童女の髪が白かった
本番開始。最初の事件は、座敷童です
「秀一、ご飯食べるから、お金頂戴」
火姫が、東北の田舎町の資料館の資料を調べていた秀一に手を差し出す。
秀一は、慌てて時計を見るともう七時を過ぎていた。
「すまないな。直ぐにご飯を食べに行こう」
それに対して火姫は、首を横に振る。
「お母さんから聞いてる、秀一は、資料を調べ始めるとご飯より、調べ事を優先するって。帰りにおにぎり買ってくるよ」
その申し出は、正直、秀一には、嬉しかったが、ここで安易に流されては、いけないと決めて、資料を片付ける。
「食事を食べる時間くらいは、あるさ。資料調べで寂しい思いさせてるんだ、美味しいものを食べよう」
「仕事の邪魔はしないよ」
母一人、子一人で育った火姫には、仕事の邪魔をしては、いけないという思いが強いのか、少し強情なまでに主張したが、秀一は、上着を羽織ながら答える。
「美味しいご飯を食べた後のほうが、進むよ」
少し口を膨らませる火姫であったが、秀一に見えない様に嬉しそうな顔をするが、スキップしていては、秀一にも嬉しいのがもろバレである。
地方料理店で、名物料理を食べながら火姫が質問する。
「秀一は、今は、何を調べているの?」
「座敷童って知ってるかい?」
秀一の言葉に、火姫が少し考えてから答える。
「家を幸せにする妖怪?」
頷く秀一。
「東北地方に多く分布されてる逸話で、童子の姿をしていると言われている。江戸にも似たような話しがある事から、元が同じ話しが広がったという考えも出来る。今回の調査の主な目的は、その分布の仕方と、本当に同一の話しなのかだ。暫くは、ここの周囲の資料探しになるな。夏休みが終る前には、戻るつもりだが、残念だけど休み中に遊びに連れて行ってやれない」
火姫は、首を横に振る。
「構わない。旅するのは、楽しいから気にしない」
そんな火姫を微笑ましく見ながら食事を続ける秀一であった。
『酷い父親ね。ここは、あたしが、遊園地に連れて行くしかないわね』
東京の家から宿に電話をして来た優美に秀一が資料をチェックしながら答える。
「ああ、帰ったら頼むよ。次の学会には、今回の研究結果を発表したいからな」
『本気で最低! 一緒に行くよとか言えないの!』
激怒する優美の声に受話器を遠ざける秀一。
怒鳴り声が途切れた所で秀一は、囁く。
「感謝してるよ。このお詫びは、発表が終ったらさせてくれ」
少しの沈黙の後、優美が言う。
『卑怯者。本当火姫ちゃんも物好きよね、詰まらない調査に付き合うなんて』
「そうだな、お前が居るんだから家に居ても良かったのにな」
秀一の言葉に電話先の優美が溜息を吐く。
『本気で言ってる? 少しでも父親の傍に居たい娘の気持ちって解らないの?』
頬を掻く秀一。
「まだ一度もお父さんと呼ばれてないがな」
『直ぐには、無理よ。正直、あたしは、諦めてるけどね』
寂しげに言う優美に秀一が優しく声をかける。
「愛してるよ、母さん」
『馬鹿! それより、火姫ちゃんにもしもの事があったら承知しないわよ!』
優美の言葉に秀一は、隣に眠る火姫の寝顔を見ながら答える。
「気をつけるよ」
『それじゃあお休み』
そして、優美の電話がきれた。
「秀一、どうしたの?」
早めの夕食を食べながら考え事をする秀一に火姫が質問した。
「ちょとね、この町には、座敷童に関する資料が全く無かったんだ」
秀一の答えに、首を傾げる火姫。
「それって珍しいの?」
頷く秀一。
「こういった分布型の逸話の場合、多少交流があれば、似たような逸話が残ってるものだが、その痕跡が全く無いのは、不自然なんだ」
「じつは、そんなに広がってないんじゃ?」
火姫の言葉に秀一が首を横に振る。
「周囲の町殆どに広がってるのに、この町だけ残ってないのは、どう考えても不自然だ。こういった場合、この町が本命の場合がある」
不思議そうな顔をする火姫に秀一が言う。
「もしかしたら、この町には、座敷童が住んでいて、離れた途端貧乏になった家があり、それで忌みごととして記録から抹消された可能性もある」
「座敷童って本当にいるの?」
火姫が驚いた顔をして言うと、困った顔をする秀一。
「一般的に伝えられてる妖怪の逸話は、殆どは、迷信か気のせいだ。俺の仕事は、そんな逸話がどの様に作られたのかを調べる事なんだが、例外が目の前に居るしな」
口を膨らませ、そっぽを向く火姫に苦笑しながら秀一が答える。
「意外とヒットかもしれないから、暫くここで、個人所有の資料を探す」
「個人所有の資料って?」
火姫が聞き返すと、秀一が答える。
「資料館や図書館に入ってる本は、当時の実力者が廃棄する事は、可能だ。しかし、個人資料までは、その力の及ぶ範囲とは思えない。だから、蔵を持ってるような人間と交渉して昔の資料を調べさせて貰う」
そして、秀一の調査が続くのであった。
「やはり、他の所よりも、詳細が書かれているな」
昔、田んぼの大地主だった家の蔵の資料を調べていた秀一が確認する。
「普通の座敷童の話しでは、名前が無いのに、この町の座敷童は、名前が語られている。どういう裏があるんだ?」
必要な資料を借り出す交渉を終えて宿に戻ると、不自然な手紙が預けられていた。
『座敷童の調査は、止めろ。さもないと娘に危険が及ぶぞ』
頬を掻く秀一であった。
「どうして座敷童の調査に邪魔が入るの?」
夕飯の席で火姫が質問すると肩を竦める秀一。
「幽霊の正体みたり枯れおばなって言葉が示すように、逸話の裏には何かしらの要因になる事象があるんだ、そしてそれに人の裏の部分が関っている場合もある。酷いのには、神隠しの調査をしていたら、昔からの生贄儀式だったなんて事があった。そういった事実を解明されると町にとってもマイナスになるから、妨害工作が発生したよ」
火姫が嫌悪感を示す中、秀一が言う。
「下手すると、忌み子の監禁って可能性もあるな」
「忌み子?」
首を傾げる火姫に秀一も嫌そうに説明する。
「外見に問題ある人間を、周囲にばれないように座敷牢に閉じ込めて育てる事があるんだ。座敷童の正体がそれだったら説明がつく。隠していた忌み子がばれ、その一族が化物と蔑まされて没落していく。十分考えられる話だな」
火姫は、自分のお尻を見ると秀一が断言する。
「お前を忌み子なんて誰にも言わせないから安心しろ」
火姫は、俯いてしまうが、小さく。
「ありがとう」
と呟いた。
「やっぱり、この町には、座敷童と思われる少女が居たんだな」
秀一は、座敷童の外見に関るくだりを確認する。
「白髪に赤い目をしているなんて完全な、色素欠落だ、これで、化物と勘違いされて幽閉されたって訳だな」
呟きながら秀一が歩いていると、周囲をヤクザ風の男達が囲む。
「学者さんよー、下らない昔話を調べてて、楽しいのかい?」
大きな溜息を吐き、秀一が言う。
「この手の対応は、どこでも一緒だな。どうせ、町のお偉いさん頼まれたんだろうが、研究を止めるつもりは、無いって伝えておいてくれ」
男の一人が、気にせず歩き去ろうとした秀一の腕を掴む。
「待ちやがれ!」
秀一は、腕を掴んだ相手の胸倉を掴み、見事な投げを決める。
「やりやがったな!」
いきり立つ男達に、秀一は、携帯を取り出し、電話番号を押して、通話中にする。
「いま、警視庁の知り合いに電話している、これで俺に何か問題があったら、お前達は、警視庁を敵にまわすことに成るぞ」
男達の動きが止まり、その視線が、後ろに居た一人の男に集まる。
そして男が秀一の前に出る。
「そんなハッタリが通じると思ったか?」
秀一が悠然と答える。
「本当だったときに困るのはお前達だ、好きにしろ」
男と秀一の視線がぶつかり合う中、飲み物を買いに行っていた火姫が戻ってくる。
「秀一、お茶でよかった?」
男が怒鳴る。
「娘を捕らえろ!」
男の言葉に、部下の男達が、一気に火姫に迫る。
秀一が舌打ちをして助けに入るが、間に合わなかった。
「「熱い!」」
火姫を捕らえようとしていた男達が体中に火傷を作りながらのたうち回る。
秀一は、ゆっくりと火姫の隣に行き言う。
「あまり、狐火を使うなよ。今度からは、逃げろ。俺が助けに行くから」
火姫が、少し涙目になりながら秀一に抱きつく。
秀一は、振り返り、完全に畏怖している男に言う。
「こいつの父親の俺の力をみたくなければ、誰に雇われたか喋りやがれ!」
男は、即座に頷く。
「町長の城田さんだ! 城田さんが座敷童の研究を止めさせろっていってきたんだ!」
男達が逃げていった後、火姫が言う。
「秀一の力って何?」
秀一は、悪戯小僧の笑みを浮かべて言う。
「ハッタリも大切だって事だよ」
火姫が小さく溜息を吐く中、秀一が言う。
「町長か、資料館や図書館の資料を消した件も考えれば間違いないな。しかし、ヤクザを雇うって事は、もしかするともしかするな」
「もしかって?」
火姫の質問に秀一が言う。
「少し力を使ってもらうぞ」
その日の夜、秀一は、町長の城田の家に忍び込んだ。
その隣には、当然の如く、火姫がいる。
「見張りに幻術を頼む」
秀一の言葉に、火姫が、尻尾を出すと、葉っぱを吹いて、見張りの男達の前に裸の女性の幻を出し、見張りをひきつける。
その隙に侵入を済ませた後、秀一が言う。
「裸の女なんて下品だぞ」
火姫は、尻尾を仕舞いながら答える。
「男の人は、女性の裸に興味があるんでしょ?」
深く考えないシンプルな答えに、下手に突っ込めない父親歴が短い秀一だった。
「ここら辺だろうな」
家の地下室に忍び込んだ秀一の前に一つの牢屋があり、そこには一人の少女が居た。
「誰ですか?」
秀一は、頭を掻きながら言う。
「妖怪学者だ。座敷童の正体を見に来たんだよ」
その一言に、驚く少女。
「どうして、私がここに居ると思ったんですか?」
秀一は、肩を竦めて言う。
「この家は、遺伝的に白髪の娘が生まれやすい家系なんだろう? そして白髪少女が生まれるたびにこの牢に閉じ込めていた。昔から牢があるとなると位置は、ある程度予測出来るんだよ」
その時、後ろから老人の声がした。
「ここを突き止めたのは褒めてやる。しかし、少し勘違いをしている。白髪の娘を牢に閉じ込めているのは、本当に座敷童だからだ」
秀一が振り返ると、車椅子の老人と、そのボディーガードらしい男達が拳銃を構えていた。
「館様、殺して始末しますか?」
老人が余裕の笑みを浮かべて言う。
「まあ待て、どうせ死ぬのだ、冥土の土産をやろうではないか」
秀一が、火姫を背後に庇いながら言う。
「それは、お優しい事で。それで何がもらえるんですか?」
老人が嬉しそうに言う。
「座敷童の正体だよ。我が城田一族の女子の中には、まれにその娘の様な色素が薄い娘が生まれる。そしてその娘達にはある能力が備わっているのだ。知りたいか?」
秀一が詰まらなそうに言う。
「どうせ、予知能力だろう。古くから一番金に結びつく力だからな」
頷く老人。
「そうだ、だからこそ城田一族は、栄えてきた。その娘も、その力を一族の為に使うのだ!」
高笑いをあげる老人を秀一が睨む。
「お前は、自分の孫が可愛くないのかよ!」
老人が蔑む瞳で、白髪の少女を見る。
「そんな、忌み子、自分の孫と思ったことなど一度もない。そいつは、座敷童という妖怪だ!」
老人の答えに秀一が頭を掻きながら言う。
「我慢しなくて良いぞ」
火姫が頷き、尻尾を出して睨む。
「あんたなんて大嫌い!」
無数の狐火が、老人とそのとりまきを襲う。
騒ぎ立てている間に、秀一が何故か習得している鍵開けの技術で牢を空けて少女を助け出す。
「火姫帰るぞ」
火姫は、頷き秀一の傍によってから質問する。
「秀一、どうして鍵開けなんて出来る?」
秀一は、苦笑しながら言う。
「古い道具の中には、鍵が紛失する物もあるから、必要に迫られてな」
老人達が驚いて逃げた後を悠々と脱出する秀一達であった。
○蒼井秀一学会発表レポート
座敷童と忌み子の関連性
東北に存在する座敷童の伝説は、体の一部が、常人とは、異形児を幽閉した事が始まりと考えられる。
その実例を私は、東北の町で発見した。
中略
こういった伝説に隠された悲劇を表面化し、次の悲劇に繋げない事も、私達、民俗学者の使命であると確信する。
民俗学博士 蒼井秀一
『城田さんが、普通の戸籍を持ち、こちらが保有する学園で普通に生活出来るように手配しました』
較の知り合いから携帯での報告に秀一がお礼を言う。
「ありがとうございます。火姫の力の隠蔽の件も含めてご協力感謝します」
『これも仕事ですから』
切れる携帯を見ながら秀一が頬を掻く。
「相手は、曲がりなりにも地方の権力者だ。それをいとも容易く黙らせるなんて、あのぬいぐるみショップのオーナー、油断出来ないな」
そういいながら、火姫にブランド物の子供服を秀一のカードで買いまくる優美を冷や汗かきながら見る秀一であった。