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その人はどんな事を思いながら、オレに話しかけているのかな?
医師独特のひょうひょうとした口調に不安になる。
「私が帰宅してドアを開けたら血だらけのキミがいたんだからね、驚いたよ。
そのまま意識を失って倒れてしまったから、慌てて病院に引き返してきたんだけどね」
「・・・」
「リョウの友だちじゃないのかい?」
「違います。シメられたのを助けてくれたみたいで・・・覚えてないんですけど」
「誰にヤられたの?」
「・・・」
「女の子がこんな事をされるなんて、医師としては警察に通報する義務があるんだ」
「・・・」
「誰にヤられたの?」
「ご家族にご迷惑が掛かりますから」
「リョウにもヤられた?」
「彼には何も」
医師は大きなため息をついて、考え込むように目をつぶった。
その端整な顔立ちと優雅な気品に、瞼の腫れで視野の狭いオレの目が吸い寄せられていた。
キレイなヒト・・・地位も名誉も、女も自由に手に入れられる男に惹かれている自分がいた。
「とにかく、最低でも顔の腫れがひくまでは、入院していてもらうよ。
明日は、朝から脳の検査と内臓の検査をします、食事は摂らないように」
「あの」
部屋を立ち去ろうと立ち上がった男は、医師の顔でオレを見下ろした。
「なに?」
「弟さんとは関わりたくないんで、このこと黙っててもらえますか?」
「わかりました」
「それと・・・ありがとうございます・・・色々と」
肩眉を吊り上げて見せると、口元だけで微笑んでみせ
ビニール袋に入れられた、血生臭い衣服を手にとって言った。
「コレ、洗濯に出しておくからね。」
「あ・・・すみません」
「もう、寝なさい。痛み止めが切れたら、もっと痛くなるよ」
彼は、外されていた氷嚢を頭の上に乗せ直した。
その時、氷嚢から滴り落ちた水滴が目尻にポトリと流れ落ち
言う事をきこうとしない身体に、その冷ややかな感覚が伝わって身震いした。
「もう一度、水、飲んでおく?」
オレは、彼の言葉に黙って頷いた。
再び重ねられた唇から流れ落ちる水は、砂漠に落ちる水のようにあっという間に消えてなくなる。
意地汚く彼の口の中に滑り込んでいった自分の舌先が、執拗に彼の舌を絡めとっている・・・
オレ、なに欲情してんだろう・・・こんな時に・・・唇の痛みも忘れ、甘い蜜を舐めた。
彼の驚いたような顔と共に吐き出された、甘い吐息に満足して、オレはそっと舌を抜く。
こんな現実味のない出来事が実際に起こるなんてな、トンでるのか?
すごい顔してるのに、口の中は血生臭いはずなのにね・・・
笑える、地獄の後に天使発見かよ、ツイてるかも、オレ。
「まだ若いのに、キスが上手いね。忘れられなくなりそうだよ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
彼はすぐさま医師の顔を取り戻し、くるりと背を向けて部屋を出て行った。
満たされた気持ちで頬が緩む・・・アタタ、顔じゅう痛ぇー・・・病院の寝巻きのカッチリとした肌触りが
ザワザワと肌を撫でて不快だったけれど、ぶっ飛ばされてこんなに身体はボロボロだったけれど、
なんだか妙にハッピーな気分なのが不思議。
ナチュラルハイ?それともこの点滴のせいかな、ぶん殴られて脳みそバーンって感じかも?
白衣?の天使の心地よいキスを思い出しながら、オレは重い瞼を閉じた。