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宇宙人と、恋と、侵略計画。②

「よう、今帰ったぞぉ。」

 怒号の様に、耳につく大声が響き渡る。──もう、帰ってきた。

「遅かったじゃあないか──。」

「──いやぁ、悪いな。宇宙船を隠すのに手間取ってな。」


 この男──エージェント“0000”が現れてから早いもので、もう半日が経過していた。しかし、私も、この期間をただ寝て過ごしたわけではない。これから“0000”が、地球侵略に尽力するだろうことを想定して、この短期間で思いついた最善の策はそう、やはり──“懐柔”である。


「だが、ばっちりだ。確かに、お前に言われた通りの場所に隠しておいたぞ。」

 0000が、自身のその──ゴリラの様な胸板を、ドンッと叩いてそう言った。

「わかった。それじゃあ“0000”、後は任せてくれ。宇宙船の修理なら専門分野だ。」

「──気に入らんな。」


 その冷たい視線に、背筋が凍りついた様だった。──何かミスをしたか。私は必死に思考を廻らせる。最強のエージェントを欺くなど──私は、驕りも甚だしかったのか。額から滝の様に流れ落ちる汗を手で拭い、私はただただ真直ぐに“0000”を見るだけだった。──今出来ることと言えば、その程度だ。もし少しでも気を抜いてしまったら、次の瞬間にはもう息絶えているかもしれない。そう、私はおよそ半日前から、それほどの男と対峙し続けているのだ。


「俺は今まで、俺のことを“0000”と呼んだ者を皆殺しにしてきた。──何故か、わかるか。」

 彼の問いに、私はただ首を横に振り、否定の意を表明することしか出来ない。

「なぜなら基本スタンドプレーが主流の俺達“エージェント”は、“戦場で友に背中を預ける“という場面に遭うことはない。」

「──何が言いたいんだ。」

「いいか。──俺をその名前で呼ぶ者は、いつだって俺のことを“最強最悪”の──そして、“最凶最悪”の戦士と称し、臆して尚も挑み、その誰もが死んでいった。」

 私は、彼が何を言おうとしているのか見当がつかなくなっていた。

「俺の名は、ラモーという。“0000“は”俺を殺す者”の──そして、”俺に殺される者”にとっての呼び名だ。初めて背中を預ける友に、この呼び名を許すわけにはいかんのだ。」


 この男は──。自らを“ラモー”と名乗ったこの男は、私が考えていた以上に馬鹿なのかもしれない。私は、この数分間のやり取りの中でそれを感じた。“任務”に──“戦争”に、“友情”なんて絵空事を描いているこの男の言葉を、私は滑稽ですらあると心の中で嘲笑う。しかし──それでも、そんな考えで“ここ”まで登りつめることが出来たこの男を、そんな絵空事を実現し得るだけの実力を持った戦士を、やはり私は侮るべきではないのだ──。


「どうした。ぼぉっとして。」

 ラモーに額を小突かれて、私は我に帰る。──何にせよ、私の不安は杞憂だった様だ。

「いや、悪い。──それでは、遠慮なく“ラモー”と呼ばせてもらうよ。」

「うむ。では、これから頼むぞ、友よ。」




──そして、一週間が過ぎた。

 今日も私は、ラモーと一緒に、もはや恒例となってしまったカフェでの打ち合わせを行っている。実行する気のない侵略計画にも、黒くて苦い“豆の煮汁“にもてんで興味は湧かなかったが、ただ、少しでも真花さんを眺めることの出来るこの時間が、今の私にとっての至福だった。ただ残念なのが、”ラモーが現れた日”に私がカフェを訪れた記憶を、真花さんから奪わざるを得なかったということの一点である。


「おい、聞いているのか。」

 一週間前と同じ様に、ラモーが私を小突いた。

「悪い、少し眠たくてな──。」

「──ところで、俺の宇宙船の具合はどうだ。」


 私は、既に冷え切ったコーヒーを口に運びつつ話を始めることにした。


「概ね修理は済んでいるのだが──なにぶん、資材が不足していて、な。」

 無論、嘘である。これでも私は、過去に何度か宇宙船の修理を経験したことがある。完全に修理を終えるのに三日を要さなかったことは、言うまでもあるまい。修理は完璧で、星間飛行に本部との通信はもちろんのこと、搭乗さえしてしまえば──この星全域を制圧するなど一時間で事足りる程度のコンディションまで回復することに成功した。

ちなみにラモーの“宇宙船“は、私が今後、侵略計画を阻止して自由を手に入れるにあたって、欠かせないアイテムなのだ。──私もそう易々と、この男の手に返すなんてつまらないことはしない。


「それから一つ、大事な連絡がある。」

 ラモーは顔を顰める。──ただの真顔なのかもしれないけれど。

「本部からの命令だ。一年の間、侵略計画を独断で行うことを禁じる、だそうだ。」

「──っ何だと。本部は正気なのか、オイ。」

「ああ、別件に戦力を割いたことが災いして身動きが取れないらしい。」

「こんな小さな星──俺がいれば、十分事足りるだろうっ。」


 憤慨しているラモーを他所に、私は真花さんにコーヒーのお代りを注文する。顔見知りではあるが先日の記憶がないために、少しよそよそしい様に感じた。


「落ち着けよ、ラモー。長い休暇だと思えばいい。」

 私がそう言っても、ラモーは納得がいっていない様子だった。



 さて、一先ず──私が何をしたのか、簡単におさらいしようと思う。私は、ラモーの宇宙船に設備されている通信機を利用し声明を送信した。

“地球では、我々が到底把握していなかった莫大な軍事研究が行われている可能性があり、安易な心構えで挑めば──当然、我々が侵略される側になり得る。よって、調査員による調査期間を一年間に延長し様子を伺うべきであると判断した。”


 突拍子もない報告だと、本部は──政府は困惑することだろう。しかし、それは、私が“この“報告をした場合の結果だ。私がラモーの宇宙船に仕掛けを施したことによって、宇宙船からの通信報告全てを、政府も一目置く最強のエージェント”0000“の権限の下で発信したことにできるのだ。そう、当然──これからも、ずっと。



今日も周囲に笑顔を振りまく最愛の人を背に──そして、項垂れる偽りの友人を背にして、私はただ卑しく口元を緩ませるのだった──。

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