一であった。