宇宙人
私が化粧室の扉を開いて外に出ると──そこには、いた。そう──”彼女”がそこに立っていたのだ。心配そうな表情でこちらを伺う”彼女”に面を喰らってしまい、再び私は立ち尽くしてしまった。気の利いた言葉も思いつけずに私は、ただ、小さな声で「ごめんなさい。」と会釈した。そんな私を見て何故か、彼女は薄く笑ったように見えた。──すると突然、後頭部に強い衝撃が奔った。
「おいおい、俺達は眼中にないのかよ。」
声が聞こえたので振り返ってみると、そこには、仲橋がにやけ面を浮かべながら立っていた。
「……いたのか。」
「いたのか、とは何だ。合コン初っ端から飛ばしすぎじゃあないのか?」
仲橋が私を冷やかしたのを見て、彼を取り囲んでいた”他の”参加者一同が大きな声で笑った。どうやら、私が化粧室に逃げ込んでいる合間に彼らはもう飲み始めた様で、どうみても”シラフ”の挙動ではない。更に周囲には、ほんのりと酒の匂いが立ち込めている様に感じた。「この店は、この外観で──酒を置いているのか。」と私が口走ったのもお構いなしに、参加者の一人、”モデル風の女”が私に発泡酒の入ったグラスを押し付けてくる。
「いえ、私は酒を飲まないので……。」
私がそう言うと、”モデル風の女”は舌打ちをしてからテーブルに帰って行った。
「あちゃあ、あれは癇に障ったって感じだったな。」
「僕らもテーブルに戻りますか。」
仲橋たちもそう言って、女の後を追って行った。
「大丈夫ですか?」
幻聴だったか、と思い違うほどに小さな声だった。私が振り返ると、”彼女”が弱々しく笑っていた。──ああ、私は本当にどうしてしまったのだろう。先ほどの様に動けなくなる様な事こそなかったが、依然私の胸は、締め付けられるように苦しいままだ。正直な話、もう帰ってしまいたい衝動に苛まれつつあったが、”彼女を知りたい”という一心で踏み止まった。
「えぇ、大丈夫です。──心配は、ありません。」
私がそう返事したのを確認した”彼女”は、私に、初めて本当の笑顔を見せたように感じた。
「あなたもお酒が苦手なの?」
”彼女”が優しい声でそう尋ねてきたので、私は心臓が飛び魚のように飛び跳ねるのを堪えて答える。
「いえ、酒自体は苦手ではないんだけれど、こういう席がちょっと……ね。」
「奇遇ね、私も……なんだ。」
──それから、彼女は、そこが化粧室の扉の前であることも忘れて話し始める。
「さっきアナタに絡んだ女の人ね、私の先輩なんだ……。”二言目には合コン”でね。何かある度に男を用意しろ、場所を用意しろ、段取りを整えろで、もうウンザリ。……このお店も実は私の実家で──」
”彼女”は話の途中でハッと我に帰り、途端に顔を真っ赤にした。
「大丈夫?」
「……ごめんなさい。私ったら初対面の人にこんな話を長々と──」
そうやって焦る彼女も、とても愛しく思えた。
そうだ。私が”この星”に来たばかりの頃は、「”この星”の女とは、何故こんなにもやかましく喋り続けて平気な顔をしているのだろう。」と”この星”の言葉で言うカルチャーショックというものを感じたりもしたのだが、不思議と”彼女”の”それ”には何のストレスを感じることもなかった。むしろ、いつまででも”彼女”が、喜怒哀楽を浮かべて話し続けるのを聞いていたい、なんてことすら思った。
私は、自分が何か重い病気にかかってしまったのではないかと思い始めてきた。
「さっきと立場が逆になった様で、滑稽ですね。」
自分が流暢に会話しているのが信じられなかった。”彼女”も私に合わせて笑ってくれた。
「私──あの、”万々事 真花”って言います。今更かぃっ、って感じですけど。」
「俺は──いや、私は──」
言いかけたところで彼女に遮られる。
「気を使わないでください。私も使うの苦手だから──」
「だけど──えぇと、万々事さん?」
「”万々事さん”も禁止ですっ。」
面白いくらいに会話が弾んでしまっている。
「じゃあ、真花さん?」
「”じゃあ、真花さん”で。よろしく。」
私は勿論のこと、彼女も、真花さんもあまり喋るのが得意な方ではないはずだろうに。──なんだかんだ言って、私に気を使っているのか? ────私はそんな疑心を持った。本当のことなどわかっていただろうに、本当は、この娘が私に好意を持ってくれているのではと、淡い期待をしていただろうに。
「アナタの名前も教えて。」
「俺は──」
ついうっかりと口走りそうになり、慌てて口を噤む。──何をやっているんだ私は。そう、私は今、ほんの拍子で”本名”を口走ってしまうところだった。どれだけ浮かれてしまっているのだ私は──。──今度は右頬に衝撃が奔った。
「ボーッとしないっ。」
真花さんが私の右頬を摘んだ状態でそう言っていた。
「すみません。俺、真壁です。真壁 慎一です。──よろしく。」
「うん。よろしい。」
それから、しばらくそこで二人で話し込んでいたが、泥酔した仲橋が「そこのカップル、もうみんな帰るぞ。」と言いに現れたことが区切りになり、あっさりと合コンは幕を下ろした。
──同日の深夜。
やはりこの感情は”恋”なのか──。疑問を問いかけては見るが答えは、近所の小うるさい犬の鳴き声だった。彼女、真花さんと過ごす時間は、言葉に言い表すのが恐れ多いほどに楽しかった。夢の様だった。しかし、何か進展があったのか、と問われれば首を傾げてしまう。仲橋が声をかけてきてからは二人とも何だか、急に夢から覚めた、というか。急に恥ずかしくなってしまい、連絡先を聞くことも出来ず、次に会う約束なんかも取り付けていない。
自分の無力に呆れ返った。
女性の心一つ掴めない様な男が、”この星”を狙う侵略者なのだから。地球の人間たちは、さぞ安心して平和を享受しているだろう。──私が物思いに耽っていると、部屋の隅に置いた古いラジオの様な見た目をした通信機が、着信を知らせる電子音を響かせる。嫌な予感がした。
「本部からエージェント0024に連絡。地球に関する資料を至急提出せよ。こちらがそれを確認後、”地球侵略に問題なし”と判断した場合、一週間後に侵略を開始することを決定した。なお、侵略後の地球の用途は、”惑星売買※”である。すなわち──」
私は冷や汗を拭い、生唾を飲んだ。
「地球における、”原住民の完全抹殺”をここに宣言する。」
──まずいことに、なった。
※ ”私”の故郷が生業としているビジネス。惑星規模の別荘やリゾート開拓を望む宇宙の資産家たちを対象に、良質な環境を持つ惑星を売買するというもの。皮肉で”侵略請負”と称される事もある。




