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翌日の早朝、10歳も年の違う従兄弟が不機嫌な顔で病室の扉を開けた。
誰だか見分けがつかないくらい腫れあがったオレの顔を見るなり、
皆から冷たいと言われる瞳に涙を浮かべ、掛ける言葉を失っていた。
「ぉはよー、ゴメンねタカ兄呼び出しちゃって」
「なんだよ、その顔・・・」
怯えた様な足取りで、オレに距離を置いてベッドの脇に立ち尽くす。
そりゃそうだよね、こんなだもん・・・オレだって、スゲーショックなんですからね
元に戻るのかって心配かも・・・
「脳みそが腫れてるから、安静にしてなきゃダメなんだって。
おじいさんとおばあさんにバレちゃった?」
「いや・・・大丈夫、言ってない。友達と卒業旅行に行ったって言っておいたよ。
ホラ、マンションから着替え持って来たぞ」
「ありがと」
オレの元気そうな声に安心したのか、タカ兄はドスっとパイプイスに腰を下ろすと
横になって点滴を受けているオレの顔をマジマジと覗き込んで、露骨に嫌な顔をする。
あんたも、医者だろがー!と、突っ込みたくなったけど、歯科医だもんな、慣れてないか。
「誰にやられた?」
「んー、マサシとかいうヤツ。女に手出ししたからなんだけどねー」
「またかよ、いい加減にしろよ。子供のクセにヤルことだけは一人前なんだから」
後見人の祖父母に連絡するには忍びなくて、母の兄の息子、従兄弟のタカ兄に連絡してもらった。
タカ兄は、先週からオレが一人で住み始めたマンションに行って、
電話で看護士に指示された身の回りのモノを見繕って持ってきてくれたのだけど・・・
オレの変わり果てた姿に、ショックを受けている事は確か。
だよなー、タカ兄のお気に入りのお人形さんがこんな姿にされちゃーなー。
「ゴメンね、タカ兄、忙しいのに・・・」
「・・・痛いか?」
「少し」
タカ兄は、震えた手で・・・そっと腫れ上がった唇を撫でた。
ジクジクと疼く顔、大きく息をする度に、横腹をさす痛み、
頭はズンと重くて鈍い痛みが止まることなく続いていたけれど、我慢できないほどじゃない。
「可愛い顔が台無しだな」
「アハハ、タカ兄のお気に入りなのにね」
「もっと自分を大事にしろ、でないと心配で仕方ない」
「・・・」
わかってるよ、わかってる・・・でも、オレ・・・生きてるって実感が無いんだ。
こうやって追い込まれたって、痛くて痛くて気が狂いそうになたって、生きてる気がしない。
オレの時間は数年前から止まってしまって・・・目の前で二人が逝ってしまったから。
そして、オレ自身の中に発見した、他人とは違う自分の感覚をどうしていいかわからない。
「ミナミ、大丈夫か?」
「うん、ゴメンね、ゴメン・・・タカ兄」
「いいから・・・帰りにまた寄るから、買ってきて欲しいものあるか?」
「んー、今のトコはないかな。あんまり食べられないし」
「そっか、じゃあ行くよ」
タカ兄が立ち上がったと同時に、
病室のドアがノックされ、白衣を身にまとったアノ人が姿を現した。
タカ兄と医師が互いの顔を見つめあうなり・・・ニヤリと笑って歩み寄る。
「何してる、タカユキ?」
「アレ、ジュンさんが担当ですか?」
「いや、担当は親父なんだけどね」
「外科部長自ら担当してくれるんですか?それなら安心してお願いできる、後で挨拶しに行きますね」
「彼女、オマエの何?女?」
「従姉妹なんです。今はあんなだけど、とてもキレイな子なんですよ」
「ああ、そうだろうな・・・」
アララ、どうやらこの二人、繋がっていたんだ。
昨夜の甘いキスの余韻が舌の上に甦って、身体の奥で僅かな欲望が疼いた。
「ミナミ、サークルの先輩で田辺ジュン先生、優秀な外科医だよ」
「夕べはご迷惑お掛けしました」
「少しは元気になったようで良かった、私はキミの担当じゃないけど・・・
外科部長が付いたから安心して。後輩の従姉妹とあれば話は別だし、最後まで面倒みさせてもらいます」
「ジュンさん、どうしてオジサンが担当に?」
「さあね、親父の気まぐれみたいだよ」
意味深げにオレに笑みを投げかけた、彼の真意はわからなかった。
昨夜はあんなに素敵に見えた男の姿が、明るい日の光りの下では色あせて見えるのは何でかな。
カッチリと固められた髪と、真面目さを装うかのように掛けられたメガネの違和感。
白衣という鎧を身に付けて、彼は・・・自身を守っているのかもしれない。
「じゃあ、ジュンさん、宜しくお願いします」
「了解」
タカ兄は、先輩医師に出会って安心したようだ。
明らかに来た時とは変わって朗らかに笑うと、手を振って病室のドアを閉める。
個室に残された医師とオレの間に、少しばかりバツが悪い空気が流れていた。
先に口を開いたのは、ジュン先生。
「そうなんだ、タカユキの従姉妹だったんだ」
「はぁ」
「少し診察しようね」
彼はオレの手首を取って、脈診を始める。
近くに寄った彼の白衣から、女物の香水の匂いが微かに漂った。
なるほどね・・・そういう類か・・・と、この大人の男に引かれた理由にも合点してしまう。
見上げた彼の端整な顔のつくりにうっとりとしながら、この先に必ず重ねるであろう
身体の温もりとその重みを想像する。
カッチリと固められた髪が、アンバランス過ぎて吹き出しそうになっているのを、
甘く涼やかな目元が咎めるように睨み付けた。
「なんですか?」
「ワザとらしくて、面白い」
「コレ?」
と、髪の毛を指差す。
「メガネまで・・・そこまでする必要あるの?」
「モテすぎちゃうからね」
メガネを外し胸のポケットにしまうと、ニッコリと微笑んで聴診器を掛けた。
必要以上に大きく胸元を開いて・・・オレの胸を値踏みするかのように、じぃっと舐めるように見つめている。
「なにか・・・傷になってます?」
「・・・どう、コレ、痛い?」
右手で聴診器を胸に当て、左の3本の指の腹で、円を描くかのように乳房を撫でる。
ゾクゾクっ首筋を走った感覚に小さく呻いてしまったから、彼は調子付いたに違いない。
その指先が、立ち上がった乳首にも触れ始める。
「ん、・・・先生」
「早く治してしまいなさい、そうしたらもっと気持ち良くしてあげられるんだからね」
興奮したせいか、頭がズキンと痛み始めていた。
安静にしてなきゃいけないのに、こんなんじゃいつか死んじゃうかも?
「頭、痛い・・・」
「ゴメンよ、興奮させちゃったからね。」
寝巻きの胸元を丁寧に閉じると、彼は無垢な首筋に口づけした。
「タカユキがよく話していたのを思い出したよ、お人形さんみたいに可愛い従姉妹がいるって。
目に入れても痛くない宝物で、その子が頼むなら何だってしてあげるってノロケてたっけ。」
「あのバカ・・・」
「アハハ、でもキミは想像していたより、ずっと面白い子みたいだね」
「意外性が売りだから」
「なるほど、楽しみだよ」
そうやって二人で話していると、唐突にドアが開け放たれた。
「ジュン・・・やっと現れたか・・・後で私の部屋に来なさい」
「ハイハイ、じゃあ、外科部長にちゃんと診てもらってね」
厳しい表情で立つ、中年医師のオーラの大きさに気後れしてしまう。
コソコソと逃げるように病室を出て行ったジュン先生とは対照的に、彼は堂々とベッドへと歩み寄った。