じゃれあい
「ただいま、神楽。」
「えっと、お帰りなさい?」
俺が倒した四匹の魔物は既に消えていた。
この世界の魔物はそういうものらしい。
「神楽。」
「な、なんだ?」
「惚れ直しただろ?」
††††††††††††
氷夜は私に意地の悪い顔で意地の悪い事を言ってきた。
何故、私は"一目惚れ"など言ったのだろう…
「あ、あ、あれは吊り橋効果という奴で一時の気の迷いだ!!」
自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
これじゃあ、氷夜の思うつぼなのに…
でも否定しない訳にもいかないじゃないか!!
「ふ〜ん。」
しかし、言葉とは裏腹に氷夜は「大丈夫、俺は全部、分かってるから」みたいな視線を私に向けてきた。
「だ、誰が氷夜みたいな奴好きになるか!!!!」
私の必死の反撃に氷夜はたじろぎ………
あろう事か拗ねはじめた!!
「そうか……、俺って神楽から嫌われてたんだ…。」
何で、そんな世界の終わりのような声を出すんだ!!
「嫌いな訳じゃ、決してない。
えっと、そうだ、普通の友人くらいには思っているぞ。」
「神楽は普通の友人に一目惚れとか言って気を持たせる悪女なんだね?」
あ〜!!
何で本当に私は一目惚れなんて言ってしまったんだ!?
いや、氷夜の事は嫌いな訳じゃないし寧ろ好意的に感じてはいるが、会って1日しか経っていない奴に惚れるなんて私が尻軽みたいじゃないか…
やっぱり、こういう事はお互いの事をしっかり理解しあってからの話だと私は思うんだ。
「どっちかと言ったら好きだが、それはまだ恋愛感情まではいっていない。」
「"まだ"、ね。」
墓穴を掘った!!
「あ〜、もう知らない!!!!」
もう何を言っても氷夜のペースに巻き込まれると悟ったので、あきらめて、ふてくされる事にした。
しかし、端から見るとそれは、神楽が顔を赤くしてそっぽを向いているという状況であり、大人っぽい雰囲気の美人である神楽が子供のように拗ねるという、反則的なまでの破壊力を有しているものであった。
「そんな拗ねるなよ、神楽。
俺も悪かったからさ。」
「知らない。」
ぷん、とでも言うように顔を反らす神楽。
氷夜の目は微笑ましい者を見る目だった。
「本当に神楽はかわいいな。」
気がつくと、氷夜に頭を撫でられていた。
頭を撫でられるという行為と、「かわいい」という言葉で顔を最大限に赤く染め、俯いてしまう。
すぐに手を振り払おうとしたが撫でられている頭が思いの他気持ちよく、もう少しだけという誘惑に負け、結局は数十秒間、氷夜に撫で続けられてしまった。
「氷夜、さっきは自分勝手な行動をとろうとして悪かったな。」
氷夜によるなでなでが終了し、顔はまだ若干火照っているが、だいぶ落ち着いた私は先ほどの先走った行動を謝ることにした。
「反省したなら、俺と露天風呂に入れ。」
氷夜の顔はすごく真剣だが聞き取った内容はふざけたものだった。
「氷夜、私はまじめに謝っているんだから、まじめに聞いてくれ。」
さすがの神楽も呆れぎみである。
「と言われてもな、俺はピンピンしてるし、神楽も助かった。
で、神楽が反省してるなら別に、それでいいんじゃない?
大丈夫、襲わないから。
お酌でもしてくれれば充分だ。」
「はぁ。露天風呂の方は後ろ向きに考えておく。」
たしか、氷夜は私に助けられた借りと、高級ベッドでチャラにすると言っていた筈だったが、さすがに助けられた身でそこは指摘できなかった。
「あと、ありがとうな。
わざと私が傷つかないようにふざけた態度をとったんだろ?」
実際、氷夜の全く気にしていないような態度を見て、必要以上に自分を責めるような事をしないですんだのは確かだった。
まぁ、半分以上は素で私をからかっていたような気がしなくもないが……
「どういたしまして。」
氷夜は女なら思わず惚れてしまいそうな微笑みでそう言った。
「そろそろ出ないと、夜までに帰れないぞ。」
氷夜の微笑みをこれ以上見ているとまた顔が赤くなって、からかわれかねないので話を切り上げて帰る支度をした。
「神楽、俺はこのままで大丈夫なの?」
氷夜の服装は円では珍しい洋服だった。
「駄目ではないけど、洋服は円じゃ珍しいから、和服にした方がいいかな。」
「でも俺、金ないよ?」
「私はこれでも姫様だからね、それくらいのお金はあるから、大丈夫。」
「すまないな。
あとで、体で払う。」
「なな!?卑猥だぞ!!」
「いや、労働して払うって意味なんだけど…
そもそも俺は男なんだから無理だろ。
まったく、神楽はエロいな。」
「氷夜が勘違いさせるような事を言うからだろ!!」
それに、氷夜くらいかっこよければ需要がある気もするし………
帰り道も私と氷夜は随時こんなやり取りをしていた。
何だかんだ言っても、氷夜と一緒にいると楽しくて、これからの生活が今から楽しみだった。
そういえば、魔物の死体は今回も残っていなかった。おそらくは氷夜の能力によるものだろう。
白猪も氷夜が倒したから死体が残っていなかったのだ。
そう神楽は目星をつけ、それ以降その事には触れなかった。
こうして、氷夜も神楽もその奇妙な現象を気にする事もなく忘れていったのである。
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「今代の魔王は美味そうな気を放つ。」
氷夜達が後にした暗闇で淡い蒼色が踊っていた。
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