表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

人魚の腕に注射の跡

今回は、人魚のミイラがスタートです。八百比丘尼の伝承の裏

「秀一、荷物届いてたよ」

 火姫が、大きな荷物を持ってリビングに入ってくる。

「ようやく、届いたか」

 秀一は、受け取ると、直ぐに開き始める。

「何が届いたの?」

 火姫の為におやつ作りにチャレンジしていた優美がやってくる。

「面白いものさ」

 興味津々な顔をして優美が見守る。

 ランドセルを置きに部屋に戻る火姫だったが、リビングから優美の叫び声が響く。

「何これ!」

「やっぱり優美さんは、驚いたか」

 火姫が、リビングに戻ると壁に張り付いた優美が居た。

「火姫ちゃん、見ちゃ駄目!」

 叫ぶ優美だったが、火姫は、平然と秀一の傍に行き、言う。

「ミイラなんてどうするの?」

 秀一は、箱の中から上半身は人間、下半身は魚、人魚のミイラを取り出す。

「ある資産家の蔵から発見された貴重品だよ。人魚伝承の検証用の資料として借りたんだよ」

 おっかなびっくり近づく優美が質問する。

「秀一は、ともかくとして火姫ちゃんは、良く平気ね?」

 火姫は、ミイラを見ながら答える。

「隠し里には、喋る妖狐のミイラもあった」

「それは、一度見てみたいな」

 秀一がそんな事を言いながらも人魚のミイラをチェックする。

「でも人魚って本当に居たのね」

 優美の言葉に秀一が苦笑する。

「残念だが、それは、判らない。これは、人魚のミイラと呼ばれる、猿と魚のミイラだからな」

「それってまさか偽物?」

 優美の言葉に秀一が答える。

「人魚としては偽物だが、人魚のミイラとしては、本物だ」

 首を傾げる優美。

「昔から人魚のミイラと言ったら、そのミイラになるって事?」

 火姫の答えに頷く秀一。

「多少の差は、あるが。一番オーソドックスな人魚のミイラだな。人魚伝承の検証の他にも当時のミイラ製造技術を知る貴重な資料だったが、前回の発表が高評だったから、最初にチェックさせて貰える事になった」

 優美は、後ずさりながら言う。

「そんな物を調べて何になるの?」

 秀一は、背中の所を指差して言う。

「当時の資料の外見とミイラの外見の差異などをチェックしたりと色々と調べる事はある」

 その時、火姫がミイラの口を強引に開く。

「火姫、乱暴な事は止めてくれよ。この後は、製造技術のチェックが入るから少しでも壊れたら大目玉をくらうんだ」

 慌てて秀一が言ったとき、火姫がミイラの口から一つの石を取り出す。

「この石、ただの石じゃない。隠れ里で見たことがある霊石だよ」

 秀一がそれを手に取りチェックする。

「勾玉の一種だな。しかしなんで、人魚のミイラの中に? 火姫、このミイラが本物の人魚って事は無いよな?」

 火姫はあっさり頷く。

「妖狐のお婆ちゃんが言っていた。本物の人魚は、完全な姿を維持できる状態でミイラ化されるなんて事は、無いって」

「本気で一度、隠れ里に案内してくれないか?」

 秀一が言葉に火姫は首を横に振る。

「隠れ里には、ただの人間は、入れなくなってるから駄目」

 本気で残念そうな顔をしながら秀一が言う。

「とにかく、口の中に勾玉が入ってるのは、気になる。ミイラの調査が終ったら現地に行ってみるか」

 そして火姫が鼻を鳴らして言う。

「優美さん、何か火にかけたままじゃない?」

 その言葉に優美が慌ててキッチンに戻っていく。

「折角上手く行っていたのに!」

 苦笑する秀一であった。



「明日、優美が迎えに来たら帰るんだぞ」

 現地の駅に着いた秀一の第一声は、それだった。

「解ってる。学校は休まない」

 出発が土曜日だった為、一緒についてきた火姫が頷く。

 そして二人は、本日の宿に向かって歩きだす。

「秀一、人魚のミイラって多いの?」

 火姫の質問に頷く秀一。

「結構メジャーだな。他にも鬼のミイラなんかもあるが、人魚のミイラが有名になるのにはそれなりの理由があるんだ」

「理由?」

 火姫が聞き返すと秀一は一つの尼さんの絵を見せる。

「日本で人魚伝説がメジャーになったのは、八百比丘尼ヤオビクニって行脚した尼さんのお陰だな。彼女は、人魚の肉を食らって不老不死になった。八百歳と言われていたが、常に若く美しい姿をしていたと言われてる。その為、人魚には、不死性があり、ミイラもただの死骸ではなく、復活すると思われているからだ。これは、日本で多く伝わってるもので、世界的には、どちらかというと海の男を惑わす魔物ととられる事が多い」

 火姫は、八百比丘尼の絵を見ながら言う。

「この人は、本当に居たの?」

 肩を竦める秀一。

「残念ながら、写真機が出来るより前の事だから確証は無い。しかし、八百比丘尼の痕跡は、色んな所に残されているから、何者かが、行脚を行っていたのは、確かだ」

 首を傾げる火姫。

「痕跡が残ってるんだったら居たんじゃないの?」

 秀一が少し考えてから言う。

「もし数百年後、今の時代の事がおぼろげになった時に、よく壊される事で有名なコナンの銅像が見つかって、名探偵って説明文がついてたらその時代の人間は、多分、凄い小学生探偵が居て、それをデフォルメして銅像を作ったと考えるだろう。逸話として伝わった話がまるで本当にあった事の様に伝えられる事は、よくある話だ。この場合、確実なのは、行脚が行われたと思われる痕跡と記録であり、それを誰がやったかまでは、当時の人間に確認するしかないな」

「行脚を行ったのは、確実なの?」

 火姫の当然の質問に秀一が頷く。

「それは、間違いない。単独資料や石碑だけなら、さっき言ったように逸話がさも真実の様に語られたという説もありだが、関連するいくつかの文献でも、何者かが行脚した事により、飢饉や病気から救われたという話しが探し出せる。俺の考えでは、八百比丘尼は、ある宗教の尼さんの肩書きみたいなものだと思う。比丘尼自体が尼さんの事を指す言葉だから、似たような尼さんが似たような事を言っているうちに、まるで同一人物が行脚したみたいに誤解されたのが始まりだとな」

「もしそうだとしたらどうなるの?」

 火姫の質問に秀一が答える。

「どうもならないって言うのが答えだったりするが、民俗学的に言えば、同一人物になるまでにどういった経緯を経たかが重要になるな。今回の人魚のミイラの口に入っていた勾玉がそれに対する答えの一つかもしれない」

 問題の勾玉の写真(実物は、ミイラと共に次の研究者に郵送済み)を見る火姫。

「この勾玉がどうして?」

 秀一は、自分が所有する勾玉を取り出して言う。

「紙と違って時代を特定がし易い。その上、宗教色が有る以上、類似物を探し出せば、そこから芋蔓式に真相が探りだせる可能性があるんだ」

 不思議そうな顔をする火姫。

「秀一は、どうしてそんな事を知りたいの?」

 秀一は、苦笑する。

「よくある質問だな。まーお前の母親には一度も聞かれた事は無かったがな」

 その一言に火姫が複雑な顔をするが、秀一は、そんな火姫の頭を撫でながら言う。

「すまなかった、お前は、お前だったな。俺がやっているのは、過去を調べる学問だ。それで何か生活が便利になる訳でも、利益を生み出す物でもない。でもな、そこには、当時の人間の生き方がある。今と違う時代を生きた人間がどんな生き方をして、どんな思いで、妖怪や伝承を生み出したのか? それを知りたいと思ったら止まらなくなったんだよ」

 子供の様に自分の仕事を語る秀一に見惚れてしまう。

「少しは、父親と認めてくれるか?」

 秀一の言葉に慌てて火姫が怒鳴る。

「そんな子供っぽい秀一をどうしたら、父親だって思えるの!」

 秀一は、苦笑して答えない。



 宿で火姫の寝顔を見ていた秀一の携帯が鳴る。

 慌てて、その場を離れる秀一。

「問題の勾玉の調査終ったのか?」

 電話の相手が答える。

『まだだ。時代的には、八百比丘尼の時代とは、あってるが。その時代の勾玉のどれと同種かまでは、解らない』

 秀一が軽く苦笑しながら答える。

「まーそう簡単に解るとも思ってなかったがな。しかし、それだったらどうして電話を?」

『もう一つの調査だ。白風較については、これ以上の調査は、不可能だ』

 驚いた顔をする秀一。

「さすがのお前でも、ぬいぐるみショップのオーナーの情報までは、無いって事か?」

 相手が重い口調で答える。

『逆だ。こちらが想像する以上に情報が入った。問題の女性は、必殺の白手ハクシュとよく呼ばれる存在。二つ名に関しては、数限りなく。武勇伝に関しては、常識の範囲外。情報屋、全てが口を揃えて言う。絶対関っては、行けない存在だと』

 息を呑む秀一。

『白風較の名は、裏では、口にする事すら躊躇される。関るな、俺が言えるのは、それだけだ』

 電話が切って秀一が小さく溜息を吐く。

「とんでもない相手だと思ったが、予想以上だな。火姫の実家も気になるが、それ以上に八刃は、興味深い研究対象なんだがな」

 諦めきれない顔をする秀一であった。



「ここが、問題の人魚のミイラがあった家?」

 火姫の言葉に秀一が頷く。

「そうだ、アポは、とってある」

 チャイムを鳴らす秀一だったが、返事が来ない。

 頬を掻く秀一に鋭い目付きになった火姫が言う。

「中から血の匂いがする!」

 秀一は、舌打ちして、門を飛び越えるとドアを蹴破って中に入る。

 そこには、血まみれになった使用人達の死体が転がっていた。

 秀一は、慌てて火姫の視界を塞ぐように立ち言う。

「急いで近くの駐在所に行って、警官を呼んで来てくれ」

 火姫が頷き、振り替えた時、そこには、大男が立って居た。

「逃がしは、しない」

 その腕が振り上げられた時、秀一が回転蹴りを放つ。

 大男がよろめく。

「早く行け!」

 火姫が躊躇した時、秀一の目の前に一人の女性が立ち、秀一の顎に掌打を打ち込み、意識を刈り取る。

「大人しくしてね」

 女性の言葉に火姫が睨み、空中に狐火が浮かぶ。

「秀一を放せ!」

 大男は驚くが、女性は、平然としていた。

「妖狐とのハーフとは、珍しいわね。でもその狐火を放ったらこの男は殺すわよ」

 その言葉に火姫は歯軋りをしながらも狐火を消す。

「取敢えず、アジトに移動するわよ」

 そして火姫と秀一は、謎の女性と大男に連れられて行くのであった。



 秀一が目を覚ますとそこは、牢屋の様なところだった。

「秀一、大丈夫?」

 火姫の言葉に、秀一が体を起こしながら言う。

「大丈夫だ。全然気配を感じなかったが、あの女、何者だ?」

「八百比丘尼と言った方がいいかしら?」

 木の格子の先に居た女性が答える。

 秀一が一瞥して答える。

「当人って訳じゃないだろ?」

 女性、八百比丘尼が答える。

「別に八百年も生きていたんだから、今生きていてもおかしくないと思わない?」

 秀一が肩を竦める。

「もしも、本当に最初っからの八百比丘尼だったら、顔が違うんだよ。人間の顔って奴は、時代によって異なる。お前の顔は、現代人のそれだよ」

 その言葉に八百比丘尼が少し感心した顔をする。

「冷静ね。娘さんから事情は聞いたわ、人魚の、八百比丘尼の秘密を探しに来たんですってね?」

 秀一が頷く。

「ああ、運が悪く、事情もろくに伝わってなかった為、人魚のミイラを売ってしまった関係者の子孫の始末に巻き込まれたがな」

 八百比丘尼は拍手する。

「もう気付いたの? あの殺しが口封じだって」

 秀一が肩を竦める。

「偶然って言うほうが不自然だ。お前が八百比丘尼って言うのは、本当なんだろう? 日本を巡り歩いた、組織、八百比丘尼の継承者さん」

 八百比丘尼が頷く。

「そうよ、私達の一族は、遠い昔、人魚の肉を食らったの。でも伝説にある様に不老不死にならなかったわ。ただ、他の人より体が丈夫になった。でもね、人は、それすらも化物と恐れたの。私達が生き残る為には、この身を使って権力者に奉仕するしか無かった」

 その一言で秀一は、事情を理解し始めた。

「それは、勘違いだな。人魚の肉を食らったって言うのも、他の人より体が丈夫になったって言うのもな」

 その言葉に八百比丘尼が木の格子まで詰寄り怒鳴る。

「馬鹿な事を言わないでよ! 科学で全てが解るわけない! 貴方の娘さんみたいな妖怪もどきが居ても当然でしょ!」

 秀一は冷静に答える。

「人魚の肉を食らったのが嘘って証拠は、偽物の人魚のミイラが示してる。体が丈夫になったのが本当だったらどうして、他人がそれに気付いた? 力が強くなった訳でも、特殊な能力があった訳でもないんだろう?」

 八百比丘尼が戸惑う。

「それは、ずっと一緒にくらしていれば自然と……」

 秀一が答える。

「それは、無い。考えられるのは一つ。元から体が丈夫だった。飢えから普段は食わない魚すら食わなければいけなくなった村で唯一生き残る程度に」

 目が点になる八百比丘尼。

「何の根拠があってそんな事を言うの!」

 秀一が真面目な目で言う。

「あの時代、酷い飢饉と疫病が流行っていた。その中、全滅しかかった町の一つが八百比丘尼の生まれた町なんだろう。飢えから普段は、ゲテモノと口にしていなかった物、多分河豚の類を食べた。それで、肉体的に女性より弱い男が死に、お前達の祖先の女性が生き残った。しかし、この時代女性だけで生きていける程、生易しい時代では、無い。近くの権力者がお前達を奴隷にしたんだろう。逆らう事が出来なかったお前の祖先達は、その権力者が命ずるままに、飢餓や疫病が蔓延した場所で仕事をさせられた。その中には、今も続く薬の販売があるんだろう?」

 その一言に、八百比丘尼が驚愕する。

「どうしてドラックの事まで解るのよ!」

 秀一が大きく溜息を吐く。

「飢餓や疫病が蔓延した時は、ドラッグに依存して一時的な救いを求めようとする。この仕組みを最初に考えたのは、誰だか解らないがよく考えたもんだな、人魚の肉を食らって化物になった子孫という縛りをつけて、構成員の結束を強めたんだよ」

 戸惑う、八百比丘尼。

「全て嘘よ! あたしは、人魚を食べた八百比丘尼の子孫で、人間じゃないのよ! だからドラックを売って、人間を食い物にしてきたのよ! そうよ、そうじゃなきゃ、あの子を殺した意味がないじゃない!」

「やり直せ、遅くない」

 秀一の言葉に八百比丘尼は、注射を取り出すと自分の腕にうつ。

「見せてあげる、常人ならば発狂してしまう薬をうっても平気な八百比丘尼の力!」

 木の格子を壊して、秀一に殴りかかる八百比丘尼。

 秀一は、火姫に言う。

「眼くらましを頼む」

 火姫は、頷くと尻尾を出して、幻術で、秀一の姿を消させる。

「何処! 何処に逃げたの」

 八百比丘尼が怒鳴る。

「ここだ?」

 八百比丘尼が振り返った時、秀一の肘が八百比丘尼の顎に掠る。

「失敗したわね?」

 その手を振り下ろそうとした八百比丘尼の膝が崩れる。

「薬で、力が上がっても所詮は、人の体、脳みそを揺らせば動けなくなる」

 そして、秀一は、火姫を連れて牢を出ようとした時、火姫が言う。

「辛そうだった」

 牢から離れながら秀一が答える。

「人と交われないといわれ続けて、それを実行し続けた。昔ならともかくこの時代、幾らでも普通の生活が見えてくるから辛かったんだろう。でもこれで終りだ」

 火姫は、何も言えない表情で居ると秀一が言う。

「同じ人間同士でも、憎しみ、争う。種族の違いも関係ない。大切なのは、自分の考えで動く事だよ」

 火姫は、何も答えず、秀一の手を握るのであった。



○蒼井秀一学会発表レポート



 人魚のミイラと八百比丘尼の関連性



 新発見された人魚のミイラは、他のミイラと同じ紛い物だった。

 そのミイラの口に隠された勾玉は、依存性が高い薬品取引の割符の役割を果たしていたと考えられます。

 八百比丘尼の子孫と思われる人間の体の調査で彼女達が、当時流行っていた、病原菌や薬物に強い体質である事が判明した。

 滅びいく町で、体質から生き残った彼女達を特別視したのが、八百比丘尼の伝説の始まりと考えられます。



 中略



 こういった伝説に隠された悲劇を表面化し、次の悲劇に繋げない事も、私達、民俗学者の使命であると確信する。



 民俗学博士 蒼井秀一



「どうして、こう毎度、火姫ちゃんを危険な目に合わせるの!」

 警察の取調べからようやく帰ってきた秀一に激怒する優美。

「偶々だろう」

 誤魔化そうとする秀一に優美が詰め寄る。

「そんな言い訳が通じると思わないでね」

 この後、日頃の鬱憤をミックスした優美の抗議が長々と続くのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ