少女のお尻に尻尾が三本
妖狐と萌野のハーフの女性の娘、火姫が父親の妖怪学者との出会いの話
「貴方と出会えて良かった」
そう彼に言ったのは、何処か狐顔なのに、暖かい雰囲気を持った女性だった。
彼は、目を覚ます。
「どうしたの、秀一?」
そう聞いたのは、彼と同じベッドと寝ていた、先程の女性とは、違う美人な女性であった。
「昔の彼女が夢に出てきたんだよ」
彼、今年、三十二歳で鍛えている為、がっしりした体つきの蒼井秀一の答えに、隣の女性が不思議な事に目を輝かせる。
「その人とエッチしたの?」
平然と答える秀一。
「ほんの数えるほどさ。とても子供は出来てないよ、優美」
その女性、赤井優美は、諦めきれない表情で呟く。
「でも一回でもエッチすれば、子供出来てる可能性あるんじゃない?」
秀一は、苦笑をしながら言う。
「可能性は、否定しきれないが、もう十年近く会っていないよ」
溜息を吐く優美。
「残念ね、貴方の子供を育てられるかもって思ったのにね」
「いざとなったら養子を貰えば良いさ」
秀一は、そう言って優しく抱きしめて言うが、優美は、不満そうに言う。
「貴方の子供が良いの。本当に隠し子居ないの? なんだったら肉体関係だけの女性だったら付き合っても良いわよ」
秀一は、強い意志を籠めて言う。
「俺は、一生お前だけを愛するよ」
寂しそうな優美。
「あたしって馬鹿だよね。大切な舞台だからって無理して、風邪をこじらせた挙句に子供が出来ない体になるなんて」
「お前が選んだ道だ、俺は、気にしないよ」
秀一の言葉に優美が涙を流す。
その時チャイムが鳴る。
「こんな朝っぱらからなんだ」
秀一は、手近の服を簡単に着て、玄関に向かい、ドアスコープから外を見る。
そこには、二人の少女が居た。
一人は、優しげな顔をした、高校生くらいにも見える、ロングヘアーの少女。
もう一人は、眼鏡をかけた狐目の小学生。
不審に思ったが、危険は、なさそうなのでドアを開ける秀一。
「朝から何の用だ?」
するとロングヘアーの少女が頭を下げる。
「この時間でしたら、恋人の女性も居ないと思ってきました。単刀直入に言います。貴女が以前付き合っていた萌野炎妃さんに関る事でお話しがあります。長くならないと思いますので時間を頂けますか?」
秀一の頭に、今朝の夢に出てきた女性、炎妃の事が思い出される。
眼鏡をかけた少女を見て、思い至る。
「その子が、炎妃と俺の子供だって言いたいのか?」
ずばり答える秀一に頬を掻きながらその少女が言う。
「あのーそういう話は、中でした方が良いのでは?」
意外な気の使い方に少し驚きながらも秀一が答える。
「昨日から恋人が泊まってるんだ。直ぐ済む話だったらここで済まそう」
眼鏡の少女は、表情をきつくして言う。
「もう会ったから良いです。帰りましょう、ヤヤさん」
困った顔をしながらもヤヤと呼ばれた少女は、はっきりと答える。
「一応事情だけは説明する必要があるわ。すいませんが、そちらの都合の良い時間で良いので、事情を説明する場所と時間を決めてもらいますか?」
秀一は、少し考えた後、答える。
「中に入れ、隠し子の話し程度で揺らぐ関係じゃない」
そして少女達は、秀一の部屋に入る。
目を輝かせて、飲み物を持ってくる優美。
「それで、炎妃の子供って言ってたが、肝心の炎妃はどうした?」
秀一の言葉にヤヤと呼ばれた少女が答える。
「つい先日、持病で亡くなりました」
秀一は、少し目を閉じて冥福を祈ってから言う。
「線香をあげに行かせてもらえるか?」
すると眼鏡の少女が、背負ったランドセルから、位牌を取り出す。
「あちき、家追い出されたから、持ち歩いてるよ。拝むんだったら今やって」
その言葉に秀一と優美が手を合わせる。
そしてヤヤと呼ばれた少女が名刺を出す。
「私は、こういうものです」
出された名刺を見て秀一が言う。
「ぬいぐるみショップシロキバオーナー白風較? ぬいぐるみショップのオーナーがどうして、炎妃の件で来たんだ?」
その少女、較が言う。
「萌野とは、古くから家同士が知り合いです。本来なら、彼女の曽祖父が動くべきなんですが、あの人が貴方を見たら、殺しかねないので代理です」
秀一が苦笑いをする。
「確かに自分の孫を妊娠させて、ほっといた男なんて、俺でも殺すな」
較は、秀一と視線を合わせないようにしていた眼鏡の少女を前を向かせて言う。
「彼女が萌野炎妃の娘、萌野火姫です」
火姫は半ば睨むように秀一を見て、秀一は、懐かしいものを見る目で火姫を見た後、秀一が言う。
「それで、この子を引き取れって言うのか?」
較は首を横に振る。
「いえ、実は、目的は、もう達成しています。一度父親を見たいと火姫ちゃんが行ったので連れてきただけです。火姫ちゃんは、彼女の曽祖父が引き取って育てるって事でもう決まってます。事情を説明したら、帰らせてもらいます」
「そんなの駄目! この子は、あたし達が育てます!」
優美が熱弁するが、秀一が宥めながら言う。
「三つ確認したい事がある。彼女が俺の娘だって確証があるかどうかと、何故今まで黙っていたのかだ」
「お母さんは、貴方以外の人と肉体関係無いよ。お母さんは、自分が短命な事を知ってたから、負担になっては、いけないって別れたって言ってた。二度と会うつもりは、無く、そして死んだよ」
火姫の答えに較がフォローを入れる。
「勝手ですが、貴方の遺伝子情報を独自に入手して、検査した結果、間違いなく親子である事は、確認出来ました。しかし、その資料を見せるわけには、いきませんし、そちらで再検査する事も認めません」
秀一が眉を顰める。
「随分一方的な調査だな? それを信じろと?」
較は首を横に振る。
「信じてもらう必要はありませんし、認知等を求めるつもりは、無いです」
秀一の感が、その態度に何か大きな秘密がある事を告げていた。
「最後の質問だ、どうして、俺に引き取らせないようにしている?」
較が頬を掻きながら言う。
「それは、貴方にも今の生活があるでしょうから、無理に子供だからって引き渡すのは、どちらにとっても良い事じゃないのと、彼女が萌野の後継者として望まれている事です」
秀一が少し考えた後、較の目を見ながら言う。
「後者の理由だったら、俺は、ひくつもりは、無い。裁判でも何でもやってやるぞ」
較が困った顔をすると、火姫が下着を脱ぐ。
「火姫ちゃん、止めなさい!」
較が強い口調で止めるが、火姫は、スカートをまくりあげると次の瞬間、火姫のお尻に三本の尻尾が生えていた。
「これが、貴方にあちきを預けられない一番の理由だよ。あちきは、妖狐の孫で、人としての遺伝子が強かったお母さんと違って、強くその遺伝子を発現してるの」
驚いた顔をする秀一と優美に較が言う。
「炎妃さんの父親は、萌野、化物退治をする人間でした。悪さすると噂された妖狐を退治に行ったけど、実際は、隠れ里を護る為だった。その里の美しい心を持った妖狐の女性に惚れて、隠れ里を護る側に回ったそうだよ。そして隠れ里を護った後、二人は、結婚して、炎妃さんが生まれたんですが、混血が災いして、短命だったんです。だから能力が皆無だった炎妃さんは、自由にさせてもらっていました。そして結果、蒼井さんと巡りあい、火姫ちゃんを宿したんです。火姫ちゃんは、炎妃さんと違って能力が高い為、萌野も妖狐も引き取るって騒いだ結果、萌野には、隠れ里を護ってもらった借りがある妖狐が引いたって言うのが現状です。信じてもらわなくても良いですが、火姫ちゃんが常人と違うのは、見ての通りです。納得してもらえましたか? お邪魔しました」
頭を下げて出て行く較の後を火姫も尻尾を閉まって下着をはいてついて行く。
「待って!」
そう声をかけたのは、優美だった。
「これ以上説明する事は無いと思いましたが?」
較の言葉に、優美は火姫を抱きつき言う。
「どんな血が流れてても秀一の子供は、私の娘! どんなに偉くっても、譲れない!」
小さく溜息を吐いた後、較は、落ち着いてる様子の秀一に言う。
「考えてみて下さい。彼女が常人の中に生きるのは、物凄い苦労があります。貴方達にその苦労を補える幸福を与えられますか?」
秀一は、優美に抱きしめられた火姫を見ると、火姫も秀一を見ていた。
無表情なその顔にかけられた眼鏡の奥に秀一は、救いを求める視線を感じた。
「解らない。でも努力しないで諦めたくない」
秀一の答えに較が、火姫を見る。
「どうする? 嫌だったら、力尽くでも連れて行くよ」
火姫は、少し躊躇した後、言う。
「少しだけ、一緒に暮らしてみる」
その言葉に頷き較が言う。
「一ヶ月だけ、お試し期間って事で、もし期間切れ前でも、どちらかが苦痛に感じたら、シロキバに電話して下さい。直ぐ迎えに来ます」
そして去っていく較であった。
「おはようございます」
リビングで出てきた秀一を迎えたのは、朝食を作る、火姫であった。
火姫は、翌日から、朝食の支度や買い物、掃除等、家事全般をこなしていた。
「おはよう」
秀一は、そう答えながらも、まるで、置いて貰っているお返しとばかりに家事をこなす火姫に寂しさを感じるのであった。
「また負けた」
慌ててベッドルームから出てくる優美だったが、急いでエプロンをつけて台所に向かう。
しかし、数分もすると大人しく戻ってくる。
「どうしてあたしって料理のセンスが無いのかしら」
「諦めろ、お前に料理の才能は無い」
秀一の止めに泣き崩れる優美であった。
そんな一幕を終えて、火姫が用意した純和風の朝食に優美さんは、嬉しそうに箸をのばす。
「火姫ちゃんって本当に料理上手ね」
「母子家庭でしたから」
頬を掻く、秀一。
食事が終ると、優美は、仕事に向かう。
そして、家に残ったのは、夏休みの為、学校が無い火姫と家で仕事をする秀一だけであった。
秀一は、自分の仕事、民俗学、特に妖怪を調べる物で、研究資料の中から、博士号をとった妖狐の資料の再検証をしながら火姫に質問をする。
「隠れ里には、行った事は、あるか?」
火姫は、頷く。
「お母さんに連れられて何度か。隠れ里の近くまでだったら貴方と一緒に行った事があるってお母さんは、言っていた」
そう言って示す場所は、秀一にとっても思い出の場所であり、研究の中にも書かれた妖狐と関連する遺跡のある場所であった。
「そういえば、炎妃と出合ったのは、妖狐の研究をする為だったな」
「危険な人物かを確認する為に近付いたと聞いてる」
火姫の答えに苦笑する秀一。
「でも、炎妃は、協力的だったよ。記録にも残る事件に妖狐が関ったと思われる話を幾つもしてくれた。そのおかげで博士号をとれたのかもしれない」
懐かしむ顔をする秀一に火姫が睨むような視線を送る。
「何か言いたいのか?」
秀一が聞き返すと、火姫が言う。
「お母さんは、元々妖狐の人と結婚する予定があった。そして、妖狐の力を強めれば長生きできる筈だった」
責める言葉に秀一ははっきりと答える。
「それでも、俺は、炎妃と会えて愛し合ったことを否定したくない。今は、優美が一番だが、少なくともあの時のあの思いだけは、炎妃の娘である火姫にも否定させない」
火姫は、そのまま立ち上がり、与えられた自分の部屋に戻っていく。
その頬から涙が落ちるのを見て、秀一が溜息を吐く。
「良い父親には成れないな」
家事だけは、ちゃんとこなす火姫であったが、問題の会話の以降、秀一とは、出来るだけ会話しないようにしていた。
「謝るべきよ」
較との約束を翌日に控えた夜、ベッドルームで優美が秀一に詰め寄る。
「俺は、間違った事は、言ってなし、訂正をするつもりも無い」
「大人げ無い事を言わないの!」
優美が怒るが、秀一は、自分の意見を曲げなかった。
その時、窓ガラスが割れる音が聞こえてきた。
「何?」
優美が戸惑う中、秀一は駆け足で、火姫の部屋に向かう。
そして、そこには、九尾の妖狐が居た。
『お前が、我が里を調べに来た学者じゃな?』
その妖狐に唾を飲みながらも軽口を叩く、秀一。
「これは、正史にも何度も出てくる九尾の妖狐様が態々お越しとは、どの様な御用ですか?」
『我が血筋の火姫を引き取りに来た』
妖狐の言葉に、秀一は、この状況にも平然としている火姫の無事を確認してから言う。
「話は、ついていたと聞いてたが?」
妖狐は、その尾を広げながら言う。
『それは、萌野に預けるという事だ。たかが人間、それも我が血筋の炎妃を誑かし、一族の秘密を聞き出す、学者など、信用できん。火姫も研究対象として、酷い扱いをされかねん以上、引き取る!』
空中に無数の火の玉が浮かび上がり、今にも秀一に襲い掛かろうとしていた。
「あちきが行くから止めて」
火姫は、そう言って妖狐に近付こうとした時、優美が駆け込んで来て、抱きしめる。
「火姫ちゃんは、連れて行かせない!」
『お前には、関係ない!』
妖狐は、優美を睨むが、優美は、怯まない。
「関係ある! あたしは、秀一が好き。だから秀一の子供も好き。だって、大好きな人の血が受け継がれていく証拠だもの。その子を育てられるチャンスをやっと手に入れたのよ! あたしは、絶対譲らない!」
明確な意思表示であった。
『なるほど、お前の思いは、自分勝手だが、納得は、出来る。ならば学者よ、汝に問う、汝は、何で火姫を引き取った? 研究の為か? それとも炎妃に対する贖罪か?』
妖狐が秀一を見る。
秀一は、火姫の顔を見る。
無表情のその顔から、秀一は答えを導き出す。
「火姫には、俺が必要だからだ。火姫にとって父親が必要だから、俺は、父親になった。そして、父親が父親をやるのに理由が必要なのか?」
妖狐は、最後に火姫を見る。
『火姫よ、お前は、本当にこの者を必要としているのか?』
火姫は、優美に抱きしめられたまま、秀一と視線を合わせて居たが、何かを決心したように言う。
「お母さんを愛してくれてた事を断言されたのが凄く嬉しかった。自分以外にも、お母さんを本当に愛した人が居たから。あちきは、お母さんを愛してくれた人と一緒に居たい!」
『本当にそれで良いのか?』
同情を誘いそうな表情で妖狐が言うが、火姫に頷かれ、大きな溜息を吐き、後ろを見る。
『白風の次期長よ、お主は、最初からこうなる事を知っていたから、我に本人が納得すれば、隠れ里に連れて行っても良いと言ったな?』
すると、ベランダから較が出てきて言う。
「まさか、人の心を完全に読む事は、出来ませんよ。実際問題、萌野でも異形の火姫は、もてあまらす可能性があったから、父親と一緒に暮らせないようだったら、隠れ里に住むのが一番だと思っただけですよ」
秀一は較を睨む。
「全て、君の筋書きだったって事だな」
否定せずに較が言う。
「答えは、出たみたいだね、萌野には、私が言っておく。窓ガラスの修理費は、シロキバに請求書送ってください」
そして妖狐共々消えていく較であった。
「ここって、十階の筈よね?」
優美が信じられない物を見る視線で消えていった較達を見る。
そして、秀一が火姫に言う。
「炎妃がどんな母親だったか聞かせてくれるか?」
火姫も視線を合わせて言う。
「付き合って居た頃のお母さんの事を聞かせてくれるのだったら」
こうして、ここに新しい家族が出来るのであった。