試合
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全く、神楽も無茶を言う…。
能力は使えず、その上相手を傷つけてはいけないという条件付きで俺に殺意むき出しのエルフ(またもや名前は忘れた)と戦えと言うのだから。
実際は"大怪我をさせない"であり"怪我をさせない"ではないのだが、氷夜の攻撃は一発でも当たれば大怪我となりうるので、氷夜にとっては同じ意味だった。
まぁ、俺が戦うんだから負けは有り得ないんだけどな。
自分の勝利を微塵も疑わず、氷夜は待ち構えているエルフのもとへと向かった。
向かいあうエルフから老体とは思えないような濃厚な殺気が放たれている。
もしかしたら、本気を出さなくてはならなくなるかもしれないな。
俺の世界では能力だけで事足りていたので、本気で体を動かすのは久しぶりだ。
エルフは刀を中段に構えて準備を完了している。
俺は特に構えることはせずに体の無駄な力を抜き、脱力した。
空気が張り詰め、
「試合、開始!!」
死闘が始まった。
最適に動いたのはエルフの方だ。
エルフは俺との距離を一歩で縮め刀を振り下ろす。
俺は右足で高速で迫りくるその刀の腹を正確にとらえ蹴りつける。それによりエルフの刀は俺から大きく逸れた。
さらに俺は蹴りの勢いを利用して、剣で切りつける。しかし、エルフは低くしゃがんでそれを避け、足払いを仕掛けてきた。
なので、先ほどの蹴りに使ってまだ宙に浮いている右足で迫るエルフの足を思いっきり踏みつける。が、それは危険を察知し軸足を使って大きく後ろに跳躍したエルフにより避けられ、代わりに闘技場の地面を砕いた。
その右足を軸にして回し蹴りを砕いた拳大のかけらに当てる。かけらは寸分違わずエルフのもとに弾丸となって迫る。
避けられないと悟ったエルフは驚くことに刀でそのかけらを一刀両断した。
そしてお返しとばかりに俺の身長程もある火球を刀を持っていない方の手から放つ。
俺もその火球を一刀両断してみせる。
次は俺から距離を縮める。
距離が開いてしまえばエルフの霊術が飛んでくる。
能力を使えない今の俺では分が悪いためエルフを接近戦に持ち込む。
接近戦では俺の方が若干速い。しかし、エルフに怪我を負わせないという条件はなかなかに厳しく、そのため俺とエルフは互角の戦いを繰り広げていた。
「お主、勘違いをしておるじゃろう?」
二人の間合いが少し広がった瞬間、エルフは刀を下げ俺に話かけてきた。
「先ほどからまるで儂に怪我をさせないようにと振る舞っているように見えるのじゃが体術で勝っているからと言って傲り過ぎじゃ。」
「まぁな、あんた弱くて手加減が大変なんだよ。
それが本気じゃないんだろう?
だったら見せてくれよ、あんたの本気を。」
俺は久しぶりの肉弾戦に興奮し、このエルフの本気と戦いたいと思っていた。
「喚くな、若僧が。
いいじゃろう、力の差という物を教えてやろう!」
瞬間、エルフの周りが数多くのオーラで包まれる。
「今儂がかけたのは強化霊術じゃて。
体内のエネルギーを爆発的な力に変える火霊術【烈火】
大量のエネルギーを大気中から吸収し、無限の体力を生み出す、水霊術【癒】
肉体と頭の繋がりを電流で強化し、超反応を可能にする雷霊術【俊】
肉体を鉄のごとき硬さに変え、どんな攻撃も弾く土霊術【黒鉄】
周りの風を操り疾風のごとき速さを得る風霊術【疾】の五つじゃよ。
そして今の儂ならば…………」
刹那、エルフが人知を超えたスピードで俺の後ろをとり、放った裏拳は俺の体を確実にとらえていた。
「音速の壁を超える。
なかなか強かったがの、自分の弱さ知れ、若者よ。
自分の力を過信した者に神楽様は渡せん。」
「それは残念。」
背後に現れた俺をエルフは驚愕の目で見た。
まぁ、それも仕方ないだろう。
確かにさっきの攻撃は致命傷とまでは行かなくとも、普通の者なら戦闘不能には陥っていただろう攻撃だった。
だが、俺の肉体は特別丈夫なため、攻撃に耐えきり、怪我をおう事すらなかった。
そして今の俺は既に重しを解いている。
「再開しよう、音を置き去りにした戦いを。」
エルフはすぐに動揺を納め雷撃を繰り出した。
さすがの俺も雷を避けることは生身のみでは無理なので左腕で弾き飛ばす。
おかげで、左腕は焦げてしまいひどく痛々しいが、超圧縮された筋肉の表面が焦げたところで戦闘に支障はない。また同じように音速を超えた事による衝撃波であちこちに傷があるが、これも問題ない。
俺はエルフに接近し超高速の肉体戦を楽しむことにした。
エルフが肉体強化をしてくれたおかげで、俺は怪我のことを気にせずに思う存分に戦うことができる。
俺の蹴りはエルフの纏う風により軌道を変えられ、その隙を逃さずエルフは俺に突きを放つ。俺は逸らされた足の膝を曲げてエルフが突き出す刀に踵をぶつけ、僅かに軌道をづらし、ギリギリで避ける。さらにぶつけた足で踏み込み、エルフを斬り上げる。
しかし、エルフは【俊】による超反応で刀を放し、俺の剣を持つ腕を殴り、その反動を利用して俺の剣から逃れまだ空中に留まっている刀を再び掴み、体勢を崩した俺を斬りつけた。
俺は殴られた腕の勢いを殺さずに、剣をそのまま背中に持ってきてエルフの剣を迎え撃ち、剣を軸に体を回転させ脇腹に向けて裏拳を放つ。
それをもろにくらったエルフは体勢を大きく崩した。
その隙を逃さずに俺剣をエルフの首筋に当てる。
勝った。俺はそう思った。
しかし、一瞬後に俺はその間違いに気付く。
エルフに先ほどまでの"気"を感じないからだ。
そして俺の検索にも、これはエルフではないという結果が出た。
罠か!?
本物はどこだ。
検索を使っている暇はない。
俺は感覚を研ぎ澄ませた。刹那、背後から気の乱れを感じ、
俺は久しぶりに本気を出した。
「な!?」
「俺の勝ちだ。」
俺の剣はエルフの首筋に当てられていた。
「えっと……?」
審判は困惑しているようだ。
仕方ないか、途中からは俺達の戦いは断続的にしか見えなかっただろうし。
「儂の完敗じゃ。」
「で、では勝者、氷夜殿!!」
この瞬間、俺は神楽の近衛に決まった。