王宮にて
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着物に着替えた氷夜は王宮への道中、女性の視線を一人じめしていた。
無理もないか、慣れてきた私ですら、氷夜の着物姿に一瞬見とれてしまったからな…………
こいつの場合は目の保養どころか、目に毒だ。
しかも中毒性のある毒だな。
第三者から見れば、美男美女のカップルにしか見えず、周りの反応としては、お似合いだと納得する者、嫉妬の眼差しや羨望の眼差しを向ける者と様々である。
しかし、神楽はこの街では有名(姫としての身分は隠しているが。)であるため、密かに思いを募らせていた男が多くいたせいか、氷夜は相変わらず嫉妬の視線も集めていた。
「神楽、さっきから羽を持つ者やら猫耳をつけた者を見かけるんだが、何なんだ?」
「魔人のことか?」
「魔人ってのはみんな見た目がどこか変わっているのか。」
「いや、そんなことはない。
魔人は天界人と違って種族が多いからな。
外面的特徴がある奴もいれば無い奴もいる。」
「そもそも何で天界に魔人がいるんだ?
仲が悪いものとばかり思っていたが?」
まぁ、氷夜の偏見も仕方ないだろう。
「確かに天界全体から見たら仲は良くないのだろうな。
だが、円の友好国である"神"の国王にして"四天神"である"帝釈天"殿が魔界の六大魔将である"阿修羅"殿とご友人であるから、円では魔人も普通に住んでいるんだ。」
「?」
どうやら知らないことばかりだったようで氷夜は困ったような顔をしていた。
「すまない、分からないことばかりだったか。」
「えっと…、"四天神"と"六大魔将"ってのを教えてくれないか?」
「四天神というのは天界全体の方針を決めている、四柱の神のことで、
帝釈天殿、
オーディン殿、
ゼウス殿、
ミカエル殿の四柱だ。
逆に六大魔将の方は魔界全体の方針をとっていて、こちらは魔界の種族の長がつとめている。
鬼神族、及び妖怪族の長、阿修羅殿。
冥界族の長、そしてゼウス殿のご兄弟、ハデス殿。
私が知っているのは、この二人のみだが、他にも
ヴァンパイア族の長、
堕天使族の長、
ダークエルフ族の長、
で構成されているらしい。」
「それだと五大魔将だよな?」
「よくは知らないけど、あと一人、魔王と呼ばれる者がいるらしい。」
「なるほどな。
しかし普通の人間はいないのに魔人はいるってのもおかしな話だな。」
「別に仲が悪い訳じゃなくて、能力者を除いたら天界にこれる人間がいないだけなのだがな。
っと、話が長くなってしまったようだ。もうすぐ王宮に着くぞ。」
見上げるように大きな王宮で、神楽と氷夜はもてなしを受けていた。
「流石にお姫様の友人となると扱いが違うね。
まさか氷夜"様"なんて呼ばれるとは思ってもみなかった。」
氷夜のことは私の友人と紹介したため、かなりの好待遇を受けていた。
ちなみに、侍女の間ではこの噂はおびれをつけて広まり、友人から瞬く間に婚約者に進化していたりする。
「氷夜、今日は遅いしもう寝よう。」
今日一日でいろんな事が有りすぎて、正直言って疲れてしまった。
「そうだね。
でも、これからどうする気なの?
ずっと友人で通すつもり?」
友人で通せなくはないだろうが、長い間ここにいる事を考えると避けた方がいいだろう。
「氷夜を私の近衛にしようと思う。」
私も一応姫なので、近衛を持つ事ができる。
しかし今までは私よりも強い人がカリスしかおらず、そのカリスも武官長でもあるから近衛を持つ事はなかった。
お父様からも心配だからとしつこく言われていたので、氷夜が近衛になってくれれば、私の近くにいても不思議ではないし、お父様の心配事も減り、一石二鳥である。
「それはいいけど、どうやったら近衛になれるの?」
「その話はまた明日にしよう。
今日は疲れたからな。」
「それもそうだね。お休み神楽。」
「ああ、お休み氷夜。」
私は自室に、氷夜は客室に戻っていく。
はぁ、今日は本当にたくさんの事があった……
そういえば、氷夜と知り合ってからまだ一日なんだよな。まるで旧知の友のように接してくるからそんな気がしない。
よくよく考えてみれば今日の私は氷夜に弄ばれっぱなしだった気がするな…………。
これからは氷夜の主導権を握れるようにしなければ!!
決意を新たに神楽は眠りについた。
私の目の前で、師匠であるカリスと氷夜が睨みあっていた。
今にも戦闘が始まりそうな重々しい空気が闘技場を渦巻いている。
果たして、何があったのかというと、それは今日の朝まで遡る。
今日の朝食も氷夜が作ったものだった。
はっきり言ってここの料理長よりも美味い。
「ごちそうさま。
氷夜は本当に料理が上手いな。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
「よし、そろそろお父様達の会議が始まるからそこで氷夜を私の近衛に任命してもらおう。」
氷夜を私の近衛に任命するのは私の一任でできる訳ではない。
国王であるお父様に任命して貰わなければならないのだ。
「今更だが、近衛というのは神楽の護衛をすればいいのか?」
「ああ、そうだ。
頼んだぞ、私のナイト様。」
よし、氷夜をたじろがせることに成功した。
氷夜の顔が少し赤くなっているのがわかる。
昨日の決心が功をそうしたようだ。
私は上機嫌で会議室まで向かった。
「神楽が近衛に認めるという事は、お主よりもそこの氷夜という者の方が強いということかのう?」
会議は速やかに進み、私はお父様への挨拶もそこそこに近衛の話を持ちかけ、それはうまくいっていた。
「えぇ、私では氷夜には勝てないでしょう。」
改めて確認すると、悔しかったが、今まで守られるという事が無かった為、その新鮮さが嬉しかったりもした。
「そうか、神楽が認めるならば良かろう。氷夜、お主を神楽の近衛に命ずる。」
「お待ち下さい!!」
水を差したのはいつかの求婚を求めてきた文官の男だった。
「そんなどこの馬の骨とも知らない奴を神楽様の近衛にするなど、賛成しかねます!!」
「「そうだそうだ!!」」
同意を示したのもやはり私に求婚を求めてきた者、もしくは私にやたらと話かけてくる者だった。
「静まれ!!!!」
武官長のカリスの怒声により、その場が静まり返る。
相変わらず凄い迫力だ。
私ですら多少のみこまれてしまっていた。
流石に氷夜は何ともなさそうだが。
「しかし、王よ、こ奴らの言う事も分からないでもありません。
実力が分からなくては不安になるのも仕方ないでしょう。」
「うむ………。」
雲行きが怪しくなってきたな。
カリスの発言はこの国においてかなり大きな意味を持つ。
「そこで提案なのですが、私と試合をし、それを見て決めるのはいかがでしょうか?」
「うむ、それはいい。
やはり儂としても娘の命を預ける者の実力は知っておきたいしの。
カリスがこの男を判断するなら間違いもないだろう。
では、氷夜とやら、これより、ここにいるカリスと試合をしてもらう。
準備が出来次第、闘技場で行うとする。」
で、現在の状況が出来上がっているのだ。
氷夜はあれから着物から動き安いものに着替え、剣も用意していた。
さすがの氷夜でも、カリスに勝てるとは思えなかった。
それほどまでにカリスは私にとって至高の存在なのだ。
しかし、氷夜の事だから万が一という事もあるかもしれない。それにカリスはもういい年である。
私は一応、氷夜に釘を刺すことにした。
「氷夜、カリスも年だからな、出来れば大怪我を与えるような事はしないでくれ。」
これで、カリスの反応がもし遅れたとしても大怪我をすることはないだろう。
それを聞き氷夜は困ったように笑い、闘技場の中心に向かっていった。
そこにはカリスが仁王立ちで待ち構えている。
「試合、開始!!」
お父様含める多くのギャラリーが見守る中、文字通り真剣勝負が始まった。