罰
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「氷夜が蘇ったのね。」
「まぁ、兄さんも俺も死ぬことはないからな。」
嬉しそうな顔で喋るのは白夜とマゼリナ。彼等は今、人間界の城にいた。
彼等は氷夜の本当の力の片鱗の余波を感じ取り、氷夜の復活を確信した。
「でも、この場所って"神羅"が天界攻略の拠点に考えてる場所じゃなかった?」
「そうなんだよな。兄さんなら心配するだけ無駄だと思うけど、一応知らせておこうか。
フィリア。」
白夜が呼ぶと、どこからか優しげな雰囲気の女性が現れた。豊満な肉体に綺麗な顔を携えた彼女はまるで完成された"美"のようにすら思える。
「はい。なんでしょう、白夜様。」
フィリアはこの国を守る要であり、絶対の防御である。そんな彼女が呼び出されたことに彼女は疑問を感じていた。もちろん、白夜を信仰し敬う彼女は白夜が正しいことを信じて疑わないが。
「今から"円"に行って、兄さんに伝言を伝えてきてくれない?」
「白夜様のお兄様ということは氷夜様がお戻りになられたのですね?」
フィリアは嬉しそうに微笑む。
「しかし、私はここを守らねばいけません。」
彼女の使命はこの国、そしてみんなの帰る場所を守ること。彼女はそれを誇りに思っていたし、事実この場所に攻撃が当たったことは皆無だった。
全て彼女が防いでいるからだ。
「安心しろよ、フィリア不在の間は俺が守っておくから。」
「そんな、白夜様にそんな仕事を押しつけるようなマネできません。」
「良いんだよ別に。それにフィリアは働き過ぎだ。
ちょうど良い。氷夜への伝言ついでに2日ほど羽を伸ばしてこい。」
「……分かりました。」
普通なら人間界と天界は2日で行き来できる距離にはないのだが、転移魔法を使えるフィリアには関係のないことだ。1日を氷夜への伝言に使ったとしても1日は休むことができる。
「では、私不在の間の仕事を説明しますね。
まず、掃除に洗濯、縫い物に、庭の手入れ、それから………」
その後も、掃除や洗濯の細かい指示が続いた。
「え?」
きょとんとする白夜。白夜はてっきりフィリアの代わりにこの城を守っていればよいと思っていたので、仕事があるなんて予想外だったのだ。
フィリアの使命は、国を守ることだが、それと同時にみんなの帰る場所を守ることも自分の役目だと思っている。故に彼女は城を物理的だけではなく、内面的にも守っていた。
「マゼリナ、悪いけど手伝って。」
「まったく、仕方ないわね。」
溜め息をつきながらもマゼリナは了承した。
「マゼリナ様は白夜様に甘いですものね。」
「惚れた弱みかしら。」
そう言ってマゼリナとフィリアは笑い合う。マゼリナは元気に、フィリアは上品に。
「そろそろ、他の面子も帰ってくるころか。フィリアもしばらくは休めなくなるからゆっくりして来いよ。」
各地で自らの"形"を模索している兄弟達もそろそろ帰ってくるらしい。随分と前に自らの"形"を"盾"に決めたフィリアからしたら久しぶりの対面である。
「では、お言葉に甘えて。」
フィリアの周りに魔法陣が浮かび、フィリアは消えた。
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「神楽、可愛いよ。」
「く、屈辱だ。仮にも姫である私がこんな格好をさせられるなんて。」
「どう考えても私よりはマシでしょ!!」
「ウワー、恥女だー、恥女がいるー。」
「氷夜がやらせてるんでしょうが!!!!」
私達は、"還らずの洞窟"から王宮に戻った後、その足で借り屋まで戻った。
王宮の人間は"トウテツ"、いや葵が氷夜とゼウスの不祥事の記憶を喰らうことで無理やり解決した。人の記憶を喰らうといったデタラメができる辺り、さすがは"トウテツ"といったところか。といっても今回のことの首謀者は葵らしいので、後始末をするのは当然と言えば当然だ。
そして現在、私はメイド服、葵は裸の上にエプロンだけかけるという倒錯的な格好をしていた。
「こんなもの、どこから手に入れたんだ?」
メイド服は私達の国、"円"ではまず手に入らない。
しかも、サイズもぴったりだし。ここまでくると寒気すら覚えるレベルだ。
「八百屋のおじさんに相談したら貸してもらえた。」
「あのオヤジ………。」
八百屋のオヤジとは氷夜が初めてこの街に来たときに余計なことを話してくれたあいつだろう。
この服の返却時は奥さんを通して返してやろうと決心した。
「ねぇ、せめて下着くらいは着させてよ。」
そう懇願するのは葵。確かにその格好はあんまりだと思う。
「確かに。どう考えてもやり過ぎだと思うぞ?」
葵がいくら被虐趣味の持ち主だからって、何でも許される訳じゃない。
「別にいいよ。着替えてくれば?」
「いいの!?」
氷夜は驚くほどあっさりそれを許可した。氷夜にもやっと常識というやつが芽生えたのだろうか?
「あぁ。俺は神楽のメイド服姿に集中したいからね。」
「私のこの姿には興味ないと?」
「うん。」
「ふ、ふ、ふざけんなー!!!!」
そう叫びながら葵はこの家から出て行った。それもそうだろう。あんな格好をしたのにそれを興味ないと言われれば私だって切れる。
「神楽、こっちにこいよ。」
「なぁ、私も着替えてはダメか?」
「もちろんダメ。」
分かってはいたさ。ただ少しの希望にすがりつきたかったんだ。
「今日は俺が神楽のご主人様なんだから、言うこと聞かなきゃね。」
とても素晴らしい笑顔で言い切る氷夜。とても楽しそうだ。
「結局、私をからかいたいだけなのだろう?」
「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。俺は神楽にご奉仕されたいだけなんだからさ。
じゃぁ、今から神楽は俺のメイドね。」
「どうしてもしなきゃダメか?」
「別に、俺への謝罪の気持ちが無いというなら構わないけど。
あ〜、でもそしたらショックだな。俺、半身を犠牲にしてまで神楽を守ったのに、何のご褒美もないなんて。」
明らかにわざとらしい。氷夜は知っているのだ。そう言えば私は氷夜の命令に従わざるをえないことを。知っててあえて言っているのだ。
私は悟る。ここまで来てしまっては私に勝ち目などないことを。
ならば仕方ない。もう開き直って全力で氷夜の命令を遂行するまでだ。実際、半身を賭して私を守ってくれたのは事実だし。嬉しくもある。
氷夜にだけだからな、私が奉仕などするのは!!
心で叫び、私は決心した。
「なんなりとお申し付け下さい。ご主人様。」
今日は全力でメイドをしてやろうと。