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若い医師に向けられた険しい表情を崩すように、彼は優しく微笑んだ。
その包容力に捕らえらたオレは、ぼんやりと、ただ彼を見上げていた。
「どうかな」
「少し、頭が痛い。」
「話をしていて疲れたんだろうね、静かにしていなさい」
「夕べは、ずっと傍に居てくれたんですか?」
「キミの状態が落ち着くまで、モニターを睨んでいただけだよ」
何度か目が覚めたその時、視界に端に入る白衣の姿。
額の上に置かれたタオルは冷たいまま、何度も裏返して顔の熱を奪っていってくれる。
エライ先生がこんなことまでするんだ・・・不思議と彼が傍に居てくれた事が嬉しかった。
「それで、都築ミナミさん・・・15歳っていうことは・・・」
「4月から高校生です」
「高校はどちらに?」
「T大附属高校に」
「奇遇だね、ウチの末の息子も同じ高校だよ、キミは何科?」
「特進に・・・」
「優秀なんだね、あそこの特進はイイからね、頑張りなさい。
ウチの息子にも、キミのように上昇志向があるといいんだけど、周りに流される傾向があるんだよ。」
愚痴ともとれる家族の話をしながら、外科部長はモニターを見つめてカルテに書き込む。
オレの様子を観察しながら・・・
「ずっと濡れタオルで冷やしたからね、顔の腫れはスグに落ち着くでしょう。
これからも、濡れタオルで。氷嚢で冷やさないように」
「ハイ」
「なにか不便な事はないかな?」
「いまのところは・・・」
「うん、安定しているから心配はないよ、とにかく安静にしていなさい」
「ハイ・・・先生・・・あの・・」
「なんだい?」
「あの、時間があったら、また来てくれますか・・・」
「ああ、そのつもりだよ。じゃあ、また後で」
心地よく響く低い声に安心しながら、彼の後姿を目で追った。
父親とさほど変わらない年齢の男性の暖かな瞳に見つめられると、
胸の奥に、これまで感じたことの無い、暖かな気持ちが生まれる事に気が付く。
ずっと何年も感じたことの無かった感覚に戸惑いながら、オレはその気持ちを失いたくなかった。
目の前で、両親が亡くなって以来・・・容易に他人に開かれる事の無くなった心は頑なまま。
全てを斜に見て、孤独を肌に感じていた。
都築の家に引き取られても、彼らの気持ちは同情、哀れみ・・・オレには不快な情けでしかなかった。
そして、幼かったオレがその中で身に付けたもの・・・それが己を装うこと、若いあの医師のように
ある意味、自分の姿を偽る事だった。
本当の自分はこんななのに、都築の家の中でのオレは、可愛らしいキレイなキレイなお人形さんなんだ。
タカ兄の助けが無かったら、高校に入って一人で暮らす事なんて出来なかったに違いない。
あのまま、アノ家の中で人形のような自分を演じているなんて、ほぼ限界。
こうやって自分を取り戻すような真似を、この1年ばかりの間に繰り返してきた。
キッカケをくれたのは、中2の時に出逢った男。
少しの間付き合ったその男に、色んな事を教えてもらった。
男と女のこと、社会のこと・・・そして、オレ自身のことまでも。
別れてしまった今でも、たまに思い出し懐かしく恋しくなるその男が、オレにとって初めての男だった。
ああ、あの人に逢いたいな・・・逢って、抱きしめてもらいたい・・・オレを初めて受け入れてくれた人だから。
誰もが羨んだ、サラリと流れた長い髪をバサリと切り落としたのは、1年前。
本当の自分の姿を探して街を歩いて・・・いろんな友だちが出来た・・・そして、
自分の本性を知ったんだ・・・
愛されても、決して愛する事の無い、愛を信じることの出来ない自分の性を。
誰だっていいんだ、ただ、オレの傍に居てくれて愛を囁いてくれる誰かであれば。
満足に愛の言葉も口にできなくても、その優しいぬくもりに溺れていたいと願う。
こんにちは、洗井あい です。お付き合い頂きありがとうございました。
ムーンライトノベルズ「ユメのつづき」のラストでハルキとリョウが話していた「ミナミがリョウを好きなワケ」を急に書きたくなって、番外編として登場させてしまいました。
「好きなワケ」は未回答のまま、ミナミを助けたシーンを書いただけに?だって、15歳のヤンチャなミナミは、リョウを「アホ」扱いですからね・・・これが恋に発展するのかいささか疑問が残ります。
少し見えてきたミナミの家庭の事情や、従兄弟のタカ兄が歯科医とかなんとか。
もちろん、ジュン先生はリョウの正真正銘お兄さんですよ・・・相当な不真面目キャラで作るつもりです。
ミナミをイタぶって病院送りにしてしまいましたが、それでもへこたれないんですから流石ですね。
リョウと出会う前までの、ミナミの遍歴とでもいいましょうか・・・ハルキとの出会いや関係も気になるし、奇妙な恋愛遍歴も披露してみたいし、番外というか、ミナミの事情を少し書いていこうと思っています。
この続は、ムーンライトノベル「ユメのつづき」にて連載予定です。10月吉日 洗井あい